・第4回
「出せー! 解けー! 話させるって言った癖にウソツキー!」
そろそろ繁華街に人通りが増え始める時刻だ。
連れて来られた店の裏の物置の中で、慶太郎は叫んでいる。暗い。狭い。暑苦しい。
潮谷と話させてやるから縛らせろ、と言われて、大人しく腕ごと胴体を荷造り用のビニール紐でぐるぐる巻きにされたのは、慶太郎である。お前が沢木組の回し者で潮谷の命を狙う刺客かもしれないからだ、とチンピラは慶太郎に言った。刺客ではないけれども沢木組の回し者なのは本当なので、慶太郎は抵抗しなかった。
そして物置に放り込まれた。
「静かにしろ! 言ったろ、今潮谷さんはいねえんだ!」
転がされている慶太郎が暴れると、ガタンガシャンと物置の物が派手に音を立てる。
「やかましい!」
「出る! もれる!」
「ああ?」
「トイレトイレ!」
「我慢しろ!」
「こんなきっつく縛るから、おっきいの出るだろ! うんこうんこ!」
「……きったねえなあ……」
物置の外で見張りを命じられていたチンピラは、舌打ちをして物置の戸を開けた。さして明るくもない街灯の光がちょうど慶太郎の顔に差し込んで、暗闇に慣れ始めていた慶太郎は目を眇めた。陸揚げされたマグロのようにじたばたしながら、催促する。
「早く早く、もれちゃうって~」
「うるせえ、待ってろ!」
チンピラが慶太郎の脇に屈む。そこへ、「おい」と慶太郎を連れて来たチンピラが覗いた。
「何やってんだ」
「いや、こいつ、うんこもれるって言うもん……ぶへ?!」
寝転がった姿勢からの慶太郎のロケットキックがチンピラの顔面に炸裂した。
「こいつ……!」
倒れるチンピラの向こうで低く構えた男に、素早く起き上がった慶太郎は頭突きを一発、――金的中。
「……んがはあ」
へなへなと座り込む男の横を擦り抜けて、慶太郎はぐるぐる巻きのまま、物置から駆け出した。
「くっそ、縄解かせ損ねたっ」
さっきのチンピラは潮谷が留守だと言ったが、慶太郎をこうして掴えたという事は、今正に大事な契約の最中なのかも知れない。拳銃や、麻薬の密売取り引きの。
「……そんなの全然オッケーじゃねえぞッ!!」
背後で、待て! と声がする。裏口を捜して店と物置の間の細い路地を走るうち、店の中が騒がしくなった。
(ひょっとして、契約成立の祝い……?!)
もう構っていられない。慶太郎は路地をぐるりと回り、広い道へと出た。夜の繁華街を腕と胴を戒められた姿で走る慶太郎を不審気に見る通行人を無視し、目指す店の正面入口から駆け込もうとして、走り出て来る人の足音を聞いた。びんと殺気を感じる。慶太郎は立ち止まるとぐっと両足を踏ん張り、右足を腰まで上げ、鋭く振った!
