On My Way To ……

 

「う〜ん……」
 わたしは鉛筆を口元にやりながら考えこんでいた。
 机の上には原稿用紙。半分ほど埋まったところで、文は途切れている。

 今、わたしは、まだレベルが1とか2とかのときの冒険談をまとめていた。もうほとんど書きあがっていて、あとはラストシーンだけだ。それなのに、どうしてもその部分だけが書けなくて、筆(というか鉛筆)が止まっているのだった。
 そのシーンというのは、クエスト(というのも恥ずかしいようなちょっとしたおつかいだったんだけど)の最後で見た夕焼け。すっごくきれいだったから、今でもはっきりと思い出せる。たぶん、わたしの頭の中の映像をそのまま引っ張り出したらそのときと全く同じ風景になるだろう、ってくらい頭に染み付いている。

 なのになのに、どうしても文に出来ない。特に、その微妙な色。
 赤…もうちょっと濃い感じかな。紅色。深紅。……違う。茜色?なんだかしっくりこないし……。
 そんな具合で、わたしはもう何時間もそこを書くのに費やしていた。書いたり消したりを繰り返したもんだから、そこだけ原稿用紙が黒くなってきている。だんだん、紙も擦り切れてきちゃったし。

「う〜ん……」
 わたしはもう一度うなって、鉛筆を置いた。大きくひとつ伸びをする。開いた窓からの気持ちいい空気が、すうっと胸に入り込んできた。
 今日はなかなかいい天気だ。外では鳥達が楽しげにさえずっている。ぽかぽかとした日差しが、わたしをさそうようにこぼれ落ちてきた。
「外に出てみよっかな」
 わたしは気分転換のつもりで、そっと部屋を出た。

 

 外に出ると、やわらかな香りがわたしを包んだ。
 う〜ん、気持ちいい。
 わたしはひとつ、深呼吸した。やっぱり、中から眺めるのとでは空気が違う。一瞬で気持ちが軽くなった。

「あれ? パステル、どうしたんだ?」
 声をかけられ、わたしはそっちを向いた。
 剣の練習をしてたのかな、クレイが汗をぬぐいながらやってくるのが見えた。

「クレイ。なんでもないよ、単なる気分転換」
「そう?」
 クレイは言うと、みすず旅館の側に生えている大きな木の根元に座ってその隣をぽんぽんと叩いた。わたしは駆け寄って、その場所に座る。
 こうしてるとほんとに暖かい。膨らみ始めた新芽をやさしくとりまくような、息吹きも似た風が通り過ぎていく。

「ふう……」
「どうした?」
 思わずため息がもれてしまったわたしを、クレイがのぞきこむように見つめた。やさしい瞳がわたしを映す。
「う〜ん、ちょっとね。冒険談を書いてたんだけど、なんだか詰まっちゃって。思ったとおりに表現できない、っていうか……」
 その瞳にひかれるように、わたしは素直に悩みを口にした。クレイってひだまりみたい。あったかくって、とっても安心する。
 クレイはちょっとだけわたしを見つめて、それから微笑んだ。

「パステルはさ。どうして文章を書くんだ?」
「えっ? そりゃあ、生活費の足しにしなくちゃだし、わたしにはこれくらいしかできないし、それに……」
「それに?」
 わたしはちょっと考えてから、思いを言葉にした。

「それに、わたしが見た、感じたいろんなものを誰かに伝えたいから。わたしも、いろんなものを本とかに伝えてもらったから」
 うん、これが一番大きいかもしれない。だからうまく伝えようとして、迷ってしまう。クレイはそんなわたしの肩にそっと手を置いた。

「たとえばさ。ものすごくきれいな景色を見たとするだろ。
 それを絵の中に閉じこめてみんなに伝えたい、って思った人は絵描きになる。
 メロディの中に織り込んで誰かに伝えたい、って思った人は歌い手になる。
 そして文章に想いをこめて人に伝えたい、って思った人は詩人とか小説家になる」

 クレイはゆっくりとそう言った。

「伝えたいものは同じでも、表現の仕方はいろいろあるだろ。それと一緒で、伝えたい想いもみんな違う。パステルは何を伝えたい?
 ひとつの言葉、ひとつの文。そこに何をたくしたい?」

 クレイはもう一度わたしの顔をのぞきこんだ。

 その瞬間、不思議なほど鮮明に、あのときの気持ちが心によみがえってきた。そうだ、わたしはどう表現するかにこだわりすぎていたんだ。あの夕焼けはしっかりと心に焼き付いていたけれど、そのときの気持ちを忘れかけていた。

 あのとき、あの道の途中で。
 気持ちと景色がわたしの心で重なって、ゆっくりと形をとり始めてきた。

「ありがとう、クレイ。なんだか書けそうな気がしてきた」
「そう? そう言ってくれるとうれしいけど」 
 わたしはクレイにお礼を言った。クレイはやっぱり、あのやさしい瞳でわたしを見てくれる。わたしは微笑み返してから、部屋に戻った。

 

 目を閉じて、ひとつ深呼吸。
 まぶたの裏にあらわれたあの夕焼けに、そっと気持ちをゆだねてみる。

『まったくトラップは乱暴なんですからねえ』
『おめーが道草くってんのが悪いんだろーが。パステル、まさか道に迷ったりしてねーよな?』
『ぱぁーるぅ、おなかぺっこぺこだおう!』
『お、見ろよあの夕日』
『きれいだ』

 ……みんなのあのとき言った言葉が、ひとつひとつ浮かんできた。
 あのとき、あの道の途中で……

 わたしは鉛筆を手に取ると、原稿用紙を一マス一マス埋めはじめた。
 想いをたくした、言葉で。

〜END〜

 

 これを書こうと思ったきっかけは、友人が撮っていた空の写真でした。彼女の感性がそのまま閉じ込められたようなきれいな写真で。
 それを見たとき、「わたしならどうやってこの空を表現しようとするだろう?」と考えたのをそのまま話にしました。
 モノ書きとして忘れたくないこと。クレイならこう言ってくれるのではないかな、と思って……。

 でもわたしの表現の方法はやっぱりこうやって文章を書くことなのだろうな、って思います。わたしは絵が描けなくて、何かの表現は全て自分の書く文章に頼ってしまいますから。未熟さが先にたって、どれだけ伝えられるかはいつだって不安で、それでも、やめたくない。

 やっぱり。絵であれ文章であれ、自分をしっかりと表現できる人はすごく尊敬します。

 

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