フリーきっぷで福井の私鉄行脚。北陸LRTの旅・福井編


「19年10月13日 えちぜん鉄道三国港駅構内で鉄道イベント開催」

こんな記事を雑誌で見つけたのは和歌山に行く直前の9月の25日。今季も「鉄道の日記念・JR乗り放題きっぷ」で和歌山で2回分使うつもり
だったので、「ほなら、余った一回分で福井鉄道とえちぜん鉄道に行ってみるか。」ってことで福井行きが決定。


そして10月13日。6:16。
大垣行きMLながらで大垣、米原と東海道本線を進み、直流区間が敦賀まで延びた北陸本線へ。待っていた521系電車で敦賀駅へ。
敦賀駅から福井鉄道の始発駅のある武生駅までは別料金を払って特急サンダーバードで移動。これで1時間の節約です(^^;;)

9:22。武生駅着。
ここから歩いて福井鉄道の始発駅 武生新駅へ移動。



今日使うきっぷは福井鉄道もえちぜん鉄道も乗り放題の1日フリーきっぷです(土日休日限定)。
このきっぷは各社の一日乗車券を個々に買うよりも100円安くなってます。やっぱフリーきっぷは使ってナンボです(爆笑)

福井鉄道の車輌は今は殆どの電車がかつて名鉄岐阜市内線で活躍してた770系、880系で運用されてます。他にもこの日は営業運転を
していなかった元・名古屋市交通局名城線1000形車輌の改造車輌の600形。800系低床電車。オリジナル車輌である200形電車が在籍。
武生新駅ホームでは200形、770系、880系が待機。今日は770系電車に乗って田原町に向かいます。



770系電車の車内に乗り込むとやっぱかつての美濃町線をほうふつするかのような懐かしい内装がそのままです(笑)
9:40。田原町に向かって出発。
ちなみに福井鉄道は20分に一本の電車が走ってて、ある意味隣を走るJRよりは本数は多いんだけど運行路線が20km弱なので
近距離輸送に力を入れているのと福井市内に入ると路面軌道での運用になるため、このような路面電車型車輌が主力となってます。

ではでは今日も駅長の薀蓄の時間となりました。少し耳を傾けてくださいませ。
福井鉄道は路面軌道も鉄道線も両方持ってる路線です。福井鉄道もかつての広電や名鉄揖斐線のように、こういった路面電車型の
小さな電車では無く、200形のような大型車輌が多く在籍していました。でも車輌の老朽化やステップの取付。乗降りの際の利便性。
5年ほど前に「LRT」や低床電車が大きく注目を浴びた際に福井鉄道も駅前発展の一環として軌道線区間に限定をして名鉄から800系電車を
借りて、電車による駅前の利便性を図るといった実験を行った事がありました。様々な実験やらでモータリゼーションの世から電車にお客を
取り戻そうと試行錯誤してた矢先の2005年。名鉄の市内線が廃止になり余剰車輌が発生した際、引き取り先として真っ先に名乗りを挙げたのも
福井鉄道でした。そして福井鉄道にとらばーゆされた車輌達は翌年の2006年に華々しくデビューを飾り、第2の余生を送る事になったのでした。

この770系や800系を受け入れる際に、鉄道線内のすべての駅のホームが路面電車用へと改修され、その時まで活躍していた大型車輌は
次々に姿を消していきました。でもラッシュ時の輸送力維持を考えて、まだ一部の電車は残ってますけどね。

福井市内に入っていよいよ軌道線へ。福井鉄道名物「市役所-福井駅進入スイッチバック」を楽しむ(笑)詳しい説明は後で。



大体1時間で田原町に到着。ここから えちぜん鉄道に乗換え。三国港駅へ今度こそまっすぐGoぉぅです。
えちぜん鉄道はかつての京福電鉄の廃止路線の一部分を受け継いだ第3セクター。薀蓄は後にして、まずはイベント会場の三国港駅へ。



10:48。田原町を出発。11:30。三国港駅着。
公式HPと「鉄道おもちゃ」の雑誌にしか載ってなかったこともあってさほど人も多くもなく、80人ほどが除雪車などの展示車輌を見て歩いてました。
いやはや、ここまでまったりゆったりした鉄道イベントなんて久々です(笑)
展示中の除雪用電気機関車等はわざわざ福井口の車庫からここまで自走回送してきたとの事。今日のイベントはこの車輌展示とミニ電車運行くらい。
あとは地元商工会の物販やえち鉄オリジナルグッズの販売。展示車内でえち鉄の人とまったりおしゃべりしたり(笑)
ここで売ってるのはもはや全国で色んな衣装を着ては売られる「えちてつアテンダント キティちゃん」を始め、今日が発売開始の「鉄道コレクション」の
えち鉄カラーのみの限定販売など。(笑)



