『ウォーターメソッドマン』  The Water Method Man



<解説>


 「ウォーターメソッドマン」は大人になりきれない男がなんとか大人になろうと悪戦苦闘するコミカル、かつ、シリアスな青春小説である。ハックルベリィ・フィンが現代に現れ、うっかり結婚して家庭を持ったらこうなるんじゃないかといった子供っぽい魅力にあふれた現代の寓話である。

 本書のユニークな点として大胆なスタイルの上の実験(あるいはスタイルなどにとらわれない奔放さ)があげられる。まず、主人公のボーカス・トランパーの物語にしても章ごとに人称が変化したり、時間の順序が入れ替わったりして物語られる。それに加えて、神話、映画のシナリオ、さまざまな手紙等の多様なテキストが随所に散りばめられてこの物語は構成されているのである。

 さて、話は主人公のトランパーの現在のニューヨークでの生活から始まる。結婚生活に破れた彼は旧友ラルフ・バッカーのもとにころがり込み、ラルフが監督しているアンダーグラウンド・シネマの製作を手伝っている。平行して古代低地ノルウェイ語というおよそ冗談じみた言葉で書かれた『アクセルトとグンネル』という神話を研究していたかつての大学院時代の生活が語られていく。そしてさらに、最初の妻であったビギーとの結婚に至るまでの顛末、父親に勘当されたため自立を余儀なくされた妻と子とのアイオワでの生活、フットボールの試合場でのアルバイト、今のニューヨークでのトゥルペンという女性との同棲生活の日々がユーモラスな誇張や脱線を交えながら描き出されていく。



 ビギーとの結婚生活に疲れたトランパーは、旧友のメリル・オーヴァーターフを捜しに妻子を残してヨーロッパへ家出してしまう。ハッシシの闇取引の騒動に巻き込まれたりしながらも、彼はメリルの姿を求めてウィーンの街を彷徨する。アイオワに戻ってみると、妻のビギーは息子のコルムを連れて親友のクースと新しい生活を始めている。行き場を失った彼はニューヨークで友人のラルフの映画作りを手伝うことになる。表面的にしか人と付き合おうとしないボーカスの人物に興味を覚えたラルフは、彼を主人公にした「ファッキング・アップ」という映画を撮り始める。

 アーヴィングの作品は、傷だらけの人間に満ちている。

 「ガープの世界」では、ガープ一家は車の事故に遭い、強姦という男の暴力に抗議して自らの舌をかみ切ってしまう女たちが登場する。「ホテル・ニューハンプシャー」でも身長の伸びない次女リリィや耳の不自由な三男エッグ、テロリストの爆弾のために失明する父親の姿が描かれている。風変わりで愛すべき人物である彼らにとって、そうした身体レベルの傷は外界にうまく適応できない人間の周囲に対する違和感の表れなのであろう。

 さて、アーヴィングにおけるこうした”傷だらけの人間たち”のもっとも初期の例が、「ウォーターメソッドマン」なのである。常に周囲の人間を傷つけ続けてきた主人公のトランパーは、最後になって逃げることをやめ、現実を受け入れて社会的にコミットした人間となる。家庭の人となった彼は、暴力があふれかえったアメリカの社会のなかで敢然と家族を守る人”ガープ”へと変身することであろう。


                                国書刊行会版 T・U より



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