「昆虫学」Q&A(2025年前期)
7/2授業後の質問から
[質問]「酢を水で薄めて防除に使うのは物理的防除でしょうか?」
[回答] これは簡単なようで難しい質問です。というのは、酢の希釈溶液がどういう作用で虫を殺すのかによると思います。普通に考えると、酢の成分が害虫の種類によっては殺虫作用、或いは摂食阻害作用として働き、防除効果があるというものです。これは、実際に有効なようで、特定防除資材として市販されています。食害抑制だけでなく、産卵抑制も可能であると言われているようです。病気などに対する抵抗力アップにもなるようで、害虫の種類によっては効果が異なると思われるので、色々試してみるといいかもしれません。ということで、これは酢の化学成分としての作用ですので化学的防除です。散布した葉の表面が粘着性物質のようになり、これに足を取られて死ぬることがあるとすれば、これは物理的防除になると思います。
6/18授業後の質問から
[質問]「アゲハの臭角(osmeterium)はどのようなもので何のために出すのでしょうか?」
[回答] いやなにおいであることは言ったかも知れませんが、機能については特には言わなかったように思います。これはアゲハチョウ科の幼虫が持つ防御物質の分泌腺です。外敵に襲われそうになったときに、これを出して威嚇すると同時ににおいを発散して、捕食者を撃退するものです。人がアゲハの幼虫に触ってこれが出るのはよく知られているので、皆さんも経験していると思います。この臭角が出す物質は、モノテルペン、セスキテルペン、低級脂肪酸およびそのエステル類に分類されるようです(本田、1990)。本田先生達が防御効果をアリを使って調べたところ、忌避作用や毒性を示したといいます。皆さんも今度アゲハの幼虫を見つけたら、においを嗅いでみてください。
6/11授業後の質問から
[質問]「ゴキブリの卵鞘、カマキリの卵嚢とありますが、カマキリの卵鞘ではないですか?」
[回答] 確かに紛らわしい用語かも知れません。ネット検索で見てみると、卵鞘と卵嚢の両方が出てきますね。ゴキブリは、ほぼ卵鞘と決まっているようです。ここで、「鞘(さや)」と「嚢(ふくろ)」の違いについて調べて見ましょうか。「鞘」は刀のサヤやソラマメのサヤに使われるように、何かを守るために堅めのカバーの様なもので包み込んでいるニュアンスですね。「嚢」の方は、いわゆる袋(ふくろ)ですね。今まで習った昆虫学の専門用語で出てきたのは、「素のう」(漢字で書くと素嚢)、「胃盲のう」(漢字で書くと胃盲嚢)、「貯精嚢」、「受精嚢」です。これらは資料の図を見ても分かるように、袋状のものです。カマキリの卵嚢に戻りますと、形から言うと「嚢」ですが、中身を守る意味で「鞘」の要素もありそうですね。ということで、カマキリの卵嚢は卵鞘でもOKということになります。
5/28授業後の質問から
[質問]「学期末試験の形式はどのようなものでしょうか?」
[回答] この質問は、通常は6月末の試験の2ー3週間前にもらう質問です。気の早い学生はそろそろ気になって準備しなくては、と思う気持ちは分かります。今まで形式はほとんど変えてはいないので、今学期も例年通りに行いたいと思います。基本的には語句説明です。それぞれの専門用語は、それまでの背景、新たな事実、他の用語との区別、などを含んでいますので、要領よくまとめていなくてはなりません。どの種類の昆虫についてこの用語を使っていいのか、も重要です。具体的には、授業スライドに赤字で示したのが専門用語として重要なものです。場合によっては、その用語説明をするのにA4判1枚くらい使って説明する内容の場合もありますが、こえを絞って4~5行というのが答案用紙にはちょうどいい分量です。細かい字で書けばたくさん入りますが、ポイントを絞ってまとめるのも重要な能力です。計算問題も出す可能性がありますが、電卓も必要ないくらいの単純な問題が出るかも知れません。最後の授業では、再度説明したいと思います。
