宇宙戦闘に関する考察



●大艦巨砲主義
フィクションにおける宇宙戦闘ではよく戦艦が登場していますが、まずこれを考察しましょう。 本当に大艦で巨砲かどうかはおいといて、便宜上この言葉を使います。 まず、何故20世紀後半の世界で戦艦が廃れてしまったか?を考えてみましょう。 それは航空機(+空母)が海戦に使われるようになったからです。 ではなぜそうなったかを更に追求すると、航空機の性能が向上したからです。
具体的には
1.速度
2.ペイロード
3.航続距離
の3項目の影響が大きいと思われます。
上記3点に関して転換期となった第二次世界大戦時の状況でまとめてみましょう。

1.速度
航空機が艦船よりもはるかに高速で移動できるようになったのが大きいです。 戦艦の最大速度は物によるが30ノット強。駆逐艦でも40ノット出る艦は稀。 最大速度はあくまで最大ですが、通常の巡航速度を30ノットとしても56km/h程度。 航空機は爆装状態でも巡航速度200〜300km/hは出ますので文字通り桁が違います。

2.ペイロード
ペイロードが増加する→重たい爆弾を搭載できる→破壊力の増大
という単純な図式ですが、もう一つポイントがあります。 それは強力な航空魚雷(各国ともだいたい800kg程度)を搭載できるようになったという点です。
軍艦というものは爆弾を何発かくらってもなかなか沈みませんが、魚雷は一発でも当たり所が悪いとアウトです。 (爆弾にも反跳爆撃なんて方法で喫水線付近を攻撃する手もありますが) 仮に沈まないまでも艦内の一区画が浸水しますからその分艦が重くなり、足も遅くなります。 バランスをとるために反対側にも注水なんてしようものならさらに遅くなります。

但し空母にとっては爆弾も脅威です。何せ甲板が損傷したら役立たずですから。 (しかしそれが原因で沈没するわけではありません)

3.航続距離
第二次世界大戦時の艦載機は一般的には2000〜3000kmの航続距離を有します。 航続距離2000kmとして往復するから半分、その他回避、上空待機、武装による重量増加や何やらで 更にそれが半分になったとしても行動半径500km。この距離を航空機は2〜3時間もあれば移動します。 一方、戦艦の主砲の射程距離は最大でも40〜45km程度。500km先の敵艦に砲撃しようと思ったら 30ノットで接近しても10時間近くかかります。
相手が止まって待っていてくれるわけではないことを考慮に入れれば更にやっかいな話になります。 いくら強力な主砲を持った戦艦でも、砲撃が届かなくてはどうにもなりません。

さて,話を宇宙空間に戻して上記3項目を検討してみましょう。

1.速度
実際のところ宇宙では船も飛行機もありません。大型の宇宙船か小型の宇宙船かの違いだけです。 (地球上では船は水上を移動するもの、飛行機は空中を移動するものという決定的な違いがある) 従って速度差は艦体(機体)の質量とエンジンの推力の大きさに依存するだけです。 地球上と異なり、決定的な差をつけるのは困難です。 どうしても比較するというなら空と海の間での比較ではなく大型飛行機と小型飛行機、 大型艦船と小型艦船とで比較してみるといいでしょう。 差が生じることはあっても桁違いとまではいかないことがわかるでしょうか?

2.ペイロード
これも速度と同じで船も飛行機もありません。大きさの違いだけです。 艦体(機体)が大きい方が大きくて強力な武装を搭載できるだけです。 宇宙では魚雷(浸水→沈没)の脅威はなくなりますが、その一方で気密の問題が発生します。

3.航続距離
宇宙空間で戦闘機を運用する場合の最大の問題はこの航続距離です。 まず交戦距離を考えてみましょう。
・光学兵器(ビーム、レーザー)は距離に比例してわずかずつながら拡散/減衰します。
・実弾兵器(通常火砲、ミサイル)は進路上の障害物と衝突することでエネルギーを失っていきます。 (あるいは途中で爆発する)が、推進剤がなくなっても慣性でかなりの距離を進むことも可能です。
つまり実質的には射程距離なるものが存在するんですが、地球上の場合とは桁が違います。
レーダーで探知できる範囲と搭載兵器の最大射程のどちらが長いかは難しい問題ですが、 おそらく探知範囲内の敵はほぼ全て射程距離内に入っていると考えて間違いないでしょう。 (水平線も存在しませんし) 故に射程距離なる概念は存在しないとみなしていいでしょう。
但し、この概念は1光秒(約30万km)もしくは地球=月間の距離(約38万km)くらいが限界でしょう。 それ以上っていうのは惑星間レベルの戦闘になるわけで、このレベルの戦闘が可能なら戦艦も戦闘機も必要ありません。

