木星旅行記〜ガリレオ衛星巡り
本当は行きたい宇宙旅行。かわりに地球上の珍しいところを旅してみたが限界も見えてきた。ならば行った気になって宇宙旅行記を書いてみようと思い立った。どんな旅も終わってしまえば単なる思い出に過ぎなくなる。仮想宇宙旅行も旅行記を記しておけば実旅行と同じように思い出として末永く楽しめるかも知れない。まずは太陽系最大の惑星である木星旅行へいざ出発!。
20xx年10月1日(1日目)
いよいよ待望の木星旅行出発の日がやって来た。スーツケース(但し重量制限10Kgのため小さめ)に荷物を詰め込んで成田空港へ向かって、と普通の海外旅行と何ら変わりない。その後、アメリカのヒューストン空港から宇宙空間へと旅立つのだが・・・。
ここ数年で宇宙旅行は身近になった。というか金額的には決して身近ではないが可能にはなった。新型ロケットエンジン(原子力蒸気エンジン:詳細は後ほど)の発明により短期間での惑星間飛行が可能になったことが大きい。最近の旅行パンフレットには、「激安地球周回宇宙体験(1800万円)」、「月周回月面観望ツアー2日間:6000万円」、「月面着陸ツアー3日間、1億6千万円」などと言う宣伝文句が並んでいる。
しかし今回参加のツアーは何と「木星旅行3衛星に着陸する4大ガリレオ衛星巡り25日間(80億円)」だ!。こんな代金払えるのはごく少数の大富豪だけだ。私には到底無理。しかしこれまた「宇宙旅行くじ」のお陰で運さえ良ければ庶民でも宇宙旅行が可能になったのは嬉しいことだ。1年に1回1本10万円の宇宙旅行くじを5年間買い続けたところ、ラッキーなことに今回の旅行に当選することができた。
なに食わぬ顔で成田発ヒューストン行きのユナイテッド航空機に乗り込んだ。
20xx年10月1日(アメリカ時間)(2日目)
夜の太平洋を飛行し昼過ぎにヒューストンへ到着。日付変更線通過のため2回目の10月1日だ。ここでアメリカ入国手続きを行い宇宙連絡船に乗り込む。アメリカ出国や地球出星の手続きは無かったが、宇宙は全てアメリカ国内か?。まあ詮索するのはやめておこう^^。
連絡船は昔のスペースシャトルを少し小さくしたような形で、大型旅客機のエンジンを強化改造した特殊飛行機の背中に乗せられている。この状態で高度25Km速度マッハ5に達したところで切り離され、あとは自力で地球周回軌道まで上昇していく。パイロット以外の積荷は20人の乗客とその荷物だけで、重量の大半は従来型ロケットエンジンと燃料で占められている。座席はとても窮屈だ。でも1時間ほどで巨大な第3宇宙ステーションに到着する。
連絡船が地球周回軌道に達した時、突然の無重力を初体験した。何か変な感じで宇宙酔いしそうだ。地球のまわりには世界共同利用の宇宙ステーションが4機周回している。それぞれに役割が若干異なる。一番古い第1は昔からある国際宇宙ステーション。第3宇宙ステーションは商用宇宙旅行のハブ空港の役割も担っており、ドーナツ状の形で回転により内部に人工重力を作り出す古典的な形式の宇宙ステーションだ。ここで約6時間の時間調整を行う。木星旅行の宇宙船は木星から戻ってきて燃料補給や内部の清掃を行っているところだ。帰ってきた乗客は私たちが乗ってきた連絡船で入れ替わりで地球へ帰還する。第3宇宙ステーション内部にはレストランや土産物店もある(わざわざ宇宙で買う意味がわからないが)。宇宙ビールと宇宙ランチを試食する程度にして買い物は帰りにしよう。ちなみにここまではアルコールOKだが木星旅行中は禁酒のようだ。少人数で閉鎖空間に長期間閉じ込められるので酔って暴れると危険だからという理由らしい。
まもなく宇宙船に乗り込み出発となった。ツアー参加者以外のクルーはパイロットのブラウンさんと添乗員のタカハシさんのみ。これだけで大丈夫かなと心配になるが操縦は全てコンピューター制御だし宇宙空間には窃盗団もいないので大丈夫なのだろう。タカハシさんは日系アメリカ人で10カ国語に堪能とのこと。
20xx年10月2日(3日目)
