市民グループと石川県の間で行われた辰巳ダムに関する意見交換会は、4月17日から7月31日までの間に7回、30数時間にわたって開催されました。
意見交換会に先立って開かれた2回・7時間におよぶ予備交渉では、意見交換会を公開で開くことなどが合意され、合意文書として取り交わされましたが、その合意事項のひとつとして、県公共事業評価監視委員会にたいして意見交換会の内容を報告する報告文書は、市民側・県側合同で作成することが確認されました。
8月17日に開かれた平成11年度第1回監視委員会では、せっかくこのように苦労して作成された意見交換会報告書はほとんど顧みられることなく、3時間近くにおよぶ密室審議で結論が出されてしまいました。
しかし、17日直前までの市民側の努力と、県側に大きな譲歩を余儀なくさせてきたことは、石川県の環境保護運動、市民運動における画期的な経験となりました。
辰巳ダムに関する意見交換会報告書
石川県(以下「県側」という。)と県の方針に対して意見、批判、疑問を持つ市民(以下「意見発表者側」という。)の間で行われた辰巳ダムに関する意見交換会は、7回開催され、短いときで3時間弱、長いときには5時間弱におよんだ。
意見交換会は意見発表者側が県側に対して質問や意見を述べ、県側がそれに答える形で進められた。
その内容は、膨大で論点も多岐にわたっており、詳細を短い報告書に記述することは事実上不可能である。詳細については録音テープを文章化した作業用発言録にゆずり、本報告書は主要な論点について県側・意見発表者側双方で内容を取りまとめたものである。T.工事実施基本計画問題について
(1)犀川の工事実施基本計画が不在のまま辰巳ダムに着工した問題について
辰巳ダムは、河川法で義務づけられている工事実施基本計画がないまま、着工されていた。中島土木部長は県議会において「工事実施基本計画がない状態での河川工事の施行は望ましい姿ではないが違法ではない」という「建設省見解」を引いて答弁した。県側は、この「建設省見解」は「建設省の従来からの見解」とし、第三者が確認できる形で建設省の公式見解をしめす文書、公式発言などはないと説明した。
また、意見発表者側は、建設省がどのような根拠(法理論、判例など)で「望ましくないが違法ではない」としているのかを質した。県側は、知事は住民等の安全、健康及び福祉を保持し、河川管理者として、過去の洪水を教訓に河川・堤防設置等すみやかな対策を取る責任を有しており、工事実施基本計画が策定される以前に河川工事を実施することについては、必ずしも好ましい事ではないが違法であるとは考えていないと説明した。(2)犀川と浅野川(大野川水系)の治水計画の整合性について
意見発表者側は、犀川については工事実施基本計画策定前であっても辰巳ダムに着工しなければならない緊急性があったとしながら、浅野川(大野川水系)についてはいまだに工事実施基本計画(現在では新河川法による河川整備基本方針・河川整備計画)さえつくられておらず、同じく金沢市の都心部を貫流し導水路によって一体化している二大河川の治水対策として整合性を欠き、これでは金沢の安全は守れないと主張した。
また、意見発表者側は、辰巳ダム計画時において、犀川についてはそれまでよりはるかに大きな洪水量を想定しながら、浅野川については洪水量の見直しさえ行われなかったことは、辰巳ダムの「必要性」にあわせて雨量・洪水量予測が恣意的に操作されたことを疑わせるものであると指摘した。
県側は、河川の計画は、水系ごとに計画されるべきであり、犀川水系の治水計画は既に策定されており、浅野川は大野川水系の計画の中で検討中である。
また、河川の計画は、段階的に整備水準を上げていくもので、石川県では大野川水系の治水計画を検討中で、浅野川はその中で見直しをかけており、意見発表者側の指摘はあたらないと説明した。U.雨量・洪水量問題について
(1)データの流用について
辰巳ダムの治水計画において中心的な意味をもつ降雨波形「昭和27年型」は、当時存在しない犀川ダム地点の降雨データとして約20キロ離れた金沢地点(弥生町の旧金沢地方気象台)のデータを流用して導出されている。
