指輪のページ


宝石 旅紀行 アメジスト(スリランカ)  翡翠(中国 昆明) 


指輪は大きめが好きです。何故なら指が太い
から細い指輪だと 指輪が貧相に見えるから
です。トホホ

 その上、少しへそ曲がりなので、すきっとした
デザインではなく、ごつごつしていたり,穴が空い
ていたりで、どう見てもセンスがいいとはいえな
いものばかりです。

 しかし 大きいだけに 妙に存在感がありま
す。
左上のゴールデンパールは直径8mmです。
下段、左のグレーのパールは直径13mmで
す。
すぐ下の写真の右側横向きのと同じものです。 5mmの違いは見た目で、かなりの違いですね。



 一番左の写真はアメジストのエメラルドカットで一辺が16mmあります。
これは私の初期の作品で,エメラルドカッ
トのカリキュラムの時に教材で作ったもの
です。
横向きの写真で分るように  このときはまだ、穴はあいていません。
この大ぶりの指輪をしていると指輪の裏に汗の水滴が細かく付いているのを発見。
 この後、右側のパールの指輪のように、空気抜きの為の穴があくようになりました。
このことは、私にとってもう一つ良いことが有りました。
それは、穴があくことにより、素材の金属が少なくて済むということです。
大体が大ぶりで重い作品になってしまうので、穴があくことにより少しでも軽くなることは大事なことでした。
今では、どの指輪も穴があいています。


[宝石 旅紀行アメジスト
 )

 このアメジストはスリランカ の古都キャンディで買いました。その頃は、まだ鋳金を始めたばかりで金属素材の教材が続いていました。
早く石を入れたカリキュラムに行きたいなと心待ちにしていました。

 通っていた学院に業者が石を売りに来ていたので、目の保養になるなあと楽しんで見ていたものです。
そんな折、これらの宝石は、どこでどうやって採れるのだろうと興味が湧きました。
 世界各地で宝石は産出されるけれどスリランカが日本から近くて種類が豊富であることを知りました。

これはもう行くしかないとリュック背負って一人旅ホテルの予約も入れずにコロンボの空港に降りてからが大弱り。

旅行先としてはメジャーではないけれど、旅の本を数冊買いこんで,結構十分に研究をし尽くしていました。
14日間の日程を細かく組んで,バスと列車の併用で回るつもりでした。
一人旅の時は,その国の公共機関の乗り物を使うことにしていました。 ホテルはその都度、調達すればよし。

 コロンボの空港でホテルの予約をしようと、そのブースに行ったのですが、夜の九時半頃、係員はおらず、代わりに胸に旅行業で空港内に入っても良いという許可証を付けた人達が数人やって来ました。
中の一人、背が2mはあろうかと思われるむくつけき大男、縮れ毛に浅黒き肌で話し掛けてきました。

 今晩とまるホテルを予約したい旨を告げると、私が一人旅であること等を聞き出し、この国は、今 民族問題等が有り、女の一人旅は危険だから、タクシーで行けと言うのです。

 そんな事は、すでに調査済み,爆弾テロがしばしば発生し、外国人が立ち入り出来ない場所があり、 それがどこかも知っている、とにかくホテルの予約をして欲しいと懇願するのみでした。

 しかし、むくつけき大男は,危ないから一人旅は止めたほうが良いの一点張り。女が一人タクシーに乗るほうがよっぽど危険なんじゃ-っ。
こうなったら、私も絶対に負けないぞ、ばっかもん 女だと思ってなめてるなと、胸の内から闘志が湧いてきました。

 すると、相手は別の男にタッチ、別の男が前の男と同じ事を言うので私は声高に喧嘩腰になって言い返したものでした。
すると又々別の男と入れ替わり,説得にかかるのです。男三人対女一人。

 私は益々闘志を燃やし、こうなったら何が何でも負けてなるものかと掴み掛からん勢いでした。 そのうち、又最初の男に代わり、政府も,外国人が危険な目に遭うとまずいから一人旅はなるべくしないようにと言ってる等と言い出す頃は私もそんなのウソだと分っていてもいささか疲れを感じ初めていました。

 その間40分位でしょうか。このやり取りは英語なのですが、中学生レベルの英語力しかない48才の おばさんには闘志満々だったのに持続力が無くなっていました。

 ちょっと話だけでも聞いてみようかなと態度が軟化 し始めるのがいい加減な所。
三人の立会人がいれば何か有った時、証人になるし若しこの三人がグルだとしても、さっきから大声ですっぺらこっぺら言っていたから周囲には認知されていたはず。危険は無いかもしれない。
 聞くと、二週間タクシーで回ってホテル代込みで六万円だという。食事代は自分持ち。行きたいところに行ってよし、とのこと。

  フーッ。  疲れた。  さっきの40分は何だったの。

 てな事が有り、結局その話に乗り、タクシーでスリランカの名所旧跡をくまなく見て回りました。
最初に予定していたものより ずっと充実した旅が出来ました。こんな事なら喧嘩腰で交渉しなけりゃよかった。

