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表紙
犀川水系
辰巳ダム治水計画に関する所見
平成11年8月■■大学 工学部
工学博士 ■■■■
表紙
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1.はじめに
犀川水系辰巳ダム治水計画の事業再評価に関連して、河川工学の立場から事業
の妥当性についてコメントするようにとの依頼を、5月下旬に石川県から受けた。
河川工学の実際への適用について関わっていくことは、生きた教育・研究にとっ
て非常に重要な勉強を持つことであり、また、研究者の社会的義務の一つでもあ
るので、こうした問題について、必ずしも十全の知識や判断力を有しているとは
いえないが、この依頼を受諾することとし、6月中旬、■■大学において、「犀
川水系辰巳ダム治水計画説明書」、「流出解析計算結果」、「不等流計算結果につ
いて」、「辰巳ダムの効果説明資料」、「犀川平面図、同縦断図、横断図」等に基
づいて、当該事業のご説明を頂き、ついで、7月上旬現地を踏査した。
以下では、それらの経験とともに、送付された資料を検討して抱いた所見を述
べる。
2.治水計画について
2.1 治水の考え方と工事実施基本計画の意義
a) 水に浸からない安全な場所をたまたま(歴史的に・社会的に)運よく確
保できた人々が、そうでない人々に「50年に、あるいは20年に1回のことだ
から浸水被害を我慢しろ。」と言って素知らぬ顔をきめこむことが同じ国民とし
て許されることとは考えられない。自然災害に対してできるだけ同程度の安全性
が確保されることが、現代では、社会生活成立の最も共通的な基盤の一つであり、
これが治水事業が公的に実施される根拠となっている。
b) 一般に、河川計画は、治水(通常洪水防御)計画、利水(水資源)計画、
さらに、新(現)河川法では環境管理計画の3者の整合性を保ったものであるこ
とが要求されているが、それらの計画は相反する側面を有しているためにその調
整は困難な作業となる。3者の中でも、住民の生命と財産の保全に直結する治水
安全度の確保が優先されるのは、人類の立てる計画である以上、当然のことでは
あるのだが、水系一貫の観点で、このような対立する利害のバランスを考慮・調
整し、基本高水等、治水・利水計画の基本事項を検討・決定することが前河川法
における工事実施基本計画の意義となる。
c) したがって、工事実施基本計画策定のためには、自然的条件と社会的情
勢の変化を見極める必要性があって、複雑な対立があったり、土地条件が悪く社
会経済的に厳しい状況にある場合にはこの策定に長い時が費やされる場合があ
る。しかしながら、見極めがつかないからといって手を拱いて治水事業を放置し
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ておくわけにはいかない。洪水は明日にでもやってくるかもしれないのだから。
工事実施基本計画が策定できた場合に齟齬を来さないよう、十分な配慮を払いな
がら事業計画を進めていくことも実際には要求されている。
策定時期についての規定が「前」河川法に明記されていないのは、この辺の事
情が背景になっていると考えられる。「工事実施基本計画なしの河川管理があり
えない」ことにはならず、「工事実施基本計画を全く念頭に置いていない河川管
理はありえない」ことであって、これは、工事実施基本計画の策定に至るまで、
十分な検討を行うための時間的な猶予を考慮したものであるともいえよう。
d) 実際、河川を取り巻く自然的・社会的環境が厳しければ厳しいほど、工
事実施基本計画を策定するための検討事項は多くなり、それに割くことのできる
人的能力の限界もあって、それに至るまでかなりの長時日が必要とされる。この
場合、重要度の高い河川が優先されるのもやむを得ない状況であり、また、総合
的な観点で金沢市の治水を考慮されてきたからこそ、浅野川の治水として放水路
が掘削され、内川ダムが建設されたものであって、「前」河川法16条の精神に
則った整合性のある河川事業展開といえる。
2.2 治水計画の策定
a) 治水計画の策定手順は、いずれの「河川工学」の教科書にも書かれてお
り、それらは以下に要約する「建設省河川砂防技術基準(案)」の記述を逸脱す
るものではない。すなわち、この手順は大きく2つに分れており、初めに、無作
為の(人為的影響の少ない)確率変数と見なした降雨から「基本高水」が求めら