意見発表者側は、降雨予測は実測データにもとづいて算出されるべきであり、県の『治水計画説明書』にあげられている実測データをみても両地点で同じパターンの降雨はなく、このようなデータの流用は、降雨の地域特性を無視するもので、誤りであると主張した。
県側は、1952(昭和27)年当時に犀川ダム地点に雨量観測所がなく、犀川流域で時間雨量が得られるのは、金沢地方気象台の1940(昭和15)年からが整理されているものであり、得られる限り適切な観測資料により統計処理したものであり、計画手法上問題はないとの考えを説明した。(2)より多くのデータによる統計解析の必要性について
辰巳ダムの想定雨量、1時間92ミリは、1940(昭和15)年から1973(昭和48)年までの34年間のデータから算出されている。
意見発表者側は、1940(昭和15)年から1998(平成10)年までの59年間のデータを用いて計算すればデータの流用問題を不問にしても1時間84ミリとなることを示し、再評価のこの機会に、より多くのデータから導出されたより正確な想定雨量にもとづいて計画を見直すべきであると主張した。
県側は、統計学的にはより多くのデータによるほうが一般的により正確な数値となることを認めたうえで、現在少雨傾向があると考えられ、意見発表者側の示す1時間84ミリの降雨を用いることは、治水計画の規模を縮小することになり、治水対策上、危険となると説明した。
意見発表者側は、県側の主張する「少雨傾向」なるものは統計解析によって確認できるものではないこと、仮に少雨傾向が最近みられるとしても、しれ以前が多雨傾向の時期であったとも考えられ、それ故、より多くのデータを用いて統計解析する必要があることを指摘した。
県側は、治水については、十分な安全を確保しなければならないことから、行政判断として割り切りをしていると説明した。(3)引き伸ばし率2.5倍について
意見発表者側は、建設省の基準では引き伸ばし率はおおむね2倍とすることになっているが、辰巳ダム計画では2.5倍になっており、37ミリ、30ミリの雨が90ミリ、74ミリに引き伸ばされ、異常に過大な想定となっていると主張した。
県側は、「建設省河川砂防技術基準(案)」では、計画降雨の設定にあたっては、総降雨量、降雨の時間分布、降雨の地域分布の3要素を満足し、引き延ばし率を2倍程度にすることが望ましいとされており、3要素を満たした上で結果的に2.5倍になったことは妥当な数字であると説明した。(4)河川情報システムの活用について
意見発表者側は、河川情報システムを中心とする最新の予測・河川管理システムを活用すれば、既存ダムの弾力的運用等で、犀川の洪水対策は十分可能であると主張した。
県側は、河川情報システムにより降雨量等の多くのデータを得られるが、ダムの放流量は、流入量にもとづいて各ダムの操作規則によって決められており、既存ダムの操作運用等は今後研究していきたいと説明した。V.「治水効果(妥当投資額)3千億円」について
(1)他の河川からの洪水による被害、内水による被害との関連について
県の計画では最大1時間87ミリの雨が市内全域に降ることになっているが、そのような大雨が降れば、かりに犀川大橋地点で溢水しなくても、浅野川、伏見川など他の河川はすべて溢れ、内水も排除できず、市域全体にたいへんな被害をもたらす。それらの問題を無視して算出された想定被害軽減額は不合理であり現実からは乖離していると意見発表者側は指摘した。
県側は、想定解析は、他の河川からの洪水による被害、内水による被害を考慮できないモデルであるとしたうえで、犀川本川が溢れた場合の被害と内水被害では、被害の大きさが全く異なり、犀川本川から溢れるという致命的なものに対しての効果を考えるものであると説明した。(2)想定氾濫区域図について
意見発表者側は、現地調査の写真をしめし、県の想定氾濫区域図によると、@犀川大橋地点左岸では5メートルほどもある崖の上まで浸水することになっていながら、右岸では犀川大橋より低い片町スクランブル交差点で水深ゼロになっていること、A犀川大橋地点で溢れた水が陸を流下する途中でJRの線路の「土手」にぶつかるのにそれを無視していること、B左岸側の洪水が高さ3メートル以上もある堤防を乗り越え伏見川を横断して流下するようになっていることを明らかにし、想定氾濫区域はまったく現実にあっておらず、したがってそれをもとにした想定被害額や治水効果はまったく根拠のないものであることを指摘した。