「――!」
慶太郎の右足と相手の得物が触れる寸前にぴたりと止まる。
「オトメ?! お前なんでここに?!」
「そりゃこっちの台詞だ! なにやってんだこんなとこで?!」
慶太郎の姿に目を丸くした音馬が、呆れ顔で評する。
「何縛られてんだ、この馬鹿!」
「んなこと言ってもよ~」
言い合う内に、慶太郎と音馬を追って来たチンピラ達が、店の前で立ち止まる二人をバラバラと取り囲んだ。
「このガキどもがあ~」
じりじりと、睨みながら間を詰めて来る。
先程慶太郎にキックを食らった男が喚く。
「店の営業妨害するんじゃねえ、大人しくしろ!」
音馬を追って店から出て来た男が凄む。
「刀返せ、コラア!」
慶太郎はぱちくりと瞬いて、音馬を見た。
「オトメ、それ盗んだのか?」
「一寸借りただけだ、後で返す」
「なんだそうか」
あっさりと納得し、借りたじゃねえだろ! と叫ぶチンピラは無視される。
「あ、オトメ、こん中にいたんならさあ、俺、話がある奴いるんだけど、なんか悪い話してる奴等いなかったか?」
「潮谷ならいねえぞ」
「えっマジで?!……って、なんでオトメが潮谷サン知ってんだ?!」
「……ああ、それはまあ……成り行きってえか……」
「てめえら話聞けえー!!」
くわ! とばかり、話を聞かない子供らを仮にも大人達は怒鳴り付ける。
「なあー潮谷サンどこ行ってんの、いつ戻る?」
音馬が「あ」と思う間もなく、慶太郎はひょこひょこと手近なチンピラに近寄り尋ねた。一瞬、怯んですら見えたチンピラは、ばっと慶太郎の肩を掴んで抱え込み、「大人しくしやがれ!」と慶太郎の首にナイフを向けた。
「あ」
間抜けた声を出したのは慶太郎だ。
「……馬鹿野郎……」
音馬の呆れた罵倒に、ごめえん、と慶太郎は応える。慶太郎を掴えたチンピラでさえ、呆れ顔をしていた。
店の中から、腹を摩り摩り、西松が出て来た。
「おっと、有名なオッケーコンビが揃ってるじゃないか。サインを貰っとくべきかな」
大仰な調子で言ってみせて、西松はにやにやと音馬と慶太郎を見比べた。
「俺達、字、汚いぞ」
な、オトメ、と慶太郎は同意を求める。「黙っとけ」と音馬は罵る。西松は暫く言葉を無くしていたが、軽く咳払いをしてから、手下に顎を振って命じた。
「おい、他の店に迷惑だ。中あ入れ」
へい、とチンピラ達は慶太郎を引っ立て、音馬を促して店内に入ったが、慶太郎は自分の用事を中止にする気はなかった。
「なあ、潮谷サン、じゃあホテルに戻ったのか?」
うるせえ、と慶太郎を捕まえる男は小突いたが、「さあて」と応えたのは西松だった。
「シバタオトメくん、知らんかね?」
西松の眺める音馬を、慶太郎はしばたいて見る。
「……知らねえな」
「ふん、子供の使いにしちゃ乱暴だ……潮谷さんに言われて何か探りに来たんじゃねえのかい」
西松は再び腹を摩る。
「クッションが良かったみてえだな」
音馬は笑った。西松はぎっと睨み付け、「おい、今日はもういい」とフロアの端に固まっていたホステス達を帰らせた。
「ガキだと思って甘えてんじゃねえぞ」
西松は椅子の一つに深々と座る。
「吐くまで帰さねえからな」
本性を現す凶暴な目付きで、言い渡す。睨まれ慣れていない者ならば、心当たりがなくともごめんなさい、と謝ってしまいそうな面相であった。しかし慶太郎は、うーん、と首を捻る。
「吐くったって、俺潮谷サンのことよく知らねえし、俺が話があるのは潮谷サンだけど、ほんとに俺が話がある人かどうか、わかんねえしなあ」
「……」
慶太郎を呆れて眺めていたチンピラ達は、「なめんじゃねえぞ!」という西松の怒号で我に返った。しかしそれを音馬がさらりと揶揄する。