れる。つぎに、基本高水として得られた流量をダム貯水池等で制御し、河道に配
分して処理するかを考えて、河道区間毎に「計画高水流量」が定められる。この
配分・制御に対応してダム建設や河道改修が計画されて治水計画の策定は完了す
る。
b) 最初の基本高水は次のようにして定められる。
@流域や河川の規模、氾濫域の状態から「河川の重要度(A級〜E級)」を定
める。
Aそれに対応して、実績降雨記録から、流域の自然特性から一まとまりの雨と
見なせる「降雨継続時間」を決め、ついて、「計画規模」の(降雨継続時間に対
応した)降雨量を確率統計処理によって求める。
B引き伸ばし率を2程度とすれば、この計画雨量に達するような豪雨群を実績
降雨群から選び出す。
C選び出した豪雨のそれぞれについて、ハイエトグラフ(時間−降雨曲線)の
降雨強度に引き伸ばし率を乗じて計画規模の降雨パターンを生成し、得られたハ
イエトグラフ(これを計画降雨という)に対して流出解析を実施して算定された
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ハイドログラフ(時間−流量曲線)のピーク流量を基本高水の候補とする。これ
より、算定された洪水流量にバラツキがあることは当然のこととなる。
D基本高水の候補流量を大きい順に並べて、それより小さい流量が60〜80
%(カバー率)となるような流量を基本高水とする。
一方、計画高水流量は流域の状況に応じて定められることとなり、例えば、土
地に余裕があって河道のみで基本高水を処理しようとすれば、計画高水流量は基
本高水の流量と同じになる。日本のように平地に恵まれてない国では、河道のみ
で処理できない場合が多いので、ダムや遊水池で一時的に河道に流れる流量を少
なくして、計画高水流量を減少させ、河道に占有される平地を節約して他の(生
産)活動に振り向けることが多い。
c) 以上のような洪水規模の確率評価は、それまでの既往最大洪水を基準と
した計画では、大出水の度に計画規模が変更される可能性があることから導入さ
れたものであって、実際、明治以来先行的に治水事業の行われてきた河川では、
一度ならず既往最大を上回る洪水に見舞われていて計画高水流量は大きなものへ
の変更を繰返している。
d) 計画規模が確率評価であり、可能最大降雨が解明されていない以上、治
水計画から超過洪水への対応を抜き落としてしまうことはできない。行政訴訟を
念頭においた単なる「管理瑕疵論」では、計画規模までの洪水を恙なく処理でき
れば問題はないことになり、政策的にその規模を低く抑えておく方が責任の範囲
は限定されてくることになる。しかし、河川の安全を真剣に考えるならば、計画
規模までの安全は完全に確保し、超過洪水にもできるだけ耐えて、被害を最小限
に抑えることのできる方法を探ることになり、近年、話題となっている(洪水)
危機管理はこの方向での議論である。
2.3 治水計画の策定に対する制約
a) これらの手順は現在の河川技術のスタンダードとなっているものであっ
て、この手順が踏まれて策定された基本高水は妥当なものと判断される。しかし
ながら、実際の計画では、この手順で標準とされているだけの実測資料が蓄積さ
れている場合の方が稀で、観測期間、観測地点とも不十分な場合の方が一般的で
あるといって過言ではない。とくに、河川規模が小さくなればなるほどこうした
状況に陥りやすい。
b) この理由は、過去の雨量計測がほとんど人力を介して行われており、古
い時代では通常日雨量のみが測定可能であり、昭和年代に入って管理が行き届い
た気象管署でのみペン書き時間雨量計の1日あるいは2日に1度交換した自記紙
を読むことでやっと時間雨量が得られるようになっている。これは、犀川流域の
場合でも金沢地点で1940(昭和15)年から初めて時間雨量の記録が得られ
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ていることから理解される。戦後になって、転倒マス式雨量計が開発されて時間
雨量が計測しやすくなり、今でこそロボット雨量計、テレメータ雨量計といった、
遠隔地から雨量データを自動的に測定し安定して送致してくる機器が普及して、
非常な危険を伴う出水時にも人手を介さないで河川上流部の山奥からの情報が入
手できる。しかし、こうした雨量観測の整備も1970年前後からであって、流
域を限れば、多少ともまとまったデータの入手が可能なのは高々最近30年程度