地球の引力圏を脱して惑星間空間を飛行中。原子力蒸気エンジンが稼働中で船内には常時地上の10分の1程度の重力がある(燃料が減って軽くなると最大で10分の3程度まで増えるらしい)。少ないとは言え重力はありがたいものだ。就寝中の体も安定するしトイレ使用時の恩恵は計り知れない。無重力だったらどうなっていたことやら(笑)。
原子力蒸気エンジンは原子力の熱で水を蒸発させ高温の水蒸気にして噴出しているらしいことはわかっているが、詳細は軍事上の機密になっている。大半が燃料の水と思われる宇宙船の大きさと飛行時間からして、毎秒1リットル程度の水を恐らく秒速千キロ以上の速度で噴出しないと必要な推進力が得られないものと思われるが・・・。
以前は原子力の放射線廃棄物処理が大問題だったが、今では廃棄物を太陽に落とし込むことですっかり解決した。太陽は地球を丸ごと飲み込んでも何ともないほど大きいので地球上で発生した放射線廃棄物ぐらいは問題にならないわけだ。放射線廃棄物の太陽への輸送でも原子力蒸気エンジンが活躍している。木星や土星も十分大きいので、これらの惑星近辺で溜まった廃棄物は木星や土星に落とし込むこともあるという。
ともかく原子力蒸気エンジンが発明されてから惑星間飛行の方式がガラっと変わった。以前は地球近傍で加速しそのまま楕円軌道に乗って慣性飛行を行い目的の惑星に到達していたので、出発のタイミングが限定され到着まで数年を要していた。今はどんどん加速し中間地点で向きを変えて後半は減速を続けるということで木星まで約8日で行けるようになった。中間地点での最高速度は実に秒速千キロを超える。
残念なのは最初のうち地球に向けてロケットエンジンを吹かし続けているので窓から遠ざかる地球が見えないこと。そして木星に近づいたときにも窓から木星が見えないこと。後部に設置されたカメラによる画像がモニタに映されるのを見るのみ。モニタ上で刻一刻と小さくなる地球を見ながら1日を過ごした。
20xx年10月3日(4日目)
地球もすっかり小さくなり、これから数日は退屈な飛行が続く。この宇宙船はほぼ球形の形をしていて大半が燃料と言うべき水のタンクで、下部にエンジン、上部に居住区がある。居住区最上部にはあまり広いとは言えない共用スペースがあり、食事(いわゆる宇宙食)をしたり、テレビモニタで外の様子を見たり、地球のニュース、映画などの視聴ができる他に、双眼鏡や天体望遠鏡も備えられていて色々な天体の観望ができるようになっている。
共用スペースの下には個人用のカプセルホテル程度の睡眠用個室がある。ここは水のタンクに囲まれる形になっており宇宙空間の有害な放射線を少しでも防ぐよう工夫されている。個室には小さなモニタがあって映画を見たり飛行位置を確認したりできるのは航空機と同じだ。
常時エンジンが稼働しているため船内には若干の振動と騒音があるものの、気流の安定した状態の航空機内に比べてもずっと静かだ。世界一周旅行の豪華客船でもエンジンの振動・騒音はあるだろうし、旅気分も味わえて適度の振動は睡眠にもプラス効果がある。
天体望遠鏡は目的の天体名を入力すると自動的にそちらを向くようになっている優れもの。なのだが、大きな天体はたいていうまく行くものの小さな天体で倍率を上げると視野に入ってこないことがある。どうもソフトの調整が不十分なようだ。あるいは惑星間GPS用人工惑星との連携がうまくいってないのかも知れない。
20xx年10月4日(5日目)
今日も退屈な1日。まだ木星は遠いが割と火星との距離が近いので望遠鏡で見ていた。といってもあまり大きくは見えない。地球上のように大気のゆらぎがないのでそれなりにくっきりとは見えている。エンジンの振動も望遠鏡には影響していない。これは望遠鏡に組み込まれたブレ防止機構の効果なのだろう。共用スペースには窓がいくつかあるがあまり大きくないので望遠鏡を向けられないところもある。小さな流星がぶつかり窓が損傷を受けると瞬時に金属製カバーで覆ってしまうようになっているが、まだどの窓も無事のようだ。
