
鮮烈なバイオレンス描写と息をもつかせぬ展開でマンガ界に新境地を開く衝撃作
『ザ・ワールド・イズ・マイン』。かつては『宮本から君へ』の作者であった新井英樹
は何も考えこのような世界を描くのか?っていうかどんな人なんだ新井英樹!?
謎が謎を呼ぶ作者にナマの声が聞きたい、と都内某仕事場へと足を運んだのでした。
名作『宮本から君へ』が生まれるまで
■新井さんは漫画家をやり始めて、もう引き下がれないと思ってるんですか。
新井 戻る戻らないの意味?もう、サラリーマンは無理だと思ってるから。
■新井 漫画家になる前は何をやってたんですか?
新井 『宮本から君へ』っていう漫画を「モーニング」でやってたんですけど、その主人公が勤めてた会社が、そのまんま
自分が一年間だけ行ってた文具の営業の会社なんです。
■出身はどちらなんですか。
新井 出身は神奈川です。東横線の大倉山ってところ。漫画家になろうってのは小学校から決めてたんだけど、一浪して
明治行って、大学行ったら遊んじゃって、原稿用紙に何も描かなかった。だから就職の時期になっても、今さら漫画家にな
るっていうのもムシがいいだろうと思って。就職してから、最初はちゃんとやろうと思ったんだけど、やっぱね、仕事全然覚え
なくって。おかしくないのに笑うことができなかったんですよ、営業なのに。一年くらいでもう、「だーめだぁ」と思って、漫画家
になるっていう理由で会社やめた。そしたら1本目で描いたやつが「モーニング」の賞に引っかかってくれて・・・・・・。
■それが初めて描いたものなんですか?
新井 原稿用紙にちゃんと描いたのって、会社辞めてからなんです。持ってったら、賞の方にまわしとくって言われた。そし
たら入選かなんかもらえて、編集部に持っていったときにプロの原稿を見たんですよ。小林まことさんの『What's
Michel?』を
見せられたんですけど、もうむちゃくちゃ絵が上手くて、そのままシールにして貼れるんじゃないかってくらい綺麗。これはも
ちょっともう、考え直さなきゃと思って。それから賞をとった次の春まで鳴かず飛ばず。で、春に描いたのが「アフタヌーン」の
四季賞に知らない間にまわされてて、大賞を取った。それはラグビーの15分の休憩の話なんだけどその後1年くらい連載し
て単行本になった。そしたら、すぐに「モーニング」で若いサラリーマンの読み切りを描かないかって言われて描いたら、今度
はそれをシリーズでやらないかって言われて。それが6、7本たったあたりで、3週連続とかでやらないか、10週連続にしない
か、って言われて、気がついたら、最初の原稿上がったときに、新井さん、一応連載になりましたからって(笑)。
■サラリーマン時代の経験が結構生きてますか。
新井 わかんないから元の会社にさんざん電話して。ほかのやつらに「お前こんなに仕事知ってたか?」っていわれた。
だって、ファックス流せるようになったのって、漫画描いてからだから。会社にいるときはファックスのし方がわからなかった。
元々サラリーマンの漫画を描けって言われてたんだけど、タイトルも「宮本から君へ」ってタイトルだったし、別に
「サラリーマン宮本!」っていうんじゃないから、とりあえず宮本が出てれば成立するわけ。何だかわからない漫画にしたい
っていうのは、そのときからありましたね。とにかく、ジャンルを決められるのがずっと嫌いだったから。よく漫画評論でも、
何々漫画ってジャンル分けあるじゃないですか。サラリーマン漫画で「宮本〜」が入るっていうのも、取り上げてくれるぶん
には嬉しいんだけど、同じカテゴリーに決め付けられちゃうのが嫌で。途中からずっとサラリーマン漫画じゃなくて喧嘩の話が
ずっと続いてたりするし。宮本の彼女がレイプされたのをきっかけに喧嘩ばっかりやって、その間、人気が落ちる落ちる(笑)。