でしかない。
c) 後でも述べるが、降雨現象や流出過程のように複雑で解明が進んではい
ないどころか十分な資料も蓄積されていない自然現象に対する、治水対策のよう
な人間生活にとって必要性の極めて高い事業の場合、十分な資料の蓄積や現象の
完全な解明を待って計画を立案することが許されるとは考えられない。どうして
も不完全な資料から、その時点で最善の努力を払って妥当な結論に到達する方法
をとらざるをえないことになる。
2.4 治水計画における計画高水流量の設定について
a) はじめに、計画高水に対する洪水防御の手法には、一般に、河道による
対応、放水路による対応、ダム・遊水池(調整池を含む)による対応、流域にお
ける対応、氾濫域における対応がある。
b) 河道による対応とは、堤防の嵩上げ、引き提(堤防を人の住んでいる側
(提内側という)に引いて河川敷を拡大して洪水時の河道容量を増やすもの)、
河道・河床掘削(河床や複断面河道の高水敷を掘り下げて河道容量を増やす)、
捷水路掘削(蛇曲部を直線化した流路、ショートカットともいう)があり、いず
れも、周辺の土地や河道に余裕がある場合に可能な方法である。堤防の嵩上げの
場合でも、増加する水圧に対抗するためには嵩上げに見合っただけ(嵩上げ高の
数倍程度)の提敷の増加が必要であり、河道断面を確保するために表法側(提外
側)への張出しは避けられる傾向にあって、裏法側の土地(提内地)の減少を招
く場合が多い。
c) 放水路は、洪水を流下させるための新たな河道を掘削(新川掘削)する
もので、信濃川放水路や淀川放水路のように、放水路が本川となってしまった例
もかなりある。これも土地を必要とする対応である。
d) ダム・遊水池による対応とは、洪水流量をダムや遊水池のポケットに一
時貯留し、洪水の流量ピークを低下させて河道への負担を減らす方法である。ダ
ムは河道を横切って設けられるため、洪水は直接的に貯溜されるが、遊水池は河
道の横に設けられることが普通で、河川の水位がある値を越えた時にのみ河川水
は貯溜され、基本的に河床高と同程度か、より低い広大な土地が必要とされる方
法である。
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e) 流域における対応とは、総合治水対策あるいは総合的な治水対策で積極
的に取上げられた方法であって、流域の保水機能を上げて降水をできる限り広い
面積に停留させ、河道の負担を減らそうとする方法であって、農村域の田面の雨
水貯溜効果が大きいことはよく知られているが、都市化した区域でも、各戸・各
棟雨水貯溜施設、公園・校庭雨水貯溜施設(多目的遊水池)、防災調整池などを
設けて効果を上げようとしている。
f) なお、流域という言葉には、集水域をいう河川工学的な意味の他に、河
川の恩恵を蒙っていたり、逆に氾濫に悩まされたりする周辺地域との一般的な捉
え方がある。後者の意味では、氾濫域による対応は流域による対応に含まれ、総
合治水、あるいは総合的な治水対策での「流域対応」の使い方はこちらに近いと
いえる。また、遊水池は氾濫域のとくに低い地域を中心に形成されるので、氾濫
域のおける対応の一つであるともいえ、より下流の河道区間に対しては流域対応
の治水手段といえる。
g) 計画規模の降雨に対して河道を流れる最大流量である計画高水流量は、
各流域や河道区間の特性を十分に把握し、併せて上述の手段の特徴を考慮した上
で、最善の方法を組併せて基本高水を配分して決定される。
その過程でも、「治水の基本は洪水位を下げること」にあるという原則を忘れ
てはならない。これは、自然外力の不確定性に起因する超過洪水への対応ではと
くに重要となることである。破堤や河岸決壊の主要因の一つである水圧は基準高
からの高さの自乗に比例し、破堤口からの流入量も越流水位の自乗程度に比例す
ることからも、洪水位を下げることの意味が理解できよう。
3.犀川の治水計画について
ここでは、まず、十分なデータが有るとは限らないことが普通であるような状
況で成されざるをえない、計画規模の決定手続きが妥当であるか、そうでないか
の判断が求められており、ついで、遊水池に適切な箇所が金沢市の中心街よりも
上流の犀川流域に存在しているとは考えられないので、妥当な範囲で河道による
対応が可能か、否かの検討が重要な課題と考えられる。以下にこれらの2点を中
心に述べていくL
3.1 計画降雨の評価
a) まず、生起確率1/100の計画規模は、北陸の中心都市金沢市の中心