県側は、この想定氾濫区域図は一般的な手法である「等流一次元解析」で行っており、想定手法上、局所的な微地形を表現できないという限界はあるが、「建設省河川砂防技術基準(案)」に基づいており、妥当なものであると説明した。W.高畠地区浸水被害対策について
意見発表者側は、これまでたびたび起こっている高畠地区の浸水被害の原因は、内水によるものか外水によるものかを訊ねた。県側は、内水被害であるが、河川改修、ダム、並びポンプ排水による三位一体の整備が内水氾濫対策には有効であると説明した。
また意見発表者側は、県が「計画中の辰巳ダムと河川改修が完成していれば昨年の台風7号の際に高畠地区で犀川の水位を3メートル下げることができていた」としていることに関連して、辰巳ダムと河川改修のそれぞれの寄与分について説明を求めた。県側は、辰巳ダムの寄与分は30センチであると述べた。X.環境〔アセスメント〕問題について
(1)水質汚濁について
県の『環境影響評価書』によると、辰巳ダム地点の水質の現状は、窒素類0.40mg/l、リン類0.026mg/lである。意見発表者側は、県厚生部の報告書では、富栄養化の限界値は、窒素類0.2r/l、リン類0.02mg/lとされており、辰巳ダムはいずれも限界値を超え、富栄養化は避けられないと主張した。県側は、厚生部の報告書での富栄養化の限界値は、吉村信吉著「湖沼学」と参考文献として引用したものであり、貧栄養型と富栄養型の境界値であるのに対し、『評価書』のボーレンバイダーモデルではリン類0.01mg/l〜0.03mg/lを中栄養湖と区分しており、分類方法が異なると説明した。
意見発表者側は、窒素類については限界値の2倍となっていること、ボーレンバイダーモデルは水温や窒素を考慮しないという欠点をもつことを指摘し、現実の環境予測には不十分であると主張した。県側は、ボーレンバイダーモデルにより極端な富栄養化現象の発生はないものと考えられるが、曝気や生活雑排水処理等の水質保全対策を行い、富栄養化させない努力をしたいと説明した。
また、意見発表者側は、湛水域の草木の処理について、集水域全体から見ればきわめて狭い面積に過ぎず、効果はほとんど期待できないことを指摘した。県側は、汚濁負荷源である草木を処理することは重要な対策であると説明した。(2)『環境影響評価書』の生物調査について
意見発表者側は、カワセミなどいくつかの重要な種についての記述がない、昆虫の種の確認数が異常に少ない、昆虫・水生昆虫などは種名がまったく記述されていないなど、『環境影響評価書』の生物調査がまったく不十分であることを指摘した。
県側は、第三者的な各分野の専門家による調査がおこなわれており信頼できるものと考えているが、前回調査以降に「レッドデータブック」等が策定されたことから、動植物についての調査を行っており、貴重な生物が確認されれば、必要に応じて対策を検討したいと説明した。(3)水没予定地の生態系、生物生息環境について
意見発表者側は、不十分な『環境影響評価書』に記述されているものに限っても、地域的に重要な種をふくめ、水没予定地は非常に多くの生物が生息するきわめて貴重な生物生息環境を構成しており、県内ではこれに匹敵する生物多様性をもつ場所はほかにないと主張した。県側は、他にも類似の環境があるとしたが、具体的にはどの場所かとの意見発表者側の質問に、類似の環境のところが広域的にどこのあるかということも含めて、これから検討すると答えた。(4)環境アセスメントのやり直しについて
意見発表者側は、@『環境影響評価書』の調査・研究はまったく不十分であること、A今年6月施行の環境影響評価法で重視されている生態系、生物生息環境の観点を完全に欠落させていること、B意見交換の場で県側から多くの問題について調査中または調査予定であることが表明されたことを指摘し、公共事業再評価のこの機会に、環境影響評価法の理念に沿って今日的水準でアセスメントをやり直すべきであると主張した。