火星から木星にかけては小惑星帯で小さな小惑星のかけらが宇宙船に衝突する危険性が高い。このため宇宙船は小惑星が多い木星の軌道面を避けるコースを飛行している。若干飛行距離は長くなるが死んでしまっては元も子もないので仕方ない。
暇なので共用スペースの隅に置かれている運動器具を使ってみたがすぐに飽きてしまった。無重力や低重力環境では筋力が落ちるので何らかのトレーニングをすべきなのだが、特に強制はされていない。さほど長期の旅ではないとからと言うことなのだろう。
20xx年10月5日(6日目)
そろそろ木星が大きく見えてくる頃かなと思ったら全く見えない。寝ている間に中間地点を通過し宇宙船の向きが反転してしまったそうだ。これからは木星に向けてロケットエンジンを噴射し次第に減速して行くことになる。これで今度は望遠鏡で地球が見えるようになったのだが既に非常に遠く表面の模様は微かにしか見えない。仕方が無いので、映画を見たり昼寝をしたり。
今回のツアーの参加者は20人で自費参加のお金持ちが6人、宇宙旅行くじ当選者が14人の構成。自費参加の方々は世界有数の富豪なのでどこかで見たような顔もあるのだが詮索はしないことにする。彼らもくじ当選組を見下したりしないところは好ましい。世界各国から集まっているので言葉が通じずあまり会話が成立しないが、宇宙旅行くじ組の数人とは片言の英語で話をしている。内容は宇宙食の味、今見える天体、今まで行ったことのある国とか当たり障りのないことだが・・・。ちなみに日本からの参加は私一人だけで寂しい限り。
既に飽きてきた宇宙食は、排泄量を最小限にするような内容となっており、エネルギー補給というよりビタミン・ミネラルの補給による健康維持に主眼が置かれている。エネルギー源も空腹状態を誘発する炭水化物ではなく脂肪主体である。人間は体内に蓄えられた脂肪を糖分に変えてエネルギー源にする能力があるので、ある程度の体重があれば1ヶ月程度はエネルギー補給なしで生きられるものなのだ。不思議と腹が減らないし満腹感を感じるまでたっぷり食べることもないので、今回の旅は美味しい料理を食べる楽しみは皆無だ。この宇宙旅行に参加すると誰でも特に苦痛を感じることなく20%程度減量すると言う。
20xx年10月6日(7日目)
木星まであと3日。退屈な日々が続く。
このツアー、結構危険性が高そうで実際にも安全性の確保は十分ではない。何でも想定生還率は95%程度だとか(まだ事故は起きていないが)。秒速千キロまで加速したところでエンジンが故障したら太陽系を脱出して永久に帰ってこれないわけだし、宇宙空間には放射線が満ちている。間に水のタンクがあるとは言え原子力蒸気エンジンからの放射能も心配。
そんなわけでツアー参加に当たっては、これでもかと言うほどの誓約書を書かされ、参加資格も今後繁殖を行わない(既に子供がいる、あるいは今後結婚しない)という条件がある。このため参加者の平均年齢は50歳を超えている。その代わり事故発生時の保証は充実していて、参加者死亡(または地球帰還不能で死亡と認定)の場合にはツアー参加料金相当額が遺族に支払われる。これは宇宙旅行くじ組にも適用され、もしも私が帰らぬ人となった場合には遺族が80億円の現金を手にすることになる。どうりで皆ニコニコしながら送り出したわけだ^^。
20xx年10月7日(8日目)
退屈だし宇宙船にも慣れてきたので船内の写真を一通り撮っておいた。と言っても狭いのですぐに終わってしまう。共用スペースの真ん中に一段高い小部屋があって操縦席になっているが、ここは立入禁止。ブラウンさんも時々しか入っていないようだ。
天体望遠鏡をカメラで覗き込んで何か撮ってみようと思ったが、これはうまくいかない。カメラが固定できないし船内の照明の光が入ってしまう。窓の外へ向けてスローシャッターを切ったら何とか星座が写った。でも地上で三脚を使って撮った方が良く写りそうだ。
20xx年10月8日(9日目)
ようやく船内のモニタに木星とその周りを回るガリレオ衛星が大きく映し出されるようになった。時々刻々と大きくなっていくのが感動モノで、退屈感も一気に減少。1日中見ていても飽きない。
