「夕刻の克復」

・期間限定のサイボーグ009サイト「393584009」様へ捧げさせて頂いたモノです。
企画の参加課題が「泣きジョー様」と「カッチョヨイ4と5」だったのですが、両方一遍に詰め込んじゃいました。あっはっは。
そういえば、自分、昔ノートの端っこに初めてパロディ漫画らしきものを描いたのが009でしたっけ…(遠い目)そのときのジョー(TVアニメ)は金髪でした…(笑)

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「ここは引き受ける! 博士達を頼むッ!」
「でもっ……」
「行けッ!」
 背中をぶん殴るような004の叱咤。
 009は唇を噛み、奥歯にある加速装置を噛んだ。
 視野の中で009の姿が掻き消えるのを見送り、004は口の端にニヒルな笑みを浮かべる。
「フッ……ナンバーが若いからって、奴より性能が劣ると思ってくれちゃ困るぜ……なあ、005」
 返事の代わりに005は道路のアスファルトをめりめりと捲る。



 始まりは009に届いた手紙。差出人の名はなかった。
「『君と懐かしい話がしたい』……誰だろう?」
 待ち合わせ用の地図も同封されていた。009には覚えがない。
 買出しのついでだ、と006から買い物メモを渡された004と005が、途中まで同行してくれることになった。
 待ち合わせ場所の公園を遠目に見る限り、怪しい気配はなかった。何かあったら花火でも上げろ、と004と005はそこで別れて買い物に向かった。公園では幾人かの子供たちが思い思いに遊んでいる。009を呼び出した者は、まだ来ていないらしい。
「……島村ジョーって、お前?」
 公園に入った009は、呼ばれて振り向いた。ジャングルジムのてっぺんに、帽子を被った子供が一人、009を見下ろしている。
「……そうだけど?」
「そっか」
 子供はうなずく。キン、と金属音がした。
「……??!」
 途端に何かに圧し掛かられて、009は膝をつく。いや、何もいない。ただ、圧力だけが。
「……なんだよ、これっぱっかで立てないんだ」
 子供の声が降ってくる。先程と声が違って聞こえるのは、圧し掛かる重力のせいか。
「君は……まさか」
 手で体を支えて、009は顔を上げる。そうだよ、と子供は笑う。
「あんたたちの兄弟さ」
 誰かが009の服の袖を掴む。
「遊んでよお兄ちゃん」
 思い思いに遊んでいた子供。気付くと、この重力の中、子供たちは平気な顔で009を取り囲んでいる。
「遊んでよ。遊んで」
「……まさか、この子達全部」
「そうだよ!」
 ジャングルジムのてっぺんで、子供はすっくと立ち上がる。歪んだ笑いで高らかに叫ぶ。
「さあ! 懐かしい話をしようじゃないか! ある日突然、自分が人間じゃなくなったと気付いたときの気分は、どんなだった?!」
「―――」
 まとわりつく子供たちはどんどん重くなる。009はその場に腹ばいになる。
「……やめるんだ、君、ほんとはこんなことしたいんじゃないだろう? 君らも、放して……」
 遊ぼう、と、子供らは、笑いながら009にまとわりつくばかりだ。
 帽子の子供は、ぎりぎりと呟いた。
「……なんだよ。こんな弱っちい奴を捕まえるために、俺は……」
 ――脳に届いた。
『004、005、009! 今すぐ戻るんだ! 敵が――』
「001?!」
「お前が一番強いって話だったからさあ……」
 子供はつまらなそうに口を尖らせる。
「足止めすんのが仕事だったんだけど。お前を捕まえたら、ナンバーもらえることになってんだ。でも、壊しちゃってもいいよな別に。弱っちいのなんか、いらないだろうし」
「ナンバーを、もらえる……?」
 そうさ、と子供は口を歪める。
「今のまんまじゃ、人間じゃなくなってんのに、サイボーグナンバーまでないんだ。でも俺はまだマシさ。お前を捕まえたらナンバーが貰える。でも、そいつらは……」
 009に楽しげに絡み付く子供らを見る。
「ただの部品さ。俺がもらったナンバーが、自然とそいつらのナンバーだ。あっはは、だって自分が人間じゃなくなったなんて、そいつらには言ってもわからないんだしな!」
 遊ぼう、としがみつく子供らは、どこか壊れている。部品…帽子の子供を含めて、この子ら全員で、一体のサイボーグ。
「……っ」
 009は歯を噛み締めて、ぐっと体を起こした。上から眺める子供は、瞬いた。
 ぐぐっと009は、腕を突っ張って身を起こす。
「……ナンバーなんて……なくったっていいじゃないか……」
 子供は不愉快そうに目を眇める。
「君にだって、名前はあるだろう! 僕は、島村ジョー!」
 そんなもの、と子供は喚く。
「こんな体になって、どうして名乗れる?! パパやママがくれた名前を、どうして名乗れる?!」
 気に入らない、子供は震える。
「お前は、壊す」
「よせ――」
 きゃっきゃっと子供らが、009を仰向けに転がす。キイン、という金属音とともに、腹の上に乗る子供らが、不恰好に溶けてくっついた。
「な……っ」
 再び、金属音が鳴る。瞬きする間に、塊は膨らみ、009を覆い尽くそうとする。子供の声は無機質に命ずる。
「食べちゃえ」
 塊は重力で009を地に押し付けたまま、触れた場所から腐食させていく。ジュウ、と綿のシャツが焦げる。酸が皮膚に届く。
「やめろ、僕は君とは……!」
 言葉の途中で衝撃が走った。子供たちだった物へのマシンガンの掃射。
 バッと顔を巡らせると、公園の入り口に片腕を上げる004、その後ろに、005。
 やれやれ俺が花火を撃っちまったな、と呟く004は、公園の中に苛々と怒鳴った。
「なにやってる、001の声が聞こえたろう!」
「……004! でも、この子達は……」
 009の表情に、004は片眉を上げた。ジャングルジムの頂上に立つ子供を見やる。009の上から弾き飛ばされた塊は、キン、キン、と鳴りながら、形を変えていく。
「……なあんだ。もっと弱いお兄さんたちじゃんか。何しに来たの?」
 004は口端を上げる。
「なるほどな。お兄さんとしては、ちょいときつめのお灸を据えてやる義務があるかもな……?」
 004は009を向き、立て、と促す。
「お前の方が速い。先に博士たちの元に戻って加勢しろ」
 帽子の子供はあははと笑う。
「ムリムリ、立てるもんか。そんな弱虫! 戻ったって役に立たないよ! それに、お兄さんたち、俺をやっつけるつもり?」
「そうしてやるのさ。ほら、降りて来い、御山の大将!」
 キン、キン、と最早塊はジャングルジムほどに膨れ上がった。どこをどう見ても、元が子供だとは思えない。
 009は膝を付いたまま、手のひらに地面の土を握り込む。
「……もう、やめよう、僕たちだって逃げられたんだ、君だって」
 逃げたって? と子供は嘲う。
「今、俺たちに殺される、あんたたちが?」
 じわりじわりと重力は増す。公園の遊具が、みし、とひび割れていく。
「ブラックゴーストの言うことなんか、聞く必要はないんだ! こんな戦い、君だって望んでないはずだ!」
「うるさい、うるさい! お前らのせいで、俺はこんな……!」
「気の毒だと思うがな。だからって、よしよしって頭を撫でてやるとは限らないんだぜ」
「004……でも」
 子供はジャングルジムから、膨れ巨大になった部品たちの上に乗り移る。
「頭を撫でてやろうって奴をお前は拒んだんだ……思い知れよ、坊主」
「あっははは! 思い知るのはお兄さんたちの方さ! 俺が一体お兄さんたちより何体新しいサイボーグか……それも、ナンバーをもらえばわかることだけどね!」
 キイン、と鳴って、子供の体は部品に混じった。
 009の顔が歪む。子供の帽子がぱさりと地に落ちた。
『――あっははは! 皆まとめて、潰れちゃえ! 腐っちゃえ!!』
「どうして! ナンバーなんかいらないだろう! 君に名前はあるんだろう……!!」
「行け! 009!!」



