空も飛べるはず。<12>〜夢の雫〜

 

 パチン、と枝が火の中ではじけた。静かな夜の森にその音がむなしく広がる。
 側に積まれた枝を焚き火にくべると、火の向こうで起きあがる気配がした。
「なんだ? 見張りの交代にはまだ早いぞ」
 ダンシング・シミターは起きあがった男……ギアに声をかけた。

「ああ……ちょっと、な」
 苦笑して、立てた膝に腕を置いた。指先で軽く額を抑える。その仕草にダンシング・シミターは口の端を歪めて「ああ」と呟いた。
「また例の、夢か」
 ギアは弱々しく笑って肯定した。ひとつ、ため息がもれた。

 今日で一体何度目になるだろう。繰り返し見る、あの夢。目覚めた瞬間には遠くへ還って行くというのに、どこか自分の深い場所で重くわだかまっている。
 はっきりと感じるのは奇妙な不安だ。押しつぶされそうになるほどの不安。それがどこから来ているのか、分からないことが苛立ちを生んでいた。

「どうにかできるもんでもないだろうが、寝不足になって剣が鈍ることがないようにだけはしてくれよ」
「ああ、分かってる……すまないな」
 答えて、再び横になった。
 寝不足はあまり気にしてはいなかった。寝ずの番は慣れている。
 それよりも……。

 ギアは目を閉じる。頭から離れないあの夢の方が、剣を鈍らせる原因になるのではないか……。
 実を言うと、このところあまり調子が良くなかった。体が重い。いや、体が重く感じるほど、気持ちが重い。
 あの夢を見るようになってからだ。いっそのこと眠らなければ楽になるのだろうか?

 そんなことを考えながらもうとうととしかけたとき、ふと何かの気配を感じ、ギアは身を起こした。すぐに手に取れる位置に剣を引き寄せる。ダンシング・シミターも鋭い視線を一方にそそいでいた。
 がさり、という葉のこすれる音。緊張に空気が張り詰める。
 しかしその空気は次の瞬間にふっと緩んだ。

「よかった……やっぱり冒険者の方でしたね。……って、違いますか?」
 そう言いながら現れたのは一人の青年だった。
 年のころは二十代前半くらい。赤がかった茶色の髪にオレンジ色の瞳をしている。ブレストアーマーを着てマントを羽織っていた。腰にはショートソード。髪の毛に絡まった葉を払いつつ、困ったように笑って近づいてきた。

「冒険者の方、ですよね? 一晩だけ、ご一緒させて頂けませんか? 一人で野営するのがどうも心細くて」
「ああ……かまわないが」
 一気に緩んだ緊張に気が抜けてしまった二人は青年に頷いて見せた。彼はうれしそうに微笑んで荷物を下ろしながら火の前に座った。

「助かりました。街道に沿って歩いていたはずなのに気がついたら森に迷い込んでしまっていたんです。一人でキャンプする気にはなれなくてうろうろしてたら真夜中になってしまうし。どうしようもなくなって途方にくれてたら、やっと遠くに火を見つけたんですよ。それで冒険者の方だろうと思いまして。
 ……でも本当によかった。もしモンスターだったり山賊だったりしたらそれこそどうしようもなかったですから」
 ひとしきりしゃべって息をついた青年にギアが訊ねた。
「君は冒険者じゃないのかい?」
 青年はちょっと瞬きをしてから苦笑した。
「そう見えますか? 残念ながら冒険者の資格は持っていません。旅人だと思っていただければ一番近いですね。それに、この格好だって見掛け倒しなところがありますから。僕は剣なんてまともに使えないんです。アーマーもあった方がいいからつけてる、ってだけで」
 言って、焚き火に手をかざした。

「家を追い出されましてね。とりあえず剣とアーマーを持って出てきたはいいけど剣の使い方なんて知らない。ついでに言えば、僕は体力はあっても腕力はないんですよ。とりあえずできるのは歩き回ることと逃げ回ることくらいですか。そんなだから冒険者になろうにも自分に向いている職業が見つからなくて、あちらこちらふらふらしてる、ってわけです。おまけに、ちょっとばかし方向音痴なんですよね」
 ちょっとばかしなのかね、とギアは呆れて息をついた。
 街道沿いに歩いていたのではまずここには出られない。二人はこの森深くにあるダンジョンのクエストをこなした帰りに野営をしていたのだ。街道に出るにはまだ相当歩かなくてはならないはずなのである。
 どこをどう迷えばここに出るんだ……?

 ダンシング・シミターも同じことを考えたらしい。二人の呆れ半分……いや十分の視線を勘違いしたのか、青年は首を傾げてにっこり笑った。
「自己紹介、まだでしたね。僕はアクシーズっていいます。一晩だけですが、どうぞよろしくお願いしますね」

 

 お気に入りのキャラをどんどん出しちゃおう、というのがこの作品のねらいでもありまして(爆)
 んなわけでギアの登場です。ポジション的にはおいしい位置にいるはずなのに、これから先、かなり不幸な展開に翻弄されることになります(爆) ごめんね、ギア。
 そしてオリキャラ、二人目の登場でございます。 一筋縄ではいかないキャラを書こうと思ったら、相当動かしにくくて(苦笑) 苦労したキャラだったり。
 サブタイトルはT.M.Rの曲からです。

 

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