5/14授業後の質問から
[質問]「最後のスライドで、「薬量が無効量な場合に副作用の可能性」、という説明が書かれていますが、これは植物の2次代謝成分にも当てはまりますか?」
[回答] このスライドを出したのは、量次第で毒や薬になるという物質の性質を説明するためでしたが、その部分は説明していなかったです。副作用のことは気がつきませんでした。人に対する薬と昆虫に対する毒物質を同じレベルで解釈することは出来ないですが、ある程度の共通した説明は出来ます。毒の量が多ければ、昆虫は死ぬしかないですが、それが死なない程度に毒の量が少なければ、生き延びて繁殖することが出来ます。多くの植物が毒(2次代謝成分)を持っている中で、ある昆虫が食べて生き残ることが出来れば、次の世代にはより平気で食べる個体が増えてきます。そして、自分たちの寄主植物として生きていくことができるようになります。これが、昆虫の植物への適応すなわち寄主植物になるということです。そして、この昆虫の植物への摂食が多くなり、選択圧が大きくなれば、今度は植物は毒成分を多くして身を守ろうとします。こうやって両者が共進化していくことは授業で説明した通りです。最初の質問に戻りますが、毒の量が少ないときには、適応した昆虫には好ましい味に思えることもあるでしょう。そうすると、この味を目指してこの植物を探し回ることも考えられます。その結果、自分の寄主植物としてますます占有することができるようになります。
レポートに書かれてあった質問より
[質問]「年1化と多化性の昆虫の食性の違いについて詳しく知りたいので教えてください」
[回答] この質問は今まで帝科大で授業を行ってきた中では初めての質問ですが、現象の中に潜む問題点を解き明かそうとするいい質問だと思います。よく思いつきました。確かに年1化の昆虫は食草の選択のチャンスは1回しかありませんから、食草の幅は少なくてもいいような気がします。年4回羽化してくる昆虫は、4回食草選びをしなくてはならないので、食草の幅は広い方が有利に見えます。しかし、年1化であり食草選びのチャンスが少ないからこそより広食性で何でも食べられる方が生存確率が高まるようにも思えます。この問題は結構深いので、私の方でもしばらく調べて見ます。時間を下さい。もし、皆さんも興味があれば、1化性と多化性の昆虫で広食性か単食性か狭食性かを調べて統計的に有意に差があるかどうかを調べて見るといいと思います。
5/7授業後の質問から
[質問]「カイコ(幼虫)が誘引物質、かみつき因子、飲み込み因子の三つが揃って食べるという行動が引き起こされると聞きましたが、例えば、かみつき因子だけがない場合、飲み込み因子だけがない場合はどうなるのでしょうか?」
[回答] 三つが揃う必要があります。どれか一つが欠けていても食べる行動は起きません。強いて言えば、最初の誘引物質は無くても餌の上に乗せれば食べ始めるでしょう。カイコにクワを与えるときは、近くに置くことでカイコは近寄ってきます。これはクワから出ている誘引物質に引かれてカイコが近づいているといえるでしょう。そういう意味では、野外では必須の成分です。かみつき因子は、これも必須で、これがないと大顎でかじる行動が引き起こされません。ろ紙にこの物質を処理すると、ろ紙の硬い表面をかじろうとして噛み跡が残ることからも強い刺激であることがわかります。後は飲み込み因子ですが、カイコの食道の入口まで餌が来ても、それを飲み込んで食道の奥に送り込む雨には食道の蠕動運動が必要で、この刺激になるのがセルロースなどの飲み込み因子です。
[質問]「レポートの質を高めたいと思うのですが、どうすればいいでしょうか?」