「嘗めたかあねえなあ、その面ぁ」
西松は椅子の中でぶるぶると震えた。
「俺達ゃ何も知らねえよ」
音馬は続ける。
「そいつは潮谷と話したいだけ、俺あ刀を借りたいだけだ」
「……ザケてんじゃねえぞガキい……?」
憤る西松達を遠巻きに、帰り支度の整ったホステス達は、こそこそとドアを出て行った。西松は立ち上がって音馬に吠える。
「特にてめえは奴から指示い受けてるはずだろうがア?!」
きゃ、と外で女の小さな声が上がる。
「おっとと」
悪いな、怪我ねえか、と尋ねる声は、どこか面倒臭げで楽しげだ。
店の入口で、ぶつかった女の肩を支えているのは潮谷だ。フロア中の視線を受けていると気付くと、ん? と潮谷は目を見開いた。
「……いやー戻った方が良さそうだと思ったのは正解だったかな? ひょっとしてピンチか? オッケーコンビくん」
「―――」
慶太郎は思う。この間と印象が違う。というか、「十年前」の印象に近い――……
慶太郎はぽかんとした調子で、思い付いた事を口にした。
「……潮谷サンて二人いる?」
「ん? 一人だぞ? あんまり自信はないが……」
潮谷は幾度か目をしばたいた後、ちらっと音馬を見た。音馬はすいっと目を逸らす。
ほんの少し口をねじ曲げてから、潮谷は慶太郎を向いて口を開け掛けた。しかしそれより早く慶太郎が勢いよく叫ぶ。
「あーその」
「そーだ、悪いことしちゃダメだぞ潮谷サン!」
慶太郎にナイフを突き付けている男が大声に驚きぎょっと跳ねた。ナイフが触れそうになるのに構わず、慶太郎は続けて喚く。
「拳銃や麻薬の売り買いなんて、全然オッケーじゃねえぞ、悪い事だぞ、知ってるよな?!」
潮谷は黙って眺めている。音馬は「やれやれ……」と呟いて、慶太郎を大人しくさせようと脅したりナイフをちらつかせたりしているチンピラ共に進言した。
「無駄だぜ。そいつにゃナイフは目に入ってねえよ。一遍に二つは見えねえ馬鹿でね」
ふいに潮谷は微笑んだ。と思うと、愉快そうに肩を揺すって笑い出す。
「はははは! 面白えなあー、この辺で有名なオッケーコンビ、聞いた通りだ」
西松は不愉快そうに、笑う潮谷を睨み付けた。
「そう笑ってばかりもいられねえだろ潮谷さん」
潮谷は西松を見たが、まだ気分は楽しいままのようだ。
「ガキ共はともかく、あんたには状況がわかってるだろ?」
「……ああ、ナイフ、見えてるよ」
緊迫感もなしに肯定する。
「だったら笑えねえだろう」
西松は歯を剥き出した。
「よくも騙してくれたな潮谷さんよ」
潮谷の笑顔は崩れない。西松は手下に指示を出す。チンピラ共が、潮谷の後ろ、出入り口の方へと移動した。西松は潮谷を睨んだまま問い質す。
「あんた今まで誰と会ってた」
「あ? 俺のダチだが」
「ダチねえ……あんたがサツと仲良く喋ってんのをウチのもんが見たんだよ。それも、ブツの横流しなんぞしそうにねえ堅物の警部さんとな」
いつの間にか西松の背後に、舟木が控えている。潮谷はしかし、嬉しそうにした。
「そうか、ちゃーんと見ててくれたか」
西松は、きっとこんな風に肯定されるとは思っていなかったに違いない。目をしばたいて、呆れ、憤慨したように怒鳴った。
「なっなんだとう?!」
「うーん……だから、あんたの誤解なんだよ西松さん」
潮谷はぽりぽりと頭を掻く。どこか申し訳なさ気に微笑んで。
「あんたに黙ってた事もあるが、嘘も言ってないはずだ。実際俺は、麻薬や銃の売買ルートに顔は利く。知り合いに頼めば融通もつけてくれるだろう。だが知り合いが多いってだけで、俺は一度も客になった事も客を紹介したこともねえんだぜ?」
よく誤解されるんだよなあ、と潮谷は笑う。
