シロエFes2010に投稿した短編小説。シロエの振りしてキースです。
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「固執の扉」

カン、カン、カン、と金属の床を蹴る軍靴の響き。嫌に神経に障る。
自分の足元で発せられている、とキース・アニアンは気付いた。
自分は何かを探している。そうだ、反逆者の捜索だ。
コンマ数秒の認識の後、キースは自分の肉体を意識した。目に映る袖は白い。何処かのドアを開けようとしている。
シュン、と僅かな音と共に開いたドアには見覚えがあった。
中に誰かいる。
「……キース・アニアン?」
問いかけてくる、うずくまる姿にぎょっとした。
セキ・レイ・シロエ。
小さな頭をもたげて、シロエはにやっと笑いかけた。
「……見分けましたね」
ドアを開ける時には、自分は元老服を着ていたような気がする。しかし教育ステーションの制服姿のシロエを見てから、今はメンバーズの制服を着ていないか。
探している反逆者は、どうやらシロエだ。
ドアの外、廊下を行く捜索者達の声、足音がする。
「そこを動くな」
キースは口早にシロエに命じた。ドアを出る。駆け回る軍人達に指示を出す。
「この辺りはいい。向こうを探せ」
はっ、と応えて、耳障りな足音は遠ざかる。
小さくなる音を背に、キースは再びドアを開け部屋に入った。そこで漸く、部屋の内装がはっきりとする。
(…ここは僕の個室か。ステーションの…)
シロエは、キースのベッドに腰掛けている。
「…何の冗談だ。何故君がいる」
「…何がです?僕はあの時のままですよ」
あの時。瞬間、キースの中に懐郷に似た憧れと悔恨が過ぎる。まるで変わったのはキース一人。キースは用心深く問い掛ける。
「そのようだな。ではやはり君はMだったということか」
途端に彼一流の、人を小馬鹿にした笑いが飛んできた。
「ハ!僕は人間ですよ。ただちょっと、貴方達より本来の人間に近いだけ…」
キースは僅かに眉を寄せる。
シロエは機嫌を良くしたように、ベッドから立ち上がりキースに一歩近付いた。
「ハハッそうでした、機械でも怒るんでしたね…」
得意気にシロエは話し続ける。過去にこうして、生意気な後輩は自分に話し掛けてきた。ステーションの廊下で、レクリエーションルームで、…キースの個室で。
「…何故マザーに逆らう」
知らず過去の問いが口から出た。過去のはずだ。いや。
あなたにはわからない、そう突き放すシロエの呼吸が荒くなる。
「シロエ」
「これ以上言えない。…あの忌々しいチェックが邪魔してる」
「…チェックだと?」
「…言ったでしょう。僕はあの時のままだって」
あの時がいつかは分かっている。では今はなんだ。これはなんだ。
制服を着ていたシロエの姿が、「あの時」キースの着替えさせたシャツになっている。
……とても嫌なものをトレースしている。
「少し休め」
キースはシロエに背を向けた。コールが鳴る前に。そう、鳴る前に行動した。
「…僕を見逃すんですか」
汗を浮かべて、探るようにシロエは尋ねる。
「まだ、君に訊きたいことがあるだけだ。機械の追及相手には、君は意地でも漏らすまい」
大仰にシロエは目を見開く。
「驚いた…人間のつもりですか」
「…僕は人間だ。君よりは幾分理性的だがな」
「フロア001!忘れるなと言ったのに!」
ああそうだ、感情の起伏が激しい後輩だった。何度もこうして噛み付いてきた。
キースは静かに振り向き尋ねる。
「…では何故君は僕に話す」
「…」
「…僕を人間と認めているからではないのか?」
問いを、しかしシロエは最後まで聞かなかった。体力の限界が急に訪れたように、ぱたりと、あまり重さを感じさせずに倒れ込む。
「…シロエ」
傍に屈んで覗き込んだ。意識を無くしている。ほんの少し逡巡して、ベッドに乗せる為に抱え上げた。
そういえば、個室に連れてくる時に、シロエを肩に担いだのだ。今思えば、もう少し丁寧に運んでやってもよかった気はする。
眠っているシロエは汗で湿って熱い。
(…本来の人間の熱量)
担ぎ上げるよりは幾分丁寧に、ベッドに横たえた。
(…僕はこれを御したいのか それとも)
シロエを置いて、部屋を出た。金属音が、頭を直接殴り付けるようだった。



「ご安心を。閣下は陰性でした」
カンカンと鳴る足音は、医師のものらしい。
目を開けたキースに、白衣の男が頷きかける。
「随分深く眠っておいででした。ご気分は?」
キースは顔を顰める。
「……ひどいものだ」
「意識の浮上速度が予測値を上回りました。少し酔われたのでは」
むくり身を起こし、キースは顔に手を当てる。
「…ああ。酔ったようだ」
医局を出る時に、背後で係官の会話が聞こえた。
「ESPチェックを受けて酔うだけで済むとはさすが」
「我々とは、いやそこらのエリートとは出来が違うのさ」
医局の扉が閉まり、無責任な声も途切れる。
廊下の途中で、キースは壁に寄り掛かった。両手で顔を押さえ、ずるずると座り込むのを辛うじて堪える。
(…あの個室が、俺の意識か)
(馬鹿にしている)
マザーに宛がわれた個室。絶対的に見張られる場所で、しかし居場所はそこでしかない。自ら捜索者であるのも承知の上で。
反逆者シロエを個室に連れ込み。
キース自身が受けたESPチェックから、シロエを匿ったのだ。
(…俺の、意志だ)
シロエが、にやりと笑う気がする。
(俺の中にいるのかシロエ)
(あの時のまま)
(俺を縛るのか。それとも 俺が手放したくないのか)
真実は、シロエに触れた、あの熱だと思った。
(…人の意志の熱量)
ふつふつと湧く、それはキース自身の望みか。憧れにも似た、羨望。
共存。
共に在りたい。
キースの口元には皮肉な笑みが浮かんでいる。
(しかし現体制でそれは許されない)
(ならばどうする?)
いつからいたのか。
廊下の向こうに立って、こちらを見ているのはジョナ・マツカ。キースが生かしているMだ。
マツカは何も言わない。しかし勝手にキースにシンクロしているのはその表情からわかった。
キースは壁を押し、ゆっくりと歩き出した。動かぬマツカを追い越す時に、小声の念を送る。
(そのまま黙っているなら生かしておいてやる)
マツカは承知したのだろう。口を開かぬまま、キースの後につき従った。
しかし数歩も行かぬうち、キースは壁に凭れて床に沈んだ。
意識が途切れる少し前に、マツカの泣いたようなくぐもった声がした。
「…イエス、サー」
何への返事だ、と問えなかった。マツカが自分を運ぼうとしているのを肩に感じながら、目を閉じた。



まだ、まだ個室のドアを閉めておかねばならない。
固執する意識のドアを開けるにはまだ早い。

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