プロキシマ・ケンタウリ探査の旅

 仮想宇宙旅行記の第2弾は人類の宇宙進出に夢を広げる初の恒星間飛行!。最も近い恒星であるプロキシマ・ケンタウリ探査への参加記録だ。人類は宇宙へ進出することができるのだろうか?。

[0]この旅行記について

 亜光速の恒星間飛行を行うと宇宙船での時間と地球上での時間にずれが生じる。また数年に渡る長期飛行中の大半は冬眠状態で過ごすことになる。従って日々の日誌形式での旅行記を記録するのは困難であり、この旅行記はおおまかなフェーズ毎の記載となることをご容赦願いたい。

[1]探査参加への経緯

 前回の木星旅行から15年が経過した。この間に、またまた大きな技術革新があり、不可能と思われていた恒星間飛行の可能性が開けてきた。第2世代原子力ロケットエンジンが開発され単位燃料あたりの推進力が10倍以上向上したのだ。蒸気を高速で噴出するのでは限界があるので、第2世代ではイオン化のうえ電気的に加速して噴出している。エンジンはアメリカの開発だが今回も詳細は公開されていない。イオン化した物質をプラスマイナス別々に秒速数万Kmで噴出しているようだ。
 こうした状況下で他の恒星系の惑星探査への機運が高まってきた。太陽は10億年後には光度が増して地球は生命が生きられない環境になる。それまでに何としても代替惑星を探さなければならない。全世界的なプロジェクトが立ち上げられ、高額出資国を中心に12カ国から1人ずつ飛行士が選ばれ、最も近い恒星であるプロキシマ・ケンタウリを探査する事になった。そして何故か私が日本の飛行士に抜擢されたのだ。
 木星旅行後の宇宙旅行くじは外れっぱなしだったが、木星旅行体験記を公表し宇宙移民を見据えた近傍恒星探査を訴える講演会活動を続けていたのが認められたようだ。また今回の探査は危険性が大きいため命が惜しくない高齢者が行くのが相応しいとされ、それでいて高度な知識・技術が求められるといった条件にも合致した。一応、天文学分野での理学博士の学位を持っている事もプラスに作用したようだ。

[2]昨今の社会情勢と乗組員の構成

 最近数十年で世界的にも少子高齢化が進み老人の役割は増大の一途だ。日本では憲法9条が改正され正式な軍隊が組織されているが通常の徴兵制は施行されていない。その代わり老人が志願して国家防衛の任に当たる準徴兵制とも言える状況にある。若年者を徴兵してもスキルが低く役に立たないが、既に特殊スキルを持っている退職高齢者は即戦力になるうえ戦死しても惜しくないと言うメリットがある。兵器産業に従事していた技術者は引っ張りだこ。コンピューター技術者や重機の運転技能者、医師はもちろん、外国語に堪能な商社マンにも活躍の場がある。報酬はそれなりだし、志願して兵役に就くと1年に付き相続税が10%ずつ免除されて行くという特典も大きく志願者が殺到している。
 世界的にも同じような状況なので、今回の探査の乗組員の平均年齢は70歳を超えている。参加12カ国は出資額以外に人種、言語、宗教、地域などが多様になるよう選ばれた。イギリス、ドイツ、フランス、スウェーデン、ロシア、日本、台湾、インド、インドネシア、ブラジル、メキシコ、南アフリカの12カ国である。女性、と言ってもかなりのお婆さんはスウェーデン、インドネシア、南アフリカの3名のみである。アメリカと中国が入っていないのは現在の大国からの参加は避けようとの意図による。それぞれに専門分野を持っていて私は一応天文学だが、ドイツさんとインドさんは医師なので皆が特に頼りにしていた。インドさんはアーユルヴェーダの知識も豊富とのこと。
 乗組員の地上での訓練は約1年かけて行った。探査に参加できると言うことで何とか耐えたがとても辛いものだった。宇宙船の装置や任務については英語での意思疎通が可能になったが、日常生活ではまだあまり言葉が通じない。この方が派閥などができず共同生活がうまく行くそうだ。同じ言葉を母国語とするメンバーが複数いないのもそのためである。また探査中は個人名ではなく国名で呼び合う決まりになっている。これは、任務をプライベート化せず地球の各国代表との意識高揚に役立つ。更にリーダーは特におらず上下関係もなく円滑に作業分担するよう訓練された。最後の一人になっても最低限の任務を遂行して帰還できるよう全員がリーダー教育を受けているわけだ。

[3]何故プロキシマ・ケンタウリなのか?

