〜笑顔の向こう〜


ちひろ「お買い上げありがとうございました。」
緑「えぇ・・。ありがと・・。」

笑顔でいつもお客さんと接するちひろちゃん。イヤな顔一つせず健気に働く。
そんな側(かたわら)でそんな一部始終を見ていた人が居た。

菜々子「いいかげんアイツの無愛想ぶりにも見飽きてきた頃だねぇ。笑顔のひとつぐらいできやしないのかねぇ。」
静花「なにしてらっしゃるの?菜々子さん?さては殿方をストーカーしてらっしゃるのかしらぁ?」
いたずらぽく菜々子さんに笑ってみせる静花さん。
菜々子「なに言ってんだい。あれだよ。あ・れ・」
チョイチョイと緑さんを指差す。「?」って顔で覗き込む静花さん。
静花「あの方って緑さん??」
菜々子「そうそう。アイツの不愛想も直んないかなって思ってさぁ。」
静花「なら、お宅のチーフさんに頼んでみてはいかがかしら?接客業を身につければちょっとは
変わるかもしれませんわよ。」
菜々子「そっか。なるほどねぇ。アンタもたまには良い事言うねぇ。」
静花「たっ”たまには”は余計ですわ!ホント失礼しちゃいますわ」
菜々子「ゴメンゴメン。そっか、その子ちゃんならなんとかしてくれるか。」

菜々子「・・・ってな訳で協力してくれないかな??」
その子「えぇ〜?でも北上さんでしょ?う〜ん・・よし、やってみようか。でもどうやってウェイトレスをさせるの?」
菜々子「う〜ん・・・・っそうだ!」しめしめと含み笑いをする菜々子さん。その視線の先に居たのはけさみちゃん。

・・・・・
・・・・・

菜々子「おぉ〜い!た、大変だぁ〜。けさみちゃんが倒れちゃった〜!!」
その子「えぇ〜、そ、それは一大事だわ。でも仕事をほっぽっていくわけには・・。」
なんかわざとらしくも見える芝居を各車輌でパフォーマンス。無論、緑さんを探すために動力車輌から
やってる訳である。4号車でその影を発見し・・。
菜々子「おぉ〜い!た、大変だぁ〜。けさみちゃんが倒れちゃった〜!!」
その子「えぇ〜、そ、それは一大事だわ。でも仕事をほっぽっていくわけには・・。」
菜々子「だ、誰かけさみちゃんの代わりを探さないと仕事が追いつかないよぉ〜。」
その子「だ、誰か手近な人にお願いしましょう!!」
緑さんの目の前で展開される二人のコント(はたから見ればそうなるであろう)緑さんはすこし驚いた顔で
頭に「?」と出しながら二人のやりとりを見ていた。
緑「ど、どうしたの?二人とも・・」
しめたとばかりに菜々子さんが切り出す。
菜々子「チーフ、ここは北上様にけさみちゃんの代わりをお願いしてみるのは?」
その子「そ、そうね。仕方ないのよね。お願いします。北上様。」
菜々子さんが緑さんに向かって”○様”扱いするのもすごく不自然な故にこの芝居・・。怪しさ炸裂状態である。
別に緑さんが返事をしたわけでもないのに急に手を引いて。
菜々子「じゃ、北上様。こっちです。」
緑「え??ちょ、ちょっと、待ってよ・・・」
強引に緑さんを連れ出して3人で食堂車の乗務員着替え室に走っていった。

・・・・・
・・・・・

菜々子「ピッタリじゃん。緑」
その子「うん。よく似合ってるわよ。北上さん。」
緑「・・・・・。」

強引にウェイトエスの制服に着替えさせられた緑さん。
でもその顔は照れてるとも怒ってるともとれる表情だった。
菜々子「緑は元が良いからなんでも似合うよね。そこで一回転でもしてほしいねぇ〜。」
菜々子さんのそんな言葉に怒ってしまったか、プイっとそっぽを向いて緑さんは歩き出してしまった。
菜々子「ありゃりゃ〜?照れちゃったのかな?カワイイねぇ〜〜」
もし、これが静花さんならなんと言うだろう・・・。
”静花「おーほっほっほっ。今更なにをおっしゃるのぉ??私はなにを着ても似合いますわ。」”
・・・・ってのが御定番なんだろうけど・・・。
その子「さ、二人ともお仕事しましょう。北上さん、判らない事は私か菜々子ちゃんに聞いてね」
かくして緑さんの食堂車勤めが始まったのである。