でも喧嘩が始まって、途中で主人公がいきなり攻勢出たってところでボーンと人気が上がったから、ラストの方は読者投票的
には人気があったみたいなんだけど。打ち切りって急に言われても難しいから、一巻分描かせてくれないかって頼み込んだ。
■そこが一番おもしろいんですよ。
新井 凄かったですね。反響が。100回記念巻頭カラーでレイプさせたんですけど、それまでこのマンガではレイプが出てく
る展開はほぼありえなかったから、講義の嵐。「もう2度と読まない」とか「単行本も買わないし、モーニングの良識を疑う」とか。
■賛否両論ではないんですか。
新井 なかったですね。編集のあいだでも嫌がられてたし。俺はそれが面白いと思ったけど。「宮本〜」やってる最中に
小学館漫画賞をもらったときも、その週から上に受賞のアオリが入るって言われたから、その真下でフェラチオしてるシーンに
しようとか・・・・・・。とにかく、誤解されまくってましたからね。アシスタントも主人公みたいな人だったらやだなって思って来るら
しいんですよ。主人公の宮本って、とにかく暑苦しいんですよ。俺だってそいつが横にいたらうっとうしいっていうような。不潔で、
自分の正義でしか動かないっていうか、すぐにわめく泣く。で、その主人公と描いてる俺を同一視されちゃいがちだったのが、
キツくて、もうとにかく誤解をときたいってのがあった。全然自分と別の人種とは思わないけど、少なくとも自分が描いてるから
どっかから、出てるものではあるんだけど、そのまんま同じっていうのはないですね。
人間を描いていると話がどんどんふくらんでいく
新井 その後、「スピリッツ」と「ヤングサンデー」と「スペリオール」で読み切りをやるって話があって迷ってたんだけど、
「じゃあ全部受けます」。3個読み切りやったらすぐ「モーニング」で描くはずだったんだけど、「スピリッツ」の『愛しのアイリーン』
が6巻分続きましたね。
■新井さんはストーリーで漫画を考えない。だから描くのは人間なんですよ。人間にこだわってると、だんだん伸びちゃうんですよ。
新井 主人公よりワキ描くのが好きだから。それがわかりづらいって言われる、ひとつの要素なんだけど。基本的にワキって、
物語の責任を持たないから、無責任なセリフが吐けるんですよ。自分が作ろうとしているものを、ワキが壊してくれるのが楽しく
てしょうがなくって。だから連載やってても途中で壊したくて壊したくて。だから最初の頃、レイプで非難浴びたときには快感でした。
ふつうに考えたら「スピリッツ」で『愛しのアイリーン』はやんないですよね。嫌がらせでやったとしか思われない。『愛しのアイリ
ーン』をやるときに言われましたからね、「なんでスピリッツで、42歳の女日照りでフィリピ―ナと結婚する男が主人公で、じいさん
ばあさんしか出てこないような話なんだ」って。担当の人がちょっと変な人(笑)で、最初俺は「読み切りで女の話を描きたい」って
言ってた。女同士の戦いだったら年齢差もあったほうがいいのかなって話したら、国際結婚を金でできるっていうのがあって、
ばあさんとフィリピ―ナでどうだって話になった。どうせ読み切りやるんだったら、自分の何にも知らないことだけ描こうと。フィリ
ピ―ナも知らないし、国際結婚も関係ないし、自分がパチンコに興味ないから、男の主人公はパチンコ屋にしよう、田舎知らない
からどこかの田舎っていうことでやり始めた。あれも打ち切りになって、1巻ぶん伸ばしてもらったんですよね。その次は
「ヤングサンデー」でボクシングものをやろうって、取材に行ったりしてたんですよ。話もだいたい決まってて、いざ始まるって時
に「読みきりの予定だったけど、新井さんがボクシングを描いたら絶対長くなりますから」って言われて。で「こんなのどうですか」
って吉村昭が書いた『熊嵐(くまあらし)』って小説を渡された。なんで老ハンターと熊撃ちの話をやるんだろうと思って読んだら、