 001の声は、あれきりしない。途絶えたのには訳があるのか。
 まさか。まさか。
 公園の子供は足止めが目的だと言った。では、発見された隠れ家には、もっと強力な追っ手が向かったはずだ。
(無事でいてくれ……!)
 しかし、009の眼前にあるのは、しゅうしゅうと熱に溶けた土地。
 あるはずの家も、仲間の姿も。
「……そんな……」
 声を限りに、009は叫んだ。
「ギルモア博士ーっ! 001! 002! 003! 006!……007、008ッ!!」
 まだ冷めやらぬ地面に熱い風が吹く。応えはない。
「……っ間に……合わなかったのか……?」



 公園に踏み込んだ途端、立ち上がれないほどの重力に見舞われた。
「くっ……」
 004は歯を食い縛る。マシンガンも005の投げたアスファルトも、合体した子供たちには効かなかった。潰れ、溶け、腐食して、嫌な熱い臭いを立ち昇らせる。
 いまだ公園の外の005は、渋面のまま仁王立ちしている。
「……そういうことかい」
 005! と004は呼ぶ。
「悪いが、こっち来て支えてくれねえか」
 むう、と返事して005は公園へと踏み入れる。ずしん、と地面が沈むほどの圧力を受けた。
 子供だった不恰好な物体は、耳障りな高笑いを発する。
『馬鹿だ! 馬鹿だね! 気が付いたんならどうして呼ぶんだ!』
 005はしかしゆっくりと、膝も付かず一歩一歩、004へと寄って来る。004の後方で屈み込み、脇に手を添えて上体を起こさせた。
「オーケイ。頼むぜ」
 004はぐぐっと膝を立て、はるか上空に狙いを付ける。
『あっはは、やっぱり馬鹿だ! 空なんか撃って、どうなるってんだよ!』
「さあて……どうかな」
 バシュッ、と膝からミサイルは発射された。しかし公園内の凄まじい重力に即囚われる。ほぼ真上に発射されたミサイルは、そのまま……
「重力発生装置が、公園の地下に仕掛けてあるんだろ? だったら……」
『……わかってて、落ちてくるぞ、お前らも直撃だぞ!』
「スイッチはお前が握ってるんだろ。好きにしな」
『……う……うわあああああ?!』
 ――閃光。



