「ほら、起きろって!」
体をゆさぶられて、パステルは夢から引き戻された。目の前にあったのは天使でもなんでもなく、トラップの顔。「トラップ……? 何、どうしたの?」
寝ぼけ眼で見上げると呆れた顔で見下ろされてしまった。
「朝だよ、あ・さ!! な〜に寝ぼけてんだ。さっさと支度しろよ」
いつかと正反対の状況に、パステルはちょっと吹き出した。トラップはその様子を妙なものを見る目つきで見て、そのまま部屋を出て行こうとした。
「あ、トラップ! わたしリゼイラの部屋をのぞいてから行くから」
背中に声をかけると「分かった」というようにひらひらさせた手が返ってきた。
ノックをすると「はい」と返事があった。そのままドアを開ける。
リゼイラはベッドの上に体を起こしていた。もう随分とよくなったらしい。
「具合はどう? だいぶよくなった、って聞いたけど」
パステルが訊くと、リゼイラは笑って頷いた。
「うん、痛みもひいてきたみたいだし。まだちょっと起きあがると腕にひびくけど、もう少ししたら歩き回れるんじゃないかな」
……倍以上の回復の早さですよ……キットンが言ったことを思いだした。確かに回復はめざましい。素人目にもよく分かるくらいだ。これでは彼女の言う「もう少し」もどれくらいのことを指すのか分からない。
「そっか。じゃあ朝食はどうする? 何か持ってこようか」
「ううん。食欲の方はあんまりないから」
リゼイラは首を振った。パステルはちょっと困ってしまう。
彼女はずっとこの調子なのだ。怪我の方は随分とよくなってきているのに、自分から何かを食べるということをしない。パステルが運んでくると少しだけ食べるのだがそれ以外は水すら口にしないのである。
「でも、そんなんじゃまた倒れちゃうわ。食べやすいもの、見繕ってくるね」
そう言って笑いかけるとリゼイラはあいまいに微笑んだ。それと同時に手の中で何かを転がしたような仕草をする。
「な〜に、それ?」
興味を抱いて、パステルは手の中をのぞきこんだ。リゼイラはあわてて隠したがきらりと光がこぼれ出ている。何かが光っているようだ。
「何が光ってるの?」
無理やり見るのも気が引けてそう訊くと、リゼイラは驚いたようにかすかに瞠目した。
「この光が……今、見えるの?」
「え? う、うん……」
質問の意図が分からないながらもとりあえずパステルは頷いた。はっきりと光っているように見えるからだ。今見えるからといって、驚くようなことでもない気がする。
しかしリゼイラはそのままパステルを見つめ続けていた。ちょっとだけ首を傾げて口を開く。
「パステル……空って、飛べる?」
「へ?」
あまりに唐突な質問に間抜けな声を出してしまった。
「飛べ……ないと思うけど……? あ、でもルーミィのフライでなら飛べるかな?」
それは飛べるということになるのだろうかなどと思いながら首を傾げた。
リゼイラはそれを聞くと黙って手のひらをひらいた。こぼれ出ていた光が隠されることなく輝き、その中心にひときわ強い光が集まっていた。
「……きれい……羽根が、光ってるの?」
中心にあるのは、鳥の羽根のようなものだった。一枚の羽根が強く、やさしい光を放っている。
「なんだか、不思議とあたたかいでしょ。森で拾ったんだ。最初は二枚あったんだけど一枚どこかにいっちゃったみたい」
「ふうん……でもほんとに綺麗ね。こんな羽根、見たことない」
パステルはため息をもらした。まるで天使か何かの羽根のようだ。
……天使?
何か引っかかるものを感じてじっとその羽根を見ているとリゼイラが羽根をパステルの手のひらにのせた。
驚いて顔を上げる。リゼイラはパステルを見つめ返した。
「パステル、これはあなたにあげる。今までのお礼だと思って。これだけじゃ全然足りないくらいだけど」
深い、緑色の瞳。ざわり、とパステルの胸の中で何かが揺れた。
……夢? あの、夢……
ふと我に返り、パステルは口を開いた。
「そんな、お礼なんていいのに」
しかしリゼイラは首を振る。パステルの手をそっと握った。
「もらっておいて。結局、ほんとにお世話になっちゃったんだし。それに……」
ちょっとだけ笑って、
「なんでだろ? パステルは空も飛べる気がする。だからこれは、パステルが持っていたほうがいい気がするんだ。お守りみたいなものとして」
再び、深い緑色がパステルを見つめた。
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