むっちゃくちゃ面白くて怖かったんです。でも、それって『老人と海』から続く結構ありがちなパターンじゃないですか。どうせやるな
ら、そこにB級で派手に銀行強盗とか、バカみたいのが出てきて、バシバシ絡めたらどうだろうって、『ワールド・イズ・マイン』も
読み切りって言ってて、120ページで終わるはずだったんですよ、予定では。それが今みたいになっちゃった。自衛隊も何回か
行かせてもらって、広報の人とかに会ったんだけど、一応ストーリーに沿って話し聞かなきゃならないでしょ。でも「怪獣」って言え
ないんですよ、恥ずかしくって。「すいません、ほんとバカみたいな設定なんですけど……」って、前置きしてからじゃないと怪獣っ
て言葉が出ない。逆に自衛隊の人の方が、そういう取材に慣れてて、「怪獣が出た場合はこうこうこうですよ」って。
■そうでしょうね、怪獣ものは自衛隊がつきものですから。
新井 防衛庁叩かれてたじゃないですか、汚職とか。でも防衛庁の長官室も撮らせてもらえた。
「長官がこの日の何時出かけているから撮ってください」って。
■そういうとこ行くんだ。うわあ、怖えなあ。
新井 怪獣映画では『ガメラ』とか好きだけど、やっぱね、信じられないのが、こんな俺でさえ自衛隊に行って怪獣って言うのが
恥ずかしいのに、映画に怪獣が出てくると、みんな真剣にいきなり名前つけて呼ぶじゃないですか。「ガメラが、ギオンが、」って。
普通の常識持った大人だったら言えないんじゃないか?どうなんだろう、そのへん。実際に避難命令とかがあったら、認めざるを
得ないんだけど、しばらくは信じ込むのに時間がかかるだろうし、テレビに映っても信用しないでしょう。
■テレビに映ったらそう思うんでしょうねぇ。
新井 もし自分で怪獣映画を撮るようなことがあったら、えらい長いバージョンなんだけど、みんなが動き出すまでに、「いや俺は
信用しない」って奴がもう少しいるだろうって。その時にいろいろなお偉いさんが出てくるじゃないですか、県知事とか、自衛隊の幹部
とか、総理大臣とか。とにかく、どういう感覚なのかなあっていうのを打ち合わせで話して、でも実際描いてみると、こんな早い対応
できるわけないとか考える。
編集 こんなに漫画を考えてる人はあんまりいない。
予定調和の物語よりも読者を裏切ってゆく話を描きたい
新井 こっちはわけのわかんない話とわけのわかんないやつらが出てきて、どういう話になるかわかんないまま、続けたいって
いうのがあって、でもそれをやると読み手はわかんない。三拍子も揃ってるわけだから(笑)。
■バランスがとれればいいんですけどね。
新井 俺、新連載が始まったときに、《主人公が何々する漫画です》、ってのが見えちゃうと読む気がなくなっちゃうんですよ。
行き着く先がもうこの辺なんだろうなって見えちゃう。よっぽどハミ出してくれそうな雰囲気だったり、主人公のキャラが立ってる
とかなら別だけど。その点、梶原一騎はどこ行くかわかんないですからね。
高校野球とか、何かスポーツものが始まったら、甲子園優勝とか、人気があるなら連載伸ばしてプロに行くのかな、ってある
じゃないですか。途中で甲子園行けるかも知んないって時に、「もう俺は飽きたから辞めるよ」って、他の展開になるような強烈
な主人公がいれば、それはそれで別なんだけど。主人公がこういう奴ですっていっても、そんな作者の思い通りには進むわけ
がない。「こんなセリフを最後に言わせて引こう」とか担当と打ち合わせをやるんだけど、いざネームを描き出すと、
「じゃあここであのセリフを」って出そうとしても言わせられないんですよ。作者の都合でセリフは準備してるけど、この流れで
主人公はこのセリフを吐くわけはない、そうすると考えてたことと違う方向に話が進んでいっちゃうってのがある。
■全体の構成、プロットとか考えてるわけじゃないんですか?
