〜思い出・ココロとカタチ〜

窓の向こうは流れる景色。私は走る列車の中でただ静かに一人で居た。一人で居たかった。
静かに。ただ列車に身をゆだねて目的地に行きたいだけだった。・・・でもそんな私の思いも
すぐに崩されるのだった。
日本を縦断するこの列車の中で出会った少女。・・・七尾つばさちゃんに会ってから・・・。

・・・・・・
・・・・・・

つばさ「北上さんっ。おはようございますっ。」

緑「・・・おはよう。」

顔を合わせれば誰とでも元気に挨拶するこのコ。ずっとこの列車に乗ってるという七尾つばさちゃん。
昨日からこの列車に乗ったばかりの私にでも挨拶をする。まだ面識もそんなにないハズなのに・・・。
・・・いや、面識が全く無いわけじゃない。私も彼女のコトだけはすぐに覚えてしまったのだから・・・。
昨日の晩のこと。駅のホームに立ってたときに。

・・・・・・
・・・・・・

緑「・・・ふぅ・・・。」

溜め息をつきながらホームに立っていた私。手には乗車証と写真を握り締めて。
手に持つ写真を眺め、もう何度溜め息をついたのだろう。ホーム着いてからもずっと・・・。

アナウンスが流れ、2つの白いライトがホームに迫る。私の目の前に列車がやってくる。これから私が乗る列車。
私の目の前に止まった列車のドアが開き、なにかに吸い込まれるように私も乗り込む。

そんなときだった。
遠くから「お兄ちゃんなんか だいっキライっ!」と聞こえたのは。
「?」と思い、聞こえたほうに振り向こうとし、振り向いた瞬間。目の前に黒い物体が見えた。
一瞬の出来事だった。黒い物体が見えた瞬間、私は突き飛ばされた。
ドシンと鈍い音とともに私の身体は反対のドアまで飛ばされたのだった。

緑「・・・っつ・・・。」

ドアにぶつけた部分を手で押さえながら。いったい何が起きたのか判らないままドアのほうに目を向けると
一人の女の子が私と同じようにしりもちをついて通路にしゃがみこんでいたのだった。

つばさ「・・・いたたぁ・・・。ご、ごめんなさい・・。突然飛び乗ったりして・・・。あのぉ、どこかケガとかしてませんか?・・」

目の前には私より年下の女の子。いや、間違いなく年は下だろう。

つばさ「・・・あのぅ・・・怒ってます・・?」

緑「・・・。」

つばさ「・・・怒ってますよね・・・。突然、突き飛ばしちゃったりしたから・・・。」

緑「・・・。」

彼女の顔を覗くと大粒の涙が今にもあふれんばかりに溜まっていた。間もないうちにえっくえっくと声がするように。

緑「・・・私は大丈夫。・・・立てる?」

すっと立ち上がった私はすすり泣く彼女の前に手を差し伸べていた。
目を押さえた両手を少しずつ開けて、差し出された手を見て、次に私の顔を覗き込む彼女。
私の手を握り、起き上がる彼女。

緑「・・・私はなんともないわ。それじゃ。」

その場を去ろうと振り返ったときに、

つばさ「あのっ!せ、せめて名前だけでも・・・あとでちゃんと謝りに行きますからっ!」

その場を去りながら私は言った。

緑「・・・緑。・・・北上 緑・・・。」

つばさ「私は、七尾つばさ。つばさって呼んでくださいっ。」

・・・・・・
・・・・・・

それが彼女、つばさちゃんとの出会いだった。


この列車は各都市に24時間停車する。どうやら各都市での観光時間らしい。
列車に居ても仕方ないので私もとりあえずブラブラしてみる。
見慣れない街。いつもと違う雰囲気。人の流れも何処か違ってる。まさに知らない土地に立っていた。

とりあえず観光地と呼ばれるトコに足を運んでみる・・・。
教科書や雑誌に紹介されてるそのままの光景が目の前に広がっている。

緑「・・・・・・。」

他の所にも行って見た。ただただふらふらと。今日はそのまま列車に戻った。


その日の夜のこと。
つばさちゃんが私のトコにやってきた。
昨日のことを謝りにきたらしい。

つばさ「北上さん。昨日はホントにごめんなさいっ」

ぺこぺこと私に頭を下げる。

緑「・・・気にしてないわ・・・。」

つばさ「それで・・・お詫びって言うか・・・その・・・。」

ごそごそとポケットを探り出す。

つばさ「あ、あった。・・・あの、こ、これ。」

私の目の前に手を差出す。手に持たれていたのはキーホルダーだった。

つばさ「お詫びになにをしたらいいんだろうと思って・・・。なんかカタチあるもののほうがいいのかな?って。
昨日からずっと一晩中考えてて・・・。」

別にお詫びなんてそんなモノ要らなかった。でも彼女は必死だった。別に受け取らない理由もない。
「・・・ありがとう。」とただその一言を言ってキーホルダーを受け取った。
その後、つばさちゃんは「このキーホルダーは、ここにしか売ってないんだよ。」とか今日行ってたという
観光地のことを話してた。私はそれを黙って聞いていた。別にそんなコトどうでも良かったから。


