創作
ジュエリー
教室
&
宝石 旅紀行
岩瀬祥子
のホーム
ページ
へようこそ
目次
蟻ケ崎高校同窓会
ジュエリーあれこれ
マベパールの話
トルマリンの不思議な力
指輪のページ
パールネックレス
ブローチとペンダント
ジュエリー展作品集
リンク
アクセサリーショップ レ・シャトン
すんりのジュエリーメイキング
アトリエSOUFFLE
宝石 旅紀行
マベパール(インドネシア)
ジュエリーデザイナーズコレクション
岩井 日出子
Hideko Iwai
岩瀬 祥子
Sachiko Iwase
江波戸 朋子
Tomoko Ebato
大塚 由美子
Yumoko Ohtuka
中田 佐知子
Sachiko Nakada
松本 多加
Taka Matumoto
三谷 真理子
Mariko Mitani
和田 良子
Yosiko Wada
松本 光代
Mituyo Matumoto
ご感想もお待ちしています。
私は昭和18年生まれの、ちっとばかり元気のいいおばさんです。 いろいろな趣味がありますが今1番熱心にやっているのが
ジュエリー製作
です。
ジュエリーをはじめたきっかけは10年以上も前、大きな
ピンク
の
マベパール
が手に入ったことによります。
それまでは好きな石が手に入ると指輪に作ってもらっていたのですが、その時も 、そのマベパールを指輪にしてもらうべく業者に持って行ったのです。
[
宝石 旅紀行
マベパール
]
そのマベパールは
インドネシアのジョクジャカルタの空港
で朝早く買ったものです。
離陸 十分前に開いたお店をちょっと覗くつもりが パールでは 見たことも無い
綺麗なピンク色
に魅せられて、 店員と言葉を交わしたのが
運のつき
。
地方空港ののんびりさもあってか 搭乗は
離陸直前
で、
機長
も
スチュワーデス
も
乗客十名位
が皆一斉に
"Let's go."
と50メートル先に駐機している飛行機に向かって歩き出しました。こんな搭乗は初めてでした。 普通、乗務員は先に乗り込んで乗客を迎えるものです。
皆がタラップを登り、乗り込んだのを、
横目
で見ながら 早く乗らなくてはと大いに焦りました。
飛行機の所にいる係員が「早く 早く。」と私を
手招き
するので、
大急ぎ
でお金を支払い
脱兎のごとく
飛行機に飛び乗った という 思い出の一品です。
旅紀行 マベパール 了]
作るといっても最初から作るのではなく、 実際は
空枠(からわく)
といって 石の寸法に合った枠がすでに何種類も有り、気に入った枠を選んで石をはめてもらうわけです。
18金で使用量4〜5gの何の飾りもなくメレダイヤも入らないもので、 当時、3〜4万円でした。
しかしそのとき
直径17ミリのマベパール
が入る枠がありませんでした。(今では20ミリを越える空枠もあります。)
するとその業者は
「お作りしますよ。ただし お値段は特注だから3倍になりますが。」
ときたもんだ。
な な なんと
10万円を
超えてしまう
ではないですか。
その時,貧乏な私は
「それでは いいです。」
てなことを言って スゴスゴと持ち帰りました。
だから、そのマベパールはずっと私の手元に何の加工もされずに ほったらかされていました。
心の中で「どうしたらいいかなあ」と常に 気にかかっていました。
そんな中で
「自分で作ったら問題解決ジャン。」
と思い立ち 即実行です。まず
彫金
をやり次に
鋳金
(ちゅうきん)を習いました。
鋳金を始めて
3年後
、紆余曲折の末に、 そのマベパールはやっと
作品になりました
。
それがこれです。ああ、なんと情けない。
指輪にすれば,直径17ミリは目を見張る程の大きさなのですが、
何を血迷ったかこんな形のペンダントヘッドにしてしまいました。
半円形のふくらみを見ているうちに、あるものがイメージされてし
まったのです。 通い帳を持った狸の置物のとぼけた姿です。
最初にイメージした物とは 全く違ってしまいまして、マベパールを
狸のおなか
なんぞに しちゃいました。オフザケも極まれりです。
今にして思えば もう少しエレガントなデザインにすべきだった。
反省
してます。ポリポリ
目はエメラルド 尻尾にダイヤ十石入っています。
この
ページ
のトップに戻る 指輪の
ページ
へ
ネックレスの
ページ
へ ブローチとペンダントの
ページ
へ
ジュエリーあれこれ