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クトゥルフの呼び声~クトゥルフ・ハイパーボレア~

第3話:CRY FOR HELP
 

3.絶体絶命

「ほら、この木偶に祈るのです。」
 後半日で、森を抜けようかと言う頃、 リジーが捕虜・・・・
イスタと言う名前らしい・・・・に向かってツァトゥグアの落し子
の木偶を見せて言った。
「それはツァトゥグアの眷属か??」
「人に信仰を押し付けるのはやめなさい。それにヴーアミ人を
 改宗させても仕方ないでしょ?」
 前者がイスタ、後者がトリシアである。
「押し付けでも、改宗でもありませーん。ヴーアミ人は元々、ツ
 ァトゥグア様を信仰しているのです。イホウンデー信仰さえな
 ければ、このような争いはなかったのです。」
 言い切られてしまっては、このメンバーの中で唯一、リズにず
ばずばとモノを言えるトリシアも押し黙った。
 まあ、リズの言うことも一理あるかもしれない。この大陸で山」
賊の被害とかを除けば、大きな争いはイホウンデーとツァトゥグ
アの二大信仰による宗教争いしかない。ヴーアミ族はツァトゥ
グアの遠い血をひいていると言う話をどこかで聞いたことあるよ
うなきもする。
「でも、これどうしましょうか・・・・。」
 シンシアが例のダークを片手に困ったように言った。
「どうしよう・・・・ツァトゥグア神殿に預けるのが一番だと思うけ
 ど、中には欲に目のくらむ輩もいるかもしれない。」
 リーヴィも困ったもんだとため息をつく。
 イスタの話によるとそのダークはツァトゥグアの父とも言われる
ヨグ=ソートスの神性が封じ込められているらしい。その真偽は
ともかく、魔力があるのは確かで、世に出ると昨晩のことのよう
になる。有機体の体液を吸収して黒味を増すそうで、それが飽和
状態になったときに、どうなるか分からないのだそうだ。最悪、第
3のヨグ=ソートスの子として覚醒するかもしれない。一度、体液
を吸われた人間は最大級の悦楽と麻薬のような常習性が与えら
れ手放せなくなる。これを奪おうとするものがあれば前後見境な
しに殺害する。そして、人間の潜在能力全てを引き出したスーパ
ーマンとも言うべき筋力や体力が与えられ、一見バーサークした
ように見えるのである。
「元に戻せば、万事丸く収まる。」とイスタが言った。つまりイスタ
に預け、彼を逃がせば良いのである。
「そうしたいのは山々なんだけどね・・・。僕にも立場があるし・・。」
 リーヴィ自身はヴーアミ人に何の恨みもない。依頼でなければ、
すぐにでもそうするであろう。

 どうしようか?と、ため息つきながらとぼとぼ歩いていると、突然
道が開けた。
「あれ?こんな森の中に道?獣道でもなさそうだし・・。」
 と、ネスが言う。良く見れば、道ではなく、何かが森の木々を薙ぎ
倒しながら這いずった後らしい。所々に緑色の粘液が落ちていて、
酸でも溶かしたかのように白煙を上げている。
「・・・・・・・・・いやな予感がする・・・・。」
 トリシアが呟き、全員・・・イスタも含めて無言で頷いた。
「迂回しよう。」とリーヴィが言った途端、そいつは地中からでてきた。
一見、4~5mのワームだが、体中に無数の口があり、その口から
は緑色の涎をたらしている。垂れた涎が、地面につくや、じゅうと音
がして白煙をあげる。
「YJEEZZYEIIHH」
 言語なのか、鳴き声なのか分からない、そのものが発する音を聞
いて全員固まった中、かろうじてリーヴィが手に持っていた愛用のバ
ッソ(バスタードソード)を構えることができた。が、一本の蝕指がの
びてきて、バッソに触れるや否や、じゅうと音がして一瞬で溶けた。
 これを見て、恐怖よりも生存本能が勝った。
「みんな、逃げろ!」とリーヴィが叫び、全員、一目散に逃げ出した。
 縛られていては逃げづらいであろう捕虜を、トリシアが律儀にもダガ
ーで縄をほどいてやり、シンシアが「これを、持って元在った場所に戻
して下さい。生きていれば・・ですが。」と漆黒のダークを手渡す。
 全員走り出したのを見てから、残ったバックラー(小さい盾)を構えて
いた・・・・恐らく、こんなの何の足しにもならないだろうが・・・リーヴィが
最後に背中を向けて走り出す。
 (逃げられるか?!)と思った瞬間、背中に衝撃が走った。痛いと言
うより、熱いと言った感じだ。丸で熱した鉄棒を押し付けられたような
感じだ。
 そのまま、倒れこみ、地面と熱烈なキスをする寸前、(ここで・・・死ぬ
のかな・・・)と思いつつ意識を失った。


