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クトゥルフの呼び声~クトゥルフ・ハイパーボレア~

第2話:狐狩り
 

3.賢者の秘密

 2日目の午後、事件は起こった。
 順調すぎる位に進み、目標拠点が目前まで到達した
所で、これからの予定を話あった結果、今日はこれで
英気を養うことにした。小競り合いながらも皆、疲労して
いることには変わりがない。
 拠点襲撃を翌朝に決定し、野営の準備をしているとこ
ろに、ヴーアミ族が逆に奇襲をしかけてきた。
 小規模な襲撃ではあったが、夕食の準備に入り、一
日の疲れからか、誰しもが気を緩ませた所だったので
、それなりの被害を受けた。絶妙のタイミングだったと
言っても良い。
 一番の被害は、隊長のアルザークが丁度鎧を外した
所に、狙撃者からの矢が当たってしまったことだ。しか
も、毒が塗られていたらしく、今は高熱を出して生死の
境をさまよっている。とても指揮をとれる状態ではない。
 討伐の指揮は副隊長であるリスディンがとることにな
ったが、アルザークは一足早く、街に移送することにし
た。応急手当では間に合わないと判断したからだ。
 アルザークの移送には昨日リーヴィたちと賢者の家
に偵察に行った、衛士2名とリーヴィ達が、その任につ
くことになった。
 無論、衛士隊には衛生兵もいるが、明日の襲撃のこ
とを考えると人員を割けないので、処刑執行人と呪術
師がいる~双方とも応急手当、薬学の他に毒物や診
断の心得がある~ので、適任だったのである。
 
「このままでは、かなり危ないわね。」
 医者としても生計のたてられる程の知識があるシン
シアがアルザークの診断を終えていった。
 衛士二人・・ラルディールとルールデバルが担架に
アルザークを乗せて、帰路についた途中である。
 そろそろ日が暮れるので、小休止を兼ねて、シンシ
アが診察してみたのである。
「うーん。ここで野営するわけにはいかないな。夜行
軍も危険だ。どうしよう・・・」
 リーヴィが頼りなく考え込む。そこへ、ラルディール
が提言してきた。
「昨夜のエンレベルク氏を頼ってみてはいかがでしょ
う?賢者様なら、何とかしてくれるかもしれませぬ。」
「お?それはいいな。ネス、場所覚えてる?」
 トリシアが賛同する。
「勿論。覚えてるよ。でなきゃ、狩人としての立場な
いからね。」
「では、決まりですね。早速行きましょう。」
ルールデバルが促し、ここから早足で・・・と言っても
怪我人を運んでいるためそれほど早くは歩けないが
・・・4時間ほどかかる、賢者の家に宿も含めて、助
けを求めることになった。


 エンレベルクの館は、すぐに見つかり、事情を話すと
快く迎え入れてくれた。
 初めて見たわけだが、エンレベルクは賢者とは思えな
いような身なりのぴしっとした老紳士であった。このよう
な所に引きこもっているエンレベルクは賢者の典型とも
言える世捨て人のような性格だ。そういった性格の人間
は往々にして身の周りのことには無頓着である。
 恐らく、普段は実験室であろうと思われる部屋の台に
アルザークを横たわらせると、エンレベルクは早速、治
療にとりかかった。
「それは?」
 エンレベルクが、粉末の薬を取り出すと、アルザーク
にそれを飲ませる。服用薬だと言うことは分かったが見
たことがない薬だったので、助手についたシンシアが問
うと
「息子のメルデバクトの為に開発した薬じゃよ。まだ完
成はしておらんがね。ブーアミの毒にも効果があるはず
じゃ。後は一晩様子をみよう。」
 と言うことは実験途中の薬なわけであるが、今はエン
レベルクを信じるしかあるまい。シンシアにとっては、成
分の方も少し気になることではあるが。

 エンレベルクの家は裕福の範疇に入る一般市民が住
居する建物と同じ程度の広さがあったが、実験室や研
究室、書斎等に割り当てられているため、リーヴィたちが
泊まれる部屋は客間しかなかった。それでも野営よりは
ましである。数日ぶりな風呂にも入り~出発前の晩は呑
み明かしてしまったので~、さっぱりしたところ今夜はゆ
っくり眠ることにする。
 よほど疲れていたのだろう、衛士達は早々に寝てしま
い、静かになると、
「ねえ。何か聞こえない?うなり声のような・・」
「僕にも聞こえる」
 狩人の二人が話しだした。耳をすますと、リーヴィの耳
にも、二人の言うような声が聞こえてきた・・・ような気が
する。つまりは良く分からない。
「気になるな、外の警戒も含めて、ちょっと見てこよう。」
とネスが装備をつけ始めた。
「私はネスがコーリヴィアさんに夜這いでもするんではな
いかと心配ですわ。仲間が犯罪者では、神官としての
私の名声が危うくなります」
とは、相変わらずどういう思考回路をしているのか分か
らないリジーである。それにしても、”私の名声”って何
だろう?ツァトゥグア信者の中では、結構有名な神官な
のだろうか?と考えたところでリーヴィは思考を停止さ
せた。考えてもせんのないことだと気づいたから・・・・。
「そんなことするわけないじゃないか!」
 生真面目にネスが反論する。
 結局、全員で行くことになり、声はどうやら離れの方か
ら聞こえてくるようであった。離れには灯りがともっていた。
 一旦外にでて、窓から中を覗き込む。まず目に入ったの
はベッドに縛り付けられた毛むくじゃらの男。一瞬、ヴー
アミ族かと思ったが、ヴーアミ族よりは人間に近い気がす
る。
「もしかして、あれがメルレバクトじゃないかしら。どことな
く、エンレベルク氏の面影があります。」
 何か思いあたる節があるのであろう、シンシアが囁いた。
「多分、そうみたいですね。」とリタ。
 その横の実験台では、こればかりは見間違えようのな
いヴーアミ族の者と思われる物体が横たえられており、
エンレベルク氏が、それを解剖していた。
「何してるんだろう・・」
リーヴィが呟くと「解剖でしょ。」と間髪入れず、リズが明
快な回答をよこした。
「・・・・それは・・・見れば分かるけど・・・」
リーヴィが溜息つく。すると、あろうことかリズが、
「リーヴィの一生の頼みとあっては仕方ありません、そん
なに気になるなら、直接本人に聞いてみましょう。」
と窓をコンコンと叩いた。いや、別に頼んではいないが・・・。
「おいおいおいおい・・・」
一同が一斉に声をあげた。