4大ガリレオ衛星巡りは衛星の位置関係に応じて順序が変わことがあるそうだ。たいていは最初に一番内側のイオの周回軌道に入るとのこと。イオは火山活動が活発で危険なので着陸できないのが残念。以前、イオで原子力燃料の採掘を行っていたことがあるが、火山活動による被害が甚大なため中止になったと言う。現在は火星など他の天体が燃料供給地となっている。
明日はイオそのものより巨大な木星が間近に見えるのが楽しみ。
20xx年10月9日(10日目)
朝起きるとモニタにイオが大きく映し出されていた。イオの周回軌道へ向かっているようだ。木星のごく近くにあるイオの周回軌道へ入るのは、木星の重力が非常に大きく近くに他の衛星もあり、宇宙飛行として難度が高いらしい。まあ全てお任せするしかない。
原子力蒸気エンジンをフルパワーにしたらしく重力が大きめに感じられてから少しすると窓の外に半月状の巨大な木星が見えてきた。地球から見る木星は常に満月状だったので新鮮な感じだ。そして眼下にはイオの硫黄色の大地も見えている。イオは地球の月と同じぐらいの大きさながら実に色彩豊かな星だ。イオの火山は300Km以上の宇宙空間まで噴煙を噴き上げるので、あまり低空の周回軌道には入れず高度500Km程度を維持することになる。そして突然原子力蒸気エンジンが停止し無重力になった。イオの周回軌道に入ったのだ。1周するのに約2時間半。無重力の中での昼食を挟んでイオの周りを2周してからエウロパへ向かうとのこと。イオの景色を楽しめるのは5時間だ。
イオ
直径 3643Km(月の1.05倍)
質量 8.94x10の22乗Kg
表面重力 0.183G
公転周期 1.769日
自転周期 1.769日
5時間の間、皆で交代で双眼鏡を使用してイオと木星を眺めたり写真を撮ったりして過ごした。双眼鏡で観察するとイオには火山がたくさんあり噴煙を上げているのが見える。十分大きく見える木星も双眼鏡で見ると、いくらでも細かい雲の模様が見えてきて飽きない。今回のツアーでは、このイオの周回軌道が最も木星に近いので細部を観察するチャンスなのだ。木星の夜の部分で時々光るものが見えるのは木星の雷とのこと。また、イオの夜側へ回ったときにも火山の噴火口の光が見えていた。
午後になってイオを後にしてエウロパへと出発した。この頃には木星は三日月状になっていた。エウロパまでは半日の行程なので明日早朝にはエウロパに着陸する予定だ。
20xx年10月10日(11日目)
エウロパ着陸のため今日は早朝起床。と言っても説明を聞いてから各自ベッドに寝た状態でシートベルトを締めて着陸態勢に入るので2度寝ができる。安全のためのシートベルトだが宇宙服を着るわけでもなく着陸に失敗したら間違いなくお陀仏だ(この点も誓約書記載済み)。
個室のモニタにもエウロパの様子が映っているが不鮮明でよくわからない。原子力蒸気エンジンによる人工重力が小刻みに変動した末に軽い衝撃があって宇宙船が停止した。着陸に成功したようだ。アナウンスがあったので早速共用スペースへ登ってみるとエウロパの大地が見えたのだが・・・。雪原というか氷上と言うか実に殺風景なところだ。エウロパ滞在は夕方までで午前と午後に2回5人ずつ希望があれば船外活動ができる。抽選の結果、私は午前の2番目になった。
船外活動は宇宙服を着て減圧室に入り一人用エレベーター(超狭い荷物用みたいなやつ)で地上まで降りる。下には添乗員のタカハシさんが先に下りていて、トゲトゲのついたサンダルのようなものを靴底に装着してもらってから外に出る。トゲトゲは氷に足が張り付いて動けなくなるのを防止するためのもの。そして、あるかも知れない宇宙の細菌を持ち込まないため、このトゲトゲサンダルは捨ててくるそうだ。うーむ、地球の細菌をエウロパに持ち込んでも良いのかなぁ?。と思って後で聞いてみたらサンダルは厳重に殺菌済みとのことだった。