 バス 列車では高地の山越えは出来なく一旦引き返して海沿いに行こうなんぞ と考えていたものが車だと楽に行けるし、何といっても運転手はスリランカ人だから、近道なんぞを熟知していてスムースに運びます。
遺跡から遺跡への移動にジャングルの中のけもの道を走ったこともありました。

 スリランカ中、何処にでも宝石店が有りました。
メイン道路には道の両側に、まるで,日本の道路でもりんごや葡萄の季節になると一間ほどの幅の店がにわかに出来るのですが、あたかもそれと同じように小さな宝石店が林立しているのです。

 旅の中ごろにスリランカの真中、仏陀の歯が祭られているという仏歯寺が有るキャンディという所に着きました。
そこはスリランカ随一の古都で観光客が一番訪れる街です。

 白い魚が住むという街の中心にある湖のほとりに仏歯寺はあり参拝客が列を作っています。私もその列に 混じって仏の歯とやらを見ることにしました。
 のろのろと列が進み、それらしき前に来ましたが、あの後ろに有るらしいということで,実際には歯そのものは見えませんでした。それはまあ、そうでしょうね。

 その街も至る所、宝石屋だらけでした。
仏歯寺から出たすぐの角地の良い場所にディスプレイの綺麗な店が有ったので入ってみることにしました。

 中には鼻髭、太目のオッサンが一人だけいました。彼が主人のようでした。
何か良い石は有るか訊ねると、紙袋を取り出しガラスケースの上にジャラジャラとアメジストを、ぶちまけるではないか。

 おお、なんと大胆な、と思っていると別の紙袋も取り出し、それもぶちまけたのには驚いた。それもアメジスト。
拡大鏡を渡してくれて、良く見ろとのたまう。言われたとおりに見てみると何だかグレードが低い。

 もっと良いのを見せてと言うとOKと言って奥へ消えてしまった。ガラスケースの上にはアメジストが てんこ盛り、いるのは私一人。何と無防備なことか。私はあきれて彼が出てくるのを待った。
これが、なかなか出て来ない。このまま帰ってしまおうかと何度も思ったがいかにも状況が悪い。五分ほどしてやっと別の包みを持ってでてきた。

  最初のてんこ盛りを腕で掻くように横に移動して、そこへ持って来た包みをぶちまけるのであった。
しかし、やっぱりグレードが低い。しかし、そのオッサンの努力に答えないと悪いような気持ちになっていた。

 そこで、仕方なく数個のアメジストを買ったという次第。このアメジストはその中の一つです。

 数日後、南部を走っていたら、そこここの川や湖が暑さの為に干上がって魚の腐臭が鼻を突くのですが数人の男達が炎天下、干上がった湖の中で穴掘り作業をやっているのが目に入りました。
運転手に聞くと、宝石を掘っているのだと言うではないですか。

  成る程、旅の本にも、川の底から畑の中から宝石は出てくるらしいと書いてあった。まさしくこれだと興奮したものの外気は50度cはあろうかと思われる暑さに辟易。

 車の中からしばし見学。一口に言うと、その作業はどじょうすくいに酷似していた。
大きなザルに掘った土を入れ水の中で泥を流して小石だけにする。その中から宝石を探し出す。
とまあこんな具合。こんな非能率的な事をして宝石は見つかるのかと知識では知っていたけれど見ていてあの暑さの中で労働する人達には、正直感心させられました。

 話は前後しますが、スリランカで是非見たいと思っていた物の一つにシギリヤロックというのが有りました。
これは、スリランカの真中当たりシギリヤ村のジャングルの中に忽然と現れる一枚岩です。
オーストラリアのエアーズロックのように大きくなく有名でもないのですが興味深々でした。

 その岩はマッシュルームのように上部が大きくオーバーハングしていて驚いたことに、そのてっぺんに 四百年位前、宮殿を築いた王がいたのです。てっぺんの広さは学校のグランド程も有ったでしょうか。
資材を運ぶのにかなり工夫がいったことでしょう。なにしろオーバーハングしているのですから登ることすら難しいのです。
 現在は板を渡して足場を確保したり鎖が有ったりして何とか登れるようになっていました。今では石の遺構と沐浴用のプールが残っているのみです。大汗をかいて登ってみると風が気持ち良く、登るとき、この風で足元がふらつ かないかと心配したことがウソのようでした。

  この王は実の父親である前王殺して王の地位に着き、腹違いの弟に殺されるまで11年の在位でした。

 このシギリヤロックを有名にしているもう一つの要素に、オーバーハングした内側に描かれた美人画が有ります。
これも是非見たいと思っていました。四百年前に描かれていながら風雨に晒され決して保存が良いわけでもないのに残っていることに驚きを感じていました。十人以上描かれていたらしいのですが現存しているのは四人です。

 豊満な肉体の四人の美女達、どの胸にも大きな宝石が描かれていてやっぱり宝石の国だと感心させられました。 おそらく絵の具は日本画で使う、岩絵の具のような鉱物の粉が使われているのではないでしょうか。運良くオーバーハングのおかげで日光に当たらず雨にもそれほど当たらなかったのでしょう。

