りんごにまつわる物語
〜北欧神話のりんご〜


北欧神話、あるいはゲルマン神話として知られる神話の中にもりんごがしばしば登場することはご存知でしょうか。
これはその、「女神イズン」のお話。

詩の神ブラギの妻である女神イズン(イドゥン) Idunnは、<青春の林檎>をトネリコの箱にしまっていました。この果樹を育み守っていたのは、運命の三女神であるノルンたちで、春の神格でもあるイズンだけにこのりんごを摘むことを許していたともいいます。神々は皆この<青春の林檎>を味わうことで、年老いることもなく、永遠の若さを保つことができたのでした─ただし、<神々の黄昏>(ラグナロク)まで。
彼女の名前そのものが再生、若返りを意味しているといいます。Idは「再び」の意で、Unnは北欧の女性に多い名前なのだそうです。

ある日、オーディンとへーニル、そしてロキの三人の神が、あるとき揃って旅に出ました。空腹になった彼らは、とある谷で牡牛の群れを見つけると、その中の一頭の牛を捕まえて蒸し焼きにしようとしましたが、いつまでたっても焼けませんでした。
神々がこれはどういうことなのかと語り合っていると、頭上の樫の木にとまっている一羽の鷲が、肉を焼けないようにしているのは自分だという言っているのを聞きました。
この鷲は神々と敵対する巨人シャツィが姿を変えたものでした。
鷲は、その牡牛を満腹するぐらい分けてくれるならば、肉が火で焼けるようにしてやろうといいます。
神々は鷲の申し出を承諾すると、鷲は舞い降りてきて火の上にとまり、牛の腿二つと両肩をひったくってしまいました(ということは殆ど全部ということか)。怒ったロキが大きな棒を掴みとって殴りつけると、棒は鷲にくっついてしまい、ロキの手も離れなくなってしまいました。鷲は高く高く飛び、ロキの腕は方から抜けそうになり、足は岩や石屑や茂みの上を引き回され、さんざんな目にあってしまいました。ロキは懸命に謝ったのですが、鷲は女神イズンを<青春の林檎>とともに連れて来るという誓いをロキがしない限り、決して彼を放してやらないと言うのです。ロキがそうすると、彼はようやく解放されて、自分の仲間のもとに帰ることができました。
そこでロキは、イズンに彼女がとても値打ちがあると思うようなりんごを見つけたので、彼女の持っている<青春の林檎>を持っていってそれと比べるようにと言い、と言葉巧みにイズンをアスガルドの外にある森に誘い出しました。するとシャツィが再び鷲の姿をしてそこに現れ、彼女を掴んでスリュムヘイムの我が家へと連れ去ってしまいました。
まもなく神々はどんどん年老いてしまい、困ってしまいました。神々は会議を開き、イズンについて一番最後に何を知っているか話し合いました。すると、彼女が最後にロキと一緒にアースガルズを出て行ったところが目撃されていたのです。
神々はロキを捕らえ、会議の場に連れ出すと、殺すか拷問すると脅しました。恐ろしくなったロキは、フレイヤから彼女の持っている<鷹の羽衣>を借りることができれば、イズンを捜しに出かけると言いました。
彼がシャツィの家の様子を探りに行くと、ちょうど巨人は海へ漁に出かけて留守で、女神はひとり家にいました。ロキは彼女を一個の木の実に変え、それを足爪に握り締めてアースガルズへ舞い戻りました。イズンが家にいないことに気が付いた巨人も鷲の姿になって追ってきます。しかし神々は、鷹が木の実を掴んで飛来し、鷲が飛んでくるのを見ると、アースガルズの城壁の下に出て行き、そこへかんな屑の山を運びました。そして、鷹が砦の中に飛び込み、砦の壁にまっさかさまに降下すると、神々はかんな屑に火をつけました。後から飛んできた鷲の方は、鷹を見失った上、速度を加減できませんでした。鷲の羽根に火がつき、シャツィが飛べなくなると、神々は彼に近づき、アースガルズの門内で彼を殺してしまったのでした。

北欧神話の中のりんごは若さの秘密を得る、不死と豊穣を象徴する果実として語られています。
しかし、当時の北欧人はまだりんごを知らなかったようです。北欧にも野生の林檎がないわけではないが、それは小さい果実で食用にもならず、珍重されることもなかったといいます。そこでこの神話は、北欧人の間に自然に生じたものではなく、聖書の記述やギリシア神話の話、あるいはアイスランドの青春の林檎の話を模して詩人が作った新しい創作であるとも考えられているのです。
りんごの他にも、ギリシア神話との違いを、よかったら比べてみてくださいね。


<参考文献>
「エッダ─古代北欧歌謡集」 新潮社(1973)
「神話学入門」C・カーメンスキイ著、菅原那城・坂内徳明訳、東海大学出版会(1980)
「平凡社大百科事典15」 平凡社(1985)
「北欧の神々と妖精たち」山室静著 岩崎美術社(1977)
「北欧のロマン ゲルマン神話」ドナルド・A・マッケンジー著、東浦義雄・竹村恵都子編訳 大修館書店(1997)
「世界の神話百科」アーサー・コットレル著、松村一男・倉持不三也・米原まり子訳 原書房(1999)
「西洋神名事典」山北篤監修 新紀元社(1999)
「世界神話伝説大系29 北欧の神話伝説T」松村武雄編 名著普及会(1980)