自然考庵
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自己の探求
仏教とは仏教実践道般若心経

自分自身を知ることは難しい。 ←音楽を聞きたい方はボタンを押してください。

多くの場合、自分の思いどおりにならないのが現実の世界です。しかし、 今の自分があるのは、長い歴史[地球の生命誕生から36億年]の間育まれた いろんな原因や相互作用の末生まれた結果だと思います。そして、この現実の世界にあり、喜んだり、 悲しんだり、怒ったりするのは、他ならない自分自身の心の中に、わき起こる感情が決めることです。 特に、汚れた心は、自己制御(知恵)を乱す要注意の感情ですから、 自分の心を注意深く観察してみることが必要ではないかと思います。


法句経(ダンマパダ)・その一

物事は心に基づき、こころをあるじとし、こころによって作り出される。

もしも汚れた心で、話したり行ったりするならば、苦しみはその人に付き従う。

物事は心に基づき、こころを主とし、こころによって作り出される。

もしも清らかな心で、話したり行ったりするならば、福楽はその人に付き従う。

他人に教える通りに、自分でも行え、自分を良く整えた人こそ、他人を良く整えるであろう。

自己は実に制し難い。自己こそ自分の主である。他人がどうして自分の主であろう。

自己を良く整えたならば、得難き主を得る。

参考・引用文献:「ブッダの真理のことば・中村 元(岩波文庫)」、「法句経・藤吉慈海(大蔵出版)」

法句経(ダンマパダ)とは

法句経とは、お釈迦さまが亡くなられてから、約300年後まで語り継がれたお釈迦さまの言葉をまとめた最初の書物です。 お釈迦様は、仏教の最初の考え方を築いた方で、今から約2500年前に現れた実在の人物です。 この書物は、お釈迦さまの教えをじかに知ることができ、内容も身近なことが語られています。
お釈迦様の教えとその歴史佛教とは
私たちは毎日毎日を何げなく生きていますが、仏教では人が生きていく上において、誰もが平等に受けている恩恵が4つあると言われています。 その4つの恩恵とは、・天地(自然)の恩、・国家の恩、・父母(祖先)の恩、・衆生(しゅじょう)の恩、だそうです。
汚れた心(煩悩)
貪(むさぼり)、 瞋(いかり)、 癡(無明、愚かさ)、 慢(おごりたかぶる)、 疑(うたがい、ためらい)、 悪見(誤った見方)

上に付随する煩悩
忿(いかり)、 恨(うらみ)、 覆(ごまかし)、 悩(なやみ)、 嫉(ねたみ)、 慳(ものおしみ)、 誑(だまし)、
諂(へつらい)、 害(傷つけること)、 喬(おごり、いばり)、 無慚(内的無反省)、 無愧(対他的無反省)、
掉拳(のぼせ)、 昏沈(しずみこみ)、 不信(まごころのなさ)、 懈怠(おこたり)、 放逸(いいかげんさ)、
失念(ものわすれ)、散乱(気がちっていること)、 不正知(正しいことをしらない)

清らかな心(善)
信(まごころ)、 慚(内的反省)、 愧(対他的反省)、 無貪(むさぼらないこと)
無瞋(いきどうらないこと)、 無痴(おろかでないこと)、勤(努力、精進)
軽安(さわやかさ)、 不放逸(なまけないこと)、 行捨(平静さ)
不害(傷つけないこと)



上記の「物事は心、、」で始まる句は、真理のことば(法句経)の中でも最も有名な句のようです。第一章・対句より引用しました。後ろの句「、、自己こそ自分の主である、、」は、第十二章・自己より引用しました。この句は、自分のことだけ考える と言う意味ではなく、私たちの悪い癖である汚れた心(煩悩)による心のゆがみを制御し、自己を正しく見つめて観察することにより 現実世界とのつながりを正しく理解し行動するための最も重要な方法である、ということを主張しているのだと思います。 自己を知るということは突き詰めてゆくと他を知るということに繋がっていくと思います。この真理のことば(法句経)には、 その他にも有名な句がたくさんあります。例えば、第十四章・七仏通戒偈、第七章、第二十章には四法印があります。

遊行経(ブッダ最後の旅)より

必ず自己を依りどころとし、

法(戒律と教え)を依りどころとすべきであり、

その他のものを依りどころとしてはならない。


もろもろの事象は過ぎ去り移り変わるものである。

怠ることなく、一切のなすべきことを実現するよう努め励みなさい。

参考・引用文献:「ブッダ最後の旅・中村 元(岩波文庫)

遊行経(ゆぎょうきょう)とは

遊行経とは、お釈迦様が80才の時、シャカ族の滅亡を知って、ふるさとへ向け旅に出かけた最後の説法の物語です。 インドのラージギール(王舎城)の霊鷲山より、物語は始まります。お釈迦様は、死を覚悟して、お弟子さんを数人連れただけで出発します。 弟子アーナンダとの会話の中に人間ブッダの様子が詳細に記録されたお経(物語)です。 お釈迦様は旅の最後の地、クシナガラ(拘尸那掲羅・荼毘塚)の二つの沙羅(さら)の樹の間で入滅します。 上の句は、お釈迦様が入滅する直前に語られた有名な句「自灯明、法灯明」と「諸行無常・不放逸」です。


自己(心)
自我の存在の相は、仮に想定されたものであり、その存在の相は、さまざまに変化する。
この仮の想定は、識の変容に依拠している。その識の変容は、三層構造になっている。
1.六識(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識)
2.未那識<マナシキ>(深層自我意識(恒審思量)、我痴、我見、我慢、我愛)
3.阿頼耶識<アーラヤシキ>(無覆無記、異熟識、一切種子識、)


参考文献
唯識の心理学(青土社)  ブッダ真理のことば(岩波文庫)  修証義に学ぶ(社会思想社)
般若心経入門(祥伝社)  倶舎論(大蔵出版)  律蔵(大蔵出版)  唯識思想入門(レグルス文庫) 大乗佛典入門(大蔵出版)
岩波仏教辞典(岩波書店)  佛教語大辞典(東京書籍) ブッダ最後の旅(岩波文庫) 仏教(岩波新書)

本の紹介

【仏教は心の教え】



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