いつだって、痛むのは指先から。 * * * * * * * * * * 「「「「「お誕生日おめでとう、パステル!!!!!」」」」」 パンパンパンパンッと続けてクラッカーが鳴る。わたしはその音にちょっとだけ首をすくめて、笑った。 「はーい、今日は皆に一品ずつおごりだからね!」 「まったく、どこに行ったんだろうなトラップのやつ。」 クレイがグラスに口をつけながら、ちらりと入り口を気にして言った。 ……クレイが言うには、今日はわたしの誕生日パーティを猪鹿亭でやるって、ちゃんと言っておいたらしいのに。 「トラップのことですからねえ。パステルの誕生日だってことを忘れて、デートでもしに行ってるんじゃないですかぁ?」 「それはない」? 本当にそうなのかな。ふっと、よみがえってくるビジョン。 わたしはそれを振り払うように小さく首を振って、手に持ったグラスの中身を一気に喉に流しこんだ。 「ああ、ルーミィ眠っちゃったか」 「パステルおねぇしゃん、どうしたんデシか?」 「なんか、今日は元気がないみたいだったからさ。誕生日だっていうのに、上の空っていうか」 つんと、棘が指先を刺す。 「……ごめんね」 * * * * * * * * * * 今日のお昼をちょっと過ぎた辺りのこと。みすず旅館のおかみさんに頼まれて、わたしは買い物に出かけたんだ。 と、そのとき。 「悪ぃな、いつも」 なんだかドキッとして、わたしはとっさに物陰に隠れてしまった。あ、怪しい。けど、一旦隠れてしまうとそこから慌ててもう一度出るわけにも行かず。首だけをそっと出して、通りの向こうに視線を向ける。 でも、すごく親しげな様子で。それを見ているうちに、わたしはなんだか胸に冷たい塊を押し込まれたような気分になった。心臓が縮んで、送り出した血が指先に一瞬溜まる。つんと突っ張ったような感触、引いたと同時に鈍い痛みが指先から広がる。 どうしたんだろ? トラップがああやって女の子と仲良くしてるのなんて、珍しいことじゃないじゃない。 そして。 トラップは結局、帰ってこなかったんだ。――今日がわたしの誕生日だってことも忘れて。 * * * * * * * * * * 「なんだか良く分からないんだけどね、なんとなくショックだったんだと思う」 トラップって薄情だよね、とわたしは続けた。ずっとパーティとして一緒にいて、誕生日とかもお祝いし合ってきたのに。今日は黙ってどこかに行っちゃったまま帰ってこないんだもん。多分、デートなんだろうけど。 「でもさぁ、あいつ。パステルの誕生日忘れたりなんかしてないよ」 わかってる、のかな。 わかってるというよりも。 「……信じたい、のかも」 飾らないその言葉が、すごく胸に沁みて。わたしは涙が零れそうになるのをぐっと堪えた。 ただ。 込み上げてくる涙は、その痛みのせいではなく。側にあるぬくもりがあまりに優しかったせいだということだけは、わかっていた。 ルーミィに布団をかけなおしてあげて、わたしは部屋の窓から外を見た。 もう少しで、今日が終わってしまう。新しい日がやってくる。 普段は気にもとめない、そんな些細なことが棘のように突き刺さった。ずきずきと、疼くように痛む。 自分の心臓の音が聞こえてきそうな静かな夜。 どれくらい、そうしていたんだったか。 一瞬、どきりとする。トラップ、なのかな? でもトラップだとしたらこんな時間に物音をたてるような歩き方はしないだろう。一応、盗賊なんだから。 「わわっ!」 やっぱり誰かいた! こっちも悲鳴を上げそうになったのを、ひんやりとした手のひらが止めた。 「バカ、おれだよ、おれっ!」 わたしが落ちついたのを見て、トラップはその手を離してくれた。瞬き三回。わたしは大きく息をついて改めて向き直る。 「……お帰り。遅かったね」 「……悪かったな。少し遅くなったけど、誕生日おめでとう」 「少し遅くなったけど、じゃないよ。デート、してたんでしょ? だったらそう言ってくれればいいじゃない」 ぐっと肩を掴まれて、わたしはその勢いに言葉を止めた。冷たい視線が、わたしを縫いとめて動けなくする。 「デートなんて、してねーよ」 また浮かんできたビジョンに、泣きたくなるのを必死で抑えながらわたしは言った。トラップはそんなわたしを見つめて、ちょっとだけ苦笑したようだった。 ズキッと、痛みが指先から肩を駆けぬける。トラップはこわばったわたしの肩から手を離すと、胸ポケットに軽く手をやった。 「デートとか、そんなんじゃねーよ。ただ……あー、くそっ!」 「あいつは、ただ単に店員」 「だから、おめーが勘違いしてるそのデートの相手のこと。あれは、店員なの。別に付き合ってるとか、それどころかデートしてたわけでもないの!」 トラップはちょっと笑って、続けた。 「ちょくちょく行ってたんだよな、その店に。で、今日ちょっと買いたいものがあったんだけど。その相談に乗ってもらおうとしたんだよ。そんときだろ、おめーが見たのは」 棘が抜けた指先に、柔らかな芽が触れる。 「それじゃ、どうして帰りが遅かったの?」 「タイミング、分からなかったからさ」 「タイミング?」 「そう。どーやってプレゼント渡せばいいのか、ずっと悩んでた。けど、今決めた」 「お誕生日、おめでとう」 もう一度、トラップはそう言って。首に回した手を離した。わたしの首には小さな天使の羽をかたどったペンダントが残る。 「トラップ、これ……?」 「じゃあ、さっきの物音は?」 甘やかで柔らかな痛みが、指先から身体に回る。 ドキッとして、わたしは思わず胸元のペンダントを握り締めた。ダメだ、顔が熱くほてってきてる。これじゃまともにトラップの顔を見れない。 「ハッピー・バースディ」 何度目かの、わたしに贈られた言葉。 「……遅いよ」 だけど。 「……ありがとう」 痛みに麻痺してしまったように。 * * * * * * * * * * いつだってその痛みは、感情を転がしてる。 〜END〜 |
恐らく…2000年頃の作品でしょうか。 一度、パステルの誕生日記念創作としてこのHP上に隠し扱いでUPされ、その後下ろしたまま日の目を見ていなかった作品です。 当時のタイトルは「優しさに包まれたなら」。覚えている方がいらっしゃったら相当なマニアだと思われます(笑) うちにある創作をずらーっと見ていただければわかりますがYURIの中では激アマイ子(←「激甘」と「迷子」をかけてあるのだ!(滅))に分類されるもので、書いていた本人も甘さ加減に身悶えした(悪い意味でね!)覚えがあります。 ラストシーンのイラストは、お分かりかもしれませんがアキホ嬢からのプレゼントイラストでございます。 ちょっと気取り気味、浮き気味なタイトルは、実は「しもやけ」と迷いました(笑爆) 意味としてはおんなじです。 |