Das Schaf fuer die Schlaflosigkeit
von
Y.O.Taki
1996
i

眠れないエディ、その原因は魔法。
ii

その魔法はエディにかけられているのか、
眠りを求める者にかけられているのか。
iii

1000匹目の羊、ランヴェルト。
まどろみの歌を口ずさむ、旧きものども。
iv

エディは決して、眠くならないわけではない。
v

エディは眠気には襲われるが、眠り込むことができないのだ。
vi

誰かが邪魔をしている、誰かが邪魔をしている。
vii

それは、翻る月鏡の不安定な反射光か、それとも
viii

月にさえ見放された夜に、森から這いずり出る暗がりの蝙蝠か。
ix

誰かが、羊を数えるエディに邪魔をして、
ランヴェルトが与える心の眠気は食い荒らされるまま。
x

誰が、何のために?
xi

「ねえ、パーシヴァル。
どうして眠れないときに、人は羊を数えるの?」
xii

「どうしてだろうね、ヴィクター。
お前が数えている羊は、
柵を飛び越えて、どこへ行くと思う?」
「知らない。羊小屋?草地?」
xiii

「どちらでもないよ。
一つずつ、羊の言葉を、家畜の毛皮の中に隠し持って、
ランヴェルトの処へ行くのさ」
「ランヴェルト?」
xiv

心の眠気を荒らされたまま、身体の眠気に蔽われるエディ。
弱気なエディに迫りくる、悪夢の姿をした金縛り。
xv

「羊たちの持ち寄った言葉で、ランヴェルトは歌い始める。
歌われた言葉は、数える者を覆い隠し、眠気を守る盾となる。
ランヴェルトの口は一つ。
だから、眠りの魔法がかかるのも一人ずつだ」
xvi

悪夢をひき連れた夢魔が、
言葉と言葉の隙間から長い舌を挿しこみ
脅えるエディを見てせせら笑う。
羊を数え続けることができないエディ。
xvii

エディは言葉を剥ぎ取られ、一から羊を数え直す。
震える声で懸命に数える九百九十九匹。だが
夢魔をはねのける最後の一語が、エディには数えられない。
xviii

その一語は
ランヴェルトが持っていたけれども、歌うことはできない。
彼は数えられていないから。
xix

本当はランヴェルトには判っているのだ。
眠りに飢える一方で、それに激しく恐怖しすくみ上がるエディ、
夢魔を呼び出しているのは彼自身であると。
xx

1000匹目の羊、ランヴェルト。
まどろみの歌を口ずさむ、旧きものども。
xxi

その言葉をエディは手に入れているのか、
眠りを求める者は手に入れているのか。
xxii

眠れないエディ、その原因は魔法。
覚書

ランヴェルト
体長182cm体高125cm体重140kg
◆
アルガリの姿をしているが、
アルガリは西欧文化圏には生息しない。
彼は本当はコルシカの岩場に生息するムフロンである。
ムフロンは緬羊の祖と言われる。
彼はある意味では亡霊であり、存在したり、しなかったりする。
◆
彼らはもともと言葉を隠し持ってはいなかったが
子孫の一部が家畜となっていったとき、
その亡霊だけでも人間への隷属から解放しようと
自らの体に魔法をかけ、人間と契約をする。
その内容は、
彼らの子孫の亡霊が一匹、束縛の柵から解放されたら
予めその額に刻み付けておいた言葉を
その子を数えた者の額に刻み付け、
夢魔を作り出す要素を、一つ鎮めるというものである。
それが、まどろみの歌である。
◆
歌う羊は複数存在するようである。
様々な種類、形態が見られるが、
いずれも愚かな子孫たちの目をひくための仮の姿であり、
とりわけ大型のアルガリの姿を取るものは多い。
歌う羊たちの生来の姿は、緬羊の祖、ムフロンである。
◆
全ての緬羊の亡霊が人間への隷属から逃れ、
彼らが元のムフロンの姿に戻った時、彼らは
自ら額に刻んだ詞を歌い、静かな眠りにつくのだろう。
‡後記‡

この話はもともと、
とっととボツにした全然違う話だったような気がする。
ただ、タイトルが気に入って、使い回そうと別な話を考えた。
そして、さてランヴェルトのデザインをどうしようかと小さな図鑑をめくり、
ふと「この羊かっこいい」と思ったのが、野生の羊の中では最も大きいアルガリだった。
何故かしばらくこのネタはお蔵入りになっていたのだが、
ある日部屋の掃除をしていて、紙袋の中からランヴェルトのイラストが出てくる。
「描こう」と思い立ってネタを練り直し、もうちょっと大きな図鑑を買って来る。
そこで大きな問題にぶつかる。アルガリはアジア人だったのだ。
アジア人にランヴェルトなんて名前は変じゃないか?
ヨーロッパ生まれの野生の羊は…ムフロンか、角の形はもう少し大きさが欲しいかな…。
む、小さくないか、こいつ。体高70cmなんて、野生の羊の中で一番小柄じゃないか。
アルガリと較べたら、カバとコビトカバくらいの大きな差だ。
ヨーロッパにもっと大柄の野生の羊はいないのか?残念ながら図鑑には載っていなかった。
でも家畜羊の祖先というのは捨て難いし、かといってアルガリの外見も譲れない。
そして言い訳をするかのように(というより言い訳なんだな)、後から覚書を作ったのであった。
しかし。実はそんな言い訳する必要なかった。
ランヴェルトという名はある本の主人公の名をそのまま戴いたのだが、
どうやら無国籍の創作名らしいのだ。なーんだ、そうなのか。
でもまあいいや、何にしろ羊を数えて眠る文化圏に、アルガリはいないんだから。

つねづね思っていること…国外の動植物を扱っている図鑑が欲しい!
(そんな売れないモンどこも出さねーか)


1996年9月19日3:50a.m.
Y.O.たき

◆ 眠 れ ぬ 夜 の 羊 論◆
1996年9月23日 発行
◆
著者:Y.O.たき

発行所:トネガワ
◆
禁無断転載・複製
◆
Printed in Japan