 プロキシマ・ケンタウリは距離4.22光年のところにある太陽系に最も近い恒星である。しかしながら直径が太陽の7分の1程度しかない暗い赤色矮星(晩期M型矮星)である。
 移住するなら太陽に似た恒星の惑星の方が良さそうだが、赤色矮星には寿命の長さという大きなメリットがある。太陽の寿命は約100億年であと50億年ほど。とは言え次第に明るくなっているので10億年後の地球は生命が生きられなくなる。火星や木星の衛星に移住と言う手もあるが、結局は他の恒星への移住が必要になる。一方の赤色矮星は寿命が数千億年から1兆年以上のものがざらにあり永住先として優れている。
 恐竜が絶滅してから哺乳類が進化して文明を築くのに約5千万年かかったことを考えると、地球で文明が滅んでやり直せるのはあと数回であろう。それに対し寿命1兆年の赤色矮星の惑星であれば、はるかに多くのやり直しの機会があるわけだ。そして文明が自ら滅びなければ事実上無限に近い長期に渡って存続して行くことが可能である。赤色矮星は圧倒的に数が多いこともメリットで、プロキシマ・ケンタウリへの移住の目処が立てば永住先候補が限りなく広がることになる。
 プロキシマ・ケンタウリに人類が住める惑星が存在するかどうかが懸念だったが、ほとんどの恒星に複数の惑星が発見されており、特に2016年にプロキシマ・ケンタウリでも巨大惑星だけではなく地球型惑星の存在が示唆されたことが決定要因となった。

[4]木星圏からの出発

 探査宇宙船は木星の衛星カリストの周回軌道上で組立が終わっており、乗組員はまず木星へ向かって出発した。15年ぶりの木星行きである。地球周回軌道の宇宙ステーションで乗り換えてというのは前回と同じだが、以前に比べてスピードアップしており約3日で到着した。探査宇宙船の中で1週間かけて最終的なチェックと訓練を行い出発となった。
 宇宙船は新品でピッカピカ。新しいクルマを買ったときのようなワクワク感がある。イオン化原子力エンジンの加速装置は長さが300mあるので、宇宙船自体も300mある。形状は串団子状で串状の加速装置が球形のブロック5個に刺さっている形だ。中央の団子には居住スペースが含まれるが、大半は燃料の水のタンクだ。先頭の団子の前側と末端の団子の後側は厚み3mほどのセラミックとプラスチックと金属の複合材料による防護壁で覆われており、亜光速での流星塵の衝突に耐えられるようになっている。
 宇宙船本体は大き過ぎて惑星への着陸はできないし、有人探査用の宇宙船を別途運搬するのも重量的に厳しいので、今回は陸上着陸型と水上着水型の小型無人探査機が2機ずつ装備されている。
 出発後1年間加速し到着前1年間は減速する。途中は光速の70%程度の一定速度で飛行する。加減速中は地上の約2倍の重力が発生する。宇宙船時間では出発から到着まで約5.5年だが、この間地球では約7.5年の時間が過ぎるはずだ。11年の探査を終えて15年後の地球に帰還することになる。但し冬眠期間を差し引くと、乗組員の感覚としてはたった数ヶ月の旅に感じるのだろう。
 目的地のプロキシマ・ケンタウリは非常に暗いため、近づくまでの航行中は太陽、ケンタウリα、シリウスの位置を高精度で計測し宇宙空間内の自位置を把握する仕組みになっている。プロキシマ・ケンタウリは実はケンタウリα、βとともに3重連星を構成していて、ケンタウリα、βはプロキシマから0.21光年の至近距離にある。
 今回の旅は観光旅行ではなく、あくまでも探査である。でも未知の場所に行くのが旅の醍醐味だ。出発が近づくにつれ旅そのものを楽しんで来ようという気持ちが高まってきた。