新井 一応『ワールド・イズ・マイン』も大きな流れは最後まで考えてあるけど、細かいところはどんどんどんどん変わっち
ゃってますね。ラストも頭の中にあるんですよ。でもこの先どうなるかはわからない。
編集 ほんとは、ヒグマドンとモンちゃんって、別に会わすつもりはなかった・・・・・。
新井 最後まで会わないっていうのもありなのかなあって、最初おぼろげに全体のイメージがあったけど、はっきりさせて
なくて、とりあえずスタートって感じではじめた。1年ちょっと前に「ラストこんな感じがいい」っていうのが決まってからは多少
ディテールの変化はあっても、あんまり変わってないと思う。
■今、佳境って感じじゃないですか。
新井 もう何度も言われてるけど、佳境じゃないんですよ。警察署襲撃編の時にも、「もうじき最終回?」って言われたし、
山ん中で殺されたときも、「クライマックス?」って。そういう風に、「どうすんの?」って状態で、いってくれるといいなあって思う。
編集 新井さんが100パーセント理解してないですよね。
新井 かもしんないっすね。
■どこか別の場所にあって、それをのぞき見してる感じですか。
新井 のぞき見てるまでは行かないけど、なるべく、今までの分で言うと、引いて見てたほうがいいかなっていうのはある。
『ザ・ワールド・イズ・マイン』を描きはじめたとき、子供が生まれる頃だったんですよ。丸くなったって言われたくなくって、
だからどうせやるなら、女子供をとにかくめちゃくちゃ殺そう、もう基本的に男だけでやろうやろうって思った。
物語のためのキャラクターでなく、本当の人間の姿があるはず
新井 基本的には、誰も自分が思ってるほど、人が自分のことを考えてるなんて思ったら大間違いだ、っていうのがあって。
ただ物語の主人公であっても、その物語で描かれる「世界の主人公」ではないんだ、っていうのがある。何で個人個人みんな
人生やってるのに、ここまで主人公に肩入れするの、っていうのがダメなんすよ。だから『ターミネーター2』で黒人の博士が、
急に命投げたシーン、どう考えたってあれ変でしょう。いきなり来たやつらに、「そうか俺が間違ってた。俺も闘うぜ、俺の命は
いいよ」って。それが、物語のための人間であって、俺は嫌なんすよ。
■キャラクターが先にあって、それによって自然に物語が出来るってのが、リアルな形だ、っていうことですよね。
新井 別にリアルなものを目指してるつもりはないんだけど、漫画の中でギリギリのハッタリ描こうっていっても、基本のラインが
自分のなかでちゃんとしてないと。特に出てくる人間が、この人ほんとにいます、って感じじゃないと、ダメっていうのがあるから。
■それまでと違って『ザ・ワールド・イズ・マイン』だと、もう出てこないと思った人物が後から出て来ますよね。
新井 あれは結構意識して。『ザ・ワールド・イズ・マイン』は、今までの俺の漫画読んでいいって思った人とは違う人を引っかけ
ようと思ってやってたから。個人個人がポコポコ出てきては、引っ込んで出てきては引っ込んで、終わるとひとつの漫画になって
るっていう感じがやりたいなって。そうすっと、べったり出てくる奴が、ずーっとグチャグチャグチャグチャやってんじゃないから、
今までに比べたら暑苦しいとは言われないだろうし。俺としては、いろんな人が描けて読み手がくっつくんだったら、そんなに幸せ
なことはないから。こんな人が自分の漫画に出てきましたとか、作りましたっていうのが描けると、それは一番楽しいから。物語
よりも、少なくともチョイ役だけど、ここに出てきた人は確実に俺ん中で生きてると思ったら、それはすごい嬉しいことで。
■新井さんの作品で、兄弟姉妹が登場する人物って少ないですよね。
新井 ああ、それはありますね。まあ、出てくると描いちゃうから、長くなるっていうのがあって出さないと。近所にいる人とか出
てくるやつらが、人生の中でも、精神的にも、肉体的にもからんでる状態っていうのが好きなんだけど、俺ん中にその要素がな
いなあって憧れで描いちゃうんですよ。そのギトギトした人間関係っていうのを。たぶん俺がね、ジャンプでよく描かれてた友情
っていうのを、あんまり信じてないっていうのかな。信じても裏切られるもんだっていうか。だから仲間を描いてても、基本的には
個人個人、独立した形で生きてて、たまたま何かがあるときに一緒に何かするとか、そういうことくらいで。ほんとは、もしかしたら
そういうことの積み重ねのうちに、なんか友情みたいなのとか、男と女だったら愛情って呼ばれる・・・・・っていうか愛は信じない
けど情は好きなんすよ。そっちみたいのが描けるっていうんだったらいいなあって憧れがあって。その濃い部分に憧れてて、まあ