県側は、@『環境影響評価書』は各分野の専門家の十分な調査によるものである、A辰巳ダム建設事業では湛水面積51haであり、環境影響評価法や県環境影響評価条例の対象事業とはならない、Bただし、動植物については、天然記念物、絶滅危惧種及び希少・貴重種について今後とも調査していく考えであると説明した。Y.文化遺産問題について
(1)辰巳用水について
県側は、県刊行の『加賀辰巳用水』『加賀辰巳用水東岩隧道とその周辺』『辰巳ダム建設事業に伴う辰巳用水東岩取水口付替計画』以外に、辰巳用水に関する県の調査・研究の成果はないと答えた。また、辰巳ダムによって水没する東岩隧道について、新しい知見については拝聴したいと答えた。
意見発表者側は、横穴の特徴、先導抗工法、作業環境の問題など、これら3点の文献は辰巳用水とりわけ東岩隧道についての調査・研究・考察がまったく不十分であることを指摘し、辰巳ダム建設の是非の議論とは別に、辰巳ダム建設によって問題の解明が永久に不可能になる前に、未解明の問題について徹底的に調査・研究をやり直すべきであると主張した。
県側は、これらの文献は、県文化財保護審議会が、各分野の専門家による調査委員会を編成し、必要と思われる調査を実施し、その結果をまとめたものであると考えており、改めて調査することは考えていないと述べた。(2)青谷砦跡について
意見発表者側は、『加賀辰巳用水』など3点の文献が青谷砦跡についてはまったく調査していないことを指摘し、辰巳ダム建設によって破壊される前に徹底した調査・研究を行うべきであると主張した。
県側は、(1)と同様の見解をしめした。(3)県文化財保護審議会について
意見発表者側は、「辰巳用水の水没やむなし」という“結論”を出したとされる県文化財保護審議会、辰巳用水小委員会について、@辰巳ダムについての議論や県・地元との調整に終始しており、辰巳用水についての調査や独自の審議を行っておらず、A議事録がないうえに、『加賀辰巳用水』など断片的な記録にも矛盾や曖昧な点が多く、“結論”には正当性がないと主張した。また、B〔再〕調査・研究の成果をふまえ、あらためて審議会で、東岩隧道、青谷砦跡の文化遺産としての価値、文化財指定の適否について審議し直すべきであると強調した。
県側は、@文化財的価値等については審議していると考えている、A審議会の結論についても条件付き多数派意見が絶対多数で承認されたものと理解しており、議事録の必要はなく別に審議会の会議内容の記録はある、B改めて審議会で審議することは考えていないとの説明をした。Z.共有地について
意見発表者側は、水没予定地に辰巳ダム反対の共有地が5筆(共有者のべ5百名以上)あることをあげ、地権者が買収に応じない場合の対応などを質した。
県側は、@ダム事業に理解をしてもらえるよう話し合いを続ける、A用地をすべて取得するまで本体工事に着手しない考えであるとの見解を示した。[.河川維持水量について
意見発表者側は、辰巳用水土地改良区によると、辰巳ダムができれば辰巳ダムから安定的に水の供給を受けられると県から説明を受けているとのことであるが、辰巳ダムには辰巳用水のための貯水容量はなく、辰巳ダムができても辰巳用水の取水量は現在より増えることはないと指摘した。
県側は、辰巳用水には、水利権以上の流量は取水できないが、水力発電に使った水の一部が辰巳用水に流れる仕組みで用水の取水量は安定すると説明した。\.水力発電について
意見発表者側は、@もっとも電力が必要な夏場は渇水期でもあり、発電用の独自の容量を持たない辰巳ダムでは必要なときに発電がほとんどできないこと、A発電量がはるかに大きい犀川ダムなどの売電単価等を@とあわせて考慮すると、辰巳ダムの発電は採算の見込みがないことを指摘した。
県側は、@夏季の渇水時にも、辰巳ダムからの河川維持流量の放流により発電を行うものである、A売電価格については、今後協定の中で正式に決まるものである、B辰巳ダムの発電は限られた水資源の有効利用や地球環境に優しいエネルギーの創出を図るものであると説明した。