[5]冬眠

 今回の探査は片道だけで5.5年と長いので、出発直後(数日後)に冬眠状態に入り目的地到着1ヶ月前に目覚めて探査任務を開始する。帰りも出発直後から地球到着半月前まで冬眠する。冬眠中は体温を下げて新陳代謝を抑制し食料を節約するとともに、無重力に順応して筋力が低下してしまうのも抑制することができる。
 人間は通常冬眠しないが、哺乳類全てに冬眠する潜在的能力が備わっているそうだ。人間の冬眠能力に関してはまだ研究途上ではあるが、今回の探査旅行での人工冬眠では腕の血管に直結した装置から栄養剤や睡眠薬やホルモン剤を注入し冬眠状態を制御している。また冬眠カプセルには姿勢を変化させる機構が備わっていて、寝返りのような効果も与えられるようになっている。
 メンバーは地球周回宇宙ステーションで無重力状態と2倍重力を含む1ヶ月程度の冬眠を試して、冬眠に耐えられる体質であることを確認済みである。とは言え動物の冬眠が長くて半年であるのに対し5年連続には無理があるかも知れない。数年間の長期冬眠についてはチンパンジーでは実験が成功しているが人間では未確認である。長期冬眠では大きな障害が残る懸念があり人体実験はできなかったようだ。
 今回の飛行では中間点で一度全員冬眠を中断し健康チェックを行う事になっている。また、途中で誰かに異常が発生した場合には本人を含む3人を一時覚醒させ1週間程度体調を整えてから冬眠を再開する手はずになっている。更に、1人だけが突然生命維持困難となった場合には細菌繁殖防止のためメンバーの活動再開まで冷凍乾燥状態のまま放置となる。
 木星圏を出発し数日で太陽系の外縁に達したところで冬眠に入った。このあたりまで来ると太陽は極度に明るい普通の恒星のように見える。冬眠後に1ヶ月ほどかけて徐々に加速し重力2倍の状態に達する。

[6]中間点での覚醒と最初のトラブル

 やがて冬眠から覚醒した。目が覚めたことはわかったが、ボーッとしていて頭が働かない。体も自由に動かない。地球近傍で訓練した時の目覚めと同じ感じではあるが、もっと体が固まってしまっている。これは辛抱して感覚が戻るのを待つしかないと諦めた。
 しばらくして冬眠カプセルのカバーが開いた。これは安全に起きられることを意味する。そして数人の顔が覗き込んできた。どうやらかなり寝坊したようだ。意を決して起き上がり、一呼吸置いてカプセルから出た。6〜7人がすでに歩き回っているのが見えるので、飛行途中の異常事態発生ではなく中間点での冬眠中断のようだ。活動しやすいよう重力も地球と同等程度に発生している。
 冬眠カプセルの2つに乗組員が集まり深刻に話し合っていた。何かトラブルがあったようだ。その1つ、最年長の台湾さんのカプセルに近付き覗き込むと既にミイラ状態になっていた。どこかで突然死し即座に冷凍乾燥状態にされたようだ。もう一つの南アフリカさんのカプセルは生命維持装置のデータでは生きている状態だが、いわゆる脳死状態のようだ。皆で議論した結果、蘇生困難と判断し生命維持装置を停止した。
 これらのカプセルは密閉のまま簡易推進装置を取付けて宇宙に放出する決まりになっている。そして軌道を制御しつつプロキシマ・ケンタウリへと落ちていく。数時間後、皆で黙祷を捧げつつ放出を行った。人類史上初めての恒星葬であった。
 1週間ほどの間に体調を整え、マシンを使ったトレーニングも行い再び冬眠に入った。中間点付近では光速の70%で飛行しており、進行方向は青っぽく後方は赤っぽく見えているはずだ。しかし宇宙船の構造上直接外を眺めることができず、あまり実感は無かった。宇宙船の方向転換は減速開始直前に自動的に行われる。反転時には側面を進行方向にさらすので一番危険な一瞬である。この時に大きな流星塵が居住スペースに激突したら、もう目覚めることはないだろう。

