さあさ今夜は ハロウィーン
あらゆる魔女を 見られるよ
黒い魔女や 緑の魔女や
ターキー豆のような 紅色の魔女もいる……
「パステル〜、オーブン見て!!」
クッキーが山ほど盛られたお皿を食堂へ運びながら、マリーナがわたしに声をかけた。
「わかった!」
わたしは答えると、ちっちゃなバスケットにアメを入れていた手を止めてオーブンを覗きこんだ。オーブンの中のパンプキンパイは甘い香りを漂わせている。ちょうど良いくらいじゃないかな? わたしはやけどしないように気を付けながらパンプキンパイを外に出した。
今日はハロウィーン。先祖の霊が帰ってくる、という日。
ここエベリンでもたくさんの仮装した子どもたちが、あちこちの家を回ってお菓子をもらっていた。
で、わたしたちはというと。
メインクーン亭でハロウィーンパーティをするというので、こうやってお菓子作りのお手伝いをしてるというわけだ。
厨房のテーブルの上にはたくさんのお菓子が並んでいる。
今できたばかりのパンプキンパイだけじゃなくって、柔らかく煮たりんごがたっぷりのアップルジンジャーブレッド(焼き立てよりも二〜三日おいてからの方がおいしいんだって)に、洋ナシやプラムやブラックベリーを焼きこんだオーチャードフルーツケーキ。小鉢やバスケットにはクッキーだのアメだのがたくさん盛られていて、なんとなくわくわくしてしまう。
ルーミィなんか目を輝かせて、つまみ食いだけで全部食べてしまいそうな顔をしていたものだからノルたちのところへ行ってもらった。ちなみにノルたちは、カボチャをくりぬいてジャック・オ・ランタン(カボチャのランプね)を作っている。
でもなあ……これはルーミィじゃなくてもつまみ食いしたくなる! だってとってもいいにおいなんだよ? どうぞ食べてください、って言ってるようにしか思えない。
うう、でもがまん、がまん。もう少しでパーティも始まるんだから。
「Trick or treat!」
「きゃあ!!」
いきなり背後から声をかけられて、わたしは声を上げてしまった。くるりと振りかえると、さらさらの赤い髪。
「〜〜、トラップ!!」
ヴァンパイアの格好をしたトラップが、にまにまとわたしを見ている。わたしがむっとして頬を膨らませるとトラップは気付かないふりでテーブルの上を見渡して言った。
「結構うまそうにできてんじゃん。味見してやろっか?」
「……つまみ食いしたいだけでしょ?」
「大当たり〜〜♪ ねえ、パステルちゃん、ちょっとぐらいいいでしょ?」
ううっ、ヴァンパイアの格好で猫なで声を出されると結構気味が悪い。しっかりメイクなんかしちゃってるものだからなおさらだ。
「……しょうがないなあ。一個だけだよ?」
「さっすがパステルちゃん、話がわかる!!」
トラップはパンっと一度手を合わせた。ぐるっとテーブルをもう一度見て、フルーツケーキを一かけら手にとる。
こうやってると、子どもみたいだよね。っていうか、ハロウィーンってみんなが子どもに戻れる日、っていう気がする。死者がこっちの世界に帰ってくるんだもん、生きてる人が子どもに戻っても不思議はないのかな。
わたしはなんとなくおかしくって、口元に笑みを浮かべながらトラップを見ていた。と、顔を上げたトラップと目が合ってしまった。にやりとトラップが笑う。
「何? おめーもTrick or treat?」
そう言って、近くに置かれていたバスケットから一つだけアメを取り出してこっちに放り投げた。あわててわたしがキャッチすると、トラップは意地悪そうに続けた。
「子どもみてーに物欲しそうな顔してこっち見てるからさ」
「な、なによ! 自分だって子どもみたいに楽しそうにお菓子選んでたじゃない!」
わたしが言い返してもトラップは全然気にもしていない顔。う〜、いつものことなんだけどなんか悔しい!
頭を叩こうと振り上げた手は。妙にやさしく、ふわりと受けとめられた。
へ?
そのままぐいっと引き寄せられて、
「Trick or treat」
耳元で小さく声がした。……?
トラップはすぐにわたしをはなすと、ヴァンパイアのマントをひるがえしてさっさと台所から出て行ってしまった。
だから、わたしにはトラップの表情は見えなかった。
パーティが始まった。
だけどわたしはなんだかぼーっとしてしまって、壁にもたれかかったまま、トラップがくれたアメを眺めていた。
『Trick or treat』
声が耳から離れない。どういう意味なんだろう? いや、この言葉自体の意味は知ってる。
『お菓子をくれなきゃ、いたずらするよ!』
そう、仮装した子どもたちがこうやって叫びながらあちこちの家を回るんだ。お菓子をもらって回るために。
でも。トラップのあの時の言葉は、そういう意味じゃないように聞こえたから。だからどうしても気になって仕方なくって。
あ〜、もう!
わたしはぐちゃぐちゃになった頭をどうにかしたくて、とりあえず眺めていたアメの包みを開いた。甘いものを食べると頭の働きが良くなる、って前にどこかで聞いたような、聞かなかったような。
包みを開いて、コロンと転がり出てきたそのアメを見て、わたしはどきりとしてしまった。
それは、ハートの形をしていたから。
妙に鼓動が早くなった。これは、単なる偶然? それとも。
――ハロウィーンの日にはね、この世とあの世を隔てるベールが薄くなるんだよ――
どこかで誰かに聞いた言葉。
薄くなったのは、この世とあの世の間のベールだけ?
ううん。そうじゃない気がする。
だって子どもと大人の間のベールも、今日だけは薄くなってるんじゃない? 今日だけはみんなが子どもに戻れそうなんだもの。
それじゃあ……。
わたしは、アメを口の中に入れた。甘酸っぱい、いちごの味。
と、思ったら。え!? なんか今、りんごの味に変わった??
そうかと思うとぶどうの味になって……そっか、味が変わるタイプのアメなんだ。なめるたびにころころと転がるように味が変わっていく。
誰かさんに似ているね、なんて思って、ふと笑えてしまった。
そう、もしかしたら。
好きと嫌いの間のベールも、今日だけは薄くなっているんじゃないのかな?
―― さあさ今夜は ハロウィーン
あらゆる魔女を 見られるよ
黒い魔女や 緑の魔女や
ターキー豆のような 紅色の魔女もいる ――
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魔女はひょっとしたら「人の気持ち」ってものなのかもしれない。いろんな気持ちが、好きと嫌いの間の薄くなったベールから零れ落ちてきて。
だから、惑わされそうで……そう、自分の気持ちにさえも。
すっと空気を吸いこんだら、カボチャのランプが中から焼けてきたときの、甘いにおいが胸に入りこんだ。
ふと、思う。ひょっとしたらあの言葉は――。
『Trick or treat』
お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ。
でも、その裏にある意味は……。
そこまで考えて、わたしは慌てて首を振った。そんなわけない。あいつが、そんなこと言うはずない。
……たとえそれが本当の意味だとしても、それは薄くなったベールのせいだから。
「Trick or……」
小さく呟いてみる。
それは単なる「a Trick」(いたずら)なの? それとも……?
口の中で、小さくなったアメがゆっくりととけていった。
〜END〜
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