空も飛べるはず。<13>〜光と影のロマン〜

 

 また、あの夢……。
 醒めた意識がそう認識した。しかし目覚めることはできない。
 夢を見るようになったばかりのころは必死で目を開けようともがいたこともあったが、それでどうにかなるものではないとすでに悟っていた。

 光が広がっている。見渡す限りの光だ。影をつくるものなどなく、影そのものも存在しない。そんな光の中にギアはひとり立っていた。
 自分の足元にあるものが地面であるという確信もなかった。光に足がついているのか、それとも宙に浮いているのか。ただ意外にも足場はしっかりしている。
 いつもの夢と同じように、ギアはその光を確かな足取りで歩き始めた。

 シャンッ……シャンッ……

 砕けたガラスの粉が触れ合うような音が一歩一歩踏みしめるたびに静かな空間に広がっていく。これは光の音なのだろうか……?
 ギアが通りすぎた場所の光がさらさらと風に吹かれるようにして動き、形をとり始めている。輝きは集まるにつれて失われていき、やがて光の中に「枯れ果てた」という印象がふさわしいほど、瑞々しさを失ったひとつの形が現れる。

 ふと足を止めてギアは息をついた。
 ここでいつも振り返る。そして見るのだ。
 天使、を。

 振り返らずとも分かっていた。しかし振り返らなければならないこともまた、分かっていた。
 ギアは振り返る。そして目の前にある当たり前となってしまった光景が目の奥に……心の奥に刻み込まれる。

 もう見慣れてしまった、片翼の天使。

 自分がかつて愛しく想った相手にそっくりな顔。翼をもがれ、痛々しい姿を見せながらもその顔は慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。
 そして……その笑みが合図。
 光が崩れる。ぼろぼろとはがれ落ちるようにして消えていく。闇に還っていく。
 風化していく……。

 笑みを保ったまま、翼をもぎ取られた部分から天使も崩れていった。細かな粒になり、砕けた瞬間の一瞬だけ淡く発光すると何事もなかったかのように消えていく。
 そっと手を伸ばす。どうにもならないことも分かっていながら、それでも体は手を伸ばす。

 最後に残った天使の顔。微笑みの残る、それなのに乾いた印象を与えるその顔。
 その頬に指が触れた。……そして、それもまたひとつの合図。

 突つかれたシャボン玉がはじけて消えるように、天使の顔も一瞬で粒子となった。
 それぞれがほんのひととき輝きを取り戻し、そしてすべてが失われる。

 体の深い場所で、鈍く重い痛みが広がりつつあった。
 ……そう、それはすべて夢…………夢の、はず。

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 ため息をついて消えかけた炎を見た。
 もう夜は明けている。このまま火が消えても大丈夫だろう。
 明け方の見張りを申し出ていたアクシーズは寝不足の目を軽くこすった。体力はある。少しではあったが睡眠をとったおかげで体はかなり楽になっていた。

(それにしても……)
 アクシーズは眠るギアを見た。
(いきなりビンゴ、か……)

 気配は感じたが確信はなかったというのに。幸運だったのか、それとも彼が不運だったのか。いずれにしてもアクシーズにとってのプラス方向へ進んでいる。
 願うとすれば、これが「あの人」にとってもプラスに働いてくれるように、だ。

「おい」
 不意に声をかけられてアクシーズは驚き首を動かした。
「どうしました? お早いですね。すぐに出発なさるんですか?」
 いつのまにか起きあがっていたダンシング・シミターに笑いかけると、鼻先での笑いが返ってきた。
「敬語はやめろ。虫唾が走るからな。慣れないことはしないほうが利口だ」
 アクシーズはきょとんと目を丸くした。それから困ったようにして、
「どういう意味ですか? もしかして敬語はお嫌いでしたか」
 首を傾げてすまなさそうに頭を下げた。しかし、ダンシング・シミターの視線はますます冷たく、鋭く、彼を射抜いた。

「だから、その雰囲気に似合わない敬語をやめろって言ってるんだ。
 ……まさか、気づいてないとでも思ってるのか? お前にまとわりついている血のにおいに」
 すっ、とアクシーズの顔から人のよさそうな笑みが消えた。ひゅっと音を立てて息を吸い込む。代わりに、唇の両端だけを持ち上げたような冷たい笑みが浮かんできた。

 

 はい、お気付きの通り、ギアも天使の夢を見ております。「そうじゃなかったら話に絡めさせられないだろ」という突っ込みはなしで(爆) 
 ちょっとだけダンちゃんの見せ場です。アクシーズとのからみは実は少ないので要チェックかも(笑)
 正体をあらわしたアクシーズ、お気に入りですが動かしにくい……;;
 サブタイトルは宇徳敬子さんの曲からです。

 

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