[7]近傍からの惑星探査

 次に目覚めたのはプロキシマ・ケンタウリへの到着の1ヶ月前。今度は全員無事に目覚めた。冬眠に耐えられるかどうかは先天的な体質なのかも知れない。目覚めたと言うことは宇宙船も無事だったということだ。良かった。
 これからは地球と同等の重力で減速しつつ目的の恒星の惑星観測を行う。どんな惑星や衛星があるか、生命がいそうな惑星はあるか、また公転の軌道や向きは?。その結果により宇宙船の軌道を修正し、探査すべき惑星に接近できるようにする。
 居住スペースからサイドに突き出した望遠鏡による観測は私が主担当だった。観測を始めてすぐに恒星から大きく離れたところに太陽系の海王星程度と思われるガス惑星があることはわかったが、移住対象ではないので今回の探査の対象外だ。1週間経ってから相次いで恒星の近くに小さな惑星を3個発見した。明るさと位置変動の大きさから、大まかな大きさと恒星からの距離と公転周期がわかった。最も近い惑星は太陽系の水星のような感じで、灼熱の惑星なので探査対象外だ。2番目は環境的に(実距離ではなくて)太陽系の金星と地球の間ぐらいであり大きさは地球や金星よりやや小さい。3番目は地球と火星の間ぐらいの環境で大きさは地球の2倍ほどだ。3惑星とも太陽系の尺度に比べると恒星に非常に近いが、恒星自体が小さいので近くに惑星が生成されたのだろう。
 数日後には分光観測データの取得にも成功し、外側2惑星はいずれも厚い雲(水蒸気)に覆われていて大気の主成分は二酸化炭素とわかった。地球や金星に似た成り立ちのようだ。恒星からの距離を考慮すると、地表温度は2番目が0度近辺、3番目がマイナス150度と推測された。
 これにより目標は第2惑星に決定した。第2惑星の衛星は確認できず。第3惑星には小さな衛星があるようだ。第2惑星から見たプロキシマ・ケンタウリの直径は地球から見た太陽の3.5倍ほどある。

[8]第2惑星周回軌道へ

 探査惑星決定後に軌道修正を繰り返し第2惑星の周回軌道に入る事に成功した。近傍からの観測で第2惑星には非常に小さな衛星があることもわかった。これから2ヶ月間の第2惑星探査が始まる。
 内容としてはレーダーによる地形調査、赤外線による温度測定、分光器による大気組成測定、磁場の計測など。更に小探査機を着陸させて詳細探査を行う。
 文明の有無を問わず、既存の生命の存在が明らかになれば探査のみで終了する事になっている。生命が確認できないが、太古の地球の海のように原始的な生命が生きられる環境がありそうであれば生命カプセルを投入する。生命カプセルには、エネルギー吸収と自己複製だけの機能を持つ最も原始的な生命から、二酸化炭素を固定できる機能を持ったもの、地球由来と特定できるレベルのDNAを有する生命まで数種類の休眠生物の種が入っており、16個のカプセルが準備されている。生物の種は、いずれも真空中に数万年放置しても水中に投入すれば生命活動を再開できる強靱なものである。