「警察にもダチはいる。あっちもこっちもダチってだけなんだが……」
まあ、今回に限っては、と潮谷は西松に謝るように右手を挙げた。
「ダチに頼まれちまってなあ。あんたが俺に連絡とって来た頃に、ちょうどこの界隈で警察やってるダチが、西松さんの動きを嗅ぎ付けてさ。西松組に呼ばれてるんなら、取り敢えず火種を潰してくれってな。俺も面倒臭いから、粗方の証拠物件揃ったところで警察の介入を頼むつもりで……まあ、早い話が乱闘でも起こして別件逮捕でいいから留置してもらうか……とかな」
刑事と仲良さげに喋ってるの見て、俺をフクロにしようと思ったんだろ? 潮谷は機嫌よく話す。
「密売の他にもヤバゲなもんの証拠は佐野に……あ、警察の俺のダチの名前な、って知ってっか。……もう渡しちまったから」
ゴメン、と潮谷はもう一度右手を挙げる。西松は、これ以上ない程に潮谷を睨み付けた。
「……いい度胸だ。なら、当然フクロにされる覚悟はあって来たんだな」
「ならないけどな」
潮谷はケロリと言う。
「こっちはどうせ何年かくらうんだ。あんたもただじゃ済ませねえ!」
西松の怒号に応じて、慶太郎と音馬の周りにも、チンピラ達がじりじりと近付く。
「こいつらはガキに甘いって話の、あんたへの人質だ。あんたが大人しくフクロになるなら、ガキ共の方は手加減してやってもいいんだぜ? 潮谷さん」
慶太郎はぐっと口を引き締める。音馬は白木の柄をゆっくりと握り直す。潮谷は微笑んで、指で顎を掻いた。
「うーん……ただのガキじゃあないと思うぜえ?」
チンピラの一人が声を上げたのを切欠に、男達がだあっと雪崩るように潮谷、音馬、慶太郎に襲いかかった!
慶太郎は自分を捕まえる男の顎に頭突きを食らわせ、バランスを崩した相手に踵落としをお見舞いした。
音馬は木刀より幾分重い日本刀にも既に慣れた様子で、鞘を付けたまま軽々と振るう。
潮谷は体を僅かに揺らし、腕を動かしているだけだ。ナイフや短刀の攻撃を全て流し、捌いている。時折攻撃を仕掛けたチンピラがくるりと宙を舞う。知っている者が見たら、ベースが合気道だと気付いたろう。
ぐるぐる巻きの慶太郎は、さすがに分が悪い。まともに攻撃は食らっていないが、服が切れ、細かい傷が増えていく。
回し蹴りで短刀を持つ相手を蹴飛ばした後に、メリケンサックを嵌めた大男に後ろから抱き竦められた。
「うわ」
腕が使えないので、胴と喉を絞められたら動けない。
「ンにゃろう!」
「――痛ェ! このガキい……!」
首を絞める腕に、慶太郎は噛み付いた!
放せ! と男は慶太郎を抱えたまま振り回そうとしたが、慶太郎は自分の足を男の足に絡ませているので動かない。
噛まれた男を助ける為か動かない慶太郎に好機とばかりか、得物を手に手に、チンピラ達が群れていく。
音馬は周囲の敵をずしりみしりと薙ぎ払って、日本刀の白木の鞘を抜くなり投げ捨て、一声怒鳴る!
「動くな慶太郎!」
ぎらりと鈍く光る抜き身を確認したチンピラ達は、残らずぎょっとした。同じく慶太郎もそれを見たが、ますます根が生えたようにその場に留まり、力強く応えたのだ。
「がう(おう)!」
メリケンサックの男は慶太郎から離れたいようだった。しかし慶太郎が噛み付き絡み付いているので、胴を抱える腕しか放す事が叶わなかった。
殆ど飛ぶように、音馬は慶太郎への距離を詰めた。
「ひいっ……!」
大男の悲鳴と共に刃が閃く。
思わず目を閉じた男が再び目を開けると、自分の腕に噛み付いたままの慶太郎が、こちらを見て「んひっ」と不敵に笑う様が目に入った。
慶太郎は噛み付いたまま、自由になった腕を振りかぶり、
「――……ふんっ!」
男のこめかみに、体重を乗せた、うんと重たい一撃!
