富士見ファンタジア文庫か幾ばくか刊行された。書店による暇がなかったので、たまたま入手できた一冊の紹介。
「リアルバウトハイスクール6」。
超能力じみた武道を使う主人公が高校の教師と異世界を救う英雄との二足のわらじをはいて活躍する話。
むぅ。一言でおわるとは思わなかった。(苦笑)
無論、他にもテイストはあるのだけれども、(純然たる格闘もの+ラブコメなどなど・・・)
基本的には異世界が現実と絡み、主人公がその力でおお暴れをする話に間違いはない。
ただね・・・この主人公(しいては作者)の語る「正義」がどうもね・・・。別に絶対的な正義を語っているわけじゃないのだけれども、
要は気に食わない奴はぶちのめす。単にその「気に食わない奴」のが社会的に見てあまり「まっとう」とは言い難い連中ばかり
(ヤーさんだとか腐敗しきった教師たちとか)なんだけれども、・・・どうもね。
そいった点であまりお勧めは出来ません・・・・。
って、なんで私は、これを読んでいるんだろう???(苦笑)
古典SFに走る、といっておきながら、ライトSFである。第一部を読破した時点で第二部はどうしよう、といいながらその第二部である。
電撃文庫刊,土門弘幸の「セブンス・ヘブン」第4巻。
日本と南極に突如出現した異世界「聖地」への入り口。しかし、「聖地」は瘴気の立ち込め、人の住める場所ではなかった。
「聖地」に住むモンスターとしか言えない住人たちは結界を張ることで生存を可能としていた。
その「結界」を人間が使うには「聖地」で発見された「魔晶」に共感する必要があった。
そして、共感が出来るのは思春期の少年少女だけだったのである。
といった始まりで始まった「セブンス・ヘブン」だが、第二部でこの聖地の入り口が世界各地に飛び火し、世界が混乱に陥った所から始まる。
その影に「天使=福音を伝える者達」と呼ばれる存在、そして最初の魔晶との共感者の存在があった。
この魔晶、一応は水晶の形をしているのだけれども、共感者の召喚で様々なモンスターの形で召喚もされる。
土トカゲあり、6本腕の巨人あり、多頭蛇あり。なんでもあり状態であるが、モンスターと区別するためか魔晶獣と呼ばれる。
で、第二部となってヒロインのパワーアップがはかられ、魔晶獣が真の姿とやらを現した。この真の姿のほうが私にとってはなじみがあった。
どうも世界の神話から元ネタをとっているらしく、現在南米のマヤ文明、インド神話の二つが明らかにされている。
でも名前まで知ってるのはマヤ文明のヤツだけだった。(苦笑)
このシーンは「をを!これが出るか」とか思いもしたのだけれども、(ちなみに主人公が出したモノ)、
その後主人公は第4巻の最後に至っても昏睡状態だし・・・・
相変わらず話はヘビーである。っていうか、この作者、比較的重い物語を書く傾向にあるようで。
この数日の読書はハインラインの「宇宙の孤児」。
これ、私は中学生の頃に読んだはずのモノ。とはいえ、10年以上前の事。
改めて読むと本当に読んだことがあるんだろうか?と首を傾げたくなってきた。
巨大な恒星間宇宙船の中で、操縦の出来る者がいなくなり、世代が交代したために
「船」が「世界」であり、船員=住人たちは自分達が「宇宙」を航行しているとは思いもしなくなった
頃、ひとりの若者が思い切った行動にでた。
今読んで見るとやはり古い話。古めかしさがかしこに見えてくる。でもいいものはいい。
最後は今でいう御都合主義としか思えない展開なのだが、それもまた古い作品だから、
で許してしまえる自分がいるのに気がついた。
しばらく古典SFを読みふける可能性アリ。
久しぶりの更新。サボってた、というよりも本を読み終えていなかった、というのが正解。
先月からほぼ20日がかりでようやく一冊のハードSFを読み終えたので、更新が出来る、というわけで。
読んだのはJ.P.ホーガンの新作「仮想空間計画」。
要はバーチャルリアリティな世界の話。
で、おもいだしたのが「クリス・クロス」というライトSFだったのだけれども、そちらとは違って
こちらは開発工程も几帳面に書かれていること。それも主に人間関係が主体か。
生っ粋の科学者だった主人公が社内政治に関わるようになり、かわっていう、という話のは
日本のライトSFではまずもってお目にかかれないとおもう。その分読むものツライ部分はあったけど。
ホーガンを読んだのはもう10年以上前、「星を継ぐもの」3部作以来。懐かしいというより、それ以後自分がいかに
軽い本しか読んでいなかった思い知らされて愕然とした。
ホーガンらしさ、といっていいのかどうか、そこまでホーガンを読んでいるわけではないのだけれども、
最後には胸のすくような大逆転があって、ああ、これは「巨人たちの星」終盤にあったあの大ペテンに通じるものがあるな、と。