Z.ユートピア
この宇宙文明論も、いよいよ今回で終わりです。しかし、内容としては前回で終わっ
ており、これは現時点での宇宙と文明の客観的統一理解と、文明現象の目的の明確化が
テーマでした。今回は多少主観的に、文明の担い手である知的生物にとっての理想の世
界がどのようなもので、どこにあるかについて思いを巡らせてみたいと思います。
まず、宇宙の初期は生物も文明も存在しなかったので問題外でしょう。それでは逆の
遠い未来はどうでしょうか。遥か未来において、文明が存続しているかどうかはわかり
ませんが、もしも宇宙改造に成功し永遠の文明となっていたら、それはそれで一つのユ
ートピアと言えるでしょう。しかしながら、そのような世界では人は皆宇宙で最高にし
て等しい能力を持った究極生物であり、文明としての発展ももはや望めない極限定常状
態になっているでしょう。このような世界に住む究極生物は、意識はあるが、現在の人
間が持っているさまざまな感性をほとんど失っており、また新たな情報も得られないの
で、考える事といえば、生物として進化し、宇宙を改造して来た過去の偉業の伝説だけ
です。もしも、究極生物にひとかけらの感性が残されていたなら、平穏で何も起こらな
い彼等の時代に比べて、激動に満ちた伝説上の世界のことをユートピアとして憧れるの
かも知れません。
こうしてみると、知的生物にとっては、今こここそがユートピアであるという気がし
ます。特に、最近数千年間の地球は・・。人々は、文明を築き、宇宙の広がりを知り、
自らを知り、宇宙進出と自己進化への第一歩を踏み出そうとしています。そして、この
世界ではいつ何が起こるかわからないのであり、だからこそ常に新鮮な驚きがあるので
す。そして、人々は喜び悲しみ、そして愛し憎しむ中で、波乱に満ちた多様で色彩豊か
な世界を織り成しています。そして何よりも素晴しいのは、この世界が遠い未来におけ
る文明の勝利を目指して進んでいることです。この希望に満ちた進歩と発展の世界これ
こそがユートピアなのです。
銀河連合よりの使者
...記憶領域共有体によるあとがき............1980年11月3日..
と、言い残して、使者は去って行きました。それは、今からちょうど4年前に突然現
われて、半年近く暴れ回り、私の記憶領域にさんざん落書きをして、去って行ったので
す。この、「銀河連合よりの使者」の正体は、一体何者だったのでしょうか。それは、
多分、たちの良くない1個の電子だったのでしょう。しかし、どこから来てどこへ行っ
たのかは、全くわかりません。当時の私の頭脳が、このようなくせ者の侵入を許す状態
にあったのは確かなのですが、何はともあれ氏のおかげで脳細胞が活性を取り戻したの
ですから、感謝すべきなのでしょう。そしてまた、私をユートピアへと導いてくれたの
ですから。
この「宇宙文明論」は、当時、頭に浮かんだ数々の概念を適当につなげて一つの話に
し、また適当に区切って7回に分けたものです。このようなやり方に無理があり、不自
然になったかも知れませんし、なにしろ4年のタイムディレイがあるので、新鮮味も欠
いていたかも知れません。しかし、これらの概念を忘れてしまわないうちに文章化した
いとは、前から思っていて、ともかくそれができて、ほっとしています。これで安心し
て死ねる(堕落という意味も含めて)というものです。
短くまとめようとしたり、文学的才能のなさから、言いたいことの3分の1も書けな
かったという気がしますが、含めるべき概念はすべて含めたつもりであり、これはまた
現在の私の理性の中心的構成要素でもあります。感性は少し別ですが...。そして、
これらの概念をすべて頭の中に入れてみると、一つの宇宙文明像が浮かび上がって来る
かも知れません。それが、私の宇宙文明像であり、私の生きている現実の世界です。こ
れは、真の宇宙文明ではないのでしょうが、これを読んだ人達が、自らの宇宙文明像を
築く際の参考になればと思います。そしてまた、この「宇宙文明論」が、文明の存続の
ため、未来になんらかの良い影響を及ぼすことを願っています。
− 完 −
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