[9]惑星探査

 1ヶ月に渡る周回軌道からの詳細な探査により、この惑星には磁場も火山活動も海もあることがわかった。但し、懸念していた通り公転周期と自転周期が約10日で等しく、昼夜が巡るという概念は無い。生命が存在できるのは日の当たる部分と日の当たらない部分の昼夜境界円領域だろう。地表温度は昼側で200度、夜側で−150度と推定されるが大気対流による昼側から夜側への熱移動はそこそこあるようだ。生命が生きられる境界領域は案外広いかも知れない。
 まずは陸上着陸型の探査機を境界領域近辺の高原地帯に着陸させてみることにした。探査機を切り離し徐々に軌道を下げ母船に先行させる。ちょうど着陸時に母船が上空を通過しリアルタイムでコントロールしつつ観測データを受信するためである。探査機の降下中は思いがけずハラハラドキドキの気分を味わい、地球から遠く離れたところにいることを忘れてしまった。着陸は成功し気圧は10気圧で温度は−20度ほどだった。数日に渡ってデータを収集したが生命の痕跡は発見できず。
 次に着水型探査機を深海域へ送り込んだ。探査機本体が着水し海に浮かんだ状態となり液体の海の存在を確認できた。気圧は30気圧、海水は塩分を含むやや強い酸性で温度は15度ほどであることがわかった。海中用子探査機を投入したところ深度1Kmほどで信号が届かなくなった。
 続いて沿岸部の陸地側へ探査機を着陸させると気圧は25気圧で温度は0度。最後の探査機は沿岸部の海側へ投入した。海中用子探査機は深度100mほどで海底に到達し温度は40度ほどだった。海中にも生命の痕跡は発見できなかった。
 この一連の探査機投入の時期が今回の旅のハイライトと言えるだろう。乗組員の間に活気が満ちており、降下中の緊張感と着陸してデータを取得できたときの達成感を次から次へと味わうことができ楽しかった。

[10]生命カプセル投入

 探査の結果、生命が発生してもおかしくない環境だが陸地海底とも生命の痕跡は見つからなかった。乗組員で十分に協議した結果、宇宙船の軌道を変更しつつ沿岸部の浅瀬を狙って14個の生命カプセルを投入することにした。昼夜境界円を広範囲に網羅しつつ、投入箇所の推定水深は10mから100mまでばらつかせた。残り2個はダメ元で帰りがけに第3惑星に投入することとした。
 我々だけで生命カプセル投入の判断を行うわけだが、この判断はこの惑星での地球由来生命の存続を左右することになる。またこの恒星の寿命は太陽よりずっと長いので、ここで繁栄した文明が将来宇宙へ広がる可能性も大きく、まさに創造主としての立場を演ずることになるだろう。宇宙船の軌道を変えつつ順次カプセル投入したが、投入スイッチ(と言ってもプログラムされた投入スケジュールの最終確定スイッチ)は、皆で交代で押した。

[11]プロキシマ・ケンタウリ第2惑星での文明を想像してみる

 探査をしつつ、この惑星で興るかも知れない文明について想像してみた。
 昼夜の概念はなく赤い太陽はいつも同じ位置に見えている。やや暗い地域で生活しやや明るい地域に出勤して仕事をするのではないだろうか。貧困層はより暗くて寒い裏側で生活し、とても暑い昼側の零細企業に時間をかけて通勤することだろう。レジャーとしては暑い昼側の湖に泳ぎに行ったり、夜側のナイタースキー場に行くのではないだろうか。
 しかし、いつも夕暮れのような赤い光の世界は何となく寂しい。まあ、地球のモグラや深海魚が暗いとは感じないように適応の問題なのだろうが。地球の地上で育った生命としては、やはり明るく輝く太陽が懐かしい。

[12]帰途へ

 全ての探査を終了し帰途に就くことになった。せっかくなので最後にこの惑星の小さな衛星に近付いてみることにした。近くからの探査によれば、長さ3Kmのやや細長い形の衛星で太陽系の小惑星に似たものだった。表面に特に変わったものは見られない。自転周期は公転周期と同じなので同じ側を惑星へ向けている。元気なブラジルさんとメキシコさんが船外活動を行って、この衛星の岩石を採取した。
 実は第2惑星周回中には我々の太陽を直接見ることができていて、0.4等級の明るい星として見えていた。離れてしまっても明るく輝いているとすぐに帰れそうな安心感がある。4.22光年というのは決して近くはないのだが・・・。なお、ここから見えるケンタウリαは-6.5等級で月ほどではないが非常に明るい。暗夜なら影ができる明るさである。
 そして第2惑星の軌道を脱し第3惑星の近傍を通過しつつ生命カプセル2個を投入した。その後、加速を開始し太陽系への帰途についた。往路と同じく飛行が軌道に乗ったところで全員冬眠入りとなる。探査後半からイギリスさんとスウェーデンさんが体調を崩していて心配だったが、いつまでもここに留まるわけにもいかず無事を信じての出発となった。

