空も飛べるはず。<14>〜朱〜

 

「……いつから、気づいてた? ダンシング・シミター」
 さっきまでの頼りない青年といった雰囲気はまるでなかった。アクシーズは冷たい微笑を口元にだけ張りつけ、ちろちろと弱々しく燃える焚き火の向こうにダンシング・シミターをとらえていた。
 ダンシング・シミターは動じることなく、静かにその問いに答えた。

「最初は違和感。次にうそくささ。そこから言うんなら出会ったときにもう気づいてたよ。お前が焚き火に手をかざしたときにピンときた。この手が血を知らないはずがない、とな」
 言ってしまえばすべてが勘だった。長く戦いの中に身を置いた者の勘。その勘であるからこそ、逆に確かで信用のおけるものでもあった。

「この手が赤い、ってことか。……まいったな」
 手のひらをそっと見つめた。言葉とは裏腹にその表情は明るい。楽しげに笑みを浮かべたままだ。頼りない炎に照らされた手のひらは、頼りない赤色を映していた。
「起きてもかまわないよ、ギア。気配は察してる。その様子だと、君も分かってたんだろうね」
 顔を動かすこともなくアクシーズは声だけをギアに放った。ギアは黙って起きあがる。夢からさめて、二人の会話を耳にしてからずっと寝たふりをしていたのだ。何かあったときに不意をつくことができるように。
 静かな瞳がアクシーズの横顔を映した。表情の裏にある思惑は読み取れない。つかみ所のない笑みが、ただ顔にのっている。

「『家を追い出された』と言っていたな。確かにそのこと自体に嘘はないかもしれない。だがそれよりも大きなものからも追い出されたんじゃないのか?
 村、……町、……街、あるいは……国」
 一言一言に切り裂くような鋭い視線をのせてギアは言った。しかし平然とした顔のままアクシーズはその視線を受け流した。
「僕は嘘は言っていない、とだけ言っておこうか。何もかも真実、本当のこと。だけど、あんたたちの言ってることも本当なんだろうな」
 分かるようで分からない答えを返してふと視線を宙に浮かせた。

「一つだけ……そう、一つだけ間違ってるよ、ダンシング・シミター。僕の手が赤いのは血のせいじゃない。僕にまとわりついているにおいは、血のにおいじゃない」
 ダンシング・シミターは軽く目を細めた。
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ。でも罪人だということには違いはないけれどね」
 その笑みに自嘲的なものが浮かんだのは気のせいだったのか。一瞬、表情に感情のようなものが見えたがすぐに消えた。

「『赤の呪い』、って知ってるかい?」
 アクシーズは二人に訊ねた。ギアもダンシング・シミターも黙って首を振る。アクシーズは小さく唇の片端を持ち上げて続けた。
「知らないに決まってる、か。僕の故郷に伝わる伝説のようなものなんだ。僕は、裁かれたんだよ。他の誰でもなく、天使に裁かれたんだ。
 罪人である僕を、誰も裁こうとはしなかったから、代わりにこの身に呪いを受けたんだ」
 焚き火の中で枝が小さく音をたてた。その様子を見るともなしに見ていたアクシーズの瞳は、炎を受けて揺れているようにも見えた。

「……天使に?」
 ギアが、小さく口にする。脳裏に浮かぶのはあの天使。夢の……そう、夢の中のはずの……。
 アクシーズは小さく頷いて、そこで初めて二人を瞳に映した。

「赤いんだよ。何もかも。赤、紅、あかあかあかあかあか…………」
 呟く顔から笑みが消えていた。代わりに疲れきったような……夢の中で見た天使のような、乾いた表情が張りついていた。
「視界は赤ばかり。海の中に血を流したように広がって、淀んで、流れてそれでも……消えないんだ。ほんの一瞬たりとも。それが、『赤の呪い』」
「それで……呪いをとく方法を探してる、というのか?」
 ギアの問いにアクシーズは首を振った。

「正確には、呪いをとくための条件を探してるんだ。呪いのとき方は分かってる。ただそれには条件があってそれを満たさないとならない。それを満たす条件を持つものを探しているんだよ。……そして、ひとつは見つけた」
 アクシーズの視線がまっすぐにギアを射た。その視線にギアは軽く瞠目した。透き通ったオレンジ色に吸い込まれそうな錯覚をおぼえる。

「僕の瞳は赤以外の色を色として認識しない。それなのに君の手足に赤とは違う色が見える」
 ダンシング・シミターがギアの手足に視線を走らせた。変わったものなど身につけてはいない。もちろん、色も。もともと彼は黒系統の色で服装をそろえているのだから、それ以外の色を見つけることのほうが難しいくらいだ。

 アクシーズはそっと口を開いた。
「ギアの手足を縛る、光る金の糸が見えるんだ。手枷や足枷のように、ギアの身体と精神をがんじがらめにとらえようとする金の糸。それがこの目に映ってる」
 それから少し首を傾げて訊ねた。

「ギア……天使を、見たことはないか? 夢でも、幻でも」
 ギアの心の奥底で、鈍く重い痛みが震えた。

 

 やたらと苦労した回です(苦笑) 三人がうまく、いろんな意味での迫力を出せていると良いのですが。
 サブタイトルは奥井雅美さんの曲からです。「あか」って読んでくださいー。

 

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