「橙」

・7000番を踏んでくれた、高峰あいみのリクエスト。久々の最遊記で楽しかったっス(笑)。

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 真っ暗だ。
 しかし、足下に伸びている線路は見分けがつく。
 なんだ、でたらめに歩いてたつもりなのに、線路じゃん、と思う。というよりも、いつの間に自分は歩いていたのだろう?
 てくてくと、立ち止まることもなく歩いていくと、線路の向こうに、やはり歩いている人影を見つけた。その人は随分ゆっくりと歩いているので、すぐに追いつけそうだ。
「こんちは」
 夜なのだろう、今は。追いついてきた自分にあいさつされて、その人はゆっくりと振り向き、「こんばんは」と言った。
「……あーそっか、夜か。暗いと思ったー」
 あっはっは、と笑う自分に、顔はよく見えないが、多分その人は微笑んで、「いいんですよ、なんでも。ここはしょっちゅう暗いから」と答えた。
「しょっちゅう暗い? お日様、でねえの?」
 出ませんねえ、とその人はまた歩き出す。
 後からついて行きながら、……ゆっくりと合わせて歩きながら……「なんだ、つまんねーの」と毒突いた。「そうですねえ」とその人も相槌を打つ。
「お日様が出ていたら、楽しみようもあるのだけれど……ああそうだ」
 そう言ってまた自分を振り向く。着物の袂に手を入れている。
「これをあげますよ」
 そう言って……取り出したのだろう、しかし手に持っているものは、暗くて見えない。
「……なにそれ?」
「お友達と一緒に遊びなさい」
 自分のズボンのベルトに、その人はそれを差し込んだ。くしゃ、と紙のような音がした。
「……なんだ、食いもんじゃねーんだ」
 がっかりした声が出た。その人は愉快そうに笑って、「食べたければ、まだまだ歩きなさい」と指さした。その先は線路とはあさっての方角。
 指の先を眺めたが、何も見えない。食べ物の匂いも、水の匂いも……
「水……そうだ俺、水……」
 強烈なのどの渇きを思い出した。
 すると、ぱっとあたりが明るくなった。
「うわ」
 明るい、というより、眩しい。目を開けていられない。
「……ああ、あなたには光が戻りましたね。なら、さあ、行きなさい」
 一瞬、その人の姿が見てとれた。見たような僧衣。頬に刻まれた笑い皺、優しげな笑顔。


「―――馬鹿猿!!」
 目を開けると、眩しい日の光の中に、玄奘三蔵。
 恐ろしい顔で、自分を見下ろしている。
「……あれ? 三蔵?」
 むっくりと体を起こすと、後頭部をぽかりと殴られた。
「てっ!」
「ったあく、猿の干物なんざ、食えやしねえし、第一干物じゃのどが余計に渇くだろうが!」
「なんだよう、てめー俺を食う気か、悟浄!」
 後頭部を摩りながら、殴った悟浄を振り返る。
「食えるかバアーカ。どうせ食うなら」
 言葉半ばで、悟浄は笑顔の八戒にぐいと押しやられた。
「まあまあ、こうして悟空も無事だったんですから」
 備蓄の水を誤ってぶちまけてしまった罰に、一人で水を探しに出かけて、砂の中に行き倒れていたのは悟空だ。
「三蔵も、ほら」
 見ると、三蔵の顔は、悟空が目を開けた時よりは、幾分恐ろしくなくなっていた。
「……使えねえな」
 ケッとばかり毒突いて、三蔵は顔を背ける。途端に猿はウキッと跳ねる。
「なんだよー! 俺だって、腹さえ減ってなきゃなあー! 大体が最初に水をこぼしたりしなかったんだよ!」
「ほっとしたならそう言えばいいのに」
 ぼそりと呟いた八戒を、三蔵は「ああ?」と振り返る。
 振り返って、見つけた。
「聞いてんのか三蔵、だから今朝、ちゃんと俺にお代わりさせとけよー!……と、な、何だよ」
 三蔵は悟空の腹の辺りに手を伸ばす。ガサリ、と三蔵がつまんだものを、悟空は「あ」と眺めた。
 橙色の折り紙だ。
「……猿。どこで拾った」
「えっと……あれ?」
 三蔵に訊かれてようやく疑問が浮かんだように、誰かにもらったような気がすんだけど……と悟空は首を傾げる。使えねえ、と三蔵は再び吐く。
「んだよー。うーん、えっと……」
 思案する悟空を放って、三蔵は折り紙のしわを伸ばしている。
「……そうそう、お日様が出てたら遊べるとか……何やってんだ、三蔵?」
「……こうするんだ」
 器用に指を動かして、三蔵は折り紙を折っていく。
「……ああ、紙飛行機ですねえ」
 八戒が言う頃には、三蔵はもう紙飛行機を飛ばさんばかりになっていた。
「……あ、俺! 俺飛ばしたい!」
 悟空を無視して、つい、と三蔵は紙飛行機を放る。すい、と橙色が、空に混じる。
「……へえ、奇麗ですねえ」
 のどの渇きも忘れたように、八戒は風景を愛でる。
 何がそんなに嬉しいのか、悟空は紙飛行機を追って走り始める。
 悟浄の声が飛ぶ。
「元気じゃねえか。そのまま水を探しに行けや!」
「え、ええ?!」
 振り向くものの、悟空はやはり紙飛行機を追って行くのをやめない。
 三蔵は煙草に火をつけた。
「仕方ないですねえ」
 八戒はその一言で全てを了承して、悟空の後を歩き始める。
「……だな。猿がまた干物になっても始末に困るか」
 悟浄は大仰に溜め息をつく。
「行きますよ? 三蔵」
 煙と一緒に、フンと意思表示を吐き出した。歩を踏み出しながら、三蔵は怒鳴る。
「猿! 紙飛行機に礼言っとけ!」
 不思議そうに悟空は振り向く。
「……なんだよ、教えてくれたら、次から自分で折るよー!」
「……誰が折り紙の自慢をした?!」
「あれ? 違うのか?」
 悟空が首を傾げるうちに、空の中の橙は、風に紛れて遠ざかる。
「あ……あー! 見失ったあー!」
 空に叫ぶ。悟空は気付かない。
 紫煙に紛れて、三蔵がほんの少し笑った、と。




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