[13]帰途中間点にて

 帰途の中間点で冬眠から醒めたが、2つトラブルが発生した。
 一つは心配していたイギリスさんとスウェーデンさんの2人の死亡を確認したこと。再び冬眠カプセルを今度は太陽に向けて投入した。生還確率60%と言うことだったが、全員が帰れる確率ではなく帰れる人数の推定値だったのかも。冬眠カプセルは宇宙船の帰還より早く亜高速で太陽に激突するので小さなフレア現象が2回地球から観測されるだろう。地上の人たちが太陽を監視していれば宇宙船がまもなく帰って来ること、2名が死亡して冬眠カプセルの太陽投入が行われたことに気付くだろう。
 もう一つのトラブルは流星塵が加速装置に真っ直ぐに突入しイオン化原子力エンジンを直撃したようで、推力の低下により減速が遅れていること。どうやら地球近傍を秒速1万キロで通り過ぎてしまい、その先から戻るのに3ヶ月ほど余分に時間がかかりそうだ。このため最後の冬眠明けは地球を通り過ぎた再反転後に設定し直した。
 太陽系内の小天体への衝突防止のため海王星軌道の10倍ほど離れた所を通過することとした。これでは地球の人たちは宇宙船が太陽系近傍を通り過ぎて行くことに気付かないだろう。

[14]地球帰還

 地球帰還の半月前に全員無事に覚醒した。太陽系通過後の再反転もうまくいったようで地球へ向かって順調に減速していた。15年の間に地球の社会情勢が変化し帰るべき宇宙ステーションが無くなっているのではという不安もあったが、海王星軌道に達したあたりでまず土星圏の基地と連絡が取れ、まもなく地球との連絡も取れ無事帰還する事ができた。反対方向からの帰還については多少の驚きを持って迎えられた。
 残念な事に15年の間に宇宙開発は下火になり、第2第3の恒星間飛行の計画は凍結されてしまったそうだ。今回の探査で4名の犠牲者を出したことも今後に影響を与えるだろう。やはりプロキシマ・ケンタウリの第2惑星へ投入した生命カプセルが地球発祥生命の存続への唯一の希望となるのかも知れない。
 地球を代表する生命ははたして人類なのだろうか?。それとも地球史上最大の体で1億6千万年に渡って繁栄を続けた恐竜だろうか、あるいは静かにもっと長期に渡って王国を維持し続けている蜂や蟻などの昆虫だろうか?。しかし、地球で生まれた生命を他惑星に伝え、今後1兆年以上に渡って存続する可能性を開いたという1点においてのみ、人類が地球の代表生命としての地位を確立できたものと信ずる。

[15]探査後の余生

 加齢に加えて探査旅行の体へのダメージは激しかった。宇宙ステーションでリハビリを行ったにもかかわらず、ほぼ全員が地球帰還の大気圏再突入時に骨折したし、帰還から1年の間に生存者8名のうち5名が相次いで寿命を全うしてしまった。私はと言うと奇跡的に何とか歩ける程度まで回復することができた。
 地球では家内を含め年下の親族はみな健在だった。但しみな歳を取っていて、特にまだ青年だった孫たちがすっかりオッサン化しているのには驚かされた。
 プロキシマ・ケンタウリを思い出すと、常に夕方のような暗さと赤さは太陽系で育った者としてはもの悲しかった。やはり地球で青空と白い雲を眺め太陽の明るい光を浴びていると元気が出る。残り少ない余生は奇跡の惑星とも言われている地球での生活を満喫しつつ寿命を全うしたいと願っている。

[終わり]

宇宙文明論へ戻る