部を流れる流域面積256km2の犀川としては当然のことであろう。
可能最大降雨が未解明の現状では、治水の対象とする降雨規模の算定は過去か
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ら蓄積されてきた資料の確率統計的な処理に頼らざるを得ない。この場合、対象
流域のみならず、周辺地域にも広げて資料を収集する必要がある。犀川の治水計
画の場合、近隣の手取川流域の内尾観測所や浅野川(大野川)流域の医王山観測
所のデータも対象に加えられており、妥当な手続きがとられている。しかしなが
ら、時間雨量の測定されているデータは昭和30年代に至るまで、昭和15年か
らの金沢観測所のものしかなかったことから、一まとまりの雨量規模を解析対象
とするために2日雨量を採用したのは合理的な判断であり、ガンベル法、岩井法
及び石原・高瀬法の3つの手法で2日雨量の1/100の計画降雨量を評価した
点に問題はない。
b) 大出水には数10年周期の周期性のある可能性が高いことがいわれてい
る(例えば、高橋 裕著「河川工学」東大出版会)ので、本来であれば計画降雨
の採用にも数十年間程度の資料を用意することが望ましい。残念ながら、犀川流
域でこの条件を辛うじて満たす観測資料は金沢地点のものしかなく、昭和31年
まではこのデータにのみ頼らざるを得ないことがわかる。さらにいえば、これを
データの流用というのは当たらない。
c) 一般に、降雨は山間部の方が多く、平地の金沢市のデータを流域全体に
適用すれば、降雨を過小に見積る虞れの方がはるかに高い。これは、東西に延び
る線上に水蒸気の収斂線が形成され、それに沿って発生した雲が東に向って流れ
て山地にぶつかって上昇したところで降雨がもっとも激しくなるからである。現
に、犀川流域から少し離れてはいるが、同じ両白山地に面した福井県西谷村(現
大野市)では、1965年9月に80mm以上の時間雨量と800mm以上の日
雨量が観測されている。
d) 計画降雨の候補として、過去の被害等を念頭において、6降雨が抽出さ
れているが、確かにやや少ないことは否めない。また、半数が年最大2日雨量で
はない点や、かなりの被害をもたらした昭和28年8月出水が抜けている点も気
になるところであって、その理由を知りたいと感じている。
e) しかしながら、実績降雨をティーセン分割によって流域の各ブロックに
配分し、計画降雨に引き伸ばして得られた時間雨量は、再び金沢観測所の1/1
00確率の時間雨量強度で検証されている。すなわち、引き伸ばし率が低い降雨
でも、時間雨量強度の確率が流域のどこかで1/400以下になるような生起確
率が極めて低い降雨は棄却されており、妥当な手順が踏まれていると判断される。
この結果、採用された計画降雨は過剰な降雨強度を持ったパターンとはなってい
ない。既述のように、同一地域では金沢のような平地の降雨強度は山間部の降雨
強度よりも低いことの方が一般的であり、治水計画としては低い降雨強度を与え
る計画降雨を選択したことになる可能性が高く、とても過剰な計画であるとはい
えない。
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f) 流出解析モデルには、我が国各地で適用されてきて、計算結果に実績の
ある貯溜関数法が採用されており、流域分割も支流の合流過程やダム等のチェッ
クポイントを反映した適切なものとなっている。モデル定数も従来から適用性が
高いといわれている値が用いられ、犀川流域の実績出水へ適用した結果からその
検証が行われていて、標準的な手続きが踏まれている。したがって、流出解析結
果は現在の技術レベルを十分カバーしていると判断される。
g) 様々な降雨パターンについて検討することが肝要であるという点が、河
川砂防技術基準(案)に謳われていることの根幹であって、10の降雨パターン
はその単なる目安に過ぎず、流域の規模によっても当然変ってきて、広いほど空
間分布の相違が顕著になるので多くのパターンで検討することが必要となってく
る。犀川流域の場合、流域面積はそれほど広くなく、空間的なパターンの変化は
それほど大きくはないと思われるので、この点で、採用することとなった実績降
雨では発現しなかった後期集中型の降雨パターンについても検討したことは評価
できる。
いずれにしても、種々の制約のなかで、技術基準(案)に書かれていることを
超えて妥当な結論を導くことが重要な点であって、自然を相手に市民の安全をま
