ウサギは

寂しいと死んでしまうんだって。



私もね

貴方がいないと


寂しくて


寂しくて



ーー死んでしまいそうなんだよ?










地球へと迎う宇宙艦の一室で、レナは一人暇を持て余していた。
故郷・エクスペルを発ち、何日たったのだろうか。
幾日か要するというクロードの言葉も、
もう何日前に聞いたのかあやふやになってきていた。
それくらい、レナにとって今の状況は単調なのだ。
当初は、見たことのないようなものに囲まれ、
プリシスやレオンと共に好奇心をフル活動させた。
けれどやはり知らないことばかりで、
今も歩き回る二人ほど柔軟な頭にもなれないでいた。
結局は疲れてしまい、今に至る。
たまにクロードが気をつかって覗いてくれるが、
彼自身も何かと忙しいらしく、そう長くは話せないでいた。

この時レナ達は知らずにいたが、
クロードは三人を留学させる手続きで駈けずりまわっていたのだ。
異例の未開発惑星からの留学。
それは思っていた以上に連邦側を騒がせた。

傍にある大きなクッションに身体を預け、レナはおもむろにため息をつく。
手元には未だ使い慣れぬ通信機。
離れてしまった仲間とも連絡がとれるようにと、
エクスペルを発つ直前までかけて、クロードとプリシスが共同開発していた。
かつて世界を救った12人の仲間のみが所持する異星間通信機なのだ。
液晶を写し出すと、メールが先程届いたようで、ランプが点滅している。
レナはそれに気付いていたが、開こうという気にはなれないでいた。
誰からということも、書かれている内容も、レナには容易に想像できた。
毎日、決まって同じような時間にメールをくれる人。
出会ってから、ずっと一緒に旅をしていた彼以外にありえない。

『ごめん』
『ちょっとそっちに行けそうにない』
『先に休んでて』
『宇宙船にはもう慣れたかい?』
ここ数日送られてきたメール。
同じ場所にいるのに変な会話だと、我ながら思う。
会えないわけでも、遠い地にいるわけでもない。
そんなことはわかっている。
けれど頭が理解しても、心が納得してくれるはずないのだ。

「クロード・・・」

求めてやまない彼の名前を、声にして初めて視界がぼやけた。
謝罪の言葉も気遣いのメールも欲しくなんてない。

ただ会いたい。

会って、抱きしめたい。

会って、あの暖かい腕に抱かれたい。

普段の自分では考えられないこと。
焦がれて焦がれて仕方がない。

―あの人に。


あんなにも近かった存在。
離れてしまえば呼吸だって出来やしない。
そんな気さえした。



「レーナー」

シュッとドアの開く音と共に明るい声。
ポニーテールをなびかせ、クッションに突っ伏すレナを覗き見る。

「ほぇー?レナどうしたの?気分悪い?」

明るかった表情が、声が、たちまち心配そうなものに変化する。
その様子が可笑しくて、少しだけ微笑んでみせた。
今度は不思議そうに頭をかしげる彼女が可愛らしくて、
なんとなく気分が浮上したような気さえした。


***


「つまり、クロードが仕事ばっかで全然見向きもしてくれないってことー?」

レナお手製クッキーを頬張りつつ、
ふむ、と納得したように一回瞬きをする。

「あ、違うの。誤解しないで?クロードはいつも私を気遣ってくれているのよ。
忙しいでしょうに、嫌な顔一つしないで。
だから…私の身勝手な我が儘なの…。」

慌てて訂正するも、なんだかうまく笑うことができない。

「多分、軽いホームシックになってるんだわ。
今まで生きてきた場所から離れて…だからなんだか落ち着かないのよ、きっと。
ダメね、こんなんじゃ、皆に笑われちゃう。」


いつの日か、遠い地の両親が恋しくて落ち込んでいたレオン。
幼い彼に、当時の状況はあまりに酷で、思わず母親代わりを名乗り出た。
気休めだとはわかっていた。
けれど、以来少年は笑うようになった。
博士の固い笑みではなく、
12才の男の子らしい屈託のない笑顔を自分達に向けてくれたのだ。

今、あの時のレオンのように笑えているだろうか、自分は。


答えは否。




「・・だめだなぁ、レナは」

「うん・・ごめんね」
言われて視界が微かに揺れる。
するとふいに頬にプリシスの指が優しく触れる。
そこで初めて自分が泣いていることを認識した。
少女は、いつのまにかクッキーを食べるのをやめて、苦笑していた。

