『ガープの世界』  the world according to garp



<解説>


 子供は欲しい。だが結婚はしたくない。そう考えた看護婦が、全身を包帯をまきつけて入院していた技術軍曹から「欲望なし」で精液をもらいうける。これがT・S・ガープの由来である。やがて母が学校看護婦として住み込んだ名門校にガープも学び、レスリングに熱中する。だが、コーチの娘ヘレンに作家のほうが好きといわれたことから作家志望に変わる。さて、18歳でガープは、母ともどもウィーンに移り、母は自伝の、ガープは小説の執筆にとりかかる。そして自伝『性の容疑者』は超ベストセラーとなり、8カ国語に翻訳され、母は初めての女性運動化に祭り上げられ、まわりにフェミニスト、性転換した巨漢の元フットボールのプレイヤー、強姦され、舌を切られた少女の事件に抗議して自らの舌を切り取るエレン・ジェイムス党員たちが集まってくる。

 一方、やがて傑作となるガープの『ペンション・グリルパルツアー』には、ガープ的世界をシンボリックに背負う一輪車に乗る訓練された熊が登場する。

 噴き出すような悪趣味な冗談、誇張されたユーモア、ディケンズ張りの読みやすい巧みなプロットを駆使して、ガープから見た、ガープを囲む、ガープの世界を築いて、「ガープは実在する」のスローガンとともに、商業的にも、文学的名声においてもすざまじい事件と化した話題作。


 やがてヘレンと結婚したガープは、ふたりの男の子の父となる。ところで、話はここで急転換する。州立大学で助教授をしているヘレンが、車の中で浮気相手の学生といたところへ、子供たちと映画帰りのガープの車が追突したのだ、一人の子供は死に、もう一人は左眼をえぐられ、ガープは顎を折り、舌を滅茶苦茶に切って針金で口を縛っている。ヘレンも鼻がつぶれ、首を痛め、歯を折ったーーちょうどくわえていた相手のペニスを4分の3も噛み切ってしまったのだ。こうして家族は、母の邸で療養することになる。そしてガープは、本書と同じように猥雑で、センセーショナルな暴力と救いのないセックスと、優しくて、道徳的で、血まみれなメロドラマを装った『ベンセンヘイバーの世界』を書きはじめるのだ。そしてやはり本書と同じように金と名声と非難中傷をもたらすのだ。

 やがて母は、ニューハンプシャー州知事選の応援演説中に暗殺される。母の葬式の帰りに会ったエレン・ジェイムスを養女にすることにしたガープも、それから端を発してエレン・ジェイムス党員の凶弾を浴びることになる。

 マルクスは「歴史は二度繰り返す。始めは喜劇として、次に悲劇として」と言った。だが、「人間の抱えている問題は、しばしばこっけいであり、にもかかわらず悲しいもの」だと考えるガープの世界では、悲劇と喜劇はごっちゃにもつれながら、童子にそのつど配分を変えながら繰り返すのだ。つまり、繰り返すとも、繰り返さないともいえるというわけだ。

 
                                    サンリオ版 (上下) より





 この小説の複雑かつユニークなストーリーを文章で説明するのはおそろしく困難である。

 …つまり一人の男が生まれるべくして生まれ、数奇な運命を辿り、死ぬべくして死んでいく物語である。その全体を彩るものは誇張されたコメディーと誇張された暴力であり、登場人物のそれぞれはまんべんなくそのふたつの洗礼を受けることになる。
                                          
                                   村上春樹
                                 「反現代であることの現代性」より



・映画『ガープの世界』     1982年・米

監督:ジョージ・ロイ・ヒル

出演: ロビン・ウィリアムズ(T・S・ガープ)
    メアリー・ベス・ハート(ヘレン)
    グレン・クローズ(ジェニー・フィールズ)
    ジョン・リスゴー(ロバータ)

受賞: 1982年アカデミー賞
    助演男優賞  ジョン・リスゴー
    助演女優賞  グレン・クローズ

<コラム>T・S・ガープの作品


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