もる洪水防御計画では十分な資料がない方が普通であり、その中で、「治水」の
本質を見据えて計画していくことが必要である。辰巳ダムの計画はその思想の延
長上にあると思われる。
h) この20年間、犀川流域が大きな降雨に見舞われなかったのは僥幸であ
って、北陸地域でも、近年富山・新潟県境や新潟市周辺では今回の計画降雨強度
に近い雨が降っている。一方では、島根県西部のように、昭和58、61、63
年と立て続けに200mm前後の3時間雨量を経験した後、10年間以上平穏状
態を迎えている地域もある。犀川流域でも平成10年9月には出水被害が生じて
おり、再び昭和30年代後半のような多雨期を迎えることも考えられる。この2
1年間の降雨データを追加すると2日雨量や金沢地点の1時間雨量の1/100
確率値はおそらく下がることにはなると思われるが、現計画の約90mm/hrが
80mm/hrを大きく下回るようなことにはならないであろう。犀川大橋地点へ
の流量を低減させる辰巳ダム地点に着目するなら、流域面積が小さくなる分、降
雨強度は上昇すると予想され、降雨強度を下げることは犀川大橋付近の河道をよ
り高い危険にさらすことに繋がりかねない。この平穏な20年間のデータを追加
して計画降雨強度を下げ、かつかつの河道改修のみで洪水に対処しようとするの
は、単に数字を盲信したことに起因した「未知の自然」に対するある種の冒涜と
もいえよう。
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3.2 計画高水流量の河道のみによる処理について
a) 不等流計算結果から明らかなように、金沢市内中心部の犀川大橋周辺区
間が狭窄部になっているために、その上流で流れが堰き上げられる状態が起こり、
辰巳ダムの建設を前提とした計画高水流量の1230m3/secで辛うじて越水を
避けられる状況となっている。したがって、犀川大橋地点の流水断面を増加させ
ることができれば、堰上げ状態が緩和され、上流区間の水位低下をもたらすこと
が可能となる。なお、現在越水の危険の高い上流区間の河道断面を広げることは、
この区間の流速を低下させ(、著しく速度水頭が減少して位置(ピエゾ)水頭が
増加す)ることとなり、逆に水位の上昇を招くために有効な手段とはいえない。
このため、上流区間の水位を低下させるためには犀川大橋地点周辺で流水断面積
を増加させなければならない。
b) 一般に流水断面の確保には、河幅を広げたり、河床を掘り下げる河道掘
削と堤防の嵩上げの2つの方法があり、実際には現地の状況に合わせてこの2つ
の方法を組合わせて河道の洪水疎通能力を確保することが行われている。
河道掘削のうち、河道の拡幅は広い用地が要求されるため、犀川大橋周辺のよ
うに、極度に資産が集中している都市域では膨大な用地収得費が掛かり、事業費
を大幅に押し上げるだけではなく、土地がなくなるために建物の移転等を余儀な
くされ、それまでの風情が失われることから、経済社会活動に多大の損失が生じ
ることを覚悟しなければならない。一方、拡幅を伴わない河床の掘削は、河岸斜
面が長く、かつ、急になるために、河岸の著しい不安定化を招くことになって、
大小の洪水時に河岸が決壊する確率が上昇する。これを防止する目的で、左右両
方の河岸に沿って巨大な護岸構造物、というよりも強固な擁壁構造物を建造して
いくことが不可欠となる。拡幅が可能な場合は河岸の斜面勾配を低下させること
ができ、また、高水敷や小段を設けることによって、河岸決壊の危険性を大きく
減じることができるので、河床の掘削も容易である。
以上から、この場合の妥当な方法はこの区間で河道を拡幅して犀川大橋を架け
換えることとなるが、工事費が巨額に上るばかりではなく、犀川大橋の通行止め
による利便性の損失は計り知れないものがあろう。
c) 一方、堤防嵩上げは、既に述べたように、洪水時に水位上昇によって水
深の自乗に比例する水圧の上昇を生じ、提体全体の横滑りや浸透流による提体材
料の流失など、破堤に直結する現象を引起こす。これを避けるためには、単に提
体の高さを上げるだけでは不十分であって、その全体を大きくして水圧に耐える
だけの重量とする必要がある。提敷は提高の増加以上の割合で広げなければなら
ず、提敷の確保に相当な努力と費用が払われることとなる。さらに、高い堤防は、
人々を河川と切り離す要因となり、景観の悪化につながる場合が普通である。
d) 犀川大橋周辺区間の場合、河道間際までビルが立ち並んだ社会・経済活
