.....そよかぜ.....................1980年10月26日
 ある日の昼下がり、私は電車に乗り、ドアにへばりついて、おもての景色を眺めてい
た。ふと振り向くと、反対側のドアにも、かわいい女のコがへばりついて、おもての景
色を眺めている。こちらを向いてくれないかな、と思いながら、しばらく見ていたが、
振り向いてくれない。そのうちに、思いが高ぶってきて、ついに「神様、仏様、あのコ
に、こちらを向かせてください、一生に一度のお願いです」、という気持ちになった。
すると、その時、何と、こちらを向いたのだ。そして、0.3秒ほど目が合い、その直後電
車が止まり、開いたドアから、そのコは降りていった・・・あとには、さわやかな余韻
を残して・・・。
 一生の間にたった0.3秒のほのかなふれあい。そこには、遥か彼方から、はるばる旅を
してきて、ほんの束の間、やさしく頬をなでては通り過ぎて行く、一陣のそよ風のそれ
にも似た、心地良さがあった。そして、その時私は、一つの情操が私の心の中に形造ら
れて行くのを、確かに感じ取っていた。

 ここで、なぜかオレも風だと大きな顔をして出て来るのが、皆さん御存じ、
.....根津の風.....................1980年10月26日
 しかし、これについては、何も申し上げることはございません。煩わしい限りですな
あ。営団の設計ミスですよ、あれは。

註 営団地下鉄根津駅は上下2段になっている。そのため、電車進入時には電車がピス
  トンになり、駅へ降りる階段を強風が吹き上げる。
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Y.文明の目指すもの                  1980年10月26〜30日
 人間、そしてその集合体である文明は、ある方向性を持って進んでいるように思われ
ます。そして、その根底には生物として生き延びようとする性質があります。生物は、
この目的のために、さまざまな形質を獲得し進化して来たのであり、現在も進化しつつ
あるのです。そして、一見生死とは無関係と思われる、知的生物特有の好奇心や秩序指
向・可能性実行欲(1)もまた、文明の形成と技術の発達を通じて、生存確率を高めるため
の一つの形質として付加されてきたのです。
 しかし、人間にとって、この生き延びるという事が、最大の価値となりうるのでしょ
うか。人間は、ある程度の未来予知能力を持っていて、自分がいつかは死ぬことを知っ
ています。従って、生き延びるということ自体は意味を失い、もっと異なる価値追求の
中で人間は生きていると言えます。そしてそれは、一言で言えば「未来への影響」とい
う価値です。つまり、人間には、自らが死ぬ事は是認するとしても、財を蓄え、一族の
未来における繁栄をはかり、地位や名声を求めて、後世に名を残そうという欲望がある
のです。このような欲望も、文明形成に役立つ一つの形質である事は当然ですが、ここ
で注意すべき事は、これらの欲望が文明の存続を前提として成り立っているという事で
す。もしも、未来において文明が消滅することが確定したならば、「未来への影響」と
いう形の価値追求もまた意味を失ってしまいます。従って、文明そしてその中に生きる
人間にとっての最大の目的は、文明の存続をはかることにあると言えます。
 さて、文明は存続することが可能でしょうか。ここでまた、宇宙に目を向けてみまし
ょう。宇宙の初期には、重元素が少なく複雑な物質ができないので生物は存在しません
でした。しかし、宇宙が進化するに従って重元素が増加し、複雑な物質としての生物が
発生し、文明を形成したのです。そしてこの文明は、主に水素の核融合エネルギーによ
って活動しています。しかし、未来へ目を向けてみた時、次第に水素が消費されてエネ
ルギー源がなくなり、また宇宙の膨張に伴って全ての物質が去っていくという状況が予
測されます。そのため、このまま放置しておけば、文明の存続は極めて困難になるでし
ょう。従って、文明が宇宙においてなすべき事は、文明存続のための宇宙改造であると
言えるのです。
 それでは、文明による宇宙改造はどのように行なわれるべきでしょうか。初めの段階
では、新たにできる恒星の質量を調整して、水素を温存する事などによる延命で、これ
は可能でしょうが根本的な解決にはなりません。本当の解決をはかろうとするならば、
やはりこの宇宙の性質そのものを変えてしまわなければならないでしょう。
 このような事は可能でしょうか。それは、今の段階では全く分からない事で、未来に
おける優れた叡智の登場を待たねばなりません。だからこそ、人類は進化しなくてはな
らないのです。究極生物へと進化して、宇宙改造に着手しなければなりません。そして
実にこの宇宙改造は、この宇宙に存在するあらゆる文明にとって共通の課題です。だか
ら、全ての知的宇宙生物は、この目的のもとで協力すべきなのです。そしてまた、全て
の知的生物は、共通の究極生物へ向って進化しているのです。
 ところで、人類はこのような力を秘めているのでしょうか。地球を眺めてみた時、太
陽系の星々の美しさ、生命の誕生と進化に適した海と陸の惑星、そして文明の爆発的発
達に貢献している化石燃料の存在などから、宇宙の中でもとりわけ恵まれた惑星である
という印象を受けます。しかし、だからと言って、人類が宇宙改造の担い手になる程、
恵まれているとは言い切れないのです。宇宙改造の担い手になるためには、まず宇宙へ
出て行かなくてはなりません。しかし、もしも価値判断を誤って、宇宙へ出る前に化石
燃料を使い尽くしてしまえば、宇宙への進出はずっと遅れるか、永久に不可能な事とな
るでしょう。しかし、もしそうなったとしても、悲観する必要はないのです。そのよう
な場合でも、地球文明を外部へ伝えることにより、「未来への影響」という価値追求は
続けられるのです。この事から、学問は宇宙において普遍的なものをこそ追求すべきだ
と言えるでしょう(2)。
 最後に、宇宙と文明を改めて眺め直してみましょう。宇宙と文明は本来一体のもので
あり、ともかく物質がありその性質が存在しているのがこの宇宙文明です。そして、宇
宙の進化、生物の発生、文明による宇宙改造もまた、宇宙の性質の範囲内で許されてい
る一連の現象です。この事から、宇宙を1個の知的生物とみなす事も可能でしょう。つ
まり、ある時生まれて、ある時意識を持ち、自らのことを知り、生き続けようと努力す
るのが、この宇宙なのです。そして、この宇宙が生き延びられるかは、この宇宙の中に
存在しうる究極生物の能力にかかっているのであり、それはまた宇宙そのものの性質に
委ねられているのです。そしてまた、それは実際にやってみなければ分からないことな
のです。
 次回は、宇宙の中におけるユートピア(理想郷)を探って、この「宇宙文明論」を終
えたいと思います。
                                                          銀河連合よりの使者

註 (1) 例えば、「そこに山があるから登る」などの欲望。
    (2) だからと言って、宇宙へでなくても良いという事ではない。

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