恐る恐るエウロパの氷上を歩き出してふと上を見ると半月状の巨大な木星が見える。ものすごい迫力だ。大きな木星はイオの周回軌道からも見えていたが、こうしてエウロパの大地(氷だが)を踏みしめながら空に浮かぶ木星を眺めるのは格別だ。子供の頃に天体望遠鏡で眺めた木星の実物が目の前にあるのだ。地球でポタラ宮やマチュピチュに行って現物を見たときも感動したが木星の威圧感はすごい。また木星の場合は地球の名所旧跡と違って旅行前にも望遠鏡を通して本物を見ていたところが不思議な感じがする。
エウロパ
直径 3138Km(月の0.90倍)
質量 4.80x10の22乗Kg
表面重力 0.135G
公転周期 3.551日
自転周期 3.551日
後で聞いた話だが宇宙船は就寝時間中にエウロパを一周して着陸地点を決めたそうだ。選定基準はエウロパの昼側で木星が良く見える場所、かつ安全に着陸できる場所とのこと。エウロパも木星に近いため潮汐力が大きくイオほどではないにしても地殻変動が大きいと言う。このため毎回安全な場所を探し直さなければならない。ここはパイロットの腕の見せどころだ。今回着陸した場所も長時間安全とは言えないので半日の滞在の後速やかに離陸することになる。
エウロパの上を15分ほど歩いて戻ったが空に浮かぶ巨大な木星に圧倒されてエウロパの様子はあまり覚えていない。添乗員のタカハシさんに記念写真を撮ってもらったので後で見てみよう。船外活動中はほぼ真空だし温度もマイナス100度以下なので普通のカメラは全く使用できない。船外活動時間も厳しく制限されている。
興奮冷めやらぬまま1日が過ぎ宇宙船はエウロパを離陸し次の目的地ガニメデへと向かった。離陸してしばらくするとエウロパの全体が見えたが氷の中にオレンジ色のスジがたくさん走っている不思議な星だった。
20xx年10月11日(12日目)
エウロパからガニメデへは丸1日以上かかるので本日は衛星の間を飛行するだけで終わってしまう。双眼鏡で木星やガニメデを見ていた。木星からは次第に遠ざかりつつあるしガニメデはまだ小さいのでいまいちだ。但し木星の昼側正面を横切る形になるので満月状の木星を見ることができた。今日は休養日と観念しだらだらと過ごした。
夕方にはガニメデが大きく見えてきてまもなく周回軌道に入る。但し、就寝時間に入ってしまうので着陸は明日朝とのこと。今回もガニメデを1周して着陸地点を決めるそうだ。ガニメデは1周するのに8時間近くかかるので夜間作業としてはちょうど良いのだろう。
20xx年10月12日(13日目)
今日は普段通りの時間に起きて着陸態勢入り。衛星着陸は2回目なので慣れてきた。ガニメデはガリレオ衛星の中では最大で表面重力も大きい(実はイオの方が重力が大きいが着陸しない)。このため燃料が残り少なく軽くなった段階でガニメデに着陸する。
エウロパの時と同様に無事着陸。そしてガニメデの表面はエウロパと大差なし。むむむ、木星の衛星は皆同じような感じなのか。チベットの寺院が皆同じような感じだったり、エジプトの神殿が皆同じような感じだったのを思い出してしまった。唯一違うのは遠くに山のようなものが見えること。これはクレーターの縁らしい。エウロパの場合は地殻変動が大きく氷が溶けたり凍ったりを繰り返しているが、ガニメデは安定しているので過去における隕石の衝突によるクレーターが多数残っている。
ガニメデ
直径 5262Km(月の1.51倍)
質量 14.8x10の22乗Kg
表面重力 0.145G
公転周期 7.155日
自転周期 7.155日
今回の私の船外活動は午後の1番目だった。エウロパと同じような感じだが木星が小さくなってしまい、しかも天頂付近で見にくく三日月状というのがちょっと残念。楕円形の三日月も趣があるが・・・。エウロパの状態を覚えていないが表面はエウロパより荒れていたような気がする。ガニメデでは小さな石を拾って持ち帰ることができるということだったが(タカハシさんに預けておき殺菌の後地球で受取り)、ここも氷だらけで石が見つからず諦めてしまった。お土産としてはカリストで採掘したミネラルウォーター1ダースがもれなく貰えるそうなので、それで我慢するしかないだろう。地球上での旅行と違って土産物店が無いのはちょっと寂しい。宇宙人相手に値切り交渉ができたら楽しかっただろうに。