兄弟なんかは濃くないんだろうなあ、っていうのが一番あって。
■新井さん、兄弟よりやっぱり親子の方が・・・・・。
新井 親子は逃げらんないって気がするんですよ。特に母親と子供っていうのは。兄弟ってほんとに他人になる奴って他人に
なるじゃないですか。父親も別だとしても、母親から生まれてきちゃったってことだけは、どうにもならんよなあっていう。どんなに
憎んでても、その関係っていうのは否定できないだろうってのがあるから、そっちは信じざるを得ないんだけど。後は基本的に、
ちゃんと自分持ってたら、人と人はベタベタしないだろうっていう。よくドラマで描かれるような、あんな傷の舐め合いっていうか、
力の貸し借りのやり方って、そんな甘ちょろいことはやんないだろうって。そういう、ハナからこんなに繋がってますっていうのは
描けない、っていうのがあんのかも知んないすね。
新井英樹が気になる漫画、音楽、映画、小説
■最近気になるものはありますか。
新井 華倫変、いいと思った。ジョージ秋山の『捨てがたき人々。』すぎむらしんいちさんとか、さそうあきらさんとか。
すごいなあって。いましろたかしさんも、俺の中ではでかい。あとはやっぱ、つげ義春さんの『ねじ式』とか「紅い花』とかもそう
なんだけど、その後の作品はすごいなあと思って。《枯れ方》っていうか、《枯れた目で見た人の描き方》っていうのは、ホント
お見事っていうくらい、上手いっすね。話も面白いのに、人物もこれだけ立つかっていう。
音楽だと、宇多田ヒカル、ミッシェル・ガン・エレファント。宇多田にはね、征伐してほしいなあと思って、日本に蔓延している
鬱陶しい奴等を。才能の違いっていうのはこういうもんなんかっていうのを知らしめて欲しいなあっていう。
■映画は見るんですか。
新井 映画は好きですね。本数はほとんど見れなくなっちゃってるけど、『スターシップ・トゥルーパーズ』はキましたね。
あれは世界のバカのあれを測るバロメーターっていうか、どれだけバカが世界にいるかっていうのを知らしめた映画なんだ
ろうなあ。『プライベートライアン』だったら、『スターシップ・トゥルーパーズ』の方が数段上だと思ってるし、描いてることも、
意図してることが、かなり上だよなあっていうのがある。あとは去年だと、『LAコンフィデンシャル』。俺の中ではここ数年一番
完成度高かったかな。
小説はね、『血と骨』。ここ数年のベストなんだけど、梁石日って『月はどっちに出ている』の原作書いてた人が、去年書いた、
自分の父親か何かをモデルにして書いたんだけど、それはね、キャラ立ちまくり。暴力っていうか自分の欲望を満たすため
だけに生きてる男っていうのの、戦前から戦後までの話。死ぬまでの話、書いてるんだけど、かなり俺のコンスタントな
ヒーロー像としての、5本にもう必ず入ってくる。この上なく、そばにいたら迷惑なやつ。ほめるべきところはほとんどないやつ。
■ひとつもないですよね。
新井 『血と骨』はね、趣味でやれるんなら描きたいなあっていう。漫画で。
■原作つきでやるにしても、抵抗はないみたいですね。
新井 原作でかまわないですよ。かまわないんだけど、だって俺の描き方だったら、どんだけ資料が必要かっていうのと、
読者があれを受け入れるかっていうと、受け入れないだろうっていう。だって編集とかやってる人達とか作り手でさえ好き
嫌い分かれるぐらい強烈だから。あれは是非、読んでもらいたいですね。むちゃくちゃ濃いし。
性的なモラルが崩壊寸前!羞恥心が残っている熟女
新井 俺ほんとはね、シモの方の話って描きたくて。でも風俗やなんかって、ほとんど行ったことないんですよ。1回だけ
ソープ連れてかれたときに、つき合ってる彼女のこと考えちゃって、で、結局ソープ嬢と話してて、使いもんになんない。
「すいません、今日いいっす」つって、そのままずっと話してて終わっちゃって。それから、面白さがわかんないとかその
当時は言ってたんだけど、いまでも、どうなんだろうってのはある。ただそういうこと描きたいことは描きたいんすよ。面白
そうだなって。で、カミさんからも許可は出てて。行ってきて構わないって言うんだけど、先生がいないと。
■新井さん一部ではババア好きだと思われてるでしょ。
新井 たぶん。ケン月影って知ってます?あの人は好きなんですよ。俺の中では熟女でも、性的なモラルが、なんて
言うんだろ、壊れるか壊れないかくらいの人で、「あ、こんな若い子と、こんなことしちゃって私いいのかしら」って迷いが
あるくらいの、羞恥心を見せられる瞬間っていうのが、いいなあという。「やろうやろう」ってパーッと脚開かれるんじゃな
くて、これは恥ずかしいことっていう意識がまだ残ってる世代の、おばちゃんを見たい。
