アニバーサリー   by滝JEANさま

 

 この気持ちに気付いたのはいつのことだっただろう。

 初めは、そんなわけないってずっと否定してた。だって、自分でも信じられなかったから。
 だけど、いつだったか、認めてしまった。そうしたら、心の中の枷が取れて、それまで抑えてきた気持ちが、はじけてしまったように、どんどんその気持ちが大きくなって、顔も合わせられないくらいになってしまった。
 こんなんじゃいけないって思ってるのに、普通に接しようと思えば思うほど、態度がぎこちなくなる。

 たとえば今日、昼間のこと。いつものように小説を書いていたわたしは、ふと、後ろを振り返った。
 いつもなら、ルーミィやシロちゃんが、ベッドの上でお昼寝か、なにか遊んでるんだけど。今日はクレイが外に連れ出してくれてたんだよね。
 そのかわり、もっと大きいのがごろんとベッドの上で、大の字になって眠っていた。

 その寝顔を見ただけでも、思わずドキッとする。
 安らかな寝顔で、彼、トラップは眠ってた。いつものようにお昼寝。

 ドキドキドキドキ……。

 うーん、何でこんなやつ、好きだなんて思っちゃったんだろう。どこがいいの? こーんな、トラブルメーカーで、口も悪くって、態度もでかくって、意地悪なやつ。

 だけど、知ってる。
 ほんとはすごく優しいんだってこと。ものすごい照れ屋なだけで、自分が思ってることと、反対の行動とってしまうこと。

 それから、マリーナのことを好きってことも。そりゃあ、これはわたしの推測に過ぎないけどさ。だけど、彼の態度を見ていたら、そうとしか思えない。
 ……わたしにはあんなに優しくなんてない。いっつも怒ってばっかりで、たたかれたり、怒鳴られたり。

 なんで、こんなやつ好きなんだろう。

 椅子を離れて、ベッドに腰掛ける。そして、こわごわと彼の前髪に触れる。
 サラサラの赤毛。今日は結ばずにおろしたまんま眠ってたから、後ろのすその方がもつれてしまっていた。
 眠ったままのトラップの顔。いつもの減らず口は閉じたまま。
 これなら、ずっと見てていられるのに。

 彼の前髪を右手でもてあそぶ。そっとおでこに触れる。すこしつりあがった眉。意地悪な、だけど人を射るようなその目は、閉じられていて、私を見ることはない。
 どくんどくん。
 心臓の音がうるさくなりはじめる。音もうるさいけど、それよりも苦しいんだよね。
 彼の顔を眺めるたび、ズキン、と心の中が痛む。

 トラップがちょっとうめいたあと、ゆっくりと目を覚ました。
「わぁっ」
 思わずビックリして、声を出してしまった。やばい、自分でもわかるくらい、真っ赤になってると思う……。

 トラップは、寝ぼけ眼でわたしを見ると、不思議そうな顔をしてわたしを見つめた。その、明るい茶色の眼で。
 もう、その眼に弱いんだよなぁ。わたし。
 だけど、また眠ってしまった。もう、きっと寝ぼけてたんだな。なのに、わたしの心臓はばくばく言いっぱなしで。

 きっと、ほんとに起きてたらトラップのことだから理由聞くだろうな。答えられないのに。だって、好き、だなんて絶対いえない。
 ううん、言ったって、わかってるんだもの。彼の答えは。
 今の関係を壊したくない。今のままがいい。気まずくなるくらいなら、片思いだっていんだ。
 なのに、わたしからこんなんじゃ、きっとトラップは変に思うんだろうな。
 こんなにそばにいるのに、なんだか遠いところにいるみたいで。思わず、彼の頭に手を置いた。
 遠くに行かないように。

 彼は寝息を立て、表情は変わらず、わたしだけがここにいるみたいで。

 しばらくそうしていた。ドアの向こうからルーミィのかわいい声が聞こえるまで。自分が泣いてるのにも気付かずに。
 はっとして、急いで涙を拭いた。椅子に戻って、頭を伏せた。眠ってる振りしとこう。

 そして今。眠ってるフリが、ほんとに眠ってしまってたみたいで、気付いたら窓の外は真っ暗だった。背中に毛布がかかっている。
 ゆっくりと伸びをすると、後ろからトラップの声がした。

「やっと起きたのかよ。もうクレイたち猪鹿亭、いっちまったぜ」

 その声に、また、苦しくなった。心臓が、胸が、心の中が苦しい。
 何でこんな思いしなくちゃいけないのよ。どうして、もっと今までどおりに接すること、出来ないんだろう。きっと、トラップだって変に思ってる。