夜になってガニメデを離陸し最後の衛星であるカリストへ向かった。所要時間は1日半ほど。ガリレオ衛星の公転周期は面白く、イオ:エウロパ:ガニメデが正確に1:2:4になっている。カリストだけはこの規則から外れている。ガニメデとカリストの位置関係によっては所要時間が3日程度かかってしまうが、できるだけ短時間で移動できるような位置関係のタイミングを狙ってツアーが設定されている。
20xx年10月13日(14日目)
本日も移動日。旅の疲れも少し出て来て昼寝をしたりしてのんびり過ごした。
深夜にカリストの周回軌道に入り着陸は明日朝の予定。
20xx年10月14日(15日目)
朝起きたときは既にカリストの周回軌道に入り軌道上の宇宙ステーションにドッキング済みだった。カリストには氷採掘場が何カ所かあり、この宇宙ステーションが採掘基地になっている。カリストでは連絡船に乗り移ってカリストの氷採掘場の一つに着陸する。宇宙船へは帰りの燃料(水)を補給する必要があるが燃料満タン状態では重くて離陸できないのでカリストの周回軌道上で補給を受けることになる。
地球の第3宇宙ステーションとは違って殺風景な採掘基地ステーションを経て10人ずつ2台の連絡船に乗り込んだ。連絡船では小さな座席に座ってシートベルトを締める。降下中にも窓から地上の景色が見えるので臨場感がある。宇宙船での着陸が大型航空機なら連絡船はセスナといったところだ。連絡船は小型なのでエンジンは原子力ではなく水素ガス燃焼エンジンである。燃料の水素と酸素はカリストの水からいくらでも作れるとのこと。
カリスト
直径 4821Km(月の1.39倍)
質量 10.8x10の22乗Kg
表面重力 0.127G
公転周期 16.7日
自転周期 16.7日
氷採掘場に着陸すると、これまた狭い連絡通路が接続され、くぐるような感じで建物に入る。氷採掘場はホテルとはほど遠く殺伐としていて倉庫か町工場のようなところだ。それでも宇宙船内よりはゆったりした食堂やカプセルホテルよりは広い個室があり、何と共同のシャワーも使用可能。更に運動のための宇宙卓球場まであった(詳しくは後ほど)。今日は昼間にカリストの上を特殊車両でドライブし、ここで一泊し明日の昼頃に帰途につく。
カリスト上を走る特殊車両は運転手を含めて6人乗りなので、これまた午前と午後に2回5人ずつの分乗になる。車内は気密性が保たれているので宇宙服を着る必要は無い。私は最初の回だった。連絡船と同じように狭い通路を通って乗り込む。カリストも氷に覆われているので殺風景な場所だ。表面の色合いは暗め。エウロパやガニメデと比べて木星から遠く潮汐力も弱いせいか、より平坦で落ち着いた風情がある。所々氷の中が透けて見えそうなところもあった。クレーターも結構あるらしいが採掘場周辺は見渡す限り氷の平原が広がっている。殺風景ではあるが特殊車両は時速60キロぐらいのスピードで疾走し、時々わざとスピンしたりするのでそれなりに楽しめた。あとエウロパやガニメデの船外活動に比べて気持ちの余裕があったのか、初めて小さな太陽をまじまじと眺めることができた。木星での太陽の光は弱く地球上での夜明け前か日没直後といったところだ。それでも次第に太陽から遠ざかって慣れたのと雲に覆われた木星も氷の衛星も反射率が高いせいかあまり暗い感じはしない。
午後は半月ぶりにシャワーを浴びて髭も剃ってさっぱりし(宇宙船内では塵の発生防止のため髭剃り禁止だった!)、ツアーメンバーと宇宙卓球とやらをやってみたのだが・・・。これが難しい。地球の感覚で飛び跳ねると天井に頭をぶつけるし(このためプレー中はヘルメットの装着必須)、打った球は落ちずに飛び続ける。いくらやっても感覚が掴めないので30分ほどで諦めた。後で採掘場職員の人がプレーしているのを見ていたら、なるべくスローに動くのがコツらしい。それでいて攻撃するときは手首のスナップで鋭い球を打つ。こうなると相手は手も足も出ない。