次の日。
列車の発車時間までまだあるので駅前へ足を運ぶ。昨日と同じように列車に居ても仕方ないと思ったから。
駅を出てしばらく歩き、ふとある店が目に入った。ゲームセンターだった。
・・・私には用はない・・・。そう思ってその前を通ろうとしたら、

つばさ「あ、おーい。北上さんっ。」

私を呼び止める声が聞こえた。その声はつばさちゃんだとすぐにわかったけど。
両手にいっぱいぬいぐるみらしき物を抱えてこっちに走ってきた。

つばさ「見て見て。北上さん、さっきそこのゲーセンで取ったんだ。」

緑「・・・そう。」

つばさ「それでね、それでね。もし良かったら好きなのをひとつあげますよ。」

緑「・・・・?・・・私に?」

つばさちゃんの言葉に少し驚いた。

つばっさ「うんっ。お友達になれた記念です。さ、どぉおぞ♪」

両手に抱えたぬいぐるみを差し出してくる。別に断る理由もない。

緑「・・・・これ。」

小さなネコのぬいぐるみを指差していた。

つばさ「あ、はい。これですね。あっ、私、両手いっぱいだから持ってってください。北上さん。」

緑「・・・袋。」

つばさ「えっ?」

緑「・・・ちょっともらって来るから。待ってて。」

ゲームセンターの方へ歩き出す。

つばさ「あっ、待って。私も行く。」

・・・・・・
・・・・・・

店員「はいっ。おめでとうございます。」

袋いっぱいのぬいぐるみを受け取る。・・・・って、これ私のじゃないのに・・・・。
私が持ってても仕方ないのでつばさちゃんに返す。・・・ん?なんかキョロキョロしてる。・・・?つばさちゃん?

つばさ「あっ、あった。ねぇねぇ、北上さん。ちょっとこっち来て。」

呼ばれるままにつばさちゃんの元に行く。

緑「・・・あっ。」

つばさ「ねぇ。北上さん。いっしょに写真撮ろうよ。」

・・・私には目の前の機械がどういうのかちょっと良く判らないけど、つばさちゃんの話だと写真を撮る機械らしい。
それよりも私はこういう所に来るのが始めてなのかも知れない・・・。

・・・・・・
・・・・・・

つばさ「う〜ん・・・。なんか北上さん全部同じ表情ですよぉ・・・。」

さっき一緒に撮った写真を見てなんか不満そうな表情(かお)のつばさちゃん。
何度か撮ったのだが写真がどれも笑顔でなく無表情のがどうも気に入らないらしい。

つばさ「でも、いっか。北上さんと一緒に写真撮れただけでも。これも記念だし思い出だよね。ね?北上さん?」

緑「・・・えぇ。そうね。」

今度は私と撮った写真を大事そうに眺めるつばさちゃん。私は別に迷惑と思ってないけど、
でも、つばさちゃんみたいに楽しい気持ちにはなれない・・・。
・・・思い出・・・。その言葉があまり好きでないからかもしれない・・・。


・・・・・・。
いつの間にか つばさちゃんは私の傍(そば)に居るようになってた。ただ私の前に。隣に。
・・・私と居て楽しいんだろうか・・・。よく考えたら私はつばさちゃんに何も話したことは無いかもしれない。
いや、間違いなく私からは話したことは無いだろう。いつも、つばさちゃんの話に「えぇ。そうね。」と答えてる
だけだった。・・・いやな自分・・・。つばさちゃんもこんな私と居ても楽しくない筈なのに・・・。

つばさ「・・・ねぇ?聞いてる?北上さんっ。」

その声に急に我に返る。

つばさ「もうっ。さっきから呼んでるのに。お返事もしてくれないんだもん。」

少しむくれる つばさちゃん。でもすぐに話の続きを始める。

つばさ「それで、追っかけてきたお兄ちゃんから逃げて来て、あの時またこの列車に飛び乗っちゃったんだ。」

緑「・・・・。」

つばさ「でもね。ずっとこの列車に乗ってて思ったんだ。毎日がホントに楽しいって。」

緑「・・・・。」

つばさ「毎日毎日、新しいトコ見れて、こうやって緑さんとも他の人とも知り合えたし。
ホント、最後の旅行にはもってこいの思い出いっぱいの旅行だもん。」

緑「・・・・思い出?。」

ふと言葉がこぼれた。

つばさ「うんっ。だってぇ・・・。ほらっ。」

私になにかを差し出す。・・・ん?紙切れ??