 がくりと膝を付いた。唇を噛み締める009の眼から、玉の涙が熱い地に落ちる。
 そして聞こえる、はるか背後からの爆音。
「――まさか、004、005……」
 ばっと振り向き、顔を歪める。
 もしや、もしや自分独りが残ってしまったのではないのか……――
 ぐらりと009の足元が揺れた気がした。
 ……いや、実際に揺れている。
「えっ……地震?!」
 振動は大きくなる。いや震源が近くなる。009は身構え、飛び退った。
 ぼこっと、溶けた地面に穴があく。
「あ……」
 ぴゅーとばかり火を噴き顔を覗かせたのは、006。
「ふい~助かったアルね……おや009。おかえりね。ン? 何、でっかい口開いてるネ?」
 下から尻を蹴られたのだろう、006は穴から飛び出し、地面に転がり尻を摩った。
「ひどいアルよ007!」
「さっさと出ないからだよ。こちとら下が詰まってるんだ……おお、009じゃないの。無事かい」
「みんな……」
 ぞろぞろと、006の空けた穴から家で待ってた仲間が出てくる。009はぱちくりと瞬き、眼に溜めた涙をこぼした。
「皆無事だよ。とっさに地下室に潜って……大人の空けた更に深い穴に潜ってたからね」
 ギルモア博士を引き上げながら、008が話してくれた。
「001が眠っちゃって……連絡が取れなかったの」
 003に抱えられて眠る赤ん坊は、まるで何事もなかったかのようだ。
「そっちは、大丈夫だったのかね?」
 博士に問われて、009は眉を寄せる。
「……009?」
「……僕は行かなきゃ、博士――うわっ?!」
 上空から009に体当たりをかましたのは002だ。もんどりうって転がりながら、屈んで自分を見下ろす仲間を見た。
「002?!」
「ったく、まあた擦れ違うとこだったぜ。噛むなよ、噛むなよ加速装置!」
「えっ……」



 ナンバーを持たない子供は、重力発生装置のスイッチを切った。ミサイルは呪縛を解かれて上空へと昇っていく。
 004は駆け出した。不恰好な塊に指のマシンガンをぶち込む。
 005はジャングルジムを引っ掴み、めきめきと地面から引き剥がした。土台のコンクリートがぼこりと捲れた。現れたのは、公園には不似合いな禍々しい機械。
 004を捕まえようと距離を詰めてきた塊を、逆に004は押さえ付けた。
「002! そいつをジャングルジムに落とせ!」
 上空では、打ち上げられたミサイルをぱしっと捕まえている002が、ちぇっ、と舌打ちをする。
「気付いてたのかよ……わかった、そらよっ!」
 向きを変えられ、放り投げられたミサイルは従順に落ちていく。005は004を抱えてその場から走り去る。不恰好な塊は、004の腕を振り払って、ジャングルジムのあった場所へと戻って行った。
「な……馬鹿ッ!!」
 ――そして、閃光。



「001が眠っちまって、地下に潜るって伝言代わりと、まあ加勢に俺が009たちの元へ向かった訳だが……」
 002は体を起こした009に話す。
「004と005は無事だ。心配いらねえ」
 にっと笑った後、002は口を歪める。009の眼差しに、伝えにくい伝言を口にする。
「……004から伝言だ。ダメだった、てさ」
「……そう」
 うつむく009に、瞬くのは003。黙って眉を寄せるのは008。何かあったアルか? と尋ねる006に、ああ人生は一瞬一瞬が青春である、と大仰に空を向いて唸るのは007だ。
「009や……」
 博士の言葉を遮るように、009は微笑を向ける。
「ブラックゴーストを倒すこと! それが解決法……ですね、博士っ」
「あ、ああ……」
 もう、僕達みたいな犠牲者は出しちゃいけない……009の呟きは、ここにいる誰の胸にもある真実だ。
 そうそう、それで、と002は大声を出した。
「004からもう一つ伝言があるんだが……それが偉いことでさ」
「なんだなんだ?」
「どうしたアルか?」
 007と006の合いの手に002は全員を見渡して答える。
「偉いことだ……買い物メモをなくしたから、もっぺん教えてくれってさ」
 大人、メモくれ。002は手のひらを出す。
 ぷっと吹き出したのは003。
「アイヤ、それは大事ね……わかたアル、今夜のディナーはワタシの店で食べることに決定アルよ!」
 んじゃそう伝えとくぜ、と002は飛んでいく。
 ――寂寥は、決して日常に馴染んで欲しいものではなかったから。
 破壊の後の地に立ち、夕食のメニューに注文をつけながら、彼らはぞろぞろと歩き出す。



「夕刻の克復」――終


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