「そうじゃなくてさ、レナはもっと言いたいこと言わなくちゃ。」
「え・・?」

「クロードにさ、『バカー!もっと私に構ってよー!』ぐらい言っちゃいなよ」
「そ、そんな迷惑になるわよ」
「そかなー?クロードのことだから慌てて謝ってきそうだよ?」

真っ赤な顔して、と付け加えられれば、その光景が浮かんでしまい可笑しくなる。

「迷惑になること考えるのも大事だけど、あんまり遠慮してばっかもダメだよ?
遠慮した分だけ二人に距離がある証拠なんだかんね!」

「プリシス・・」

びしっと指を向けて宣言をする彼女は、旅の時から変わらず強い眼差しだ。
そして幾分か大人びた表情は、口の端をくぃっと上げることで
途端に幼く見えてほっとさせられる。

「それにね・・・




***



いつもの時間。
いつものように響くコール音。
ただ違うのは珍しく映像通信ではなく音声のみだということ。

『レナ?』


「クロード・・」

騒々という音と、軽く息を切らしていることから、
少なくとも忙しさに変わりないことが伺える。


「どうかしたの?何か急いでるみたいだけど・・」
『うん、ちょっとね。レナは?』
「え?」
『今、何してたんだい?』
「・・・・っ」
『レナ?』


言葉につまる。
訝しがる声にわかっていても、感情が声を奪う。
頬が熱を帯び、紅く火照るのがわかった。

「あの・・あのね、クロード」
『うん?』
「その・・私・・っ」
『レナ?落ち着いて?何かあったのかい?』
「ううん、そうじゃないの。
そうじゃなくて・・その・・」

自分の声だというのに、まるで他人のもののようだ。
足元までもふわふわする。
次の言葉を焦らず待ってくれるクロードに、思わず感謝したくなった。

「今から私が言うことは・・」
『うん』
「・・全部嘘だから」
『え?』
「嘘なの。だから・・だから絶対に気にしないで!」
『レナ?よく意味が・・』
「お願い・・っ!」

クロードの戸惑う雰囲気を感じる。
お願いの言葉を、こんなことに使うなんて思ってもみなかった。
彼の沈黙が逆に冷静さを呼び戻し、
言って、すぐに後悔と恥ずかしさが込み上げてきた。


「・・っごめーー」
『わかった。』


微かな笑みと優しい声が響いた。


「クロ・・・ド・・?」
『今からレナが言うことは全て嘘なんだろう?
いいよ、言ってごらん』

優しい。
本当に優しい表情をした彼が
微笑む姿が見えた気がした。

コクリと喉を鳴らす。

「さ・・寂しい」
『うん』
「それに・・哀しいの」
『うん』
「クロードや皆が傍にいるのに・・」
『そうだね』
「私は病気なのかな?」
『どうしてそう思うんだい?』
「だってこんなにも貴方に・・」
『僕に?』

瞼が熱い。
濡れた頬が微かにピリピリした。
音声のみの会話に救われる。
涙を零す姿を、彼に見られてはきっと心配させる。



「・・・・・・・貴方に逢いたい・・」



お互いそのまま言葉を発することはない。
長いような短いようなそんな時間。
クロードがいるであろう場所の喧騒が、現実を呼び戻してくれた。

「・・ごめんなさい。忙しいのにバカなこと言って・・。
本当に、さっきも言ったように全部嘘だから。
だからーー」
『ねぇ、レナ』

気にしないで、と言うはずの言葉は彼によって遮られる。

『僕も今から君に嘘を言うよ。・・いいかな?』

「クロード・・?」

彼の言わんとすることがわからない。
嘘だなんて言ったことを怒っているのだろうか?
呆れているのだろうか?
そんなことを思うだけで、胸が軋む。
自分で仕向けたことなのに、身勝手な心は悲鳴をあげる。


『僕もね、病気なんだ』
「え・・?」
『任務の最中でも、何処に行っても全然治る気配がないんだ。
・・何故だかわかるかい?レナ』

最初から答えを期待はしていなかったようで、
彼はそのまま続ける。
いつもと変わらない、あの優しい声で。



「ーーー君にしか治せないからだよ」



その時、背後のドアがシュッという機械音と共に開く。
そこには恋い焦がれた人。
柔らかい金色の髪を揺らし、透き通ったスカイブルーの瞳に自分を映し、
通信機を耳にあてがったままの姿で、

