手に取った瞬間、誰もが帯に目を見張るにちがいない。
「著者は種おろしであり、出版者は苗を育てる人、書店は摘み取った糧をひろく播き、古本屋と図書館は刈り入れて、整理し、保存する人である。」
この言葉の後に朱書で「そして」と続き、一呼吸で黒字に戻って、
読者によって世界の貌(かお)は変わってゆく。
と記される。印字と通念が生気を得て拡大し、瞬きのうちに視界に飛び込んでくるようだ。
次に、本書を紐解いてみると序詞がこう吟じている。
かつて地球が生まれ、
・・・
そして本が生まれた。
・・・
こころの上下運動が始まった。
質と品位はそこで練られた。
・・・
対立があり矛盾があり逆説もあったが、
それらが、運動を活発にした。
その過程のなかから生まれた一粒の種、
その種は、生き延びるだろうか?
世に高質の学術書・文学書を二千冊以上も送り出してきた、みすず書房創業者の「出版編集論」の集大成がここに纏められている。著者からの問いかけと奥深いメッセージを受け止めてみようと、心ひそかに闘志をかきたてられる者はおそらく少なくないだろう。
氏とみすず書房の出発点となったのが『ロマン・ロラン全集』であり、ロランの祖国フランスのみならず欧米諸国の何処にも存在していない稀有の充実度を誇っている。
さて、同書を手にした者は、用紙・思想統制の戦前から出版不況の現代まで、本を舞台とする数限りないドラマに立ち会うことになる。これは、さながらロランも愛した不屈の作曲家の交響楽のようでもある。だから、本の終結部にさしかかって、著者の次の言葉に出会うとき、出版と音楽という異なった業の思想的邂逅に驚きながらも、深く納得させられるのである。
「私がこう見てきましてつくづく思いますのは、編集の原点とは、ベートーヴェンのいった有名な言葉 “Nicht diese Töne”(この調子はちがう、ほかのものだ)という直覚ではないでしょうか。世界のなかに感受力の高いアンテナをはりめぐらして、そこでまず、それではない、こうあるべきではないか、という思いが、まず第一であろうと思います。」
小尾俊人氏は、こうした態度で、本を生み、無数の読者に提供しつづけてきた。さらに氏の「出版編集論」は「出版文明論」に直結している。帯と詞と。そして、それから・・・。この書に導かれ、本と自由の息吹を吸いつつ、新しい文明の創造に参画しようではないか。
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