岩屋山古墳
中尾山古墳
 

明日香は考古学者のS教授と奥様が一緒にまわってくださいました。
S教授は長年歴博の教授をされておりましたが,
今年の4月から奈良へ戻られてお仕事を続けています。
S教授と会話をしたのは小学生の頃以来。
当時は歴史なんてまったく知らない子どもだったので,
S教授のことは「幼なじみのTちゃんのお父さん」という認識…。
それがいかにとんでもないことであったのかを,
このたび再認識いたしました。
岩屋山古墳
飛鳥の古墳を知るには,まずこの古墳から!
この古墳を見てから他の古墳をまわると,
形態や状態がよくわかるのだそうです。
この古墳の年代は7c中葉ではないかというのが
S教授の見解。
文献から一番可能性が高いのは斉明(皇極)天皇の
陵墓だろうというお話でした。
(現在,斉明天皇陵は他の場所が指定されています。)
斉明天皇陵には娘の間人皇女(孝徳天皇妃)と
孫の建皇子(天智天皇・遠智娘の子)が合葬されています。
石室の中。
とてもきれいな石組で整っていました。
石槨の形式で古墳の作られた順番がある程度
特定できてくるようです。
方形の台の上に八角の石室が乗るような形に
なっています。
八角形の古墳は,即位した天皇にのみ用いられている
そうです。
中尾山古墳
高松塚古墳に向かう途中にある八角形の古墳。
八角形ということは…即位した天皇の陵である
可能性が高くなります。
こちらは,S教授だけでなくいろいろな方が以前から
文武天皇陵ではないかと考えています。
八角形であることは,写真からはよくわからないかも…。
古墳を作った当時は木は生えていなかったのに,
長い年月で大きな木が育っていきます。
この古墳に埋葬されている人物は火葬になっているので,
そのことからも文武天皇陵ではないかと言われています。
(火葬になった天皇は持統天皇が最初。
 文武は持統の孫でその次の天皇。)

(04/07/31)

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