空も飛べるはず。<15>〜ためいき〜

 

 ギアは自分でも無意識のうちに頷いていた。瞳だけは吸い寄せられたようにアクシーズからそらせない。

 ふう、と息をついてアクシーズは呟いた。
「やっぱり……そうか。確信はしてたけど念のため」
「天使……? 例の夢が何か関係あるのか?」
 ダンシング・シミターが訊ねた。ギアがこのところ天使の夢に苦しんでいることは知っていた。だがそれが、アクシーズに見えるという金の糸や『赤の呪い』にどう関わってくるのかがいまいちつかめない。
 アクシーズは目を伏せるようにして頷いた。

「天使は呪縛。その身、光より生まれ光のみを生み出す。その光、人をとらえ赤により闇へと還る……」
 歌うようにして言葉が紡がれた。二人とも軽く眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「言葉通りの意味だよ。金の糸は天使が生み出した光のかけら。天使が縛り付けたんだ。ギアの身体と精神をね。最近、妙に体が重かったりしなかった?」
 もう一度ゆっくり頷く。夢を見るたびに重く感じた手と足。そして鈍く痛んだ胸の奥。それはすべて天使のせいだというのか……?

「天使なんて信じない? 夢は夢。体が重く感じる、なんてのは単なる偶然。金の糸なんてでたらめで、何もかも嘘なんだと思う? 
 そういう反応が一番正しい。でも、一番間違えやすい」
 アクシーズの唇の端がくいっと持ちあがった。けれどそれはどこか哀しげで、笑顔なのか泣き顔なのか一瞬錯覚しそうなくらいに見分けがつかなかった。
「だって、すべてが偶然の中にあるだけのものならどうして天使の夢を見たんだろう? その中に必然があったと考える方が簡単だ。だとしたらその必然はどこからきたんだろう?」
 オレンジの視線がギアをとらえていた。目をそらすことも、動くこともできない。
「君の中からその必然が生まれたのか。それとも他のところから来たのか。どうして君は、『かつて愛した人』が崩れて行く姿を見なくてはならなかったのか……」

 びくりと体が震えた。
 天使を見た、とは言った。しかしその内容までは一言も口にしていないはず。
 どうしてそれを知っている……!?
 アクシーズは小さく苦笑した。
「僕には金の糸に縛り付けられた者の夢を見ることができるんだ。すまない、君の夢も見ていた」
 ギアの頬に朱がはしった。アクシーズは黙ってうつむく。
 震える手を抑えるようにしてギアもうつむいた。感情はどうあれ、彼がその夢を知ることが出来たのなら金の糸と天使の夢は関わりがあるのだろう。
 落ち着け。
 手の甲で額を何度も押さえ、ギアは再びアクシーズを見つめた。アクシーズの唇が、また言葉をのせる。

「『赤の呪いは天使の呪い』……言い伝えはそう言っているんだ。 『赤、光を求め光によってのみ天へと還る』ってね」
 それはつまり、とアクシーズは続けた。
「『赤の呪い』をとくには、天使を見た、つまりその呪縛を受け、金の糸に縛られた者が必要だということなんだ。僕の呪いをとくには、君が必要なんだよ」
 天使を見た者。それはすなわち、その呪縛にかかった……金の糸に縛られた者ということだ。胸の奥に痛みを抱え、それに捕らえられた者だということだ。

「お前に必要だとしても、こっちに協力しなくちゃならない義理はないが?」
 ダンシング・シミターは冷たい眼差しと共に声を投げつけた。アクシーズはそれをやはり平然と受け止め、視線をダンシング・シミターに移した。
「ごもっとも。けれどこのままならギアの夢は永久に続くだろうね。これからの人生を拷問攻めに遭いながら生きていきたいと思うかい?」
「脅迫する気か」
「別にそんな気はないよ。事実を述べたまでだから。ただ……」
 言葉を止めて、寂しげに笑った。

「逃げ続けることは楽だろうか? 一見楽に思えるけど難しいんじゃないかな。立ち向かうことができないっていうのはそれなりに辛いと思う。
 言っただろ? 『天使は呪縛』……自分を縛る金の糸からは逃げられない。自分を見つめる天使の夢からは逃れられない。
 そしてそれは何の必然の中で君の身に降りかかったんだろう? その痛みはどこから来ているんだろう? それから目をそらし続けることは決して楽じゃない。
 この森と同じだよ。木を見ないでいることはひどく難しいだろう? そこにあるものをないと言い続けることは辛さ以外のなにものも生み出さないんだ」
 再びギアに顔を戻した。ずっと黙っていたギアが口を開く。

「おれを縛るもののとき方を、君は知っているのか?」
 問われて、アクシーズは小さく笑った。
「と、言うよりも。君がその縛るものをといてくれないと困るんだよ。君がその呪縛から放たれることが、僕の呪いをとくことにそのまま関わってくるからね。
 『天使は呪縛』。呪縛のとき方はたったひとつだよ。
 それがどこから生み出されたのかを知ること。君が見た天使はどこから現れたのか、その痛みはどこから来ているのか、それを君自身が見つけること」
 呪いをとくことは、まずそこから始まる。なぜ自分の身にそれが降りかかったのか、それをしっかりと見つめること。

 ギアはふと思い出した。

――自分を縛ることができるのは、自分しかいないに決まってるじゃない――

 遠い昔に、あの天使に似た顔の少女が呟いた言葉。
 そう言って背中を押してくれた彼女の顔が思い浮かび、小さく苦笑した。

「わかった。協力しよう」
「おい?」
 ダンシング・シミターの声を手で制し、ギアはアクシーズを見つめた。
「ようするに、天使が象徴するもの、それがおれを縛っていると考えてかまわないんだな? そしてその『象徴するもの』を知ることが呪縛をとくことにつながる、と」
 その問いへの答えはなく、ただアクシーズの不思議な笑みだけが返された。

――何、ため息なんかついてるのよ?――

 炎を照り返したオレンジの瞳――それはどちらかというと赤色に近かったのだが――が、自分の奥底をすくいあげようとしているかのように感じたからだろうか。らしくもない。こんな昔の言葉を思い出すなんて。

 ギアが苦笑混じりにもらした息は、確かにため息に近い意味を持っていた、ようだった。

 

 サブタイトルはシャ乱Qの曲からです。この曲って、どことなくギアやダンシング・シミターのイメージなんですよね(笑)
 いや、どこがというか……あえて言うなら、メロディーラインが(笑爆)
 でもサビは二人という感じじゃないですかね? ……なんとなく(爆)

 

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