キースFesに投降した小説です。キースの振りしてシロエの振りして今回はキースでした(?)
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『アナタの秘密』
「おい、キース、昨日、下級生にお前のこと聞かれたぞ。ほら、ええと…」
「…シロエか」
講義室のパソコンを閉じたキースに同級生が話し掛けた。
このところ、キースをライバル視している七月生が、どういうつもりかキースのことを調べ回っているらしい。
「質問なら受け付けるのに」
「んー…ステーションに来るシップの中でお前を見かけたか、とかだから…お前に聞いても、って内容だったぜ?」
「……」
講義室の壁際で、思案顔で席を立つキースを熱く見つめる者がいた。
シロエである。
(ククク、いい具合に僕のことを意識しているじゃないですかキース)
シロエの方が意識しているという事実はこの際そっとしておいてやろう。
「そうして取り澄ましているがいい…僕が暴いて見せますよ、アナタの秘密をね!」
前髪の下で瞳をギラリとさせて。心の呟きが結構大きく声に出ているのも、そっとしておいてやることにする。
ククク、と笑いを漏らしながら、今までに集めたキースに関する情報を脇に抱えていた端末で確認する。
「どれどれ…ふふ、僕ったら、もうこんなに情報を集めてなんて優秀なんだろう!」
画面にざっと流れる文章をランダムで読み上げる。
「・キース・アニアン。現在最上級生
・誕生日は12月27日
・わりとハンサム
・かっこいい
・意外におしゃれ好き
・性格はいけ好かないけど声は好み
…あ、あれ」
意気揚々と読み上げていた声が次第によれる。
「お、おかしいな、こんな主観ばかりの情報じゃないはずだ」
読み上げた内容に間違いはないらしい。
そうしているうちに、がやがやと数人が入室してくる気配があった。
シロエがはっとして顔を向けると、キースの周りに人だかりが出来ていた。先ほどはいなかったサムの姿が見える。どうやら女子生徒達に付き添いを頼まれたようだ。女子達の手には、いかにもな包み、包み、包み。
「ハッピーバレンタイン、キース!」
女子生徒の弾んだ声。
シロエに電撃が走る。
(僕としたことが――!)
いや、バレンタインを忘れていた訳ではない。先輩にチョコを贈るなんて、僕のキャラじゃないね、などとプライドが邪魔するうちに、当日になっていた、それだけのことだ。
「バレンタイン…ああ…」
キースがおもむろに口を開く。
えっ、知ってたの? とシロエは失礼なことを思う。
「確か、大昔のテラに実在した、聖ウァレンティヌスに由来する記念日だな。記憶バンクにあった」
シロエはげんなりした。サムや女子生徒もげんなりした。構わずキースは続ける。
「結婚した兵士は士気が下がるという当時の皇帝の考えに反して、兵士を結婚させて処刑された司祭だろう。僕は皇帝の意見に賛成だが…君達はメンバーズを志す者だろう。バレンタインを祝うということは、メンバーズを諦めてコモンになるつもりなのか?」
「キース、キース」
空気が見る間に淀んでいくのを、サムが放っておかなかった。
「お前、キリスト教徒じゃなくても、テラの昔からクリスマスを祝う習慣は知ってるだろ」
「…ああ」
「一緒だよ。イベントだ、楽しめ」
にっ、と笑ってキースの肩を叩く。
「……ああ」
サムの執り成しで、女子達はキースにチョコを渡すことには成功したが、あの中には、俗にいう本命チョコも混じっていたのだろう。帰っていく中に、泣きそうな顔もあった。
(…人の気持ちのわからない機械め)
シロエは軽く唇を噛み縛る。
机の上の包みを、キースは睨んでいる。
騒動を見ていたキースの同級生が、おれなんかにゃ羨ましいけどな、と呟いて席を離れた。
ぽつりと、キースが言った。
「…僕はこれを食べ切れない」
「……は?」
サムは目を見開き、そしてキースの表情の意味に気が付いたのだ。
「…おま、それであんな言い方…ぶは!」
シロエも思い至った。集めた情報の中に確かにある。
・甘いものは苦手
サムは腹を抱えて笑っている。
「ば、ばっか、…「甘いものが苦手だから食べられない」って、そ、そう言えばいいだけだろ…ばっはははは!」
「…それでいいのか」
「そ、それでい…ぶふ、おま、ほんとおもしろ…ふひーー」
サムが妙な音を漏らしたと同時に、シロエもぷっと吹き出した。
なんて人だ!
シロエはチョコを用意しなかったことを真剣に後悔した。
僕にもキースにあの顔をさせてやれるチャンスだったのに!
困惑するキースなんて、滅多に見られない。次こそは間近で観察してやる!
ちら、とキースがこちらを見たと思った。
嘲りの言葉でもかけてやれ、とシロエがフフン、と鼻を鳴らして向き直ると、
「…ちょうどいい。セキ・レイ・シロエ」
言うなり机の上の包みをがばっと抱えて、キースはシロエの前にやって来た。
「これを君にやる」
「……はあ?!」
シロエは口を開いたが、サムも口を開いていた。
「な、なんです、なななん」
「君は確か甘いものが好きだろう」
ドキッ。
「えっ」
(僕の好み知られてる!)
「チョコレートは僕より君に相応しいようだ。食べてくれたまえ」
「えっ僕に? それってどういう…わっこれなんかステーションに10個と降りてこない限定物じゃないですか! あっこっちは有名パティシエのレシピ再現もの!」
シロエはもう、ドキドキするのはキースのせいかチョコのせいかわからなくなっている。ほんとにいいの?! と問い掛ける。
「? ああ、かまわない」
シロエは頬を紅潮させて、しっかとチョコを抱き締めた!
「くっ、こ、こんなことで勝ったと思わないで下さいよ! 人の気持ちがわからない機械め! 次こそ僕がアナタにあげる番だ! アーハハハハ!」
混乱のシロエ。バタバタと講義室を駆け出て行く。
「…彼は何を言ったのだ?」
「…あー…お前にチョコをくれた子の気持ちとか…」
シロエのセリフの後半についてはあえて言及しなかったサムである。
「…人にやるのはまずかったか? しかし僕があの量を食べ切れないと明白な以上、ゴミにするよりは有用な使い道だと」
「わかったわかったよくわかった」
幸い? シロエが去った後の二人の会話はシロエの耳には届かなかった。
シロエがキースの秘密を掴んで、ぎゃふん、と言わせられるのはまだ先のようだ。
ともあれ、
ハッピー・バレンタイン。
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