2002年9・10月の読んだ本。



2002年9月の読んだ本。
(小説4冊、合計4冊)
  • 村上春樹 『海辺のカフカ』  ★★★★★
 記憶がいつまでも正しい形でそこに留まっているものか、それは誰にもわかりはしない。 (本文より)

 ついに出た! 念願の村上春樹新作大長編作品。その名も『海辺のカフカ』!! と、この文章を書いているのは実は11月も半ば近く……(汗)。自分の中でもう少し整理がついてから感想を書こうと、先延ばしにし続けた結果がこの有り様です。本当に申し訳有りません。とほほ…。しかも本当のところ、今現在だって何の整理もついちゃおりませんのです。はい……。でもとにかく書かなくちゃしようがない。皆様「すまいるはあまり頭がよくないものですから」ということで、誤魔化されたふりをよろしくお願い致します(笑)。

 春樹さんは、あの『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の続編(もしくはそれに準ずる作品)を書くつもりらしいという話は、春樹さんご本人の文章を含め、かなり前から明らかにされてました。『世界の〜』が大好きな僕は当然大喜びしたわけですが、それと同時に春樹さんはきっと「え? これが『世界の〜』の続編なの? どこにつながりがあるってのさ(ぷんぷん!)」的な続編を期待する読者を裏切るような、それでいて尚且つ面白い、そんな作品を仕上げてくるだろうな、という直感がありました。(←ヒネクレモノの僕ならではの発想ですかね(汗)。)

 しかし! 本作をお読みになられた方ならご承知の通り、『海辺のカフカ』はかなり分かりやすく『世界の〜』と繋がりをもった作品でした。下巻ラスト近くの「森にまつわる展開」はもちろん、「普通の人の半分の影」のエピソードの数々など、明らかに『世界の〜』を意識させる要素に溢れています。この作品で何がおどろいたかといって、僕はこの『世界の〜』との直截的なつながりでした。「だから何だ」と言われそうですが、とにかく僕は驚いたのです。

 本作は明らかに今までの春樹作品の流れをくんでおり、『世界の〜』とはまさに直截的なつながりをもつ。しかしここで僕は一つの疑問にぶつかる。それは、

 これははたして『世界の〜』の続編といえるのだろうか?

 ということだ。別に「続編登場」ということで刊行されたものではないから、続編でないからといって文句を言うつもりも権利もないのだけれど。
 春樹さんはかつて「『世界の〜』で森の中に入っていった彼のその後を書いてみたい」とおっしゃっていました。この作品で「森の中のその後」をはたして描けていたのだろうか? また春樹さんは描こうとしていたのだろうか? 僕は『海辺のカフカ』という、とても面白く、僕の心を揺さぶり、今後何度も読み返すであろうこの小説は、『新・世界の終わりと〜』ではあっても、『続・世界の終わりと〜』ではない、と思っている。

 15歳の少年を主人公としたこの作品は、たしかに『世界の〜』とは違う、ある種の未来への希望(チープな表現ですみません(汗)。)を感じさせる作品だ。だけど春樹さんの言う「森の中のその後」は描けていないと僕は思う。あえてそういう言葉で表現するのなら「その後の森の中」のほうが適当かもしれない。僕はそう思う。そして『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』の続編を、いまでも待ち続けている僕がいます。(ん? ということは僕の予想もあながち外れでもなかったのかな――)


追伸
 犬や猫が突然語り出すという世界観は、僕の愛する松本大洋さんの世界観と通ずるものがあると以前から感じていました。そんな僕ですが、本作のカーネル・サンダースの登場には驚かされました。なぜなら松本大洋『花男』において、「父親の家を飛び出した少年がカーネル・サンダースにしゃべりかけられる描写」が存在するからです。村上春樹ファンと松本大洋ファンを兼任されている人は絶対に多い、と(根拠もなしに)確信している僕は思わずにんまりしたのでした。ちゃんちゃん♪




  • カート・ヴォネガット 『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』(再読)  ★★★★★
ローズウォーター財団 なにかお力に なれることは?(本文より)


 生まれながらの大富豪ローズウォーターさんは、生まれながらの恵まれない人々に対して、最低限生きていけるお金と、そして何かを分け与えようとするわけです。でも当たり前ですが、物事は単純にハッピーエンドへ導かれて行かないし、当然それだけの話だったら恐らく誰も読まないでしょうし、ヴォネガットの文章は(しばしば指摘される)単なるブラックユーモアの域にとどまらないのです。

 『アルジャーノンに花束を』のちゃーりぃを思い起こさせる印象を与える主人公の言動と物語は、読者にある種の諦観みたいなものを帯びているようにも受け取れるかもしれない。でも僕はそうではないと思うんです。「確かに世の中ひどいもんよ。でもくよくよしたってはじまらない。しっかりと両足をふんばって、新たな一歩踏み出してみようじゃないの」とヴォネガットに言われているように思うのです。僕はアーヴィング作品から感じるのと同様の励ましを、その師匠であるヴォネガットの作品からも感じるのです。




  • カート・ヴォネガット 『猫のゆりかご』(再読)  ★★★★☆
本書には真実はいっさいない。
「〈フォーマ〉を生きるよるべとしなさい。それはあなたを、勇敢で、親切で、健康で、幸福な人間にする」――『ボコノンの書』第1の書第5節(序文より)



