恋す蝶

 

「本当にこっちで合ってるのかよ?」
 その台詞は、クエスト中に何度出るのか知れないお決まりの文句。だが、非常に珍しいことに今回はそれをぶつける相手が違う。
「いや、間違ってはいないはずなんですがねえ……。植生も、この本に書いてある特徴通りになってきてますし」
 今回ばかりは地図を取り上げておれが答え合わせしてやることも出来ねぇ。なんといっても、地図を頼りにここまでやってきたわけじゃねぇってのが痛い。それじゃあ何を頼りにしているかというと。
「でも、なんだか周りも薄暗くなってきちゃってるし……ねえキットン、一体何が見れるの?」
 ちょっと心配そうにそう言ったのがパステルで、そいつの手をぎゅっと握ったのが何もよくわかっていないだろうルーミィ。ほえほえっとした眉を少ししかめ、「見れりゅのー?」とパステルの真似をする。
「まあ、何か危険がありそうなわけではないけど……でも、このまま暗くなったら、見れるものも見れなくなるんじゃないか?」
 辺りを見回しながら控えめにそんなことを言ったのはクレイだ。ノルもそれに頷く。
 そんな、一通り全員の反応を受け止めてからキットンは「まあまあ」と空気を抑えるように手を動かした。
「大丈夫ですよ。条件はバッチリです」
「おめぇがバッチリって言ってバッチリだったためしがあるか?」
 交ぜっ返すとキットンがむっとした顔でこっちを見た。
「なんですかトラップ、その失礼な言い草は」
「事実を言ったまでだろうがよ」
「事実!? トラップそれはどういう……」
「はいはい、ストップ!!!!!」
 深刻に火がつく前にクレイが間に入ったのが良かった。軽くにらみ合う程度で矛先は見事に逸らされ、どこに向かうでもなく消えていったわけだから。
 クレイは小さく肩をすくめ、キットンに言った。
「何なのかくらい、そろそろ教えてくれないか?」
 それを受けてキットンはコホンと一つ息を吐き、もったいぶった顔で皆を見渡した。
 本当に。
 つくづく、こういうことが好きなやつだよな。

 書物を調べていてたまたま気がついたのですが今日しかもうというか今日こそが一番いい日なんですですから今から行けば多分間に合うというか絶対にぴったりの時間につくのでもう絶好の機会だとしか思えませんですからとにかく皆さん一緒に見に行きましょう!
 支離滅裂だがとにかく興奮していることだけは伝わる、キットンのそんな馬鹿でかい声の熱弁に急かされて、おれたちはこんな森の中まで連れてこられたわけなのだ。
 だから現時点でキットン以外のおれたちにわかっていることはと言えば。

 1.何か見るべきものがある
 2.それがまさに今日この時間に見頃になる
 3.キットンはそれを本を調べていてたまたま気付いた
 4.キットンの考える条件にそぐう場所をキットンが考えて見つけた
 5.そしてそれがここ、らしい

 ……まとめてみてもよくわからねぇ。

 もったいぶった顔のキットンは、口元に一本人差し指を立てて、「しーっ」という仕草をした。
 てっきり、説明が始まるものだと思っていたおれたちは拍子抜けしてちょっとよろけたりなんかする。
「あのなあ……」
 おれが口を開きかけると、キットンは鋭い目(?)でおれをにらみ、「静かに!」と小さく言った。勢いに圧されておれも何も言えなくなる。
 キットンはそのまま辺りを見回す。同じようにぐるりと首を回してみて、遠くの山に太陽が沈もうとしているのに気付いた。
 紅く、輝く光が、最後の最後まで闇を食い止めようとしている。
 その光を受けて、きらりと輝くものが目に入り、おれは目をぱちくりさせた。
 ……いや、別に驚くべきもんじゃ、ねぇ。

 キットンも気付いたのか、そもそもそれが目的だったのか。
 そっちの方向へゆっくりと、出来る限り静かに、向かっていく。何がなんだかわからないながらも、おれたちもその後を、同じようにゆっくりと追っていった。
 やがて、目の前が開ける。

「わ……あ……」
 思わず声を漏らしたのは、やっぱりと言ってはなんだがパステルだった。ルーミィも声こそ出さなかったものの口をぱっくり開けて目をぱちぱちさせている。
 いや、おれたちだって。一瞬、面食らった。そして、次の瞬間、確かに見惚れた。

 そこは、湖だった。夕暮れの光を弾いて、紅く輝いている。
 そして、その湖には。
 たくさんの、色とりどりの蝶が、飛び交っていた。

 

 夕陽と湖から光を浴びて、それを帯びた蝶は淡く発光しているかのように見えた。
 恐らくは、まさにこの時間。この場所だったからこそ、ここまで綺麗に見えたんだと思う。

「繁殖期でしてね」
 キットンが、小さな声のままで言う。
「この蝶が、これだけの数一ヶ所に集まるのはこの時期しかないんですよ」
 そして天気と、この時間と、この場所と。
 蝶同士だけじゃなく、蝶とおれたちも一期一会の最高の機会だったようだ。