[回答] これは簡単です。時間を掛けてしっかり取り組んでください。安易な方法を使わずに、出題の意図を理解して、丁寧にまとめることでしょう。ネット検索して、適当なページのコピペで仕上げたものは、よく出来たように見えても、学生がまとめた文章ではないのはすぐに分かります。文章は稚拙でも自分の文章で書くのは大切ですね。インターネットで調べるにしても、いくつかのサイトをまとめて自分の言葉で書くのもいいでしょう。その際には、引用元の文献または引用サイトを最後に書くことも忘れないでください。自分が色々調べてみて、こう思ったとか、更にこういう疑問が湧いて調べてみたいとかの感想を最後に書くのも、オリジナルなレポートを書くことにつながります。自分が時間を掛けてまとめてみることで、記憶に残り身につきます。'Easy
come, easy go'という決まり文句がありますが、簡単に身につけようとするとすぐに離れていきます。オリジナルなレポート目指して頑張ってみてください。
4/30の授業後の質問から
[質問]「排泄のところで、植物の汁液を餌とする昆虫の出す排泄物として、甘露(honeydew)というのがありましたが、これが昆虫以外の餌になったりするでしょうか?」
[回答] 哺乳動物が舐める可能性はなくはないですが、大体昆虫の餌になるというのが通常の使われ方でしょう。また、授業でも述べましたが、カビの養分となってすす病が発生することがあります。アブラムシの甘露がアリの餌となり、アリは餌をもらう代わりにアブラムシを外敵から守るという、共生関係は有名です。また、花蜜を求めて飛び回る蜂やチョウ目成虫などは細長い口吻を持つので、花の中の蜜を採ることが出来ますが、ハエなどは長い口吻を持たないので、甘露のような葉に付いた糖分を舐めるしかありません。長い産卵前期間をもつカイコノウジバエなどは、羽化時点では卵巣は全く発達せず、1ヶ月くらい時間を掛けて栄養分(甘露などの糖分)を摂りながら卵巣成熟をします。このハエの生態は面白いので、学期最後の授業にてお話したいと思います。
4/23の授業後の質問から
[質問]「タガメ、ゲンゴロウ、ミズカマキリなどの呼吸法はどのようなものですか?」
[回答] ゲンゴロウはコウチュウ目で水中を泳ぐ種類として有名ですが、呼吸法は物理鰓を使って鞘翅(さやばね)の下に溜めた空気の層から気門を通して呼吸します。カメムシ目のタガメ、タイコウチ、ミズカマキリなどは腹部先端に呼吸管を持っており、水面に呼吸管を出して呼吸しています。シュノーケルを使って潜るダイバーに近いものがあります。
4/9の授業後の質問から
[質問]「昆虫学の教科書をどれか購入して読むとよいと言われましたが、どの教科書がいいでしょうか?」
[回答] これは授業後、数名の学生さんが前に来て、質問したのですが、皆さん同様に前向きに勉強しようという意思を感じました。是非、一冊を推したいのですが、一長一短で、それぞれの特徴を述べますので、それを参考にしてください。少し大きめの本屋でいくつか見比べて選ぶのがいいと思いますが、難しければエイヤで選んでください。最新刊の「農業昆虫学」はボリュームがあり、情報量は多いです。しかし、昆虫生理学のページは短く扱われており、その勉強には不向きかも知れません。ダニ学、昆虫生態学に関する記述が多くその辺の勉強をしたい人には向いています。「応用昆虫学」(2020)はその当たりのバランスは取れていると思います。昆虫生理学、応用昆虫学など最近の情報も含めてコンパクトにまとまっているので通読するにはいいと思います。「応用昆虫学の基礎」は項目ごとによくまとまっていて、写真や図版がふんだんに使われていてわかりやすいです。今までに無いタイプの教科書のようです。「教養のための昆虫学」は、図版がきれいです。カラー写真も取り入れられており、見て楽しい内容です。植物と昆虫、寄生、水棲昆虫、擬態というトピック的なまとめ方もユニークです。一読に値します。昆虫学ではないですが、最近、「化学生態学」(2024)の教科書が出版されました。昆虫以外の動物や植物の話題も出てきますが、ケミカルコミュニケーションに興味のある人は読んでみて下さい。