カリストでは夕方になっても暗くならない。人間はここでも24時間周期で生活しているがカリストは公転も自転も16日半ほどなので、1日ぐらいでは太陽の位置は変わらないのだ。カリストでは8日間昼で8日間夜になる。夜間は極寒になって活動困難になるので自転に合わせて氷採掘場を移動しながら活動しているそうだ。
この日の夕食はかなり豪華。宇宙食ではなく肉も野菜もビールもあった。これらは軌道上の宇宙ステーションで生産しているとのこと。但し肉は何かの昆虫のタンパク質を加工して肉風にしたものだとか。ちょっと気持ち悪いが知らなければ普通に肉の味がする。ビールも宇宙栽培の穀物から作っているそうだ。
この日は振動のないベッドでぐっすり眠ることができた。
20xx年10月15日(16日目)
ガリレオ衛星巡りも終了し帰途につく。午前中は採掘場の窓から見える氷の大地と空に浮かぶ木星を眺めて旅の名残を惜しんでいた。
早めの昼食の後、再び連絡船に乗って軌道上の宇宙ステーションへ、そして宇宙船へと戻った。連絡船も小さいしカリストの重力も小さいしで拍子抜けするほど簡単に軌道に達してしまう。遊園地のアトラクションに乗った程度の感じだ。
宇宙船に戻って改めて船内を見ると狭いながら流石に観光旅行用と言うこともあって採掘場に比べると垢抜けた感じだ。そのうちにカリストにもリゾートホテルが建設されるのかも知れない。
エンジン全開で出発すると一旦木星に近づき木星の重力を利用して方向を変えつつ地球へ向けて加速を続ける。木星のそばを通過するときには窓から木星が大きく見えて迫力があった。これにて巨大な木星も見納めだ。
20xx年10月16日(17日目)
再び退屈な日々の始まり。モニタに写る木星が次第に小さくなるのを眺めながら1日が過ぎていった。80億円の旅行もほぼ終了で虚脱感あり。宇宙旅行というのは移動量も大きく対象物のスケールも桁違いに大きいが、古代遺跡のような名所旧跡は無いし、食べたり買い物をしたりスポーツをしたりという楽しみが全くない。楽しく旅をするならやはり地球上の方が良いかもと思ったりもする。
20xx年10月17日(18日目)
何でも我々の出発直後に発見された彗星が太陽に接近しつつあり近く(と言っても1億Km以上離れている)を通過中というので見てみた。でもボウっとした光が見えるだけでよくわからない。双眼鏡で見ると中心核が星のように光っているのがわかる。彗星の軌道上には流れ星の元にもなる塵が浮遊しているので、小惑星と並んで宇宙船にとっては危険な存在だ。惑星間飛行では当然主要な周期彗星の軌道を避けるようになっているが、突発的にやってくる彗星は避けられない。今回の彗星の軌道は宇宙船のルートから外れていて大丈夫とのこと。
20xx年10月18日(19日目)
地球帰還まであと5日となり、地上の大きな重力に備えてトレーニングを始めた。地球上の観光旅行に比べると歩く距離が圧倒的に少なく極度の運動不足だ。ペルーのマチュピチュやエジプトのカルナック神殿など何時間も歩くが、エウロパもガニメデも低重力の中で15分程度ヨチヨチ歩いただけ。トレーニングも退屈なものだが地上で歩けなかったらどうしようという恐怖感の方が勝ってきた。他の人も同じ恐怖感に駆られているようでトレーニング機器が順番待ちになってしまった。
20xx年10月19日(20日目)
今度は大きさ50Kmほどの小惑星の近くを通過するとのこと。と言っても元々小惑星帯を避けて飛行していることもあり300万Kmは離れている。双眼鏡で見ると光る点が移動して行くのがわかる程度だった。
20xx年10月20日(21日目)
