ルキノ メモリアル
ここでは数奇(?)な運命を持つ日産・サニールキノ(FB−14)
について語っていこうと思う。
まず、ルキノ購入のきっかけから話していこう・・・。
それを語るには私の職業経歴から話した方がいいだろう。
H7.6、エリっちは父親と喧嘩して自宅の仕事を辞めた・・・。
すぐに次の仕事は見つかったのだが・・・現在ポピュラーとなっている
某自動車買い取り会社(全国規模の会社)なのだが、わずか1日にして
仕事上の意見の違いから破談・・・。
次に面接に向かったのは京都に本社を置く有名会社の協力店。
こちらも自動車関連で給料もエリっちの歳の人間には破格(通常の2倍)であった。
約半年、元々車は大好きだし名前も手伝って仕事は山のようであった。
まあ、ここでエリっちの改造技術は養われたわけだね・・・。
しかし、10月に入りとんでもないことが・・・。
単刀直入に・・・ここの経営者の考えは「ここで覚えた技術は他では使わせない」
この言葉は直接私に向けられた言葉では無いが、何年も人に使われていては
自分のためにならない。
そう考えた私はさっさと辞表を書き、日産へ鞍替えしてしまった!!(爆)
ここで話の主であるルキノが登場する。
日産での私の仕事は営業(カーライフアドバイザー)だったわけ。
それまで日産車じゃなかったから当然代替え。
営業をやるなら何処でも入って行きやすい”マーチ”がいいかも知れないが、
遊びにも使いたい。でもあんまり大きいのは問題・・・。
そこで並べたのが”サニー””ルキノクーペ””ルキノHB”の3タイプ。
そこで何故ルキノクーペになったのか?
簡単である。同じ装備状況でルキノクーペが1番安かったからである。
それに県下でも当時2.3台しか売れていない車だったので
宣伝の目的もあったのだ。
そんなことでH9.3、来月から消費税が3%から5%へ変更すると言うことで
売るだけ売ってまたまた退社。(逃げるのが趣味なのか?)
その後結局家に戻り、役職ももらい現在に至っている・・・。
しかし、前ページでも述べたがルキノ自体年2回は必ず板金修理に
入っていた・・・。それが殆ど停車中に他の車に突っ込まれているのだから
たまらない・・・。H10のなんか自分の売った車に後ろのトランク部分
大破させられているのだから・・・。
その修理総額は300万をゆうに超えている・・・。
自分が払ったわけでは無いから良いと言えばいいが・・・。
前半分と後ろ半分の色が違うというのも・・・。問題だぁ!!
そこまでしてルキノに乗っていたのは・・・。
改造に継ぐ改造がある。
これは見たい人だけ見て。

ニスモ&マインズ・ルキノ(200ps仕様)