深い、緑色。 どこかで見た色のような気がして、パステルはぼんやりと周りを見回した。
森のようだ。木々がかすかに重なり合い、その間から薄く緑に染まった光が零れ落ちて来る。
どこに行くのでもないのにパステルは確かな足取りで歩き始めた。迷うかもしれないといった不安は不思議と感じなかった。逆に確信があった。そこに行かなくてはならないという、確信。
バサバサッ
鳥が羽ばたく音にパステルは空を見上げた。……何も見当たらない。
首を傾げて再び前を見たとき、ふわりと一枚の羽根が落ちてきた。
そっと手を伸ばす。しかしそれは手のひらに触れた瞬間、すっと風に溶けて白い靄になった。そのまま指の隙間を通り、空気の中に広がっていく。
そしてその靄は再びひとつになろうと形をとり始めた。羽根からできた靄だけではなく、木々の葉から放たれる緑の香りが、緑に染まったやわらかな光が、ゆっくりとひとつになっていく。何かを産み出そうとしている。
靄は細く白い糸となり、緑の光を縫いとめるようにして羽根を作る。やわらかな薄緑の羽根は緑の香りに抱かれる。緑の香りは羽根をやさしく束ねてゆく。
「小さな、翼……?」
出来あがったのは小鳥の大きさほどの翼だった。それは小さく羽ばたいてパステルの手のひらにふわりととまった。
風がやさしく頬を撫でた。パステルはそっと目を閉じる。
次に目を開けたとき、パステルの足は大地についていなかった。
数センチほど宙に浮いている……更にその下は地面ではなく凍りついた湖面になっていた。
周りの風景もさっきとは違う。湖が木々に囲まれるようにして横たわっていた。凍りついた湖面はただ冷たく光をはねかえしている。
静かなのは変わらないのにその静けさの質が違った。はりつめたような、静寂。
手のひらの小さな翼にあたたかなものがすべて集まってしまったように感じられた。奇妙な不安がゆっくりとせりあがってくる。
不意に、力強く翼が動かされた。
驚いて必死に手を伸ばす。指先にかすかに触れたその翼は、しかしそのまま空へと飛んでいった。
「やだ……」
急に心細くなってパステルは自分の肩を抱いた。何なのだろう、この不安は……。
そのとき。
緑色の風が見えた。
それはさっき、翼ができたときのようにゆっくりと形をとっていく。
現れたのは……
「天、使……」
翼が体を包むように閉じている。それだけをのぞけば、あとはクレイたちが言っていた姿と全く同じだった。そう、その顔も……。
天使は哀しげに微笑み、ゆっくりとパステルに近づいてきた。細い腕をそっと伸ばし、その先の細く頼りなげな指で頬に触れる。
……冷たい……
ぞくりと背中に悪寒が走った。しかしそれは一瞬のこと。
次の瞬間には天使の翼がパステルを包んでいた。あの小さな翼に似た色の、やさしくあたたかな感触がパステルを抱く。
そして……天使は風に溶け消えた。
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