4.助けを呼ぶ声

 気がつくと、木の根元に横たえられていた。すでに陽は落ちている。
「いてて・・・。」身を起こそうとすると、背中に痛みが走った。
「朝まで、安静にしていろ。」
 木に背中を預け座っていたイスタが声をかけた。見回したが、リーヴィ
の周りにはイスタしかいない。傷の手当てもされていた。
「これは・・・あなたが?助かりました。でも、どうやって、あの化け物か
 ら逃げられたのですか?」
 リーヴィが聞くと、イスタは例のダークを取り出した。闇の色が更に増
した感じだった。
「伝説はもしかしたら真実だったのかもしれん。この短剣があれの触手
 から体液を吸いおった。」
「あれは何なのです?。」
「”黒い仔山羊”といって、別の大陸で信仰されている豊穣の女神・シュ
 ブ=ニグラスの落とし子だ。シュブ=ニグラスはヨグ=ソートスの妻と
 の言い伝えもある。」
 伝承通り、この短剣にヨグ=ソートスの力の一部でも封じ込められてい
るのなら、その妻の眷属に効果がある可能性もあるわけだ。
 この大陸にあんなのがうようよしているとしたら、このダークは非常に
重宝されるだろう。まあ、そんな話は聞いたことないので、黒い仔山羊
と出会ってしまったのは偶然の不幸だったのであろうが。
「そうですか。とにかくありがとう。助かりました。あなたは早く、仲間の
 下へ戻られた方が宜しいのでは?もしかしたら、護衛部隊の捜索隊
 が出ているかもしれませんし。」
「その心配なら無用だ。ほれ・・・。」と、イスタが指差した先に、灯りが
 見える。恐らく、ヴーアミ族の夜営であろう。
「あれに見つかれば、君が困るだろう?」と、いたずらっぽく笑う。
「それに、この状態でアレに襲われれば逃げることも出来ないだろう。
 幸いこちらにはこれがある。」
「僕はあなた方の敵対する”人間”ですが・・・。」
「だが、お前さんがたは私を逃がしてくれた。この短剣のおまけつきで
 な。それに、それは君の仕事だからだろう?。私にも司祭と言う仕事
 があり、それは人々を救済することなのだ。」
 それは、病気になった人の治癒や、戦場では従軍司祭として負傷し
た兵の手当てをすることである。それは敵味方なく・・である。この場に
リジーがいたら聞かせてやりたい話だ。
 その晩はそのまま眠りについた。翌朝、目覚めるとヴーアミの薬が効
いたのか、大分痛みはひいており、普通に行動するには問題ない位に
回復していた。
 相談した結果、この森を抜けるまで、多少でも剣術に覚えのあるリー
ヴィが漆黒のダークを預かることになった。いつまたあれが現れるかも
しれない。護身用にと、サイドアームのダガーをイスタに渡す。冒険者に
なった時以来、愛用していたバッソは昨日溶けてしまった。
 移動しているだろうと言う予想通り、昨日、黒い仔山羊と遭遇した所ま
で戻ってくると、すでにそれが通った跡を残すのみとなっていた。更に幸
いなことに、散り散りになった仲間達もリーヴィを探していたらしく、ここで
出会えた。
「おお。生きていたか・・。」トリシアが笑いながら言う。
「まあね。イスタに助けてもらった。とにかく、この森を抜けよう。」
「最悪、陽がおちるまでに抜けたいですね。」
 シンシアも薄気味悪そうに周りを伺いながら、同意した。