「うん……。ごめんね」
「なんだ? ……おめぇ、最近変だぞ」
 やっぱり。言われちゃったな。
 だけど、怖い。今までのあの関係が崩れてしまうのが。だけど、うまく接することなんて出来ない。どうしてなのかな。

 トラップが、わたしの前に立った。こっちを見てるような気がする。それだけで、つい顔が熱くなる。
 なんで、こんなにドキドキするんだろう。どうして苦しいんだろう。

 なんて、好き、だから。

 こんなに、好きになってたなんて。気付かない方がよかった。あのままがよかった。だけど、気付いちゃったんだもん。もう、前みたいに出来ないんだよ。
 あんな、二人で言い合ってた頃。あの時は、子供みたいでいやだったのに、今ではあの時に戻りたいなんて。

「おいっ」
 すぐ、目の前にトラップの顔。
 目の前でぱちっと何かがショートした。

「だって、す…………もん」
「きこえねぇッ」

 そりゃそうだ。わたしだって自分で何いったのか、わからないんだもの。

「言えないもん。言っちゃいけないから」
「何でだよ」
 言えるわけない。だけど、言いたい。
 でも、言えないんだ。わたし、怖いんだよ。返事をもらうのが。

「お前な。……何か言うときはちゃんと人の顔見ていえよ」
「だって、しょうがないじゃないっ。わたしトラップの顔……」
 思わず顔を上げてしまったら、しっかりトラップに両手で両頬をつかまれた。
「……離してよ」
「やだね」
 どんどん血が顔に上ってくるのがわかる。トラップの顔を見てるのが辛くて、目をぎゅっと閉じた。
 耳が熱い。顔も、体も。全身が心臓になったみたいに、ドキドキいってる。

 そうしたら、椅子に座っていたわたしを、トラップが突然引っ張った。そしてすっぽりとトラップの腕に抱かれていた。
「な、なにっ!?」
「ばぁーか」
 耳元で聞こえたトラップの声。
 力強く、わたしを抱きしめた腕。どうして? 何で……。

「おまえがそんなんだと、こっちが困んだよ」
「だって、あの……わたし」
 トラップは、一回わたしの顔を見て、なんでわかんないんだよって顔をした。
「今日の昼間だって、泣いてたくせによ」
「……起きてたの?」
「一回起きたろ。あれからずっと起きてたよ」

 ううう、見られてたなんて恥ずかしい。なんて思ったのかな。ひょっとして、ばれてる……?
 目を開けると、そこにトラップの顔があった。その眼。
 わたしはたぶん、この眼に射貫かれたんだろうな。ど真ん中。

 そして、わたしも、トラップも何もいわずに、自然と顔が寄った。吸い込まれていく。
 わたしの中にあった、全部の苦しい気持ちが、いとおしい気持ちに変わる。

「トラップ、あのね、その……大好き」
「おれの気持ちは言わなくってもわかるよな?」
 見つめあって、言葉を交わす。
「やだ。わかんないよ。ちゃんと言ってくんないと」
「おれの目をみりゃわかるだろ」

 そう言われて、その目をじっと見た。いつもの、鋭い眼。そっか、そういう眼だったんだ。この、射貫くような眼は、わたしにだけ、向けられてたんだ。
 そうとっていいんだよね?

 今日は、記念日だね。わたしの気持ちが通じた日。

 トラップの気持ちがわかった日。……こっちがうれしいなぁなんて。

 何年たっても、この気持ちが続くように、来年もまた――――。

終わり     

 

YURI’S トーク

 滝JEANさまのHP「滝の間」にて5555HITを踏んだ際にいただいたものです♪
「リクエストは?」というお言葉に、わたしは「記念日な切ないトラパス創作を♪」などと、わけのわからんリクエスト(爆)をしてしまって随分困らせてしまいました(汗)
 本当に、申し訳ありませんでした!! そして、こんな素敵な創作に仕上げていただいてありがとうございました〜〜♪

 自分の気持ちに揺れてしまうパステルがすっごくかわいいです(^^)
 切ない気持ちがこっちにまで伝わってきて、本当にドキドキしてしまいました。
 滝JEANさまの心理描写はとても繊細で。だから揺れ動く想いがすごくストレートに伝わってくるんですよね♪

 たきゅさん、本当に本当にありがとうございました♪ 5555HITを踏めてすっごくラッキーだったなって思います!

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