■そういうところが新井さんのSでありMであるところなんですかね。
新井 俺は完全にマゾじゃなくて、Sまじりだと思うんです。たいがい、SかMかっていったら、両方持ってますよね、みんな。
完璧マゾってないでしょう。マゾっていうのは、いじめられるツボのpやり方も知ってるから、それはそれで楽しいんじゃない
かなあと思うんだけど。
■いじめさせてやってんだ、っつう。
新井 そうそう、どっかで。だから完全なサドと完全なマゾは、一緒になれないっていうあれですよね。サドは完全なマゾ
を、いじめても、それが相手の悦びだってわかると、ダメなわけだし・・・・。原体験とまではいかないけど、高校の時に友達
が遊びに来て、ベットの上で縛られたんですよ。そん時に友達が「わーSMだー」って言いながらベルトで俺をパチンと叩い
たときに、ゾゾゾって来て、そん時に「ヤバい、封印しよう。まずいかもしれんぞ」って。だからマゾの気持ちを否定はしたく
ない。そういう系のビデオで好きなのが、平口広美がまず口で、めちゃくちゃ罵って、最後にその不細工な女がべーべー泣
いて、いいから食えよ食えよって、食い物を顔中に塗ったくられて、それでも泣き続けてて。それ見たときにも精神的に追い
つめられてる女にゾゾゾっと来て。だから俺、1回自分のたががはずれちゃうと、いやだなあって。後で後悔するんだけど、
もう徹底して相手がここを言われたら絶対嫌がるだろうってことを、もうネチネチネチネチ、次から次へと言葉でなじって、
泣かすまでやる。
■ああ、それは好きなんだ。
新井 それは好きなんすよ。暴力でどうこうっていうのは、興味なんだけど。言葉でネチネチ言って泣くっていうのは、
『愛と幻想のファシズム』で変な女を延々になじり続けるシーンがあって、あそこはゲラゲラ笑いながら読みましたね。
楽じゃないけど面白い。映画はそうはいかないけど。
■漫画はビジネスですか。
新井 ビジネスであってオッケーなんだけど、こんなかったるいこともない。他に楽して稼げて生活していけるんだったら、
そういう商売でいいんだろうけど、ただ面白いって部分はあるから、どうなんだろ。仕事じゃなきゃいけないっていうの
ないですね。趣味も、漫画も楽しいからやってるわけで。
■新井さん、映画監督でなんか撮るのはどうですか。
新井 ダメダメ。もろもろ考えることが多いでしょ。金の面とか。漫画だったら、アシスタント料払えばビル2、3個、町ごと
ブッ壊すこともできるけど、映画でやるってのはどうするんだっていう。たぶん、漫画家が映画撮りますって言ったら、
ヤな顔する映画業界の人達って多いでしょ。いきなり横から来やがってって。ほんとは撮りたくて漫画家になったんです
けどね。いつか映画が撮りたいって、漫画で売れるか有名になれば、なんか映画撮らせてくれるんじゃねえかなあと
思ってた。
■『タイタニック』だって本気で作ってるわけじゃないと思うんですよ、わざとああいう話にしてある。それが世界的にヒットする。
そういうのを見てストレスってありませんか。
新井 編集さんにはあると思うんですけどね。
編集 僕は新井さんがどんなに一生懸命漫画をやってるかっていうのを知ってるから、その部分は大きいですね。こんな一生
懸命やってるのに、これぐらいしか売れないっていうと、それはなんかこっちでやり方を考えたり、ページを作ったり、オビをつけ
たりとか何でもいいんですけど、何か細工してちょっとでも売れたりとか、インタビューをこうやってやったりするのも、そういう
一環なんですよ。
新井 去年、ラストをこんな感じにしようって決まる前までは、インタビューは一切受けないって姿勢ででずーっと来てたんだけ
ど、あんまりに売れなくて。しかも絵が込み入ってるから、アシスタントをあまりにも使って、金も渡したせいで、毎週毎週アシスタ
ント料を払うと、銀行の口座に全財産が6万とか8万しか残らなくなって、どうすんだろう、この先、と思った。これは、もうインタビュ
ーとか受けたり、前に出てって少しでも宣伝になって売れるんであれば、外にとにかく知らせようって。今ではもうやっちゃってる、
その当時さんざん言ってたのが、インタビューを受けて、今描いてるものとか、前に描いてるものとか話しちゃうといいわけしてる
みたいで格好悪いなあっていうのがある。だから一番格好悪いのが、漫画を読んでもそんなこと全然伝わってないのに、実はこれ
はこんなことを描いてたんですよとか、こんなことをやろうと思ってるんですって。それはないだろう、言っちゃたら終わりだろう、
っていうのがどうしてもある。で、後は出てしゃべるとバカがバレるっていうのが怖いなっていう(笑)。
[99年1月29日 新井先生の仕事場にて]