 ヴォネガットの代表作と評価される、真実はいっさいない〈ボコノン教〉と我々人間との物語。個人的には、ヴォネガット作品の中で特に面白い一冊だとは思ってないですが、「あなたの宗教は何ですか?」と問われたら、「はいボコノン教です」ってとっさに答えてしまいかねない魅力があるのも確かです。内容は「とにかく読んでみて、気に入るか気に入らないか自分で決めてください」としか言えません。ヴォネッガットさんというのは、そうゆう(好き嫌いがはっきり分かれるだろうと容易に想像できる)タイプの作家なのだと思います。

 内容以外でも面白いのは目次(章のタイトル)なんです。サリンジャー『ナイン・ストーリーズ』の表題も良いと思いましたが、こちらも負けず劣らず良い塩梅です。これはもしかしたら、作品本体以外でアーヴィングや村上春樹をはじめ多くの作家に影響を与えた部分かもしれないですね。例えば「自動車にカットグラスの花瓶があったころ」「火星から来た人たち」「なぜアメリカ人は憎まれるか」「ジュリアン・キャッスル、すべては無意味だという点でニュートと意見の一致をみる」などなど。これらのタイトルから、作品の内容(雰囲気)をぴたりと想像できた人がいたらご報告ください。たぶん無理ですけど(笑)。




  • 梶井基次郎 『檸檬』 ★★★★☆
 桜の樹の下には、死体が埋まっている。(本文より)

 集英社文庫の本タイトルには、最初の数ページにわたり著者の梶井基次郎の写真や草稿が掲載されている。それらは、とても「檸檬」や「桜の樹の下には」などの繊細な短篇を生み出した人とは思えない風貌の青年が写っている。そこで読者をみつめる梶井基次郎さんは、どちらかというと、力持ちで気の優しいガキ大将といった姿をしている。

 僕も自慢ではないが、繊細な顔立ちをしていると言われたことは、生まれてこの方一度も無い。そんな僕は、梶井基次郎さんに、ほんのちょっと勇気をもらった。





2002年10月の読んだ本。
(小説4冊、合計4冊)

  • 村上春樹 『レキシントンの幽霊』(再読)  ★★★★★
「でも結局のところ、丘のてっぺんで、娘の身体の中身はもうすっかり蝿に食われてしまっていたわけだね?」(本文より)

 村上春樹さんの短篇集の再読。先月最新長篇の『海辺のカフカ』を読んだことが、何らか影響を及ぼしているのでしょうか、以前読んだ時よりもひとつひとつの作品が心にしみてきたように思います。記憶よりも、ずっと面白い短篇集でした。今回は特に「めくらやなぎと、眠る女」が印象的でした。ジョン・フォードの『アパッチ砦』、いつか必ず観よう。




  • 長嶋有 『猛スピードで母は』  ★★★☆☆
 何回か前の芥川賞をとった作品です。「この作品は芥川賞をとったから読もう!」とかってことは、僕の(ねじくれてこんがらがった)性格上普段は殆どありえないことなのです。でもこの本の場合、図書館の棚で見たときタイトルが何となしにうちのサイトに似ている気がして思わず借りてしまっていまったとゆう、そんな一冊です。

 「サイドカーに犬」という作品と表題作の「猛スピードで母は」というふたつの中篇(アーヴィングファン的には長めの短篇かな?)が収められています。どちらも家族が主なテーマな作品ですが、僕は「猛スピードでー」の息子と母の距離感になんとも言えない複雑な気分になりました。生きていくのって大変です。




  • 福井晴敏 『川の深さは』  ★★★★☆
 あなたの目の前に川が流れています。深さはどれくらいあるでしょう?
 (本文より)


 長嶋さんに続いて、この方もはじめて読まさせてもらった作家さんです。阪神淡路大震災や地下鉄テロ事件、北朝鮮の工作船事件など、実際に起こった(そして今現在においても何も解決していない)事件をモチーフに物語は展開されてきます。元マル暴刑事(現在しがない警備員)のおっちゃんが、やくざに追われて重症を負った青年とその彼女をかくまうところから物語は展開していくのですが、なにしろあれよあれよと言う間に話はスケールアップしていく、読者に息をつかせぬスピーディな展開は痛快です!

 読み方によっては重苦くなりがちな題材を扱った作品ですが、人間の暗黒面だけではなく、日の当たる暖かな部分も確実にあるんだ。と主張している作品に仕上がっていたと思います。(しかしエピローグで明らかにされる事実。「青年! あんた格好良いよ」




  • 金城一紀 『GO』  ★★★★★
「クルパーはさ、もったいない生き方をしたほうがいいと思うよ」(本文より)

 読み始めて10分くらいで、「これは面白い」と感じた。僕の好きな村上龍『69』のような作品だ。シンプルなタイトルも似ているけど、底抜けに明るく痛快な作風は、まさにうりふたつというやつだ。そのうえ主人公の杉原はジョン・アーヴィングの小説を読んでいるいいやつなのだ。

 この作品はどこを切っても面白いけれど、そのなかで敢えて好きな場面を挙げるなら、それは「杉原と若いお巡りさんの深夜の語らい」の場面。 「うん。俺も分かるような気がするよ」

――人生って悪くない。そうゆう小説が僕は好きだ。

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