船内に宇宙旅行パンフレットがあったのでパラパラとめくって眺めていた。旅は地球上の方が楽しいだろうとは思っても、パンフレットを見ているとまた宇宙旅行に行きたくなるものだ。やはり次は「土星旅行:2衛星に着陸し輪のかけらを拾う35日間」かな。「太陽系の辺境:天王星、海王星を巡り冥王星に着陸65日間」も時間がかかるが行ってみたい。空が明るく光っていかにも惑星らしい火星にも一度は降り立ってみたい。でも火星は重力が大きいので着陸ツアーは宇宙旅行中で料金が一番高いのだった。おっと、いくら夢を膨らませても旅行代金が払えない。同じ人が2度続けて宇宙旅行くじに当たる確率は限りなくゼロに近いし。まあ、また夢を求めて宇宙旅行くじを買い続けることにしよう。
原子力蒸気エンジンの発明により光速近くまで加速を続けて恒星間飛行という計画もあるようだ。但し長期間加速を続けると燃料切れになるのがネックになっている。恒星間にも水を含む小さな惑星が浮遊している可能性はあるものの、広大な宇宙で資源探査をしながら飛行を続けるのはリスクが高すぎる。このあたりは今後の更なる技術革新に期待したいところだ。もしも恒星間飛行の技術が確立しうるものなら他の恒星の宇宙人が飛来しているはずで、それがないならやはり技術的に難しいのだろう。
20xx年10月21日(22日目)
地球まであと2日。宇宙飛行も残り少なくなったので飛行する感覚を味わって過ごした。既に減速を始めているものの秒速数百キロの速度は出ているはずだ。外の景色が流れるわけではないので実感はないが。
大宇宙、乙女座超銀河団、局部銀河群、銀河系、太陽系と順番にイメージし、最後に火星の軌道近辺を猛スピードで地球へ向かって飛んでいる自分をイメージする。地上でジョギングする時などもよくイメージしていたものだ。大宇宙から始まって太陽の周りを公転し自転する地球の表面を走っている自分を。こうすると宇宙の中にいることを実感できるのだ。
20xx年10月22日(23日目)
かなり地球に近づいてきた。モニタには小さいながら三日月状の青い地球が見えてきた。やはり青い惑星は美しい。いかにも生命が宿っているように見える。木星のど迫力もすごかったが生命の気配が感じられない不気味さがあったように思う。
20xx年10月23日(24日目)
遂に地球に帰ってきた。午前10時頃に地球周回軌道に入り第3宇宙ステーションにドッキング。土産店も並ぶ広々とした通路を歩くと、まだ地上に降り立ってはいないが地球上の旅行で成田空港に帰ってきたような安堵感がある。2時間ほど待ち時間があるので地球を眺めながら久々のビールを飲んでいた。土産店で売っているものは木星とは関係無いし高いので何も買わなかった。カリストのミネラルウォーターが配達されるのを待つことにしよう。
そして宇宙連絡船へ乗り込んで大気圏突入。数分間だけ重力が地上の3倍程度になり座席に体を押しつけてしのぐ。水平飛行に入ると地上と同じ重力のはずだが低重力に慣れていたので体が重い。歩けるのかどうか不安になる。ヒューストン空港に着陸して何とか歩いてアメリカ出国手続きを行いユナイテッド航空機へ搭乗。この後は通常の海外旅行と同様に成田に向かうわけだが、無精髭がそのままなのは頂けない。10日近くシャワーも浴びてないし。
この後どっと疲れが出て来て爆睡してしまい、途中で目を覚ましたらアラスカ上空を飛行中だった。文明の気配を感じない荒々しい山並みと氷河を見ると、またどこかの惑星に接近したのかなと錯覚してしまう。
20xx年10月25日(25日目)
日付変更線を通過し25日の夕方に成田に到着。第3宇宙ステーションで預けたスーツケースを成田で受け取るところが面白い。そして夜には無事帰宅することができた。明日も休みなので写真の整理を行ってから地上生活に復帰すべく軽くジョギングでもしてみよう。
幸運に恵まれ夢見ていた宇宙旅行に行くことができて、しかも無事に帰って来れて実に良かった。他の恒星にも文明を築いている宇宙人はたくさんいるだろうが、惑星間観光旅行が可能になった人類の技術レベル・文化レベルは宇宙の中でもトップクラスに違いない。この時代に生きていることを感謝しつつ残りの人生を楽しく過ごそうと思う。
[完]
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