2004年9・10月の読んだ本。


  • 村上春樹 『アフターダーク』  ★★★★★

 新しい一日がすぐ近くまでやってきているが、古い一日もまた重い裾を引きずっている。海の水と川の水が河口で勢いを争うように、新しい時間と古い時間がせめぎ合い、入り混じる。自分の重心が今どちら側の世界にあるのか、高橋にもうまく見定めることができない。  (本文より)

 

○本を愉しむことにかけてささやかな自信を持つあるひとりの男の、本書読前の心情に関する小文。


――ネット書店の簡易梱包から取り出した待望の村上春樹新作長編を眼前に彼が心惹かれたのは、
小説の本分であるはずの活字をさしおいてハードカバーの装丁にプリントされた女性の像だった。

 この男、インターネットのWEBサイト上で、既にこの装丁の小さな画像を目にしていたのだが、やはり実物は実物のみが持つことが許されるものを有するのである。刷りたての書籍の紙とインクの匂い、思いがけない紙の重みとカバーの手触り、そして何よりも自分が虜になっている小説家が紡いだ未知の物語が、自分の両の手に(至極リアルに)握られているのだという、本好きにのみ天が授けた期待とちょっとした緊張感とが混合されたあの独特の雰囲気は、コンピュータのディスプレイでは決して体験できないのだ。

 装丁のグラデーションがかった紺色は、夜が明けるほんの少し前の時間帯を思わせる。その中央の席を与えられた女性の像は、まだ朝の陽を浴びていない微妙にぼやけた姿であり、彼女の表情を正確に推し量ることができない。見様によっては平凡な日常にいささかうんざりぎみの退屈を示す表情にも思えるし、カメラのファインダー越しに浮ぶはにかみの表情にも思える。あるいは彼女は、世界中の誰一人にさえ打明けることの許されない<決定的な何か>を抱え込んでしまった虚無とも絶望ともつかない<無表情>という表情を、その薄闇に溶かしているのかもしれない。

 表紙の右隅、背表紙近くにある薄い紺色のにじみから、彼は視線を中央の彼女へと戻した。そして思う。この物語を読み終えた時、陽が確かな光を彼女に降り注いだその瞬間、彼女は初めて本当の姿を現すのだろうと。もしそうだとしたなら、その時僕は、彼女のたたえる表情のなかに<暖かさの確信>を感じたい。

 そして、彼はゆっくりとページを開いた。

 

P.S. ねたばれ無いけど、意味まで無いです。すみません・・・・。

 



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