イベントもそこそこに。現在はえち鉄の運転士をなさってて、その前は名古屋市交通局で運転士をやってたという方と色々な話をして
三国港駅をあとにして、えちぜん鉄道の全線完乗をするべく、福井口駅で乗換えて勝山駅を目指します。
この後は駅長の薀蓄第2弾。えちぜん鉄道の車輌についてですー。



ではでは駅長の薀蓄の始まりです。
このえちぜん鉄道で活躍する電車は主に、元・阪神電鉄車輌の2101系と2201系。元・愛知環状鉄道鉄道車輌の6000系。
自社オリジナル車輌の5000系で運行されてます。これらは殆どが京福電鉄からの譲渡車輌となります。ではこのえちぜん鉄道のお話。

えちぜん鉄道として運行を始める前は廃止した京福電鉄の路線だったこの会社。でもなぜ、えちぜん鉄道として再出発を果たせたかを説明です。

それは2000年12月17日に起きてしまった電車の正面衝突事故でした。
ほぼ全線が単線のこの鉄道。この事故は本来、駅に停車して上りと下りの電車を交換しなきゃならない駅で福井方面(上り)電車が車輌の
ブレーキ装置の故障によって停まらなければいけない交換駅に停車することが出来ないまま本線に進入。同じように駅に進入してきた
勝山方面(下り)電車と正面衝突するという悲惨な事故でした。この事故を受けて単独自動ブレーキ制御の単行車輌の運行が取り止めになり、
多重化されたブレーキ装置搭載の車輌もしくは2両以上での重連のみでの運行をする事になった半年後の2001年6月24日。

またしても同じ路線内で電車同士の正面衝突事故が起きてしまったのです。
これは前のようなブレーキの故障ではなく、運転士の出発信号見落としによる駅を誤出発した為に起きてしまいました。

事故翌日から京福電鉄は国土交通省から運行停止命令を受けてしまい、全線で運転を取り止め。バスでの代行運転を余儀なくされました。
事故について説明をすれば、2000年は車輌の故障に伴う運転車輌の見直し。2001年はATS未設置だった事も問題視された、運転士の
出発信号見落としという人為的ミス。
ちなみにこれと同じ事故はその6年前の1995年にも銚子電鉄でも起きたことがありました。
銚子電鉄が経営改善のためにワンマン運転を始めた数ヵ月後の事。運転士の勘違いによる誤出発のためにこれも発生してしまいました。
この場合もATS未設置が問題視されるべきであるけど、銚子電鉄ではタブレット閉塞が主流だったので問題視にされないままに
「全列車が笠上黒生駅にて確実なタブレット交換を行う。」という改善がなされたのです。

そして事故を起こした京福電鉄は鉄道線の運休を余儀なくされ、京福電鉄(京都本社)側も「福井鉄道部の建て直しは厳しい」との見解を示し、
2002年10月。京福電鉄福井鉄道部は事実上の廃止になってしまいました。
しばらくは代行バスで補おうと京福バスが代行輸送に当たってたけどさすがに雪国の越前。そうそう甘く行くことはなかったらしく、
どうしても幹線の渋滞。バスでの輸送力不足。延発、遅延が日常化し、雪が降れば輪をかけて悪化するという悪循環が浮き彫りになりました。
(ちょうど2002年9月に福井に行く機会があった駅長も京福バスによる代行バスの頻繁出発とその利用客が多かったのを覚えてます。)
2002年の春を過ぎるときには鉄道復活の声が福井県をはじめ、福井市、勝山市を揺れ動かすくらいに高まったのです。

そして2002年10月。
廃止になった京福電鉄福井鉄道部の殆どの路線を引き継ぐ形で「第3セクター えちぜん鉄道」が設立。
2003年10月に待望の全線での営業運転を開始したのでした。
でも永平寺線(東古市(現・永平寺口)-永平寺)が集客が見込まれないとそのまま廃止・・・。

えちぜん鉄道として生まれ変わった現在はATSも設置され、京福時代からの車輌も居るけれど今では愛知環状鉄道からのとらばーゆ車輌が
主力となって、廃止になった鉄道は、えちぜん鉄道として再出発を果たせたのでした。