 元々薄暗い森の中が、日がくれはじめ、更に闇に深みが増した頃、よ
うやく、森の出口まで辿り着いた。
「剣戟の音がする。」耳の良いネスが言い、足音を忍ばせ音の方に向か
うと、恐らく到着の遅い護送部隊を迎えに来た兵団であろう兵士達が、こ
れまたイスタ奪取か、秘宝奪還のためのヴーアミ族と剣を交えていた。自
分達を雇っていた部隊の援軍なので、助成したいのはやまやまだが、何
しろ当の捕虜は今、横にいる。イスタとて同じ気持ちであろう。仕方ないの
で、この戦闘が終わるまで傍観することにした。
「さて、どっちに転ぶかね。」とトリシアが感慨深げに言う。
 人間側が勝利すれば、リーヴィ達は合流し、彼らがリーヴィ達の報告を
聞いて帰還するまで、イスタは隠れており、それから森を抜け一人帰還す
る。ヴーアミ側が勝てば、ここでイスタとはお別れだ。
 が、結局はそのどちらにもならなかった。あの黒い仔山羊が乱闘を聞き
つけたのか乱入して来たのだ。その異形を見た瞬間、兵士達は恐怖の余
り逃げ出すことも出来ず、固まった。それは、多少はクトゥルー神に免疫が
あるはずのヴーアミ人も同じことだった。
「あいつ・・・。」リーヴィが漆黒のダークを片手に飛び出しそうになるのを、
イスタ他、全員が止めた。
「無理だ。それ一本では、本体を倒すまでには至るまい。」
 同じヴーアミ人が襲われているのだから彼とて辛いのだろう、苦渋の表情
でイスタが言う。
 やがて、恐慌状態から脱した兵士やヴーアミ人は散り散りに逃げ出し、ア
レも破壊と殺戮の欲望を満たしたのか、いずこへともなく姿を消した。
 後に残ったのは、死体と負傷した二種類の人類だけである。黒い仔山羊が
完全にいなくなったのを確認してから、急いで戦闘のあった場所に向い、そ
れぞれが仲間の治療を行った。
 ヴーアミ人の方は、その生命力の強さからか、軽症のものが多かったが、
人間の兵士の方は皆、意識不明の重症だった。皆といっても生き残っている
のは3名しかいなかったが。ヴーアミ人の方は4名の怪我人がいた。
 医療の心得のあるトリシアとシンシアが応急手当をし、とりあえず運ぶ為の
担架を作る。イスタの方は何やら呪文を唱えている。すると、怪我したヴーア
ミ人から苦痛のうめき声がやみ、穏やかな寝息を立て始めた。シンシアによ
るとあれは、人間だと呪術師が使う「癒し」の呪文に近いそうだ。ただ、その
呪文に的を絞って使える人間の呪術師は少ないそうで、呪文を唱えても何が
起こるかわからないのだそうだ。なので、シンシア自身が呪文を唱えることは
滅多にない。万が一、ビヤーキーでも召喚してしまったら困るからだ。
 暫くすると、遠くから「生き残っている者はいるか!?」と遠くから声がした。
恐らく、運良く逃げられた兵士たちが、体勢を立て直し負傷兵や他の兵たちの
捜索をしているのであろう。それはヴーアミ族の方も同じであろうが。
「彼等と合流します。ここでお別れですね。」
 漆黒のダークを手渡しながら、リーヴィが名残惜しそうに言う。
「ああ。お別れだ。人間は我らを迫害する者ばかりと思っていたが、それは一
 部の者や国家の政策だと言うことが分かった」
「それは、こちらも同じです。」リーヴィが笑う。
 イスタがリジーの方を振り向き、
「そうだ。同じツァトゥグア信者のお嬢ちゃんにこれをやろう。」と、自分の首から
ネックレスを外し、リジーに渡した。
「これは?」
「我らの司祭は必ず身につけているものだ。ツァトゥグア神の加護がある・・・」
といい、それからまたあのいたずらっぽい笑顔見せて「と、信じられている物
だ。」と付け加える。
「ありがとうございます。」
 今回ばかりは、リジーも殊勝げに礼を言った。
 丁度6人なので、手分けして、3つの担架を持ち上げると、リーヴィがイスタの
方を振り向き言った。
「では、争いがなくなったら、いつか又会いましょう。それまでお元気で。」
「ああ。君もな。」

 それから、リーヴィ達は兵士達に合流し、護送部隊は全滅したことを報告した。
勿論、漆黒のダークの件は伏せ、アレに襲われ全滅し、その折に捕虜は死亡し
たことにしたことは言うまでもない。


終わり。

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