4.応報

 エンレベルクは別段、驚いた様子もなく、ドアから
入って来いと手招きをした。
「一体、これは何ですか?」
シンシアが問うと、やはりヴーアミ族を解剖しながら
エンレベルクが語りはじめた。
「メルレバクトが、現代の医学や魔術では、手の施し
ようがないと分かったとき、神にすがることを思いつ
いたのじゃよ。」
 常人なら、神にすがるといえば、神官のリジーみた
いに祈るところだが、エンレベルクは違った。
 神と呼ばれる存在の生命的エネルギーとでも言う
べきものを直接取り入れようとしたのだ。さすが、賢
者と呼ばれる者は発想が違うと、リーヴィは感嘆した。
「じゃが、そのような存在に出会う機会など無きに等
しい。よしんば遭遇したとしても、わし自身が無事で
いられるとは限らぬ。」
 アイデアは出たが、発明家と同じで、その実行が
難しかったのである。
 そんな折、エンレベルクとその息子にとって幸か
不幸か、ヴーアミ族からの襲撃があった。
「街に転がる瀕死のヴーアミ族の姿を見かけた時、
わしはピンときた。これは使える・・・・と。」
つまり、未知の生命体と人間の混血児であれば、
その生命的パワーだけを切り取って、人間のものに
出来るのではないか?と考えたわけだ。
 だが、前例がない上に自分の息子で人体実験を
行うようなものだった。無論、エンレベルクは善良な
人間であったため、他者を使って実験してみような
どとは思わなかったし、そんな時間的余裕もなかっ
た。
 それから数年。試行錯誤を繰り返した結果、メル
レバクトの延命は果たせているものの、半人”半々”
獣の奇怪な姿へと変貌してしまったのだ。・・・・・・
隣で、ベッドに縛り付けられ、うなり声をあげている
ソレが、リーヴィ達の想像通り、メルレバクトであっ
た。
「後、一歩、何かが足りん気がするのじゃが・・・」
黙って聞いていたシンシアが口を開く。
「別に違法なことをしているわけでもないのに、こ
んな危険な場所に住まいを移した理由は何です?」
「一番は、ヴーアミ族が一人・・・一匹と言うべきか
・・でいる所を拉致できるからじゃが・・・・死体では
余り研究に役立たんのでな・・・」
 それから、振り向き、無邪気とも言える笑顔を作
ってこう付け加えた。
「わしは、公に研究をして、例えば国家から奴隷の
人体実験の許可がおりでもしたら、その誘惑に勝
てる程、人が出来ていないのでな。」
 つまりは、他人を犠牲にしたくないと言うことだ。
心優しき、学者と言える。

 翌朝、アルザークの高熱が引いたので、一行は
エンレベルクに礼を言って、街への帰路についた。
 そろそろ、拠点への襲撃がはじまっている頃だが、
今のリーヴィ達の任務はアルザークを医者にみせる
ことだ。
 先を急ぎ、昼すぎには街につき、アルザークを医
者に見せてから、衛士とともに報告に行く。
 今さら襲撃に参加しても仕方ないので、討伐隊
の帰りを待つことになった。状況が状況であった為、
報酬は正規の契約通りでることになったのは幸いで
ある。
 討伐隊は夕方に帰ってきた。結果的に作戦は大成
功だったと言えた。
 ただ、数日後、アルザークの代わりの者がエンレ
ベルクの館にお礼を言いに行ったが、もぬけの空だ
った。恐らく、怒り狂ったヴーアミ族の残存部隊か別
の拠点の手の物であろう者達の襲撃を受けたであろ
う。館の中はひどく荒らされていたが、エンレベルク
他、住人の姿・・・・死体もなかった。上手く逃れ、ど
こかで治療の研究の続きをしていることを祈るのみ
である。

 衛士隊の馬車でウズルダロウムに帰還する途中、
何やら考え込んでいたシンシアが呟いた。
「何か、忘れている気がするのだけど・・・・。」
 これは予言であったのであろうか。
 数週間後、完治も間近にせまったアルザークが病
院から忽然と姿を消したのである。

 数ヶ月後。
 ヴーアミタドレス山脈のとある洞窟の中に100名近
いヴーアミ族が集まっていた。
 その中心にアルザークの面影を残した一人の者が
いた。その者が口を開き、こう告げた。
「今度、”人間”を討伐する計画がある・・・・。」と。


おしまい^^。


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