 私が見たときは小学生とその母親たち二十人くらいが見学に来ていました。スリランカの女性の殆どはサリーを着て頭にベールをかぶっています。その時の母親たちも黒っぽいサリーをまといベールをかぶっていました。
 人一人通れる細い通路をすれ違うのに、身をすり合わせるようにしてすれ違った時、その母親たちから汗臭い匂いが放たれていたのをにっこり微笑んでくれた笑顔と共に今でも鮮明に覚えています。
                                                   旅紀行 アメジスト 了 ]



再び指輪の話に戻ります。

この指輪は南洋パール 直径13.8mmです。
正面からと横から撮っています

ご覧のようにごつごつしているうえに、穴まで空いています。


 18金 14g、 ダイヤモンド 0.72カラット 
 最大幅23,6mm  ¥210,000円
 (恭子さん所有)





 使う金属も、どんなに軽くても10g以上有ります。平均すれば15グラム
くらいでしょうか。
時には20gを超えるときも有り,肩こりが起きるときもしばしば・・・・
(これはウソ)イヒヒヒ
 [ でも叔母の米寿の祝いに 18グラムの指輪をプレゼントしたら 
「重くてはめられない。」と人伝てに耳に入りま>した。
叔母さんゴメンナサイ、重くて。 ]



上の写真は同じデザインで左は、18金にゴールデンパールの13.4ミリ珠(国分さん所有)を、 右はプラチナにホワイトパール14ミリ珠を
入れています。

0.6ミリの差でもかなり違いですね。
 そこにメレダイヤをいれると ハデハデになりまして、少々、 成金趣味の作品になっているかもしれません。

 若い生徒に混じって、鋳金を始めた時、先生は申すに及ばず生徒たちも  とても大ぶりな指輪をしていました。
 私は「成金趣味で 感じ悪いなー。絶対 あのような下品なものは作るまい。」と心に誓ったものでした。 ところがであります。
 半年後の私ときたら なんと節操のないこと  完全に成金趣味になっとりました。エヘヘヘ

 てなわけで、今では上品で、小ぶりはダーメダメ。下品に行かなきゃ‐。 大きいのでエー。

 使う石はパールが一番多く その中でも 丸いパールではなく 変形したパールが面白いので それをよく使います。

 丸いパールは見慣れていて面白くないけれど、
変形パールは 二つと同じ物が無く  形に合わ
せ一つ一つデザインして作らなくてはなりません。
 そこが又,面白くもあり楽しいところです。

左 南洋けしパール  パールの長径 21mm
  18金 18.71g、 ダイヤモンド 0.5カラット
  134,000円



       右 南洋けしパール  パールの長径 18.9mm
       18金 12.1g ダイヤモンド 0.38カラット 105,000円

      左の写真は、横から見たところです。




 次ぎによく使う石はオパールです。 私の誕生石でもあり、パールと同じく変形した石を多用します。

写真の2点はどちらもブラックオパールのダブレッドです。

左 18金 12.90g、 ダイヤモンド 0.5カラット  

右 オパールの長径19.2mm、 短径11mm、
  指輪の幅最大28.4mm、18金 17.8g、ダイヤモンド 0.4カラット
  



 その外、何色も色が有るトルマリン等も使います。バイカラーといって、一つの石の中に二色 のカラーがあるものもあります。















この四つの指輪は全部トルマリンです。(和名は電気石といいます。トルマリンには不思議な力が有ります。)
左二つはピンク、次はブルー、右はピンクとグリーンの二色入りです。
ピンクトルマリンの中でも特に色の濃い左側の指輪の石はルベライトといって値段が高くなります。


左 翡翠 18金 16.38g,ダイヤモンド0.5カラット


右 アメジスト,ダイヤモンド 18金  大きさ 25×30mm 

       25mm×30mm   






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[宝石 旅紀行翡翠 )

 中国の昆明はミャンマーと近く、ミャンマーの翡翠が売られています。翡翠は世界中で只一国ミャンマーでしか産出し ません。
 現実には何々翡翠といわれて緑色の石が売られています。これらは軟玉といわれ大雑把に翡翠の仲間に入れ られているものです。
硬玉と呼ばれるものがミャンマ-の翡翠です。

この石を昆明の友誼商店(外国人相手に政府がやっているお土産や)で手に入れました。
日本で買うより高いので最初は買う気も有りませんでした。

旅も後半になり慣れてきたので、値引きの駆け引きを楽しもうと、先ず半額からスタート。

 昆明は中国のかなり内陸部なので日本からの観光客も沿海部ほど多くは無いせいか、人柄が真面目らしく吶々と応じていました。
オバタリアンの強烈さに辟易していたようでもありました。でもこれがあちらの手かなあ。
結局、言い値の六割位で買ったような気がします。 昔のことでよく覚えていません。ああーっ、ボケがはじまってるーっ。]




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