創作ジュエリー教室

宝石 旅紀行




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ご感想もお待ちしています。 

 



私は昭和18年生まれの、ちっとばかり元気のいいおばさんです。 いろいろな趣味がありますが今1番熱心にやっているのがジュエリー製作です。

 ジュエリーをはじめたきっかけは10年以上も前、大きなピンクマベパールが手に入ったことによります。

それまでは好きな石が手に入ると指輪に作ってもらっていたのですが、その時も 、そのマベパールを指輪にしてもらうべく業者に持って行ったのです。

 [宝石 旅紀行  マベパール ]
そのマベパールはインドネシアのジョクジャカルタの空港で朝早く買ったものです。
 離陸 十分前に開いたお店をちょっと覗くつもりが パールでは 見たことも無い 綺麗なピンク色に魅せられて、 店員と言葉を交わしたのが運のつき
 地方空港ののんびりさもあってか 搭乗は 離陸直前 で、機長スチュワーデス乗客十名位が皆一斉に"Let's go."と50メートル先に駐機している飛行機に向かって歩き出しました。こんな搭乗は初めてでした。 普通、乗務員は先に乗り込んで乗客を迎えるものです。

皆がタラップを登り、乗り込んだのを、横目で見ながら 早く乗らなくてはと大いに焦りました。
 飛行機の所にいる係員が「早く 早く。」と私を手招きするので、大急ぎでお金を支払い 脱兎のごとく飛行機に飛び乗った という 思い出の一品です。
                      旅紀行 マベパール 了]


 作るといっても最初から作るのではなく、 実際は空枠(からわく)といって 石の寸法に合った枠がすでに何種類も有り、気に入った枠を選んで石をはめてもらうわけです。

18金で使用量4〜5gの何の飾りもなくメレダイヤも入らないもので、 当時、3〜4万円でした。

 しかしそのとき直径17ミリのマベパールが入る枠がありませんでした。(今では20ミリを越える空枠もあります。)

 するとその業者は「お作りしますよ。ただし お値段は特注だから3倍になりますが。」 ときたもんだ。

 な な なんと10万円を超えてしまうではないですか。
その時,貧乏な私は「それでは いいです。」てなことを言って スゴスゴと持ち帰りました。

 だから、そのマベパールはずっと私の手元に何の加工もされずに  ほったらかされていました。
心の中で「どうしたらいいかなあ」と常に 気にかかっていました。

 そんな中で「自分で作ったら問題解決ジャン。」と思い立ち 即実行です。まず 彫金をやり次に鋳金(ちゅうきん)を習いました。
 鋳金を始めて3年後、紆余曲折の末に、 そのマベパールはやっと作品になりました

それがこれです。ああ、なんと情けない。

指輪にすれば,直径17ミリは目を見張る程の大きさなのですが、
何を血迷ったかこんな形のペンダントヘッドにしてしまいました。

半円形のふくらみを見ているうちに、あるものがイメージされてし
まったのです。 通い帳を持った狸の置物のとぼけた姿です。

 最初にイメージした物とは 全く違ってしまいまして、マベパールを
狸のおなか
なんぞに しちゃいました。オフザケも極まれりです。
 今にして思えば もう少しエレガントなデザインにすべきだった。
反省してます。ポリポリ
  目はエメラルド 尻尾にダイヤ十石入っています。






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