真田氏の館 三代録 名門真田家三代(真田幸隆 真田昌幸 真田幸村)の記録
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■幸村薩摩落ち伝説目次■

真田幸村生存説は抹殺された

大坂冬の陣

大坂夏の陣

秀頼、幸村の大坂城脱出

秀頼、幸村の薩摩入り

幸村と信幸の書簡

真田幸村の隠密旅

豊臣秀頼の逸話

真田大助の行方

真田幸村の頴娃潜入(傳説)

谷山の歴史

江戸時代の真田幸村の子孫

真田幸村の墓

真田幸村の末裔(真江田家)

頴娃町別府大川難波家

豊臣秀頼の末裔


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幸村薩摩落ち伝説
※本コーナーでは濱崎秀達様よりご投稿頂いた内容を掲載しております。

我が家系を語る―薩摩落ちした真田幸村の末裔
―真江田家(改訂版)
濱崎秀達(厚生労働省本省事務官)
「歴史と旅」(平成6年3月号)秋田書店

豊臣秀頼とともに大坂域を脱出して鹿児島に逃れた
真田幸村は、頴娃町の雪丸に居宅を与えられた!

    私は、幼少の頃、父に真田幸村の子孫と言われたが、真田幸村を聞いたことがなかっので、誰なのか分からなかった。私の生まれ故郷の鹿児島では、西郷隆盛が有名であり、真田幸村は無名であった。私は、小学校1年生の後半から岐阜で育ったが、そこでも三英傑(織田信長、豊臣秀吉、徳川家康)が有名であり、真田幸村は無名であった。私が小学校低学年の頃、真田十勇士をテレビで放映していたが、架空の人物である猿飛佐助や霧隠れ才蔵ばかり出てきて、真田幸村は滅多に出てこないので、真田幸村が何者か全く分からないまますぎた。

     その後、私は、学習院大学を卒業して労働省に入省したが、30歳代半ば頃、弟が父に「僕らは親戚を全く知らないので、紙に書いてくれ」と頼んだところ、父が家系図を書いてそのコピーを送付してきた。私も、真田幸村が何者か分からなかったので、この際、真田幸村について調べてみた。そうしたら、真田幸村が長野の人間だということが分かった。鹿児島生まれの私がどうして真田幸村の子孫なのか分からなかったので、さらに調べたら、真田幸村が鹿児島・頴娃に落ち延びたことが分かった。

     真田幸村を分析することで、自らの欠点を知り、欠点を克服するよう努めている。幸い、私は、鹿児島の地方豪族の血が濃いので、既に、真田幸村の弱点はなくなっているが、分析する価値はある。両親が亡くなる前後に自分のルーツを調べていたが、その一環として、真田幸村も含め親戚全般について調べた。

    はじめに

     源義経が蒙古に渡り、チンギス・ハーンになったとか、アドルフ・ヒトラーが南米に亡命したとかいう話さえある。真田幸村がベトナムにわたってゲリラになったという話もある。西郷隆盛や坂本龍馬などにもそうした話はある。こうした荒唐無稽な遺聞は別として、真田幸村の薩摩落ち伝説がある。

     真田幸村の薩摩落ち伝説は、他の伝説と違い、歴史的な背景があり、多数の記録や伝承が存在する。荒唐無稽な遺聞や異説とは事情が異なっている。火のないところに煙は立たない。およそ歴史そのものが勝者の歴史であり、敗者のそれは都合のいいように歪曲されたり、抹殺される憂き目に合うのが常である。これは、歴史家であるなら誰もが心得ていなければならないはずである。

     桃太郎伝説は、出雲の渡来人が作る製鉄技術を手に入れようと、大和朝廷の皇太子が侵略したのが実態であり、侵略を正当化するため、渡来人を鬼に見立てた。また、「日本書紀」や「古事記」では、渡来人の政権である大和朝廷が、先住民族の熊襲や蝦夷を侵略していった過程を正当化するため、ヤマトタケルの尊という架空の人物を使って自分たちに都合のいい神話を作り出した。

     歴史の裏には必ず“隠れた歴史”が存在する。正史である水戸光国の大日本史が抹殺した歴史を、頼山陽(江戸後期の儒学者・史家。名は襄〈のぼる〉。安芸の人。父は春水。江戸に出て尾藤二州に学ぶ。諸・書もよくした。著『日本外史』『日本正記』『日本楽譜(がふ)』『山陽詩鈔』など。1780〜1832年。)の日本外史は後世に伝えている。真田幸村の薩摩落ち伝説も、為政者に都合が悪く、抹殺、隠蔽された歴史の一つである。

     長年実在が危ぶまれていた中国の「殷」や「夏」の遺跡が発見された。ギリシアの詩人ホメロスの叙事詩に出てくるトロイの遺跡も発見された。伝説とばかり思われていたものが本当の話であったことが判明することはよくある。伝説がいつかしか実在するものと証明されるかもしれないから、伝説だからといって、抹殺してしまってはならない。

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