「ありゃ嘘、だな」
部屋から出るなりトラップはそう言った。パステルとクレイは互いに顔を見合わせてからトラップを見つめた。
「こっちの言い訳も相当うそくさかったけど、あいつの言った説明だって負けず劣らずうそくさいシロモノだったろ? いい勝負だよな。っと……まさか、あの話信じちゃいねーだろーな?」
トラップが口の端をひきつらせて見ると、二人は「あはは」と照れ笑いを浮かべた。トラップは大げさにため息をつく。
「おめぇらなぁ……」
それ以上何も言えないトラップにパステルは口を尖らせた。「だって、表情にも仕草にも不自然なところなかったじゃない。そりゃちょっとできすぎた話にも聞こえたけど、全くありえないような話でもないじゃない?」
確かにうそくささはあった。けれど「うそくさい嘘」だったらあれだけ平然と言えないのではないかと思うのだ。実際、パステルもその「うそくさい嘘」を言わされたのだがかなり動揺してしまった。自分でばれやすいと思ってしまうから余計に動揺してしまう。平然と言えるのだから逆に本当のことなのではないだろうか。
トラップはちょっと肩をすくめた。
「まあな。表情にも仕草にも不自然なところはなかったし、あの話自体はありえなくもないさ。でも、少なくともあのリゼイラの身には起こり得ない出来事なんだよな」
「ええ? どういうこと?」
訊くとトラップはぴっと人差し指を立てた。
「あいつの持ち物だよ。荷物の中に何が入ってたか、覚えてるか?」
「え? えーっと、食料でしょ、タオルに……あとはナイフ、だったかな」
「あ!」
クレイが声をあげた。
「財布がない、ってことか」
「ご名答」
トラップはニッと笑った。
「あ〜〜、そっか。財布がなかったら乗合馬車にも船にも乗れないもんね。でもポケットとかに入れてたりするんじゃない?」
パステルが訊くとトラップは逆に訊き返した。
「んじゃ訊くけど。パステル、おめぇがここからコーベニアまでの往復の旅費を持ってるとする。その往復の旅費、全部をポケットに入れておこう、なんて思うか?」
「う〜ん、全部は入れないかな」
ちょっと考えながら答えるとトラップは頷いた。
「そうだ。せいぜい行きの旅費だけだろ。あとは分けておいて荷物の中に入れとくとかするんじゃねぇの? 商家の使用人がトラブルを処理するために出かけるんなら普通はその分の金、ちゃんともらってきてるだろうしな。でも持ってない、ってことはリーザリオンから乗合馬車に乗った、ってことは少なくとも嘘だって分かるだろ」
「そうか……考えてみれば、商家の使用人がトラブルを処理しに行くような荷物じゃないよな」
クレイも呟いて考え込むような表情になった。
「あ、そうだ。トラップ最後の辺で妙に親切なこと言ってたじゃない? てっきり『お礼は』な〜んて言うかと思ったけど『一人では行かせられない』とかなんとか言って。あれって何か考えがあってでしょ?」
パステルはトラップの袖をぐいぐい引っ張った。トラップは意味ありげに笑ってみせた。
「あー、あれな。あれで決定的だったんだよな。何もかも嘘をついてる確率が高くなった」
「どういうこと?」
パステルが頭に疑問符を浮かべると、
「反応を見たんだよ。どうやってもついていく、って思わせたらどうするか、ってな。普通はまあ、あそこまで言ったら『それじゃ悪いけれど……』って感じで一緒に来てもらうだろ。ま、その『トラブル』ってのがどうしても人にばらしちゃいけないもんだったとしても途中まではついてきてもらったりすると思うし。
でも断りつづけた。んでピンと来たんだよな。リーザリオンとコーベニアといったら、シルバーリーブを挟んだそこそこ有名な街でその間の距離って結構離れてるだろ。もちろん旅費だって時間だって結構かかる。そういうめちゃくちゃを言って、こっちから断らせようとしたんじゃねぇか、ってさ」
トラップはそう説明した。
「それじゃあ、彼女がリーザリオンから来たってこともコーベニアに行かなくちゃならないってことも嘘だってことか?」
クレイの問いにトラップはこっくりと頷いた。
「そーゆーこと。おおかた、こういう安宿を定宿にしてるんだから経済的余裕はないだろうって見られてああいう嘘をついたんじゃねぇの?」
金がなければついていくことなんてできない。そこをついてこっちから断らせようとした、というのなら確かに納得も出来る。
「でも……それならどうしてそんなすぐばれるような嘘ついたんだろ?」
「さあ。でもお手上げじゃねぇか? あの様子じゃ口割らねーだろーし。ま、意地悪くコーベニアまで行こう、って言ったらどうしようもなくなって本当のこと言うかもしれないけどさ」
「でもそれにしても怪我が治るまでは……そうだ、キットン。彼女の怪我の具合はどうだった?」
クレイが話をふると、それまで黙って何やら考え込んでいたキットンがはっと顔をあげた。
「は、はい。どうしたんです?」
「どうしたんです? じゃねーだろ。だから、あいつの怪我はどうかって訊いてんだよ」
トラップが苛立ったように言うとキットンはもう一度考え込むように顎に手をやった。
「それがですね……」
「あんまり良くないの?」
パステルの言葉にキットンは首を振った。
「いえいえ、その逆です。普通の倍以上の回復ですよ。だから逆におかしいと思いまして。生命力というか、回復力というか、そういうものが相当強いみたいですねえ」
「キットンの薬草がよく効いたとか」
パステルが思いついたように言ったが、キットンは首を傾げるばかりだった。
「そんなによく効くものでしたかね? 以前使ったときにはそんなこともなかったんですが……」
「そうだ、おれちらりと見たんだけどさ、左腕の傷口から血の跡みたいな筋があっただろ。あれってとれないのか?」
クレイはふと思い出したことを訊ねた。血のように赤いものがこびりついたようにリゼイラの左腕についていたのだ。血ほど濃い色ではなかったが、その赤は妙に生々しい色だった。
「ああ、あれですか。最初に怪我を診たときからついていて何度も拭いたんですが全くとれないんですよ。本人は気にしてないようでしたが」
あまり気にしていないようにキットンはそう答えた。再び、彼女の怪我について考え始める。
三人は首を傾げてその様子を見ていることしかできなかった。
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