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動の中心地となっており、河道拡幅の可能性は、(何らかのきっかけによる金沢
市民の意志で)大規模な都市再開発計画が進められるまで、事実上皆無といえる
状況であろう。
これより、流水断面積の確保は、拡幅を伴わない河道掘削のみに拠らざるをえ
ない。既に、この区間の河床は、犀川大橋下面から10mも下がった高さにあっ
て、日頃は水面が下流の可動堰で上昇されているために気が付かないが、実際に
は「擂り鉢の底を見るのに近いような河道」となっていて、(東京都の神田川ま
ではいかないが、)このような河川が都市の中にあってよいだろうかとの素朴な
疑問の湧いてくるところである。
この区間の河床は第二室戸台風時の洪水災害を契機に約4m掘り下げられたと
のことであるが、単純には、このような人々に馴染み深い都市中心部の河川でよ
くそのような思い切った河道改修が可能であったものだと感じている。当時は、
おそらく、水害に対する備えについての人々の理解が深かったのであろう。
e) この区間は、両河岸に沿って3つの用水が走り、犀川大橋を潜っている
が、これらがあるために河道はなんとか複断面形状を保っていて、これが河岸の
安定に役立っていると思われる。しかしながら、もし、現在の河道幅のままで必
要な流水断面積を確保するとするならば、少なく見積っても両岸の用水路下部の
小段を全て取り除かなければならないであろう。だが、低水路の河岸斜面は高さ
が5m以上もあって、これがこれまで被害を受けていないのは、根固め等の河床
の維持管理とともに、たまたま、改修後低水路満杯を越えるような数100m3/
sec クラス以上の大きな出水を経験していないためかもしれない。これまでいく
つかの災害調査に参加し、また、護岸被災についての資料解析を実施した経験か
らは、練り積みといえども斜面勾配が急で高い河岸が天端付近まで浸水した場合
に崩壊する可能性は決して低くないと予想される。
f) 犀川大橋と一部重なる8600m地点の横断図面上では、この区間の用水
路が乗っている高水敷部分を切り下げると、容易に流水断面積が増加できるよう
に見られるが、これは、右岸側の道路摺り付け部分が局所的に引っ込んでいるた
めであって、大橋の上下流それぞれ100mの区間では、No.1断面図に見ら
れるように、高さ10mに及ぶ河岸は用水路の部分が小段の役割を果たしている
ために辛うじて安定を保っているのであって、単純に掘削するだけの余裕は全く
無いといえる。これを掘削して他の構造物に置き換えるには、河岸のすべり破壊
に耐えるだけの残留水圧も考慮した丈夫な擁壁を長さ200m以上にわたって両
岸に沿って設ける必要がある。この工事では、周辺のビルの基礎にも影響を及ぼ
さないような土留め等細心の注意が要求され、用水の維持と出水の影響と考慮す
ると、施行の困難さは工費を計り知れないほど押し上げるであろう。
g) 洪水時の水位を下げるもう一つの方法には、平均流速を上げて同じ流水
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断面積でより多くの流量を処理できるようにすることがあり、低平地の緩流蛇行
河川では、捷水路(ショートカット)を設けて河道勾配を上昇させ、流速の増加
が図られてきた。しかし、流速を増加させることは、河道の土砂流送能力を高め
ることでもあって、河床・河岸の不安定化を招きやすくする面は否めない。すな
わち、三角州地帯のような緩流河川では望ましい方法ではあっても、金沢市街地
区間の犀川のように、直線的であって、既に、出水時には数m/sec を越える流
速となることが予測され、河床を多数の床止めによって維持している河川では現
実的な方法ではない。
すなわち、都市を流れている河川敷に余裕のない川では、むやみに流速を上昇
させるのは不測の事態を招きやすく、できる限り避けるべきである。例え洪水時
ではあっても平均流速で6m/sec を越えるというのは決して望ましいことでは
ない。
結局、流速の上昇を避けるためには高水流量を低減させるしかなく、犀川流域
の開発状況を見ると、流域に現在以上に出水のピーク抑制に有効な保水機能の増
強を求めることは事実上不可能であって、ダム貯水池の建設に頼らざるをえない
であろう。
3.3 治水計画の高畠地区への効果について
犀川下流の低平地にある高畠地区では、現在の洪水時には地盤高よりも犀川や
