飾りができあがるのとほぼ同時に、ノルはおかみさんに呼ばれて手伝いに行ってしまった。
「ルーミィは何をお願いする?」
わたしが短冊を手にとって訊くと、ルーミィは
「んとね、ママに会えますように、とぉ、しおちゃんとずぅ〜っといっしょにいられますように、とぉ、そえから、そえから……」
たくさんあるらしくって、身振り手振りで答えてくれた。輪つなぎを作ってたものだから手とか顔とかにたくさんのりがついちゃっている。わたしが拭いてあげようとしたら、ルーミィはちょっと首を傾げた。
「ぱぁーるは何をおねがいするんらぁ?」
目をくりくりとさせて訊かれ、わたしは正直迷ってしまった。 願いごとって、普段はたくさんあるような気がするのにいざとなるとなかなか思いつかないものなんだよね。
「う〜ん……どうしようかなあ」
「何が『どうしようかなあ』なんだよ?」
「ひゃあっ!」
いきなり後ろから声をかけられて、わたしは妙な声をあげてしまった。
「な、トラップ……一体いつの間に来たの?」
そう、さらさらの赤毛をひとつに結んだトラップが知らない間に部屋に入ってきていたのだ。トラップは呆れたようにため息をついた。
「ついさっき。おめーら何やってんだ?」
わたしが七夕の説明をすると、トラップはあんまり興味なさそうに「ふうん」と鼻をならした。それから、ちょっと思いついたようににやりと笑う。
「んなら、おめーは願いごとには困らねーよな」
「どうしてよ?」
怪訝そうに首を傾げるとトラップはますます笑みを大きくして続けた。
「まず最初に『もう少し胸が大きくなりますように』だろ? 『もう少し引っこむところ引っこみますように』だろ? んで、『もう少し方向感覚が良くなりますように』。ほら、こんなにたくさんあるじゃねーか」
「あ、あのねー!」
くくっと笑いをこらえるように肩を震わせているトラップの頭を叩こうとすると、トラップはひょいっと身をかわした。ううっ、悔しい!!
「なによ、それならトラップは願いごとないの?」
わたしが言うとトラップは「へ?」と目をぱちくりさせた。
「んな自分の願いを人だの神だのに叶えてもらおうなんて思わねーよ。願いごとがあったら自分で叶える。黙ってて誰かに叶えてもらうなんてそんなのつまんねーしさ」
へえ……。わたしはちょっとだけ感心してしまった。なんとなくトラップらしいよね、そういうの。わたしがまじまじと見つめていると、
「あ、でもひとつだけ。神頼みしかないような願いごとがあったわ」
トラップが思いついたようにぽんと手を打った。わたしを見て、またにやりと笑う。
「な、なによ?」
「『誰かさんの鈍さがもう少しましになりますように』」
え? 「誰かさん」って……わたしをじっと見てるってことはわたしのこと!?
「悪かったわね、鈍くって!」
「別におれはおめーのことだなんてひとっことも言ってないけど?」
「どう考えたってわたしのことじゃない!!」
「あ、ばれた?」
にやにやとしながらそんなことを言った。う〜、にくたらしい!
「別にわたしが鈍いからってトラップには関係ないじゃない」
わたしはぷうっと頬を膨らませた。そりゃ、ちょっと鈍いかもしれないけどさ。クレイほどじゃないけど、恋愛に関してとかよく分からなかったりするもんね。だとしても、鈍いからってトラップに迷惑かけてるわけでもないし、関係ないと思うんだよな。
でも。トラップはふっと真顔になってわたしを見つめた。
「関係、大ありなんだよな。おめーが鈍いとおれが大変なんだよ」
「は? どうして?」
何かそれで迷惑かけたことってあったっけ? う〜ん……思い出せないけど……。
考えていると、トラップがわたしの肩に手をかけた。ちょっとだけその手に力がこもる。小さくため息をついて口を開いた。
「ストレートに言わせたいのかよ?」
「へ?」
頭にハテナマークが飛び交う。そんなわたしを見て、トラップは「ダメだ、こりゃ」という顔をした。苦笑して肩から手を離す。
「ほんと、苦労するよなあ」
ひとり言のように呟いたトラップの服を、わたしはぐいぐいと引っ張った。
「ねえ、どういう意味なの?」
「もういい、もういい」
ひらひらと手を振って、トラップはわたしを追いはらおうとした。でもそうされると余計に気になったりするじゃない? わたしは服をさらに強く引っ張った。
「教えてくれたっていいじゃない。ねえってば〜」
「だあ! ……ったく」
わたしの手を振りはらって息をついたトラップは、机の上に置かれていた短冊に目をとめた。唇に小さく笑みを浮かべる。
「それじゃさ、賭けしようぜ」
「賭け?」
「そ」
短く答えて、トラップは短冊にペンで何かを書きつけた。
「この願いごとがもし叶ったらお前の勝ち。そしたらどういう意味か教えてやるよ」
「え?」
『パステルの鈍さがもう少しましになりますように』
短冊にはこう書かれていた。これが叶ったら、って……。
この話は終わった、と判断したのだろうか、トラップはルーミィをからかって遊び始めた。
ほんとに、よく分かんないやつだなあ。わたしは小さく苦笑して、それから短冊をひとつ手にとった。
そっちがその気なら、わたしはこうお願いしちゃうもんね。
「お? やっと願いごと決まったのか? 何をお願いするんだよ」
トラップが訊いてきたけれど、わたしはべーっと舌を出した。
「ひ・み・つ」
……だってね。トラップに教えるにはあまりにまぬけなお願いなんだもん。
でも。
わたしの願いごとも、もし叶ったら教えてあげるね。きっとトラップは笑うだろうな。
そう思うと、わたしもなんとなく笑えてしまって困った。
机の上に置かれたパステルの短冊。ルーミィはそれを見て首を傾げた。
「しおちゃん、これってなんて読むんら?」
「これはデシね、『かけ』って読むんデシ」
「『かけ』ってなんあの?」
「トラップあんちゃんが大好きな、『ギャンブル』のことデシ」
「ぱぁーるは、とりゃーっが『ぎゃんぶる』で負けると怒るんらお。ぱぁーるのお願いはとりゃーっが『ぎゃんぶる』に勝つことなんかあ?」
シロはもう一度短冊を見て、それから首を振った。
「違うデシよ、ルーミィしゃん。パステルおねぇしゃんはやっぱり、トラップあんちゃんに負けてほしいんデシ」
『トラップとの賭けに勝てますように…… パステル』
〜END〜
|