えちぜん鉄道となって色々と改善されたトコも紹介しましょう。それは「アテンダント」と呼ばれる女性乗務員です。車内放送、案内はもちろん、
きっぷの販売、駅での回収。沿線の観光地の案内などを行っていますが、扉扱い等はしないので車掌という位置付けではないようです。

もうひとつは完全な新会社という形式になっているので、えちぜん鉄道社員の殆どが京福電鉄ではない他の私鉄のOBの方や
全くの新入社員という形になってます。前回行った「和歌山電鉄」と同じです。(両備グループ出向社員ばかりです。)

でも、このように多くの人に期待をされて復活を遂げた「えちぜん鉄道」。赤字運営であるのは事実で、まだまだ課題は多いけど
「雪国、過疎地区での鉄道輸送力の強みと必要性」というのを大きく証明してくれた事には違いありません。


駅長の長い薀蓄第2弾もここまで。気を取り直して勝山駅へ。・・・お昼食べようとしたけど店がねぇ・・・(滝汗)
仕方ないので駅前にあったお店でパンなどの軽食をちょっと買って、勝山駅に戻って永平寺口駅へ。
京福時代の最後で最新のオリジナル新型車輌の5000系の製造元が何処か知りたくて1本待ちぼうけ(笑)
製造元は武庫川車輌。阪神電車と同じです。実は2両いた5000系は、後の正面衝突事故で大破してしまい、1両が廃車・・・。
でも今や武庫川車輌でもアルナ工機でも18m級電車の製造を打ち切ってるので結構貴重な車輌だったのに・・・。

5000系に乗り込んで福井駅に戻ります。まずは買い物ついでにアニメイト福井へ(激爆)
では今一度、福井鉄道に乗り込むべく福井駅前電停へ。福鉄名物福井駅進入スイッチバックを説明です〜。



福井鉄道の福井駅周辺の線路配置はこんなカンジ。なので電車が福井駅に入るためには市役所前でスイッチバックして進入します。
では武生新方面からやってきた電車が福井駅へ進入して田原町方面へと抜けていく動きをもういちど見てみよう。

(1) 武生新方面からやってきた電車は画像左側の市役所前電停に一旦停車。
(2) ここでは扉扱いはせずに運転士は後方の運転台へ移動。
(3) 渡り線を渡って画像右側の市役所前電停へ進入。ここで旅客扱いを行う。
(4) 福井駅方面の進路をとって福井駅に進入。方向幕を田原町へと変更。(武生新からここまでは「福井駅経由」が掲げられてます。)
(5) ここで折り返し運転を行い、福井駅電停を出発。
(6) そのまま直進し、渡り線を渡って市役所前の画像左側の電停へ進入。客扱いを行ってそのまま田原町方面へ走っていきます。

ちなみに午前中の電車が「福井駅経由 田原町行き」が多く、午後、夕方から電車は「福井駅経由 武生新行き」が多くなります。
つまり朝は武生新方面から来た人が福井駅で乗換えやすく、夕方は福井駅から武生新方面へ帰る人へ利用しやすいダイヤとなってるのです。
本数はJRと比べれば多い福井鉄道ですけどJRと平行する路線が短く、駅も多いってのもあって急行運転を実施したりなどの利便性を挙げて
積極的に旧型車輌からLRVへの入換えを進めたりとしてきたけど、
2007年8月に「福井鉄道は鉄道部門の慢性赤字が永劫に解消されない。」という結論を打ち出されてしまいました。
でも福井鉄道はこんな実態にも諦めたりしないで、えちぜん鉄道のように「必要とされる鉄道」として今も頑張って経営改善を進めています。
えちぜん鉄道も福井鉄道も決して利用者が少ないってわけではないのですけど、やはり車社会と戦う私鉄は何処も苦戦を強いられるのは、
事実なんですよね。モータリゼーションとの共生と鉄道独特の強みをもっともっと活かせないかと思う福井の旅路でした。


「本日のデカルチャー」

やはり雪国。スノーシェイドが所々にある(笑)

モ770に乗ってると気分はあの頃の名鉄美濃町線(笑)前略、まだみんな元気で頑張ってます(ぉぃ

譲渡された800系は単行車輌が災いしたらしくラッシュ時の輸送力不足などの理由で今も殆ど出番もなく休車状態・・・(滝汗)
いちばん新しい車輌で一時は福井鉄道に貸し出しもされた車輌なのに・・・。貴重な単行VVVF車輌なのに(ぉぃ

一瞬、「あわらゆのまち」を「あらわ ゆのっち」と読んだ駅長(激滝汗)なにか期待したとかそんなコトはありませんよ?(汗)


戻る