伏見川の水位が高くなるために内水の自然排水は不可能となり、堤防を横切る樋
管を閉じてポンプ排水を行わざるを得ない。しかしながら、下流から河道改修が
進んでくると、洪水の疎通を妨げていた狭小な河道断面区間が解消され、全区間
で河道容量が大幅に増加するため、中小洪水時における河川水位は著しく低下す
ることになる。おそらく、県の試算通り、平成10年9月出水と同じ降雨では、
河川改修による河道容量の増加で2m数10cm以上の水位低下が見込めるであ
ろう。この場合、かなり下流であるため、ダムの洪水調節による水位低減効果は
30cm程度と見積もられているが妥当なものと思われる。
この出水では、現況と同じ河道形状におけるダムの洪水調節効果による水位の
低下は30cmから1mの水位低減効果が算定されている。
このように、高畠地区では、ダムのかなり下流部であるにも拘らず、降雨状況
によって程度は異なるものの、辰巳ダムの建設によって現況河道のままでもかな
りの治水効果が期待でき、自然排水が可能な場合も生じる。それ以上に河道改修
の効果は歴然と現れるのでこれを一段と進捗させる努力も重要である。
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3.4 治水計画への先端技術の導入について
ここで、「犀川総合開発事業辰巳ダム建設環境影響評価書(昭和62年石川県土
木部)についての問題点と提案」に述べられていた、治水計画への先端技術の導
入について考えてみたい。
a) 計画時点から20年近い歳月が経っており、その間に新しい技術が開発
され、整備されてきたのは事実であり、確かに、降雨の実態把握は気象衛星の映
像やレーダー雨量計網の充実に見られるように進んできている。しかしながら、
天気予報の精度さえも満足できるものとはなってはおらず、レーダー雨量計でも
降雨強度の推定精度の向上は未だに開発途上にあり、雨域移動の予測も研究段階
にあって完全な実用には至っていない。例え実用化されたとしてもこれらは測定
技術であって、洪水を直接防御するものではない。先端技術を駆使しても降雨の
制御など及びも付かない現状を鑑みるならば、洪水防御の基本が「河川改修」で
あり、「ダムによる出水制御」にあることは否定できない。これらの方策は、長
年月の試練を経ながら培われた技術であって、その有効性は多くの実績によって
確かめられている。
d) すなわち、伝統的な河川工学的手段に拠らない洪水防御方法を先端技術
によって開発することが可能であって、それによって、環境維持面、文化財保存
面を満足しながら、経済的に治水の実をあげることができればそれに越したこと
はない。けれども、洪水外力は極めて大きく、したがって、基本的にその制御に
必要とされる物理(学)的「力」(とエネルギー)にも膨大な大きさと量が要求
されることを忘れることはできず、洪水防御施設にはこうした物理的力(やエネ
ルギー)を洪水期間中安定的に保つことが不可欠の要件となる。
c) 結局、現状では、先端科学技術が力を発揮できるのは、基本的に工場に
おける装置の制御など、人間が全てをコントロールできる、自然から見ると、ご
く限られた領域でしかないことを認識しておかねばならない。最近、一般家庭に
も普及し始めた、先端技術の集積とも思えるパーソナルコンピュータが、些細な
キー操作で容易にフリーズしてしまい、リセットせざるをえない事実を見るだけ
でも、「治水」に代表される「社会生活の安全」をこのような脆い一面を有する
先端科学技術に預けるのは現時点では無謀な試みといえる。
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4.あとがき
治水は全容を掴むことのできない自然を相手にする事業であるだけに、民間企
業の経済活動のような最大効率のみを狙ったぎりぎりの計画は避けるべきであっ
て、「80数mm/hrでは何とかなるが90mm/hr強では難しい」というような
治水計画は立てるべきではないと考える。
なお、行政に対する住民の要求は、近年の情報公開、アカウンタビリティの確
保等、従来にはなかった部分における比重も高まっている面が否定できず、担当
者の業務は増加している。その一方で、行政改革・人減らしの圧力はますます強
くなっていて、担当部署がパンクしてしまうのではないかとの虞れなきにしもあ
らずといった感想も抱いている。
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