緑「・・・レシート?」

意味が判らなかった。見せてくれたのは何の変哲もない只のレシートだった。

緑「・・・・これが、つばさちゃんの思い出?」

つばさ「そうだよっ。よっく見て。お店の名前とか入ってるでしょ?」

・・・確かに店の名前とか書いてある。

つばさ「それがあるってことは私がそこへ行って買い物したってコトでしょ?
それって私がその場所に行ったっていう証明になると思いませんか?」

言われてみれば・・・そうかもしれない。

つばさ「私、自分で訪れたトコの入場券とかも集めてるんです。硬券じゃないと記念にならないとか言う人も
居るけど、そんなのおかしいです。例え売ってるのが硬券でなくても自分で買った、自分はここに来たって証明に
なればそんな物 関係ないと思うんです。紙切れひとつでも私には思い出の詰まった大事な大切な宝物です。」

・・・カタチの・・・ある・・・思い出・・・。

つばさ「それに・・・日が過ぎてから見返してみるとその時の楽しかった事を思い出せるから・・・。」

・・・・っ!!・・・・なら私が今、抱えてるこの思い出はいったい・・・。
いい思い出なんか無い。忘れようと思っていてもどうしても忘れられない思い出ばかり。

緑「・・・どうして?」

思わず言ってしまった。

つばさ「え?なにがです?北上さん?」

突然の言葉につばさちゃんも驚いてるようだった。心配そうに私を見つめる。

緑「ホントは・・・こんな私となんか居ても楽しくないでしょう?」

つばさ「そんなこと・・・突然どうしたの?北上さん?」

緑「私には今までいい思い出なんかひとつも無かった。いつもいつも辛いコトばかり・・・。
うわべだけの言葉や優しさなんか要らない。私のコトなんかほっといてっ!!」

その場から逃げ出すように走る。後ろでつばさちゃんが呼び止めるがこれ以上あの場に居たくない。
あのまま話を続けることをココロが身体が拒絶していた。


・・・・・・。
・・・ん・・・?気付いたら周りはすでに明るかった。いつの間にか寝ていたらしい。
私ってヤな奴かな・・・。つばさちゃんは何も悪くないのに・・・。あんなコト・・・。

すっと身体を起こす。それと同時にぬいぐるみが床に落ちる。

緑「・・・あっ。」

昨日、つばさちゃんが私にくれたのだ。それを拾い上げて見つめてみる。

緑「・・・お友達の記念・・・か・・・。」

それを見つめながら考えてみた。そっか。辛い思い出は記憶にしか残らないけど楽しい思い出はこうやって
カタチにも残せるんだ・・・。そうやって考えると少しココロが和んだ気がする。なんとなく可笑しい気がしたから。

緑「・・・そぉいえば・・・つばさちゃん・・・どうしたんだろう?・・・」

つばさ「呼びました?北上さんっ。」

突如、横から顔を出す。

緑「えぇっ!??」

さすがにこれには驚き。

でも、昨日のことなんかもう覚えていないのか、気にしてるそぶりやそんな風には見えない屈託の無い笑顔で
私を見ていた。・・・私も少しは見習いたいかな・・・。

つばさ「あっ、北上さん、初めて笑った。」

緑「・・・えっ?」

つばさ「今度、一緒に写真撮るときはそのくらいの笑顔はしてほしいなぁ。ね?」

緑「・・・うん・・・。」

つばさ「あっ、北上さん、ひょっとして、照れてる?」

緑「・・・っ。・・・べ、別に・・・。」

つばさ「あぁ〜。なにも隠さなくてもいいじゃないですか。」

緑「・・・もぅっ。・・・それで、今日は何処に行く?つばさちゃんにお任せ?」

つばさ「うんっ。任せといて。もう下調べはバッチリ。どんとこいだよ。」

ちょっとずつ・・・増やせていけそうな気がする。この娘となら。楽しい思い出が・・・。
・・・ちょっと、自信が持てたかな。ありがとう、つばさちゃん・・・。


(完)