各兵器に関してそれぞれ考察してみると…

・通常火砲は地上と異なり放物線状の弾道ではなく、直線の弾道となることと、交戦距離と弾速 の関係(目標到達までの時間が長い)を考えると従来の魚雷の使い方に近いと思われます。 近接戦闘(=敵を目視できる距離の戦闘)なら使えそうですが、距離が開くと結構使いづらそうです。 あと発射時の反動をどう処理するかも考えなくてはいけません。 (レールガンみたいな非接触型であればこの問題は無視できる)

・ミサイルは誘導方式が問題です。(誘導しないミサイルはミサイルじゃなくてロケットという話じゃなくて誘導しないなら通常火砲と一緒)
レーザー誘導が一番確実と思われますが、発射した母機がずっと誘導することになるのか? (出力の問題もあるけどこれができるなら直接レーザーで攻撃したほうがいいでしょうね。) ある程度接近したらミサイル自体に搭載されているレーダーや赤外線、画像認識装置などに切り換えるのがベストかもしれません。
交戦距離が遠大なので、効果的に使用するには工夫(ミサイル自体と戦術の双方)が必要。 ダミーやデコイ、チャフ、ビーム撹乱膜等の展開に使ったほうが効果的かもしれない。 あとは空間に適当にばら撒いておいて、特定の周波数帯の電波を受信したらそれに向かって突っ込んでいく機雷的な使い方をするか…… やはり距離が開くと使いづらそうです。
更に考えるとミサイルも発射母体の質量の一部である以上、ミサイルを発射することで発射母体の質量が大きく変化するようだと発射母体の機動制御に修正が必要になる。 一発あたりの質量が小さくても数を撃てば一緒だし、むしろ何発撃った時点でどれだけ修正するかという話になってむしろ厄介になる。 (空母と艦載機だともっとややこしい話になるが、それを考えると切りがないので略)
また外れ弾がどこまで飛んでいくかわからないし、その結果どんな悪さをするかもわからない。 従って時限信管でも装備して目標までの予測到達時間を計算し発射する時にセットする必要がある。
大気中と違ってフィンでは姿勢制御できないので何らか工夫をしないと直進しかできない。
ゴミと衝突して爆発しても困るからそのあたりの細工も必要になるだろう。

・光学兵器は光速もしくはそれに準ずる速度を有するので長距離とはいえ現代の火砲と同じような使い方ができる。(射撃→命中確認→照準修正→射撃) 直進を前提とすれば(直進性はちょっとアヤシイが)計算は方位と角度のみですむ。
但し、これは全てに共通することですが、最大の問題は砲の角度調整です。 30万kmの彼方だと砲身を1°動かしただけで5000kmくらいずれてしまいます。 0.00002°で約100mだからこのくらいのオーダで角度調整できないとまぐれ当たりを期待するしかなくなってしまいます。
現代の射角調整だと最小単位は1mil=0.056〜0.057°ですからこれの1/1000以下の精度が必要になります。


ここでもう1度地球上での航空攻撃の有効性の理由を考えてみましょう。

1.自艦隊は敵艦の砲撃が届かない距離にいる。
2.自艦隊が敵艦の射撃圏内に入るより早く自軍の航空機は敵艦上空に到達できる。
3.自軍の航空機の攻撃で敵艦にダメージを与えられる。
からですね。

ところが宇宙では上記の通り射程距離というものが事実上無視できます。 しかも宇宙戦闘機よりも光学兵器のほうが敵に到達するまでの時間も短い。 火砲やミサイルだって有人の宇宙戦闘機よりも大きな加速度をつけられるはずだから戦闘機よりも短時間で到達する。 しかもミサイルなら片道分の推進剤で構わないが、宇宙戦闘機は往復分の推進剤を 積まなければならない。というわけで上記のメリットがどんどん崩れていきます。

逆にいえば戦艦によるロングレンジの攻撃というのが非常に有効なのです。

ロングレンジでの攻撃手段、特に光学兵器が実用化されているような状況では更に有効になります。 故に宇宙戦においては大艦巨砲主義が復活してもおかしくないわけです。 しかしこれは宇宙戦闘機の存在その物を否定する要因としてはまだ不十分です。 艦載機を近接艦隊戦用の兵器として描いている作品がいくつかありますが、あれは宇宙戦闘機の使用法に対するソリューションの一つではないかと思われます。 (市街戦で対戦車ミサイル持った歩兵が戦車の死角に回りこんで撃破するようなもの)

