「トラップのバカ!」
声と共に、俺は寒空の下に追い出された。後ろで大きな音を立て、ドアが閉まる。
相当怒ってるな、パステルのやつ。俺はひとつため息をついた。ドアをこじ開けようとするなら簡単だ。俺の職業は盗賊なんだから。
でも、そんなことをしても何にもならない。パステルは当分許しちゃくれないだろうし。どんなに盗賊としての腕が上がっても、女の心ってのはこじ開けられないもんらしい。
惨めな気持ちで俺は足元の石ころをけった。……散歩でもして、ほとぼりがさめるのを待つか。とぼとぼと行く当てもなく歩き始めた。
ドーマの冬の夜は、すべてが凍りつくように冷える。少しずつ春に近づき初めたこの季節でもそれは例外じゃなかった。ろくな防寒具も着てこなかった俺の体は数十メートルも歩かないうちに完璧に冷えてしまった。指先はこごえ、痛くなってきている。
でも、あいつの方が痛がっている。俺は思った。そりゃ、「今日は何の日か覚えてる?」と訊かれて、「なんかあったっけ」なんて答えた俺が全面的に悪い。
断っておくが、忘れていたわけじゃなかったんだぜ。ただ、照れくさくって言えなかっただけだ。だけど……あいつは一瞬、泣きそうな顔で俺を見て、それから怒って俺を追い出した。
泣きそうに歪んだ顔を思い出して、俺は胸の辺りが針に刺されたような痛みを感じた。ちくしょー、こんなだったら、もうちょい素直になっときゃよかったのにな。
「トラップ、どうしたんだ?」
角を曲がろうとしたとき、不意にかけられた声に俺は振りかえった。そこには、黒い髪に整った顔立ちの見なれた幼なじみの姿。隣にはかわいい婚約者まで連れてやがる。正直、この二人がすんなりくっつくとは思ってなかった。
惨めな気分に拍車がかかり、俺は憮然とした表情でクレイを見た。
「何やってるんだよ。今日はたしか……」
「わーってる。追い出されちまったんだよ」
クレイのセリフを途中でさえぎった。人に言われるとますます惨めだ。二人は呆れた顔で俺を見つめた。……、ちくしょー。
「もしかして、照れてるとか?」
「トラップ、今日ぐらいは素直になれって。どうせ、照れちまって『今日が何の日かなんて忘れた』なんて言っちゃったんだろ」
うう、こいつら相手に隠し事はできねーな。全部お見通しでやんの。
「しょうがねーだろ。なんて言ったらいいのかわかんなかったんだからよ」
二人は顔を見合わせた。そしてふっと笑う。
「トラップらしー。でも、女の子にとって、そう言われるのは結構キツイものがあるのよ。ちゃんと言ってあげなきゃ。覚えてるよ、って」
……俺はうつむいて答えた。
「今夜は、中にいれてもらえねーよ」
「なーに言ってるの。さっき通ったとき、パステル、外であなた待ってたわよ。追い出したこと後悔してるんだから。早く帰ってあげなきゃ」
それを聞いて、俺は驚いた。あいつが、待ってる? そう思った瞬間、俺の足は駆けだしていた。
「おい、トラップ!」
後ろからの声に、俺は走りながら振りかえった。大声で怒鳴り返す。夜だからって、かまうもんか。
「ありがとな、クレイ! マリーナ!!」
再び、夜の町を駆け出す。
忘れてたわけじゃない。その証拠に、胸ポケットにはプレゼントが入ってる。あいつの喜ぶ顔が見たくて、あいつに笑顔でいてほしくて。
今日がなにより大切な日だと分かっているから、あいつに、パステルに伝えたい。
窓から漏れる明かりに、照らされた人影が見えた。……パステル。
俺がやってきたことに気づくと、笑顔になって駆けてきた。そのまま、俺の首に腕をまわす。俺はその体をぐっと抱きしめた。お互いの体は冷えていたけれど、そんなことはどうでもいい。
「ごめん……ごめんね、トラップ」
なきじゃくりながら、パステルがあやまった。俺はその頭をぽんぽんと撫でてやる。
「ばーか。あやまるのは俺の方だろ」
そっと体を離して、俺は胸ポケットに入れてあったプレゼントを渡した。小さな包みに入っているそれは、小さな指輪だ。
「ごめんな。忘れてたわけじゃ、ないんだよ」
照れくさくて、やっぱり顔を見ながらは言えなかったけど。でも、あいつはすごく喜んでくれて、それは俺をうれしくさせた。頬に残る涙を、そっとぬぐってやる。
背中をおして中に入るようにうながしながら、俺はもっと早くこうしていればよかったのに、と思った。照れくささは消えないけど、あいつが泣くよりはずっとましだから。
部屋に入って、キャンドルに灯をともしたら、またいつものあの笑顔になってくれよな。
今日は、二人の初めての結婚記念日だから……。
〜END〜
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