優しく、慈しむように微笑む彼。

「・・クロ・・ド・・・」

そのまま通信機をソファーに落としてしまうが、気付かない。
そんな呆然とするレナの姿に、クロードは可笑しそうにしながら
彼女の湿った頬に触れた。

「レーナ。目が真っ赤だよ?」

言われてハッとするも、たちまち顔が桜色に染まる。
添えられた手に触れ、クロードという確かな存在に心が安らぎ、
そして今度は熱くなるのがわかった。

「・・だって・・っ」
「まるで兎みたいだ」

クスクスと笑いながらもレナを腕の中に包む。
甘い香りのする髪を撫でるように梳いてやると、
降ろされていた彼女の手がジャケットの背中部分を掴むのがわかった。


「一人にしてごめん。僕も君に逢いたかった・・」


胸元で再び涙を零す彼女は、それでも必死に頭を左右に揺らす。
そんな様が可愛らしく、そしてとても愛しい。

「ごめんなさい・・ごめんなさい・・っ」
「どうしてレナが謝るの?」
「・・だって・・我が侭言って・・」
「そんなことないさ。言っただろう?
僕も君に逢いかたかったって。これでおあいこさ。」
「でもーー」
「ハイ、ストップ。」
「?」
「折角お互い念願叶ったんだよ?レナ。
謝ってばかりで終わるなんて勿体ないと思わないかい?」

軽い調子で話す彼は少しばかり新鮮で、レナは思わず瞳を瞬かせる。

「それにね、実は感謝してるんだ。」
「え?」
「僕はどうも鈍いし臆病だから、自分だけが想ってるように感じてたんだ。
レナがあの"嘘"を言ってくれなかったら、
きっと動けなかったと思うよ?」
「・・それ、プリシスにも同じこと言われたわ」
「そうなのかい?」


『それにね、クロードってばあれで結構鈍いから
レナが積極的に近付かないと、気付いてくれないまま
何も変わらないかもよ?
だからさ、レナ。こうなったら頑張ってクロードを堕とそう!!』

そんな、かつての恋敵からのメッセージは確かに自分を勇気づけてくれた。
その時のことを思い出すとまた笑いが零れる。

「参ったなぁ・・なんか見抜かれてるし・・」
「フフッ、本当にね。」
「そんなに僕って鈍いのかなぁ・・」

自覚はあったけど、と小さく付け加える。
「あら、最もだと思うけど?」
「レナ〜〜ァ・・」

ちょっと怒ってます、といったカンジに頬を膨らませてみせた。
「私だってクロードと同じくらい、
ううん、それ以上に貴方のことを想ってるわ?」

知らなかったでしょう?
染まった頬に今度は指を這わせ、上目使いでそう言えば。
先程とは打って変わって立場が逆転した。

「・・殺し文句だよ、それ」



二人を包む空気はやはり優しく、
零れる笑い声はどこまでも幸せそうだった。


「ねぇ、レナ。今日は飽きるまで一緒にいようか?」

「ええ。でも、飽きるなんてこと、あるかしら?」

「難しいところだね」




「「とりあえずは・・」」





もう一歩


あなたに近付いてもいいですか?





<fin>



10万打記念企画ということで『忙しくてかまってくれないクロードに上目使いでせまるレナ』をSSにて挑戦させていただきました。
漫画なら4コマギャグで終わりそうですが、たまにはSSでもね^^
というかスタオ小説はサイト開設以来なのでドッキドキ;
あ、タイトルは勿論某歌手の曲名からです。

クロレナというカップルは本当に似た者同士の控えめカップルだと思ってます。
まぁ、様々なメディアで書かれた分、色んな性格考えられますがね(苦笑)
私の中での一番のイメージはこんなカンジに超絶純粋カップルなんです。
腹黒なんてありえない!という二人。(いえ、腹黒好きですよ私)
おかげ様で書いている間中、話が進まなくて大変でした;
救いはプリシスですよね。
彼女が出ないとこの二人はこのまま泣き寝入りですよ(笑)

テーマ(上目使い)に沿って書くのは勿論ですが、
一番書きかたかったのは通信機で会話したまま登場ケニー。
周囲の喧騒はクロードの移動によるものです。
あ、ちゃんと仕事は片付けておりますからね!
恋に走った少尉様は最強なんです☆(爆)


それでは、改めまして、10万打ありがとうございました!!
(2005/2/1 蒼莱萌葱 拝)