ニュートンのりんごというけれど


アイザック・ニュートン(1643〜1727)が、1665年に英国リンカーンシャー州の生家の庭でりんごが落ちるのを見て、万有引力の法則を発見したという話は誰しも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。
もっともこの逸話も、「ニュートンがいろいろ考えていたときにうまくりんごが落ち、それでうまく結びつけただけ」という話から、「その時はちょうど満月で、りんごは落ちるが月は何故落ちないかと考えたからだ」とか、「社交界の貴婦人にどういうことからあの法則を思いついたか質問され、真面目に学術的に説明していたが、さっぱり通じないので一言でわからせるために、りんごが樹から落ちるのを見て、という話を思いついた」などとさまざまな解釈がされているようです。
しかし、落ちたのがりんごでなくてはならないところは、ヨーロッパとりんごの歴史からいっても、ごく自然なことであると思われているようです。


このウールスソープの庭にあったりんごの木は1814年に枯れてしまいましたが、現場には接ぎ木で残した2代目が植えられて記念樹となっています。また、枯れた原木で椅子が作られ、残りの木材と一緒に英国王立協会と天文台に保管されているといいます。
そして、この2代目のニュートンの木から接ぎ木で増やされた分身を、世界各地で見ることができるのです。勿論、日本にもニュートンの木は導入されたのでした。


1964年(昭和39年)、英国の国立物理学研究所長のゴードン・サザーランド卿から、当時日本学士院長の柴田雄次博士に、ニュートンの木の苗木が贈られました。
ところが、この木はウイルスに感染しており、すぐにも焼却処分にしなければなりませんでした。しかし、このウイルスが接ぎ木以外の方法では伝染しないこと、なによりニュートンの木という貴重な文化遺産であったことから、この木は特別に焼却処分から逃れたものの、東京・小石川の東大理学部付属植物園で隔離生活を送ることになりました。この由緒ある木を引き継ぐには、接ぎ木しか方法がなかったのですが、接ぎ木をすると新しい木にもウイルスが伝染してしまうためでした。
やがてウイルスを無毒化する熱処理法が開発され、この木が晴れて自由の身になったのは、16年後の1980年(昭和55年)のことでした。


この熱処理法というのは、高温下で木の生長を早めると、ウイルスの増殖が追いつけなくなるのを利用して、伸ばした枝の先端部を切り取って接ぎ木するというものです。
また最近では、枝の先端にある生長点と呼ばれる細胞を切り取り、培養・生長させて無毒化する茎頂培養(マイクロ・プロパゲーション)という方法も開発されています。


現在、ニュートンの木は小石川植物園に植えられています。また、これとは別に、アメリカの国立工学研究所から贈られた親の木から数えて7代目の木もあるそうです。
これらの木からさらに増やされたニュートンの木の分身が、今では日本の各地にあります。
長野県にもそんなニュートンの木が今でも残っていて、ひとつは1982年(昭和57年)3月、飯田市へ贈られたものが、県の南信濃農業試験場で育てられています。そして同じ年の11月に大町エネルギー博物館にも贈られ、入り口に「メンデルのブドウ」と並んで植えられているそうです。


このニュートンのりんごは、「ケントの花(華)」と呼ばれる品種で、料理用に使われていたようです。120グラムほどの暗紅色で縞がある小さな果実で、大変すっぱく、水分が抜けてボケやすく、2度と食べたくはないという味(ひどい言われよう…)なのだそうです。今ではイギリスでも食されてはいないようです。
この品種の果物には、風がなくても収穫前に落果する性質があるそうです。もし、これが落果しない品種のりんごであったら、万有引力発見の逸話は生まれたのでしょうか。


追記…
1999年9月2日の市民タイムスに、ニュートンのりんごについての記事がありました。
県果樹試験場は、1991年(平成3年)にこのりんごの木を育て始め、同じ年に県農業経営者協会が設立20周年を記念し、県内の小学校など希望者に288本を配布しました。一昨年の松本農業改良普及センターの調査では、このうち現存しているのは半分以下だそうです。
こんな風に、案外あなたの身近なところで、ニュートンのりんごの木は今も育てられているのではないでしょうか。

追記2…
先日、HPをご覧くださった方より御葉書をいただきました。
その方はニュートンのりんご「フラワー・オブ・ケント」の名誉のために御葉書をくださったそうです。御葉書でこのりんごの花や果実の美しい画像を紹介してくださいました。以下、御葉書からの一節です。本当にありがとうございました。
「実の大きさは「さんさ」や「あかね」なみです。熟した果実は全部落下しますし、保存がききませんので販売には向きません。(中略)9月末に、家内と二人で、写真の場所で落ち実を拾って食べてみました。リンゴを食べつけている家内曰く、「わーおいしい!もっと食べたい」と言いました」

追記3…
追記2でご紹介した方から、「フラワー・オブ・ケント」の画像をいただきました。
この方のご好意で、その美しい姿を紹介させていただきます。りんごの画像はすべて、青森県板柳町ふるさとセンターで撮影されたものです。
それぞれの画像をクリックしていただくと、より大きい画像でご覧になれます。
(説明などは画像を大きくすると読めるようになると思います。多少時間がかかります)

フラワーオブケントの花 フラワーオブケントの樹 フラワーオブケントの実
フラワーオブケントの落ち実1 フラワーオブケントの落ち実2 青森県りんご試験場説明
左上 
フラワーオブケントの花
2001年5月14日撮影
中央上 
フラワーオブケントの樹
2001年7月9日撮影
右上 
フラワーオブケントの実
2001年9月26日撮影
板柳町ふるさとセンター説明 中央左・中央 
フラワーオブケントの落ち実
2001年9月26日撮影

中央右・中央下 
それぞれ青森県りんご試験場説明、青森県板柳町ふるさとセンター説明


<参考文献>
「りんごのほん」栗田哲夫編著、和広出版(1983)
「果物はどうして創られたか」梅谷献二・梶浦一郎著、筑摩書房(1994)
「西洋人物こばなし辞典」三浦一郎編、東京堂出版(1986)