物も言わずに床に叩き付けられた大男にぺっぺっと唾を吐き、慶太郎は両腕をぐるんぐるんと振り回す。
「あー痛かった。おまけにお前の腕、まずいし!」
チンピラ達は明らかに怯んだ。
音馬の刀は、違わず慶太郎を戒める紐だけを断ち切った。細身なはずの慶太郎は、自分の倍もある男を一撃で殴り倒した。
「……まだやんのか?」
音馬は抜き身をぎらりと翳す。
いつ隣に来ていたのか、潮谷が、すっと白木の鞘を音馬に差し出した。顔はチンピラ達に向けたまま。
「収めとけ」
静かながら有無を言わさぬ声音だった。
音馬は目を眇めて、不承不承、鞘を受け取る。刃が鞘に収まると、高々中坊の暴れっぷりにビビリが入っていたチンピラ達は、僅かながら萎え掛けた気を盛り返した。
「……このまま、済むと思うなよ……?」
見ると、西松が拳銃を構えて、潮谷を睨んでいる。潮谷は西松を振り向いて、「ああ、そりゃそうだ」と忘れ物に気付いたように頷いた。
ひょいっと、あまりにもひょいっと取り上げられたので、音馬は一瞬、潮谷に刀を奪われた事に気付かなかった程だ。
「これは、西松さんのもんだったなあ」
刀を片手に、西松に寄って行く。
「く、来るな!」
「ん? 刀を返そうってんじゃねえか、なんでだ」
確かに一瞬意地悪く、潮谷は笑った。
西松は危険を感じて、それで発砲したのだろう。弾は潮谷が掲げた日本刀の鞘に当たって、木っ端を撒いた。そのまま刀を西松の喉に押し当てる。西松は何の抵抗もなく、仰向けに転がった。潮谷はひっくり返った西松の腹に膝で乗り、刀の先で拳銃を弾いて、親切そうにこう言った。
「あーあ、やっぱり腹があんた邪魔だよ。……健康にもよくねえなあ。殺いでやろうか?……俺が」
西松に向けた潮谷の笑みは凶悪で、敷かれた西松はただ、首を横に振るだけだった。
「ん? じゃあ自分で運動するか?」
今度は西松は首を懸命に縦に振る。
「そっか。うん、やっぱそれがいいな」
刑務所にはいい運動施設があるって話だぜ、と人懐こい笑みを見せて、潮谷は立ち上がった。
潮谷が退いても西松が起き上がれないので、チンピラ達は、ボス! と健気にも駆け寄って行く。
「……何が、『さすがの俺も銃弾は避けられねえ』、だって?」
呆れた口調で音馬は呟く。
「ははっ、たまたまだ、たまたま!」
刀を返すと言った癖に、まだ日本刀を手にしたまま、潮谷は西松から離れ、音馬に笑った。
そうして、音馬と慶太郎を見比べた。
「全く、無茶するガキどもだな」
無茶の割りに、音馬の方は全くの無傷だ。慶太郎の方は、小さな切り傷が幾つか付いている。
潮谷は慶太郎に歩み寄ると、優しい顔で話し掛けた。
「頑張ったな、怪我はないか?」
細かい傷はない事にして……実際痛みはなかった……慶太郎は頷く。潮谷はにっと笑って、ぽん、と慶太郎の頭に手を置いた。
「よし、オッケーだ」
慶太郎の頭をくしゃっと撫でた。慶太郎は何か言いたかったのだ。だが言葉は出ずに、涙がじわーっと溢れ出た。
潮谷は瞬いて、困ったように音馬を呼ぶ。
「……オトメくん、これは勘弁してくれるかな?」
音馬は口をひん曲げて、結果許す言葉を口にした。
「……ふん」
パトカーのサイレンが聞こえて来たのはそれからすぐで、潮谷が店に戻る前に呼んでおいたのだと、後から聞いた。
サイレンの音にチンピラ共は浮き足立ったが、刀で床をどん! と叩いた潮谷の「逃げんな」という低い一言で、警察が踏み込んで来るまで、誰もその場を動かなかった。お陰で西松の店にいた者は全員、無事逮捕された。そう、全員。
(続く)