・・・・・
・・・・・

菜々子「・・・やっぱ失敗だったかなぁ・・・。」
ちなみにここは食堂車。菜々子さんの目の前では緑さんを怒鳴り散らす静花さん。
ウェイトレスをしてても相変わらずの無愛想ぶりに腹を立てているみたいだった・・・。
一応に言い終えたらしくずかずかと菜々子さんのトコに静花さんがやってきて一言。
静花「あの方に笑顔を求めるなどホント馬鹿げてますわ!ウェイトレスなんてもってのほかですわ!
あんな方が居たら食堂車が陰気くさくなってしまいますわ!!付き合いきれませんわ、フン!」
菜々子「・・・最初にウエイトレスをさせてみたら良いって言ったのはアンタだろ・・・」
そんな静花さんに呆れてしまったのか、ぼそっとつぶやく。
その言葉を聞いたか聞こえなかったか静花さんはそのまま、その場を去ってしまった・・。
なにも無かったように黙々と片付けを続ける緑さん。接客以外の仕事はなんでもこなしてるみたいだった。
そんな姿を見かねてか菜々子さんが緑さんに、
菜々子「う〜ん・・・静花の言ってたコトはあまり気にしちゃダメだよ。でもアンタも
もうちょっと笑顔って言うか愛想よくしてもいいんじゃない?いちおう接客のお仕事なんだからさぁ・・・」
緑「・・・・・・・」
また何も無かったように黙々と仕事を続ける緑さん。
菜々子「ねぇ・・・その子ちゃんからもなんか言ってやってよ・・・。」
自分では手におえなくなったらしくチーフウェイトレスであるその子ちゃんに助けをこう。
菜々子さんにせかされ、その子ちゃんが緑さんに近づく。
その子「ねぇ、緑ちゃん。食堂車のお仕事ってのはお客さんが来なきゃなにもならないの。
そしてせっかく来てくれたお客さんに嫌な思いをして帰って欲しくはないのよ。私もあとで鹿島さんのトコに
謝りにいくわ。ここの責任者として。チーフといっしょにね。」
緑「・・・・・」
その子「だから、嫌な印象を与えないように。笑顔でお客さんを迎えるようにしてね。」
緑「・・・なんで・・・なら、どうして私を・・・」
なにかを口ごもって突然食堂車を飛び出す緑さん。
その子「あっ、待って!緑ちゃん!!!」
その後をその子ちゃんも追いかけるように食堂車を飛び出していった。

・・・・・
・・・・・

展望車。ウェイトレス制服のままなにやら哀しげな表情をして、奥の方のシートに座る緑さん。
美弥車掌長さんから居場所を聞き出したその子ちゃんが展望車に走りこんできた。
その子「はぁ・・はぁ・・。見つけた・・緑ちゃん・・・ここに居たんだね。」
緑「・・・ごめんなさい・・・その子さん・・・でもしばらく放っておいてください・・・。」
その子「どうしたの?なんなら相談にのってあげよっか?」
緑さんの隣に座り、緑さんの顔を覗き込む。まるでお姉さんのようなやさしい表情をして。そんなその子ちゃんの表情に安心を抱いたか重い口を開いた。
緑「なんで私をウェイトレスにしようなんて・・・したんですか?」
その子「うん。だって緑ちゃんは会うたんびにそっけない態度だったし。私もヴェガの乗務員の一人だし
暗い気持ちで旅をして欲しくなかったの。だから少しでも。たとえそれが作り笑いでもなんでも・・・。
・・・緑ちゃんの笑ってる顔がどうしても見てみたかったの。ゴメンね。菜々子ちゃんとつるんでて。」
すこし苦笑いをしながら緑さんを見る。そんな目を見ながら緑さんも口をひらく。
緑「・・・・私もごめんなさい・・・。いつの頃からか・・・周りに誰も居なくて・・・ずっと一人で・・・
だからこうやって周りの人からやさしくされてもどう反応していいか判らなくて・・・
でもこうやってウェイトレスをさせてもらえたのはホントは嬉しかったんです!でもそれが
表情で現れなかったんです・・・。嬉しいはずなのに・・・。」
落ち込み気味の緑さんの前に廻り、その両肩にポンっと手をおいて
その子「大丈夫。そんな緑ちゃんでも絶対に必要とする人は居るんだもん。少しずつ・・・変わっていこうよ。
また昔みたいに笑って過ごせるようにね。
私にだって同じような経験あるしね。自分から変わっていかなきゃダメだってコトだよ。ね?」
緑「・・・その子さん・・・ありがとう・・・。はい、頑張って笑顔を作ってみます。」
そのとき緑ちゃんは今にも泣きそうな顔をしてたけど、それでも笑顔は絶やさなかった。
でも「はい!」って返事したときがイチバン輝いていたような気がします。

・・・・・
・・・・・

しばらく後のこと。鏡の前でウェイトレス姿の自分の顔を見つめる緑ちゃんが居ました。
終点まで自分を見つめなおしたいと食堂車で働く事を彼女は志願してくれたんです。

「私を必要とする人は必ずいる。また昔みたいに笑って過ごせるように」

その子ちゃんが言ってくれたコトを励みに・・・。
その子「よし。お掃除終わりっ!!菜々子ちゃん!緑ちゃん!今日も頑張って働きましょうね」
菜々子&緑「はい!頑張りましょう。チーフ。」

そして今日も食堂車では3人の声が元気に響いています。でも・・・どことな〜く、
その子ちゃんと緑ちゃんの声が似ているような・・・。
と、言うか・・・私はいつまで売店車で隠れていればいいのよぉ〜。
その子おねえちゃぁ〜〜〜ん!私を忘れないで〜〜!(T_T)
(おしまい)

<一部・羽田けさみちゃんの日記より抜粋(?)>