●制空権
制空権と区別する意味で宇宙の場合は制宙権と記述します。 まず制「空」権は地上や海上にいる兵力では得ることができません。 (敵の制空権をなくしても制空権を得たことにはならない)
故に制空権を得るには航空機が必要になるわけです。 (但し相手に制空権がないのなら無理に制空権を得る必要はない)
一方、制「宙」権は宇宙戦闘機でなくても艦艇でも小惑星要塞でも得ることが可能です。

何故地球上では制空権が重要視されているかを考えてみましょう。
地上及び海上を移動するものよりも空中を移動するもののほうが
1.速度が速い(地上/海上:空中=1:5〜20)
2.運動の自由度が高い(注:三次元をほぼ自由に動けると言うこと。運動性の高さではない)
3.空中から地上(海上)を俯瞰することで全体の状況が把握しやすい。
4.上から下への攻撃なので重力を利用することができる。 (上から下への攻撃は物を落とすだけでいいが、下から上への攻撃には運動エネルギーの付与が必要)

故に空中から地上、海上を攻撃するというのは非常に大きなアドバンテージが存在するのです。 このアドバンテージを一方的に得るために制空権が重要になってくるわけです。
ちなみにこのアドバンテージは地上戦においても高地を制する方が有利になるのと同じ構図です。

では宇宙戦闘機による制宙権の重要性がどの程度のものか確認してみましょう。
艦艇と宇宙戦闘機を比較すると
1.宇宙戦艦と宇宙戦闘機の速度差の影響はない。
(質量が小さいほうが高速にするのは容易だが、大きくても高速に出来ないわけではない。 この点、ある一定以上のスピードを出さないと墜落してしまう地球上の飛行機や水の抵抗 のためにスピードをあまり上げられない艦艇の関係とは事情が異なる。)
2.運動の自由度の差はない(どちらも三次元を自由に運動できる)
3.状況の把握はどちらも互角。
4.宇宙は全くの無重力ではないがどちらか一方に対して有利に働くほどの差はない。
となり、航空機のアドバンテージは悉く失われます。
なお、地上と海上では制空権の重要性もちょっと違ってきまして、
地上戦では「運動の自由度の高さ」
海戦では「運動の自由度の高さ」と「艦船よりも高速で動き回れる」
ということが重要なポイントになります。 (対地上の場合も高速で動けることはメリットではあるが、重要性は海戦ほど高くない)
また、地上戦における制空権は恒久的かつ(空間的に)連続したものを要求されます。
一方、海戦における制空権というのは一時的かつ(空間的に)不連続なものでも構いません。
宇宙ではどうかというと、
月、コロニー等における拠点周辺の制宙権は地上戦の場合に近いもの
その他の場合の制宙権は海戦の場合に近いもの
が要求されることになると思われます。


●宇宙戦闘機の存在意義
では宇宙戦闘機には存在意義がないのかというと、勿論あります。
火砲・ミサイル・ロケット・爆弾等による遠距離からの砲爆撃が発達した現代において、 戦車や小火器主体の歩兵や小型の水雷艇(ミサイル艇)に存在意義があるのと似たような理屈です。

艦艇と戦闘機では大きさに差があるでしょうから、小さい(=小質量である)ことによって得られる 高加速性/高運動性を利用した対艦戦術は効果があるでしょう。 (艦艇が高加速性/高運動性を保有しても構わないけど小さいほうが容易で安易に実現できる)
艦艇は長期行動が前提となるでしょうから、乗員の生活維持(食料、水、空気のリサイクル、休息設備など) も考慮せねばならず結果的に「直接戦闘に必要ない設備」を必要としますが、戦闘機にはそういったものは不要です。
するとそれだけ小型・軽量化が可能となるわけです。 それに小さければ敵からの攻撃が命中する確率も小さくなるわけです。
また、「相手が障害物の多い場所にいる」「射線上に障害物が存在する」「重要な施設を背にしている」 なんていう場合にも重要な攻撃手段となります。 (というよりも宇宙での交戦はこういう状況を可能な限り利用する形になるはず) ダミー、デコイ、チャフ、ビーム撹乱膜といった攻撃阻害手段を使われた場合も同様ですね。
最後に「制宙権が重要性を持つ場合がある」という理由もあげておきます。 上述した拠点周辺の例外というのがこれです。
制空権は移動速度の差や運動の自由度の差等が存在するゆえに重要であると上述したとおり、 移動しない/できない目標に対する攻撃の場合には制宙権が重要性を持ってきます。
ちなみに拠点の制圧ではなく破壊が目的ならば制宙権など不要です。 小惑星にロケットエンジンでもつけてぶつけてやれば済みます。 (現代戦で言うなら核ミサイルを撃ちこむのと一緒。こういう戦争には制空権など必要無い)