 蝶が、舞う。
 言われてみれば、二匹一組になっている姿も相当多い。
 まるで生まれる前から一緒だったように、ひらりと舞ってはひらりと追いかけている。

「恋を、しているんだねえ……」
 パステルがぽつんと呟いて、それにどきっとした。
 多分、恋だなんてロマンチックなもんじゃねえと思うしそう言ってやりたかったが、どうしてだか、そうやって交ぜっ返す気になれなかった。
 ああ、そうなのかも、しんねえよな。
 むしろ、そんな風に思ってしまう自分に苦笑すらこぼれる。

「一匹一匹の羽根の模様が違うの、わかりますか?」
 キットンは蝶を指差して皆に訊いた。言われてみれば、一匹一匹、微妙に羽根の模様が違うみたいだ。
「これが、この蝶の特徴なんです。一匹たりともね、羽根の模様が同じ蝶はいないんだそうですよ。身体の設計図っていうんでしょうか、一匹一匹の蝶に入っている、その身体を組み立てる設計図の違いが、羽根にしっかりと出るんだそうです」
 じゃあ、と、パステルに影響されちまったのか、ガラにもないことをおれはとりとめも無く考える。非常におれらしくなくて、でも、嫌じゃない。

 じゃあ、この蝶たちは、二つとない相手をその羽根で見つけて。
 それで、恋をしていくのか。
 二つとない、たった一つの、相手と。

「綺麗でしょう? 『森の宝石』って……そう言われているんですよ」

 触れれば壊れてしまいそうな、風に吹かれればひらひらとどこかに消えてしまいそうな、そんな『森の宝石』、か。
 悪くないかもしれないな、なんて。
 そんな風に考えながら、どれだけみとれていたかわからない。
 夜の帳が降りきる頃、何かの合図があったかのように、蝶たちは一斉に、飛び去った。

 そのとき、ああ、と、思った。
 風に吹かれて消えるような、そんな柔なものじゃなくて。
 きちんと自分の意志で、飛んで行ける『森の宝石』だったんだな、って。

「綺麗だったねー」
 まだ興奮冷めやらぬといった表情で、パステルは言った。
 すっかり真っ暗になった森を、帰るために歩きながら。
 にこにこと笑って感動を口にするパステルに。

 なんだか、不意に蝶が重なって見えた。

 二つとない、たった一つの。

「ちょっ、何するの」
 驚いて声を上げたパステルに知らん顔で、掴んだ手を離さないで前を行く。
「うるせー。この暗闇の中ふらふら歩かれて迷われたらたまんねーだろ」
「な、何よ! わたしがいっつもふらふらしてるみたいに!!」
「違うのか?」
「いつもじゃないわよ!!!」
 怒鳴り声はしたけれど、でも、手を振り払う気配は無い。内心ほっとしながら、ちょっとだけ口の端が緩んだ。

 風に吹かれてふらふら消えてしまうことを、恐れたわけじゃなくて。
 自分の意志で自分から飛び去ってしまう、それが恐かったのかもしんねえ、けれど。

 とりあえず、今、たった一つのこの手のひらがここにあるから。
 この胸の中の、よくわからない感情は、とりあえず横に置いておこう。 

 〜END〜

 

 横に置いとくな! いや、置いとけ!! と、結構よくわからない葛藤が自分の中にもあるのですが。今回、わりと赤裸々に自分の感情認めてるのかと思いきやって感じですよ。しかし自分の書いたものにそんな突っ込みするなよ。落ち込むから。

 ネタと同時にタイトルが浮かんでいました。それが、随分昔のこと(滅) そのまま寝かされ、ここに来てやっと日の目を見た作品です。

 大元のネタは、ポルノグラフィティのアゲハ蝶、ではなく(←強調)、作中に出てきた、遺伝子の違いを羽根に表す蝶です。これを知ったときに、「お、使える」って思いまして。
 ……なのに、その蝶の名前は忘れました。完璧に。というわけで作中ではごまかし気味(滅)
 ネタをもらってきたのみで、蝶の生態も創作です。ですので、フィクションとして楽しんでください(言うまでもないっちゃ言うまでもないですが……(滅))

 随分と短い上に、ほんのりとしたトラパス風味ですが、まあこんなのもありかなってことで。
 こんなのばっかじゃないかっていう突っ込みはなしで(滅)
 リハビリが上手くいっておらず、所々日本語が変になっているのがどうもいけません。精進して、そしてここにまた戻って来たい、ものです……。
 蝶々の素材を探していたのですが、今回使用したのともう1種類、素敵な蝶々素材がありまして、またその素材を使えるような作品を書きたいなあなんてちょっと考え始めたりしています(笑)
 書けるかは、また、別の話ですが……

「迷子」へ / TOPページへ