「トラップ〜?」
ドアをノックして、声をかける。ひょっとしたら昼寝してるかも、とか思ったけれど、中から返事があったからわたしはドアを開けた。「あんだよ、パステル。昼飯か?」
ベッドの上に寝転がっていたトラップが、気だるげに身を起こしながらそう訊いた。
う〜ん、「昼寝してるかも」という予想は、当たらずといえども遠からず、って感じだったみたいだ。
わたしはふるふるっ、と首を振った。っと、いけないいけない。
思わず顔がにやけそうになって、わたしはトラップに見えないように腕をつねる。ちょっとだけひきつってしまう頬は、……まあ、仕方ないかな。
「あのね、トラップ。下にトラップに会いたいっていう女の子が来てるの。なんかね、ファンなんだって」
できるだけ平静を装って、わたしはなんとかそれだけ口にした。トラップはちょっとだけ眉を動かして、唇に小さな笑みを浮かべた。
「へえ? なかなか見る目のある娘じゃん。で、美人? グラマー?」
「う、うん。そりゃーもう、トラップにはもったいないくらい!!」
ちょっと言いすぎたかなあ、なーんて思ったけど。トラップは別に気にした様子もなく、ニッと笑って立ち上がった。そのまま、鼻歌なんか歌っちゃっいながら下へと降りていく。
……成功、かな?
わたしは必死で笑いをかみ殺しながら、その後を追った。
外へ出たトラップに追いつくと、彼はきょろきょろと辺りを見まわしていた。多分、自分を待ってるっていう、その女の子を探してるんだろう。
でも、当然のことながら女の子はそこにはいなかった。というか、最初からいないに決まってる。
「おい、その女の子ってどこだよ?」
わたしを振り返ったトラップが、怪訝そうに訊ねる。わたしはもう我慢できなくなって、ぷはっ、と吹き出してしまった。
「いないよ、そんな子」
「は? どういうことだよ?」
わけがわからない、というようにトラップ。その間の抜けた顔がまたおかしくって、おかしくって。
「あはははははっ! ははっ! ひゃはははっ!!!」
わたしはしばらく、そのまま笑い転げてしまった。トラップの顔が、憮然としたものになる。
「なんなんだよ、まったく」
息を吐き出してそう言ったトラップに、わたしはひとしきり笑った後、訊ねた。
「ねえ、今日は何の日だか知ってる?」
「は? 四月一日だろ? あ、……『エイプリル・フール』か……」
しまった、というようにトラップは顔をしかめた。わたしはにんまりと会心の笑みを浮かべる。
そう。今日はエイプリル・フールだ。一年に一度の、嘘をついてもかまわない日。
毎年毎年、トラップには何度も騙されてその度に悔しく思ってたから、「今年こそトラップを騙してやるっ!」って思ってたんだよね。でもこんなにうまくいくなんて、すっごくうれしい!!
わたしが一人でにこにこと喜びをかみしめていると、トラップがはぁ、とため息をついた。
「お前さ、一つだけ、間違ってる」
「へ?」
思いがけない言葉に、わたしはきょとんと目を丸くしてトラップを見た。トラップは呆れたような口調で、こう続けた。
「エイプリル・フールで嘘をついてもいいのは、正午までなの。正午、過ぎてるんだけど?」
…………え、ええ〜〜〜〜〜〜!?
固まったわたしに、トラップがニヤニヤと笑って近づいてきた。
「ってことは、嘘をついたおめーには罰が必要だよな? 嘘をついてもいい時間は過ぎちゃってんだから」
「ば、罰って何よ……」
じりじりと後ずさりながら、わたし。トラップはちょっとだけ「そうだなあ〜」と悩むような素振りを見せてから口を開いた。
「ファンの女の子がいる、って嘘をついたんだから、その嘘を本当にしてもらおっかな」
そう言って、わたしの肩を抱いてぐっと引き寄せた。……え? ええええ〜〜〜〜っ!?
「まあ、おめーじゃぁ美人でもグラマーでもないけど、その辺はおまけしてやるよ。今日一日、付き合ってもらうぜ?」
唇が当たるくらいに耳元に口を寄せて、トラップが囁く。ちょ、ちょっと冗談はやめてよ〜!! 一気に顔が――顔だけじゃなくって耳までしっかりと――真っ赤になってしまった。
「……ぷっ」
……『ぷっ』?
耳元で弾けた空気の音に、わたしは怪訝に思ってトラップを見た。トラップは体を二つに折って、肩を震わせていた。
……というか、笑っていた。
「ひゃ、ひゃはははははははは!! はははっ! ひゃ〜っはっはっはっは!!」
さっきのわたし以上の勢いで、トラップは涙を流しながら笑っていた。
ど、どういうこと?
わたしがあっけにとられていると、トラップはちょいちょいっ、と空を指差した。……いや、空というより、太陽を……?
太陽は、空のてっぺんからほんのちょっとだけ東寄りのところに浮かんでいた。
……え? 「東」寄りっ!?
「と〜ら〜っぷ〜〜! 騙したわね!!」
まだ正午になってないじゃないっ! まだ嘘をついてもいい時間じゃない!!
わたしが腕を振り上げると、トラップはひょいっと軽く避けて笑った。
「や〜ねえ、パステルちゃん。今日はエイプリル・フールよ? 騙されたからって、怒っちゃイ・ヤ♪」
き〜〜〜〜っ! 頭にくるっ!!
結局、毎年騙されることになるんだもん。絶対来年こそ〜〜っ!!
わたしが固く決意していると、上の方から声が降ってきた。
「お〜い、パステル、トラップ! そろそろ昼飯食いに行こうぜ!!」
窓から顔を出した、クレイだ。そっか、もうお昼になるもんね。
「ぱぁーるぅ。ルーミィ、お腹ぺっこぺこだおう!」
ルーミィも窓から顔を覗かせて、お得意のフレーズを口にした。わたしも笑顔で答える。
「うん! そろそろ行こっ!」
ノルとキットンを呼んだりしてごたごたしてるうちに、ちょうどお昼ご飯にはいい時間になった。猪鹿亭までの道をみんなで歩いていく。
ポカポカと良い天気だ。そうだ、今日からもう四月なんだもんね。木の芽も膨らんで、そろそろ花もあちこちを彩り始める。
こんな良い月の始まりが、嘘をついてもいい日だなんて不思議な感じだ。
いや、そうじゃないのかな。良い月だから、嘘をつかれても許していいような、良い気分になる月だから、なのかな。
「ほら、ボケっとしてるとおいてくぞ」
コツン、とわたしの頭を叩いて、トラップがニヤッと笑った。
「また騙されたいのかよ?」
うっ。
前言撤回。やっぱり、良い気分だからって嘘をつかれたらちょっとムカツクかも。
わたしはちょっとだけ、トラップを睨んだ。
「なんだよ」
「別に」
そりゃあ、トラップが悪いわけじゃないのはわかってるんだけどね。今日は嘘をついても良い日なんだから。
でもわたしは、ふんっ、とそっぽを向いてやった。するとトラップは、ちょっとだけ息を吐き出して、呟いた。
「……ちょっとだけ、本気だったんだぜ?」
「へ?」
またからかわれてるのかと思ったんだけど。でも、どこか遠くを見ているトラップの耳がなんだか赤いような気がして。
それが伝染したのか、わたしもなんだか頬が熱くなってきてしまった。
何気なく、太陽を見てみる。
その太陽は、空のてっぺんよりもやや西寄りから、わたしたちを見下ろしていた。
〜END〜
|